驚きのお値段
俺がリュックから取り出したのは日本産のウィスキーだ。定価は驚きの三百万円。プレミア中のプレミアで、俺は成金仲間にオンライン土下座して六百万円で譲ってもらった。
「お酒?」
四辻が間の抜けた声を出す。
「ただの酒じゃない。山垣55年だ」
「知らない……」
女子高生が知らないのはまぁ、当然だな。まだ酒に興味はないだろう。しかし、山垣55年はジャパニーズウィスキー好きには伝説の逸品なのだ。
俺は封を開ける。芳醇な香りが体育館に広がった。
焼け死ぬ蜘蛛を見ながら一杯もいいかもしれない。しかし──。
「早く! 繭が食べられちゃう!!」
四辻の声に応え、山垣55年をスニーカーに数滴垂らす。これまでの検証の結果、成金系スキルの値段判定は単純に足し算だ。
【成金ダッシュ!!】
ほんの数ミリ踏み出しただけで、俺は大蜘蛛の目の前にいた。今にも口に運ばれようとしていた繭をひったくり、四辻の横に戻る。
「えっ!?」
「繭のことは任せた。俺はあのデカいのをやる」
繭を床に横たえ、俺は山垣55年のビンを握った。
「四辻。このウィスキー、オークションで幾らの値段がついたと思う?」
「うーん、百万円ぐらい?」
「見ていろ……」
【成金ダッシュ!】
瞬間移動したように、また大蜘蛛が目の前にいる。食事の邪魔をされたからか、複眼が真っ赤に染まった。お怒りのようだ。
「よう。蜘蛛野郎。お前にも聞いてやる。このウィスキーは今いくらだと思う?」
ギシャァァァァアアア!!
大蜘蛛が立ち上がり、威嚇する。そして口から糸を吐き出そうと──。
「うるせえ! 【成金パンチ!!】」
ドババンッ!!
大蜘蛛だったものは一瞬でその形を失い、体育館のステージいっぱいに飛び散った。
炎に逃げ惑っていた蜘蛛達の動きが止まり、俺に視線が集まる。
「何だ? やろうってのか!?」
蜘蛛の子を散らすとはこのことか。山垣55年を持って凄むと、ササササッと蜘蛛達が体育館から逃げていく。
なんだろう。めちゃくちゃ気持ちがいい。これが……成金のパワーなのか……。
「ちょっと! 手伝ってよ!!」
余韻に浸っていると、四辻がパタパタとやってきて抗議の声を上げた。
「もう少しまってくれ。山垣55年に浸りたい……」
「お酒を飲むのは後にして!! 早く繭からみんなを出して!」
はっ……!? そうだった。繭の中には人間がいるんだった!!
慌てて成金ダッシュを繰り返し、体育館の天井から吊るされた繭を下ろして回る。
四辻が繭にカッターで切れ目を入れては強引に開いて中を確認している。友達を探しているのだろう。
繭の中の人は眠らされているだけで、今のところ誰も死んでいない。大蜘蛛は新鮮な獲物を好んでいたようだ。いったい……どれぐらいの人が犠牲になったのだろうか……。
「リカ! 目を覚まして!!」
四辻が悲鳴にも歓声にも聞こえた。我武者羅に繭を破り、中にいた女の子の肩を揺すっている。
「ちょっと退いてろ」
焦る四辻を押し退け、女の子の横に座る。顔に手をかざすと、息をしている気配はある。大丈夫だ。
俺はズボンのポケットからハンカチを取り出し、山垣55年を垂らした。はぁ……素晴らしい香。
「何するの……!?」
「気付けだよ」
心配そうに見つめる四辻を尻目に、ハンカチを女の子の鼻につける。
「……うっ……」
「リカ! 大丈夫!?」
「えっ、茜さん……なの?」
「朝からずっと連絡とれないから死んだと思ったじゃない!!」
四辻がガバッと抱き付き、リカと呼ばれた女の子は少し驚いている。そういえば、この子、パジャマ姿だな。
「えっ……何かあったですか? ここ、学校……?」
リカは何も状況がわかってないらしい。寝ているところを蜘蛛に襲われたのだろう。
「もう、リカったら! 世界がとんでもないことになってるんだからね……!!」
「世界が……?」
リカはとりあえずという感じで体育館の中を見渡す。そして、俺に目を止めた。
「宇宙人……?」
「この人は成金マンよ。助けてくれたの」
「……成金マン?」
「そう。成金マン。すっごく強いの」
四辻が真剣な顔で説明するも、リカは怪訝な視線を俺に向けるばかりだった。