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口下手ボーイと妄想ガールの恋はなかなか進展しない

作者: 墨江夢

 放課後の屋上で、とある男子生徒と女子生徒が見つめ合っていた。


 先程から男子生徒は、じーっと女子生徒に熱い視線を送っている。女子生徒はその視線から逃れられなくなっており、結果見つめ返す形になっているのだ。


 女子生徒・大槻若菜(おおつきわかな)は、自身の胸に手を当てる。

 ドキドキドキドキ……。屋上に来てからというもの、鼓動が速くなっているのが実感出来ていた。


(放課後の屋上に呼び出されるって、そういうことだよね? 間違いなく「好き」って言われるやつだよね?)


 若葉は今からこの男子生徒・藤堂正文(とうどうまさふみ)に告白されるのだと確信していた。


 事の発端は、昼休みだった。

 昼食を取りに学食へ行こうとした若葉を、正文が呼び止める。


「あのー、大槻さん。放課後、時間ありますか?」

「放課後? 今日は委員会もないし、別に大丈夫だけど」

「良かった。じゃあ、少しお話ししたいことがあるんで、放課後時間を下さい」

「うん、わかった。……ホームルームが終わったら、藤堂くんに声をかければ良いのかな?」

「そうですねぇ……あまり他の人に聞かれたくないので、ひと気のないところで会いたいのですが……」

「じゃあ、屋上とかどう?」

「良いですね。そしたら、放課後に屋上で」


 正文と別れた若葉は、ふと我に返る。


 放課後の屋上で、他の人に聞かれたくない話。様々な事実関係を踏まえた上で推測するに、正文の「話したいこと」というのはーー


(完全に告白じゃないの!)


 正文からの好意を自覚した若葉は、彼のことが気になってしまい午後の授業が全く頭に入ってこなかった。

 気付けば正文をチラチラ目で追っている始末。意識しているのは、果たしてどっちだろうか?


 そして現在。

 正文の口から発せられるであろう「好き」の二文字にどう返すべきなのか、若葉は未だに悩んでいた。


 一方、正文の胸中はというと、


(さね。どうやって、文化祭実行委員になって欲しいって言い出そうかな)


 告白なんて、微塵も考えていなかった。


 9月に入り、近づいてきた文化祭。各クラスで二人実行委員を選出するわけだが、正文はそのうちの一人に指名されている。

 そしてもう一人の実行委員を、若葉にお願いしようとしているのだ。


 つまり「告白される」という若葉の盛大な妄想は、完全に早とちりなのである。


 第一、正文は若葉に好意らしきものを向けていない。

 放課後若葉を呼び出したのは正文だ。しかし屋上を指定したのは、彼女の方である。


 確かに「文化祭についての話がある」と、事前に触りだけでも伝えておけば良かったかもしれない。それは正文の落ち度だ。

 しかし妄想力豊かな若葉にも、多分に原因があるわけで。


 悩んだ末、正文はこんな頼み方をしてしまった。


「僕と一緒に、最高の思い出を作り上げましょう!」

「最高の思い出!? それって、それってーー!」


(私のこと大しゅきってことおおぉぉぉ!?)


