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悪魔と蕾  作者: 佐竹蜜
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1-5

花乃かの、オレはオマエに嘘を吐かない」


前置きとして、悪魔――一樹いつきはそう言った。


「悪魔なのに?」

「オレは他の奴らと違う。オマエを騙して無理やり従わせることはしないし、絶対に傷つけない」

「……悪魔なのに」

「信用できないだろうけど、オレは約束する。オマエを大切にする」


そんなキザっぽいこと言われても、鵜呑みにできるわけがない。

けど。


「少なくとも、今までオマエの周りにいた人間たちよりは」


見透かしたような、静かな声色。

ああ、本当に私のことを知っているんだと、息を吐いた。

同情でも憐憫でもない、ただ気遣う声が、むしろ心地よかった。




ソファに座ってゆっくりお話、をする暇はなさそうだった。

『嘘を吐かない』という言葉が嘘であろうがなかろうが、ここで二人暮らしを始めるというのはどうやら本当らしかった。


「一日過ごすに必要なものだけでも買いにいかないと。質問には答えるけど、とりあえず何が必要か考えてくれるか?」

「なんでこんなに物が無いの」

「オマエの好みで揃えたかったから」


ということなので、本当に最低限の家具家電しかないこの部屋を、まずは見回ることになった。棚もクローゼットも空。日用品も食材もほとんど無いし、カーテンすらも無いから外が丸見えだ。隣が低い建物でよかった。


日々の暮らしで使うものを思い出しながら、メモ帳アプリで買い物リストを作る。まさかこんなところからスタートとは思わなかった。叔父叔母が普段から暮らしている部屋に居候するはずだったのだから。自分の必要な荷物だけ運び込めば、ひとまずは大丈夫だと思っていた。


「そういえば」

「ん?」

「叔父さん叔母さんがいないって言ったけど、私が今まで会ってた人たちはどこに行ったの?」


父の妹夫婦を何度も見ていることを思い出して問うた。幼い頃から会っているし、存在しているのは確かなのだ。まさか人間それすらも作ったのか、それともコイツが殺……


「ああ、ソレはソレ。親父に吹き込んだのは架空の『もう一組の妹夫婦』さ。今も、オマエはそっちに預けられてると思ってる」

「そ、そう。でも後で食い違っちゃうんじゃないの?ほかの親戚と話すときとか」

「その辺も上手く微調整してるから大丈夫。オマエが気にすることはないよ」


人の記憶や認識を捻じ曲げてまで私をここに連れてきたって、悪魔っぽいやり方だけど、不思議とコイツが言うと怖くない。

『気にするな』って威圧的な牽制じゃなくて、本当に私が気にすることではないのだろう。

まあ、考えたって解りようがないのだけど。


「悪魔って何でもできるの?」


キッチン周りで必要なものをリストアップする。

一樹は後ろから眺めている。


「人間に比べりゃあな。限度はあるけど、周囲の事象に干渉するくらいはできるよ」

「さっき、ずっと準備してたって言ったけど」私に会うため、私を食うために。「今まで、何したの?」


移動して、洗面所や浴室で使うものを考える。


「しばらくは見守ってただけだよ。直接的に弄ったのはここ最近。オマエの進学に合わせて、この部屋借りたりオレの存在を捻じ込んだり」


ここ最近。ってことは、


「じゃあさ」


聞きたくて、聞きたくないことを、訊いておかなきゃいけない。


「一応確認しておきたいんだけど」


私が、わだかまり無く、コイツと暮らしていけるように。


「お母さんが出ていったのも、

 お父さんがあんななのも、

 私に居場所がなかったのも、

 全部、アンタのせいなの?」


少しの沈黙。

なんとなく答えを察しながら、私は一樹の顔を見た。


初めて、柔和な笑みが消えていた。


「そうだ……って言えたら、よかったんだけどな」


壁に凭れる一樹は、少しだけ悲しそうな目で、私を見ていた。

哀れみというより――苛立ちのような悔恨のような、不思議な感情が揺らいでいるように見えた。

悪魔って感情あるんだ、なんて思いながら、僅かに口角が上がるのを感じた。


「なに?」

「ううん。……ねえ」


どういう答えを期待していたか自分でも分からないけど、私は満足していた。

まだまだ知りたいこと、聞かなきゃいけないことはあるけれど、今はいい。


「リストアップ、終わったよ」


後で裏切られることになってもいい。

今は彼を、一樹を、信頼できる気がする。これまで一緒に暮らした誰よりも。


「ありがと。じゃあ買い物行こうか」


爽やかで優しい笑顔にも、今の私の表情にも、きっと嘘はない。




歩いていける距離に大型のホームセンターがあり、大抵のものはそこで揃いそうだった。

日用品や雑貨、インテリアなど、私は特段こだわりを持っていないけれど――こだわりを持つほど長く生きてないし――全面的に任せられたので、直感であれこれ選んでいった。自然と、実家にあったものとは正反対のものを手に取っていたことは、カートを押す一樹には気づかれているのだろうか。


「あっ」

「どうした?」

「カーテンの長さが分かんない……」

「ちょっと待ってな」


様々な柄のカーテンを前に、一樹は立ち止まって目を閉じた。

家を出る直前に、再び姿を変えて、今は20代前半くらいに見えている。顔つきなどはそのままで、さっきまでの一樹が成長したらこうなるだろうなって印象。要するに、相変わらず爽やかでカッコいい。

確かに中高生二人での買い物は変に目立ちそうだけど、これはこれで周りからどう見られているか気になる。

年の離れた兄妹?それとも――


「分かった。リビングのはこれくらい。花乃の部屋はここからここまで。幅はそれぞれ……」


一樹が、両手を使って高さと幅を示す。

部屋に念でも飛ばしていたのだろうか。便利だな、と思いながら、サイズの合うカーテンを探す。


これがちょうどいいかな?色はどうする?どれがいい?なんて、まるで――


「ね、ねえ、ベッドカバー」

「ん?」

「アンタも要るでしょ?」

「花乃のは?」

「これ」

「じゃあ同じのでいいよ」

「…………、そう」

「どうした?」

「な、何でもない」


同じのを手に取って、

ちょっとデザインが可愛すぎるかなと思って、

隣の色違いに替えて、

思い留まって、

別の柄のを取りかけて、

やっぱり色違いのにした。


別に、意識してなんかない。

コイツ悪魔だし。

今は兄妹にしか見えないはずだし。

周りに男女の買い物客が多いのだって、そういう時期だからであって、特に感化されてるわけじゃない。

間違ってもそんな、『なんだか新婚みたいだな』とか、一瞬たりとも思ってない。


「あ、タオルとか食器とか、全部二人分な」

「……使うの?」

「使うよ、オレだって」


ただ、ちょっとだけ、

こういう買い物が初めてで、楽しい。


目が合った一樹が嬉しそうに笑ったので、たぶん私も、そういう顔をしているんだろう。


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