表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

4.異世界渡り

「くーちゃん!」


 管狐を見つけて抱きしめる。

「くーちゃん?」

「うん、管狐だからくーちゃん」

 小奈多は1週間ぶり会えた嬉しさから呼び名を勝手につけてしまった。

「・・・ん?貴様、喜んでいるのか?」

『ピイッ!?』

 天狐の圧を感じたのか小奈多の後ろに隠れてしまう。

「テンちゃん、くーちゃんをいじめちゃダメよ」

「いや、別にいじめている訳ではない」

 そう言うと懐から手紙を取り出す。

「この手紙を小奈多の親に渡すのだぞ!えっと小奈多の親の名は?」

「おとうが山清水 哲夫、ママが日向(ひなた)だよ、住んでた場所は」

 小奈多が分かる範囲で住んでた場所を教える、理解しているのかどうか分からないが管狐は真剣に耳を傾けている。

「あと何か証明するような物があれば信用してくれるだろうが・・・」

「じゃあ靴とかは?私の名前が書いてある」

 ここに来た時に履いていたピンク色の小さな運動靴を持ってくる、天狐はそれを布製の袋へと入れる。

「それは?」

 興味津々で小奈多は覗き込む。

「これは頭陀袋(ずだぶくろ)、えーと、人間で言う死後の世界へ送り出す時にこの袋にお金を入れて持って行かせるのだ、魂では物を持って行けないからな」

「へー、ほー」

 小奈多は間違いなく理解していない顔をしている、天狐はそれを察すると苦笑いするしかなかった。

「さて、前みたいな失敗はダメだな。管狐よ、そろそろ口寄せを解除するぞ」

 天狐は管狐の首に頭陀袋をかけて頭を優しく撫でてあげる、すると一瞬のうちに消えてしまった。

「上手くいくかな?」

「まあ、あとは小奈多の親を信じるだけだな。向こうの世界での満月は5日後くらいか?それまで待つしかなかろう」






 山清水 小奈多が行方不明になってから1ヶ月経った、警察に捜索依頼を出して探しているが一向に足取りが掴めていない。

「小奈多・・小奈多・・・」

 母親の山清水 日向は憔悴し切っていた、自分が少しだけ目を離した間に娘の小奈多が忽然と消えてしまったからだ。

 毎日が後悔の連続だった。あの時せっかくだから皆既月食を見に行こうと言わなければ良かった、あの時ずっと小奈多の手を握っていれば良かった・・・そうやって自分を責める事が行動の原動力であった。

「日向!」

 呼ぶ声がして振り返る、夫の哲夫が彷徨うように娘を探している日向を連れ戻しに来たのだ。

「また、勝手に外に出て、みんな心配してるぞ、帰ろう」

「でも、でも小奈多が」

 今にも泣き出しそうな日向の顔を見て哲夫は何も言えなかった。ずっと自分のせいだと攻め続ける妻に、何も出来ない自分の無力さを呪ってしまう。

 肩を抱き寄せて家に連れて帰る、家には心配で義両親も来ており、憔悴した自分の娘を気遣う。

「すまない哲夫君」

「いえ、義父さん達が来てくれて本当に助かっております。僕だけでは日向を支えられてなかったです」

 哲夫は小奈多が行方不明になった日、一緒にいたはずの日向を叱責している。ちゃんと見てなかった、不注意だと責めてしまい酷く傷付けた事を後悔していた。日向をここまで追い詰めてしまったと苦悩していた、ここに義両親が来てくれた事で2人とも何とか心の均衡を保っていた。


「あら?」


 義母が外を見て固まっている。

「どうした婆さ」

 義父も外を見て困惑した表情をしている。

「狐?」

 外に狐?ここはマンションの5階だ、野生の狐がこんな所にいるはずがない。

 そしてすぐにその違和感に気がつく、異様に胴体が長い狐が宙に浮いている?空中を泳ぐように浮いて中を観察しているようだ。

「日向!?」

 義父の声で現実に戻る、日向が窓を開けてバルコニーに飛び出してしまったのだ。慌てて止めようとするがすでに時遅く狐のそばにまで行ってしまった、そして屈んで何かを抱きしめている。

