表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔と蕾  作者: 佐竹蜜
3/6

1-3

事前に用意していた手荷物を持って、私は早朝に家を出た。

まだ全員眠っている時間。

起きていたところで、話すことは何もない。見送りも、表面上の言葉も、私には必要ない。


昨夜ですら、私の引っ越しについての話は、ほとんど無かった。

父が一度声をかけてきたのに驚いたくらいだ。


「――の息子も同じ高校に通うらしい」


なんて唐突に言ってきたから、私は聞き流しそうになった。


「え?」

「従兄の一樹くん。同い年だったな」

「いつきくん……?」

「覚えてないか?まあ、しばらく会っていないから仕方ないな」


それだけ。

よろしく伝えてとも言わず、父との最後の会話はそれだけだった。


話しかけられたことに驚いていて、内容を気にしていなかったのを今思い出した。

駅に向かって歩きながら、その従兄について考えた。


私の曖昧な受け答えは、父との会話に対する拒否反応だけじゃない。

本当に、その従兄について思い出せなかった。

一樹くんという名前に聞き覚えもないし、叔母夫婦に子供がいたのも知らなかった。『しばらく』どころか、一度も会った記憶がなかった。それとも、私が認識していなかっただけで、親戚の集まりにはいたのだろうか……?


というか、同い年の従兄と一緒に暮らすって、どうなんだろう。

ろくに話したこともない、ほとんど初対面の男の子と、ひとつ屋根の下で生活するの?親戚とはいえ、私も一応思春期の女の子だし、抵抗あるんだけど。

父はそれについて何か……思うわけないよね。私を追い出しさえすれば、どうでもいいんだ。


せめて優しい人だったらいいなあ、なんてぼんやりと思う。

従兄とどうこうなるとは思えないけど、毎日会うなら仲良くしたい。

見た目もカッコよかったら、とも思うけど、女の子を頻繁に家に呼ぶような感じなら嫌だな。そしたら、また居場所のない人生に戻ってしまう。


友達はいたけれど、恋愛とは無縁だった。自分に自信が持てないのと、人を心から信用できないのと、何より家での自分を知られたくなくて、できるだけ人と深く関わらないようにしていた。たまの告白も、嬉しくはあったけど、すべて丁重に断ってきた。


だから別に、恋人が欲しいってわけじゃない。

私が欲しいのは、誰か、頼れる相手。

悩みを話せて、受け止めてくれて、私をちゃんと見てくれる人に会いたい。


その従兄、『一樹くん』を介してでも、誰かに出会えたら、いい。


……期待はしないって決めたんだけどな。




電車を乗り継いで、2時間ほどで目的のターミナル駅に着いた。高校、および居候する家の最寄りとなる駅へは、さらにもう一本乗る必要がある。叔母夫婦との待ち合わせもそこだったけど、誰にも会わず家を出るために始発に乗ってきたので、予定よりかなり早く着いていた。

途中、ファストフード店で朝食を摂ったけれど、待ち合わせ時間はまだまだ先。どこで潰そうかと考えながら、改札を出て立ち止まった。


花乃かの


すぐに、名前を呼ばれた。

休日の朝、まだ人の少ないホームで、はっきりと聞こえた。

ただし聞き覚えのない声。


振り向くと、少年が一人、改札を抜けてきた。

私を見て歩いてくるので声の主と分かったけど、やっぱり知らない人だった。少年というよりは好青年って感じ。高校生くらいだとは思うけど。


「やっと会えた」

「あの……?」

「一人で大変だったろ。荷物貸しな」


何気ない動作で、私の肩からバッグを外して持っていく。こっちだよ、と示すのは、私が向かうはずの路線。

私のことを認識していて、状況も行き先も解っている、同世代の人物。

そこでようやく、昨夜聞いたばかりの名前が頭に浮かんだ。


「あ、えっと、一樹いつきくん?」

「ああ」


柔らかく微笑む端正な顔に、ドキッとする。なんというか、やや背が高くて細身で、派手ではないけど爽やかで、正直カッコいい。同い年のはずなのに、クールで大人びた雰囲気。

こんな従兄が親戚の中にいたら、絶対気づくはずだ。なんで知らなかったんだろう。


「あの、ごめんなさい、早く着きすぎちゃって」

「大丈夫。ちょっと驚いたけど。まっすぐ家行っていいんだよな?」

「うん。荷物、ありがとう」

「いいよ。朝から疲れたろ。でももう少し頑張って」


口調は少しぶっきらぼうだけど、声色は優しい。

歩きながらときどき私を見る表情も、ずっと柔らかい。

その容貌も相まって、初対面の従兄は、私にずいぶん好印象を与えた。


お陰で、会話の端々に漂う違和感に、まだ気づかなかった。


もう戻らないつもりで、ずっと離れたかった家を出て、鍵も郵便受けに入れてきた。

それだけで、心が軽く晴れやかだったんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