 正文は「大好き」とは言っていない。それどころか、「好き」とすら言っていない。

 しかし今に関して言えば、正文の言葉足らずな部分にも原因があった。


 口下手故に言葉足らずになってしまう正文と、妄想力豊か故にすぐ勘違いしてしまう若葉。この二人のラブコメは、こうして始まった。





 翌朝。

 高校の最寄駅の改札で、若葉は正文が来るのを待っていた。


 電車が到着する度に、改札口を注視する。

「早く来ないかな。早く会いたいな」。若葉の脳内は、正文のことでいっぱいだった。


 約10分後。ようやく正文が、改札から出てくる。

 正文の姿を見つけるなり、若葉は彼のもとへ駆け寄った。


「おはよう、藤堂くん!」

「えっ、大槻さん!? おっ、おはようございます」


 若葉に待ち伏せされているだなんて思ってもいなかった藤堂は、驚きを露わにしていた。


「同じ電車だったんですか?」

「うん、偶然だね! いや、運命かもね!」


 若葉は息を吐くように嘘をつく。彼女は2時間も前に駅に到着していた。


「それに折角こういう関係になったんだし、一緒に登校して親睦を深めるのも良いんじゃないかなーって」

「親睦、ですか」


 ここで一つ確認しておくと、現在正文にとっての若葉は同じ文化祭実行委員仲間だ。

 対して若葉にとっての正文は、愛する彼氏である。


 普通ならすぐに互いの認識の違いに気付きそうなものだが、言葉足らずで決定的な一言を口にしない正文と早とちりばかりする若葉が奇跡的なすれ違いを誘発させていた。


(クラスで二人しかいない文化祭実行委員なんだ。確かに、もっと仲良くなっておく必要があるな)


 そう考えた正文は、「そうですね! 一緒に登校しましょう!」と返す。

 そしてその返答が、二人の勘違いを継続させた。


 学校へ向かう道中、正文は「そうだ」と、思い出したように話を切り出す。


「大槻さん。放課後、(文化祭の)買い物に行きませんか?」

「買い物? それってもしかして二人きりで?」

「? そりゃあ、二人でですけど?」


 実行委員は二人なんだから、当然のことである。

 しかし正文と交際しているつもりの若菜は、「二人きりの買い物」を言葉通りに受け取らない。


(初デートのお誘いキタァ!)


 交際初日から一緒に登校&デートが出来るなんて、これを順調と言わずになんと言うのだろうか? 若菜は密かにガッツポーズをした。


「隣街にショッピングモールがあるじゃないですか。そこに行こうと思うんですけど、どうですかね?」

「良いと思うよ! 凄く楽しみだな!」


 こんなにも文化祭を楽しみにしているなんて。嬉しそうな若菜を見て、正文もまた盛大に勘違いするのだった。





 放課後。

 正文と若菜は、ショッピングモールを訪れていた。


 同じ時間、同じ場所にいる二人だったが、その目的は異なっている。

 正文の目的は、文化祭に必要な物資の買い出した。

 対して若葉の目的は、正文とイチャイチャすることである。なんなら夕日をバックにキスまでしてしまおうかと画策していた。


「まずは、何を見に行こっか?」

「そうですねぇ……。取り敢えず、本番に必要な物を揃えるとしますか」

「本番!? それは流石に、気が早すぎないかな?」


 キスをすることは想定していても、それ以上の行為はまだ心の準備が出来ていない。


「そういうのは、もうちょっと経ってからが良いと思うよ」

「……(文化祭までまだ日にちもあるし)確かに、そうかもしれないですね。それじゃあ今日は、クレープを食べに行きましょうか」


 どうしてクレープなのかというと、正文たちのクラスがクレープの屋台を出し物とするつもりだからだ。所謂、市場調査である。


「クレープ……良いね! 私大好きだよ!」


 因みにクレープ屋を発案したのは、他ならぬ若菜だったりする。そりゃあ大好きなわけだ。


 それから二人はフードコートに行き、数種類のクレープを食べた。

 

 多くの味を楽しみたい。しかし沢山食べるほどお腹は空いていない。

 そうなると、二人は一つのクレープをシェアするという実にカップルらしい行動に出るわけで。

 その行動が、若菜の勘違いを更に増長させた。


 時刻は7時を回り、この日は解散することになった。

 

 帰り際、正文は若菜に可愛らしいキーホルダーを手渡した。


「これは?」

「今日付き合ってくれたお礼です。受け取って下さい」


 文化祭実行委員なんて面倒な役割を引き受けてくれたのだ。これくらいの礼はすべきであろう。


 正文にとって、お礼以外の他意はない。しかし……絶賛交際中だと勘違いしている若葉にとって、他意しかなかった。


(彼氏からの初プレゼント! 彼氏からの初プレゼント!)


