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|覚醒《めざめ》

 閉じた視界を明るく彩る朝日に照らされ、重たい瞼を開く。まだ意識がはっきりしないのか、少し、視界がぼやけるような気がする。

 私を襲うのは、妙な倦怠感と、強烈な眠気。そして、わけもなく迫る、「目を覚まさなければならない」という強い強迫観念のようなもの。私を深い眠りへと(いざな)おうとする強い倦怠感と、そんな倦怠感に見舞われる私を衝き動かそうとする強い使命感。相反し、互いに拮抗する両者の狭間で私は揺れていた。


 ザッ、ザッ、ザッ、と、一定間隔で土を掻き分けるような靴音が聞こえてくる。

 それはゆっくりと、だが確実に、こちらへ近づいてきているようだった。

 凭れていた顔をわずかに上げ、足音のするほうを見やる。ちょうど逆光のように煌めく朝日に翳り、はっきりとは顔が見えない。背恰好からして、男だろうか。どことなく、嫌悪感が募る。

 そんなこととはつゆ知らず、男はなおも変わらず私のもとへ歩み寄ってくる。男の目的はわからない。本来、警戒すべきであろうに、この脳の()だるような強烈な睡魔のせいか、うまく考えが纏まらない。顔をわずかばかり(もた)げるのがやっとで、四肢を動かすことさえもままならない。

 そうこうしているうちに、ついに男は私の目の前までやってきた。

 男は屈んでしゃがみ込むと、じろじろと私の顔を覗き込んできた。私は男の行動に不快感を感じるよりも前に、眼前に露わとなった男の風貌に驚惑(ぎょっと)した。男の眼窩を穿つように一輪の“花”が咲いていたからだ。

 「綺麗」なんてものではない。気味が悪い。だが、不思議と見つめていたくなる。そんな言いしれぬ薄気味悪さと魅力を兼ね備えた花に抱く潜在的渇望に、自分自身、気づいていた。いや、これこそが私の感じる「薄気味悪さ」の正体なのかもしれない。


「っと、わりぃ。驚かせちまったか」

 男は顔を遠ざけながら言った。

「俺ぁ『ヨルム』ってんだ。あんたは?」

 ――ヨルム。おそらくこの男の名だろう。名前……私の名前? ダメ……思い出せない。何も。

「あー……そうか。まだ目覚めたばかりだったんだな」男は言う。「それなら無理もない実は俺も――」

 そう言って、男はこれまでの経緯を話した。自分もまだ目覚めたばかりだということ。私と同様に、何も覚えていないということ。これまでに私以外の生きた人間と出会わなかったこと。(「ヨルム」というのは、気がついたときに近くに書かれていた文字列から適当に取ったそうだ)

「――っと。まあだいたいこんなとこだな」

「饒舌な口ね」

「まいったな。記念すべき第一声がそれか?」

「別に悪い意味ではないわ。素直に感心しただけよ」

「そうかい、そりゃどうも」

「そういった事情があったのだとしたら、人の顔をじろじろと()め回すように見ていたのにも納得がいくわ。不快であったのは紛れもない事実だけれど、今回ばかりは不問としましょう」

「ああ、そうしてもらえると助かるね」

 少し嫌味ったらしく男は言った。

「それで? 一番肝心なことが聞けていないのだけれど?」

「なんだ? “肝心なこと”って」

「あなたの顔に生えているその“花”よ!」自分でも意図せず語気が強くなる。「あなたほんと運気私と同じ人間なの? 申し訳ないけど、少し気味が悪いわ」

 私の口をついて出た悪態に、男は素知らぬ顔できょとんとしていた。私の言葉などどこ吹く風といった様子で、「何言ってんだ、お前」と少し不思議そうに言った。

「そうか、まだ気づいていないんだな」男は続ける。

「どういうこと?」

 私は怪訝さを隠すこともなく尋ねる。

「生えてんだよ、お前にも」

「――え?」

「俺と同じ“(モノ)”がな」

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