 哲夫も慌てて駆けつける、日向の腕の中には見覚えのあるピンク色の運動靴があった。

「これは小奈多の!?」

 狐は宙を浮いたままこちらを見ている。

「お前が小奈多を!娘を!!」

 哲夫は狐を掴もうとするがスルリと抜けて逃げられてしまう。

「くそ!くそ!!小奈多を返せ!返してくれ!!」

「ま、待て、哲夫君、落ち着くんだ」

 義父に宥められる、狐は宙を浮いたままジッと見ている。

「靴の中に何か入っているわ」

 義母の声で振り返る、小奈多の靴が入っていた布製の袋の中に手紙のような紙が入っている。

「・・・なんて書いてあるのかしら?」

 日向が呟く、筆で書かれた流体の文字に全員が頭を悩ませる。

「ま、まて、おそらく昔の日本語だ、しっかりと読めば」

 義父が老眼鏡を持ち出して手紙をしっかりと見る、それを横から覗いて義母が声に出して読み上げる。

「こなた は ぶじ なり?」

「小奈多へ無事!?」

 哲夫もよく見るとそのように書いてあるように見える。

「しきゆう つたえ かたりたひ ことあり」

 難解な言葉に全員が頭を悩ませる。

「まんげつよる うしのこく せんこうをもつて わがいせきをまいられよ」

「満月の夜にせんこう?線香の事かな?それを持って丑の刻に遺跡を参れ?・・・で良いのかな?」

 すると狐が袋の中から白い石を取り出して哲夫に渡す。

「何だこの石は?遺跡では無くてこの石の事なのか?」

 狐は哲夫の前でクルクル回ってまるでその通りだと言っているみたいだった。


「あああぁぁ!」


 突然の日向の嗚咽に全員が驚いて振り返る、何かを胸に抱いて大泣きしている。

「みて!これを、これを見て!!」

 靴の中にもう一枚紙が入っており、そこには筆で見覚えのある字が書かれていた。

「これは、小奈多の字!」

 日向から紙を受け取る。

「小奈多は元気です・・・」

 思わず哲夫まで涙で視界がボヤける。

「良かった、小奈多、生きている、小奈多が生きている」

 日向と抱きあって一緒になって涙を流してしまう、1ヶ月の心労から解き放たれた気分だった。

『キュイッ!』

 突然狐が小さく鳴く、ビックリして振り返るとクルクルその場で嬉しそうに旋回している。そしてそのままパッと姿を消してしまった。

「いったい何だったんだ?」

 その狐の様子を呆然と眺めるしかなかった。



 しばらく時間が経ち全員がようやく落ち着いて考えれるようになってきた。

「いったい何だったんだ?夢でもみていたのか?」

 あり得ない出来事に哲夫は呆然としている。

「誰か古い文字に詳しい人に見てもらった方が」

「でもこの字は間違いなく小奈多の字よ!?」

 日向が下手くそな字で書いてある紙を見せる、哲夫にはその字に見覚えがあり疑いようの余地がなかった。

「ねえ、あの狐に化かされているのかもしれないけど、言われた通りにやってみようよ、もしかしたら本当に小奈多の事が分かるかもしれない」

 日向の目に希望の光が灯ったように見える、抜け殻のように子供を探していた頃とは活力が全く違った。

「満月の夜って言っていたな、スマホで調べられるかな?・・・ってあった」

「便利な世の中だな」

 何でもすぐに調べられる文明の機器に義父は感心しきりだ。

「えっと・・・次の満月は、お?え?あ、明日だ!!」

「「「え!?」」」

 想像以上に時間がなくて焦りだす。

「会社に明日休むと連絡する!」

 哲夫がすぐにスマートフォンで職場に連絡しようとする。

「哲夫さん焦らないで、丑の刻って確か真夜中の事ですよ」

 義母からの言われて自分の気持ちが高揚しているのに気がつく。


「ああ、夜分すいません、山清水です。突然なんですが明日・・・じゃなくて明後日に」


 電話が繋がってしまったので通話をしながら部屋を出ていく、そしてすぐに戻ってきた。

「明日と明後日を休みにしてもらえた、娘の行方の手がかりが掴めたと言ったらOKだった」

 安堵した様子の哲夫が戻ってくる、沈んだ山清水家に希望が舞い降りた1日であった。



 翌日、手紙を持って出て行った哲夫が帰ってくる、知り合いで詳しそうな人がいるから手紙を解読してもらっていたのだ。

「ほぼ僕らの解釈で合っていたよ、小奈多は無事で何とかして連絡を取ろうとしている。満月の日の午前2時、この()()に線香を焚けって事みたいだ」

「いせきってこの石の事だったのね、昨日の狐が必死に伝えようとしてた」

 白い石を手に日向が聞き返す、昨晩はよく眠れたのか顔色は昨日と比べてとても明るい。


「そろそろかな?」

 夜遅くでも義父母がやって来る、手には線香立てと呼ばれる線香に火をつけて立てる仏具を持っている。

「家から持ってきた」

 笑いながら線香に火をつけて刺す。

「綺麗な月、満月だからとても明るい」

 外を見ると大きな満月が明るく周囲を照らしていた。

「さて、ここからどうすれば良いんだ?」

「あっ、見て」

 義母の声で視線がそこに集まる、バルコニーに昨日現れた胴長の狐が見ていたのだ。

 日向は窓を開けると狐は遠慮なく入ってきて肩に乗る、最初は気色悪がっていたが慣れれば可愛く思えてくるのが不思議だった。

 狐を招き入れると部屋中に線香の煙が急激に立ち込めて異様な雰囲気になる。

 突然部屋の照明が消え、まるで別の世界に入り込んだような感覚に陥る。そして目の前に置かれた白い石が月の光に照らされて輝き出す。

「・・・これに触れるの?」

『キュイ』

 まるで言葉を理解しているかのように小さく鳴く、言われるがままに白い石を触れる。


『おっ、繋がったか?小奈多、どうやら管狐が上手くやったようだ』

『えっ!?本当に!!』


 石に触れると声だけが聞こえる。それは穏やかで優しそうな女性の声と、元気で聞き覚えのある幼い女の子の声だった。


読んでいただきありがとうございました。

明日も投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