 若菜はキーホルダーを受け取ると、愛おしそうに胸の前でギュッと握りしめた。

 そして心底幸せそうな笑顔を、正文に向ける。


「ありがとう! 一生大事にするね!」

「いえ、そこまで重く受け止めて貰わなくても良いんですが……」


 相変わらず二人の会話は、成り立っているようで噛み合っていなかった。





 文化祭は、大成功に終わった。


 特に正文たちのクラスは近年稀に見る売上高を叩き出し、最優秀クラスに選ばれる程だった。


 その立役者は、なんと言っても二人の実行委員だろう。クラスの誰もが、それを認めている。


 そしてもう一つ、クラスメイトたちの共通の認識があった。


「流石は、おしどりカップルだよな。息ぴったりだったよ」

「本当ね。これが愛の力ってやつかしら?」


 正文と若菜が付き合っているという噂は、皆が知るものとなっていた。

 因みにその噂は、若菜本人が流したものだ。「私、藤堂くんと付き合ってるんだよね。キャーッ!」と、道行く人に言い回っていたとか。


 しかしクラスの誰もが知る噂なら、当然正文本人に知られるのも時間の問題で。そして正文に知られるということはーー今度こそ、勘違いの終焉を意味していた。


 若菜はまたも、放課後の屋上に呼び出される。

 

 一度目の放課後の屋上への呼び出しは、告白だった(と若葉は思っている)。それじゃあ、二度目は?

 文化祭という苦楽を共にしたのだ。もしかすると、これから一生苦しいことも楽しいことも共有していきたいと言われるのかもしれない。


(つまりは、プロポーズゥ!?)


 若菜の妄想力は、文化祭を経たことでパワーアップしていた。


「突然の呼び出しに応じてくれて、ありがとうございます」

「ううん、構わないよ。……で、何かな?」


 見ると正文はどこか緊張している。

 そんな彼の姿を見てしまっては、どんなに平静を装っても、若菜にも緊張がうつってしまうのだった。


(どうしよう。顔が熱い……)


 若菜がゴクリと息を呑む。それと同時に、正文が口を開いた。


「なんか、僕たちが付き合ってるって噂が流れているそうですね。文化祭実行委員を頼んだばかりに僕なんかの彼女認定されちゃったことを、謝ろうと思って……」

「……付き合ってるんじゃないの?」


「えっ?」と、正文が首を傾げる。

 二人の間に、なんとも気まずい沈黙が流れた。


「藤堂くん、私に告白してくれたよね? 「一緒に思い出を作ろう」って」

「そんなこと……言いましたね。でもあれは告白じゃなくて、一緒に文化祭実行委員をやろうっていうお誘いだったんですが」

「……そうだったんだ」


 ここに来てようやく、若菜は自分が勘違いしていたのだと気がついた。


(そっか……。私、藤堂くんの彼女じゃなかったんだ)


 最初は告白されたから、正文のことを好きになったんだと思っていた。

 でも、きっとそれは違う。仮に告白されていなかったとしても、彼と接すればすぐに惹かれていった筈だ。


 そう思えるくらいには、正文のことを好きになっているんだと思う。


「私って、昔から早とちりしちゃうこと多くてさ。今回の件も、私の早とちりが原因で藤堂くんに迷惑をかけちゃったみたい」

「確かに、迷惑でしたね。……告白はクリスマス前にしようって、決めてましたから」


 正文の発言に、今度は若菜が「え?」と返す番だった。


「えーと、ごめん。また勘違いしないように確認するけど……今藤堂くん、私に告白するつもりだったって言った?」

「言ったよ。……もう勘違いが起きないようにはっきり言うけど、僕は大槻さんのことが女の子として好きなんだ。僕を君の彼氏にして欲しい」


「女の子として好き」。「君の彼氏にして欲しい」。それらは勘違いのしようもないくらい、好意が明らかな文言で。


 口下手な男子が自分の気持ちを赤裸々にして、妄想力豊かな女子が早とちりしないよう何度も確認を行なった。

 結果今度こそ、二人の気持ちは通じ合って。


 こうして口下手ボーイと妄想ガールの寄り道だらけのラブコメは、ハッピーエンドを迎えたのだった。

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