強敵
ミノタウロスは俺が殴り返した車を巨大な斧で真っ二つにした。中に誰も居なかったことを願いたい。
「成金マン! アイツ、ヤバそうじゃない?」
「あぁ……」
そう。ヤバそうなのだ。何がやばいって、武人の雰囲気があるのがやばい。俺も四辻も能力があるだけで、戦いに関しては素人だ。
一方のミノタウロスは歩き方からして違う。なんというか隙がない。斧の範囲に入れば一刀両断される自信がある。
こうやっている間にも、一歩また一歩とこちらに近づいて来ている。
「どうしよう……」
四辻が不安を口にする。これから一つでも手順を間違えば、死ぬことになるだろう。女子高生の死なんて見たくない。
「とりあえず四辻は逃げて。奴は俺のことを敵と見做したようだから」
じっとこちらに向けられる視線。成金パンチを見て、俺を脅威と感じたのだろう。
「でも……!」
「俺を高級腕時計だけの成金だと思わないでくれよ」
ミノタウロスを睨みつけながらリュックの中からあるモノを二つ取り出す。それはコレクターズアイテムとして有名な熊をモチーフにしたフィギュアだ。
手のひらサイズの癖に一体何十万もする。
「おもちゃでどうするつもりよ!」
「いいから下がって!」
馬鹿にされたと思ったのか、ミノタウロスが眉間の皺を寄せながら踏み込んできた。俺は冷静にクマのフィギュアを構え、狙いを定める。頼む、そのまま油断していてくれ。
【成金パンチ!】
ポイッ! と投擲されたフィギュアは放物線を描いてミノタウロスに到達する。それは難なく払い除けられた。
やはり想定通り。【成金パンチ】は直接手に持っている時しか発動しない。
ではもう一度だ。
ミノタウロスはもう目の前に迫っている。俺は右手にクマのフィギュアを持ち、前に突き出す。巨大な斧が迫ってきた──。
【成金パンチ!!】
クマのフィギュアが触れた瞬間、斧が砕け散りミノタウロスの右腕が大きく弾かれた。驚きで目が見開かれる。
「こっちは見た目で勝負しているんじゃねーんだよ!!」
怯むミノタウロスに向けて決死のダイブ。
【成金パンチ!!】
ロレッタス・サブマリーナと熊のフィギュア。合計二百万以上するだろう。その金額がミノタウロスの腹に炸裂した。
音が遅れてくるような感覚。
風穴が空いた後、ドバンッ!! と耳をつんざく爆音。ミノタウロスが口を開こうとする。
「に、人間よ……見事だ……」
そう言うと、ミノタウロスは巨体を地面に沈めた。
「ふぅー」
緊張した。フィギュアを握る手が汗でびしょびしょだ。
少し落ち着いて辺りを見渡すと、タクシー待ちをしていた人達が俺を遠巻きにしている。
調子にのって手を振ると、盛大な拍手が返された。
「成金マン! すごいじゃん!」
隠れていた四辻が駆け寄ってきた。少々照れ臭い。
「なんとか上手くいった……よ?」
「えっ、どうしたの?」
身体が熱い。急になんだ……!? 立ち眩みがして膝を地面につく。
「ねぇ! なに? どうしたの?」
そして、身体に力が漲った。