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若者は大家を目指す  作者: 大沢 雅紀
8/42

最初の落札

少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「更新がんばって!」と思っていただければ、↓の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援して下さると嬉しいです。


また、読者の意見も参考にしたいので、どんどん感想もお寄せください。それによって展開に反映したりします

裁判所別館


新しくできた別館は綺麗で、部屋の中には清潔なソファが並んでいる。


「ふう……ここだ。間に合った」


なんとかたどり着いた新人は、ソファに座って開始を静かに待つ。


開始20分前からポツポツと人が集まり始めた。


相変わらず、一癖も二癖もありそうな怪しげな人たちに見える。


競売の特別売却にかかるような物件は当然ながら数が少なく、新人の目から見たら他にめぼしい物件はなかった。だから全員が新人と同じ物件を狙っているのではないかと思ってしまう。


「どうせ、こいつらもあの物件目当てなんだろうな……」


新人はそんな疑心暗鬼にとらわれ、敵意がこもった目を向けてしまった。


彼らはそんな新人を無視して、お互いに談笑していたりする。


「お宅は、今回はどの物件で? うちは×××ですよ」


「そうですか。うちは△△△ですね。今回はかぶらなくてよかったですね」


どうやら顔見知りらしい二人のサラリーマン風の男は、競争しなくてほっとしているようだ。


「うちも大変ですよ。不動産がなかなか売れなくてね。競売にかけられた家でもないと、なかなか利益がでないですよ。まあ、自殺者が出たとかの類の『事故物件』じゃないから、黙っていれば元は競売物件だと一般人はわからないですし。ちょっと安く売り出せば、すぐに買い手がつきますよ」


「うちは今回落札できたら、賃貸にまわすと社長が言っていました。ふふ、思い切りリフォーム代をけちって見た目だけ綺麗にして、高く貸すつもりでしょう」


二人はあははうふふと不気味に笑いながらそんなことを言い合っている。


彼らは建設会社や不動産会社の社員らしかった。


海千山千のプロ同士の腹黒い会話を小耳に挟んで、思わず新人は恐怖した。


(プロと競り合って、勝てるのかな? )


スーツを着た男達に気後れする新人。


(それに、もし落札しても、今度はどうやって住人を追い出せばいいんだろう。一応最後には裁判所が面倒を見てくれるみたいだけど、何十万も追加で費用がかかったり、最悪逆恨みされて危害を加えられたりしたら……)


悪い想像ばかりが持ち上がってくるが、いまさら後には引けない。


悶々としながらひたすら開始時間を待っていると、やっと10時になって裁判所の職員が出てきた。


「物件番号☆☆☆を希望する方」


「はい」


職員に目当ての物件について読み上げられるたびに、ソファに座って待っていた者たちが部屋に入っていく。


ある物件は一人だけで、またある物件は複数の人間が入札に参加していった。


「次は、物件番号123の方」


ついに目当ての物件が読み上げられる。


「は、はい。僕でしゅ」


新人が立ちあがるが、あまりに緊張していたために舌をかんでしまった。


職員はそんな新人をみてクスっと笑い、話をつつける。


「物件番号123を希望される方は、他にいらっしゃいませんか?」


確認するようにあたりを見渡すが、まだ控え室に残っていた数人の男女に動く気配はない。


(え? 俺だけ? も、もしかして……)


新人の心に徐々に喜びがわきあがってくる中、職員は冷静に告げた。


「はい。ではお一人ですね。それでは、買受可能価格での落札が可能です」


それを聞いた瞬間、思わず新人はガッツポーズを取ってしまった。


「や、やった! これで160万で一戸建てが手に入る! 」


頭の中にずっと妄想していた、夢の大家生活のイメージが蘇る。


新人は確かに、このとき「働かないで楽して生きていく」という自分の夢に対しての一歩を踏み出していたのであった。


「えっと……もしもし」


一人バラ色の未来を思い浮かべてボーっとしている新人に、職員が声をかける。


「は、はい! なんでございますでしょうか?」


ハッとなった新人は、思わず直立して返答をした。


「それでは、中に入って手続きをお願いします」


職員に言われるまま、天にも昇る気持ちで新人は手続きをする部屋に入る。


その時、頭のはげた中年男が、息を切らして控え室に入ってきた。


「はあ、はあ……もう入札は始まっていたのか。間に合わなかったな……。今月から場所が変わるなんて聞いていなかったぞ」


暑苦しいその男の体からは、湯気が立ち上っている。


どうやら相当走ってきたようだが、場所が分からなかったようだった。


(ご愁傷様)


新人は早めに裁判所に来た自分の幸運を思い、笑みを浮かべて部屋に入っていく。


しかし、ここですんなりと手続きは終わらないのだった。




裁判所 不動産執行係の別室


そこでは、複数の応募者があった物件の入札が行われようとしていた。


「物件番号××× の方、こちらに来てください」


大きな部屋のカウンターの前では、先ほどのスーツの男が、入札用紙に金額を書いて封をし、投票箱に入れていく。


(俺はもう買受可能価格落で札が決まったから、気楽なもんだな)


「では、一人しか応募がなかった物件の方はこちらにきてください」


「はい」


その言葉に従い、新人を含めた数人がその職員のところに集まった。


「手続きは後程しますので、まずは必要書類である住民票の提出をお願いします」


「はい」


それにしたがって、入札者が他にいなかったおかげで最低価格で買える運のいい参加者が次々と自分の住民票を提出していく。


もちろん新人も用意してきた住民票を出した。


(これでもう確定だな……安く手に入れることができて、本当によかった)


勝利の余韻に浸っていると、隣で行われていた入札の物件が読み上げられた。


「では、物件番号123について入札される方」


「えっ?」


一瞬聞き違いと思い、思わず間抜けな声が出る。


それは、新人が先着順で落札するはずだった物件だった。



(ち、ちょっと待て。さっき入札は俺一人だったから、先着順で入札は行われないはずじゃ?)


訳か分からなくて混乱している新人をよそに、再入札はどんどん進められていく。


「はい。私です」


職員の声にこたえて立ち上がったのは、なんと最後に控え室に入ってきた禿頭の男であった。


(そ、そんな馬鹿な……さっき誰もいないって職員が言っていたはずなのに……)


いきなり天国から地獄に突き落とされた気分になる新人だった。


「えっと……物件番号123の方はお一人ですか?おかしいですね。再入札にかかるということは、もう一人いるはずですが……」


職員も混乱している。


「たぶん、何かの間違いでは? 今回の物件123の応募者は私だけでしょう」


ニヤニヤと笑いながら、すました顔で言う男。


「そうですか? ならお一人ということで、先着順になるのであなたが落札……」


「ち、ちょっと待ってください!  俺もその物件に応募しています」


慌てて職員に詰め寄る新人。


「チッ」


その時、禿頭が舌打ちしたのを新人は見ていた。


「それでは、ただ今より再入札を行いたいと思います」


職員が新人と禿頭の男をに対して、再入札用の申込書を配る。


「はい。これが入札用紙です。それでは、金額を書いて持ってきてください」


事務的な対応をする職員の言葉を聞いて、禿頭の男は笑みを浮かべて書類を受け取ったが、新人は納得できなかった。


「ち、ちょっと待ってください。さっき俺は物件123について、一人しか希望者がいないから、買受可能価格で落札できるって説明を受けましたよ。既に住民票も提出したんですが……いまさら二人で再入札なんておかしくないですか? 」


「えっ?」


新人の抗議を聞いて、職員は首をかしげる。


「何かの勘違いじゃないですか? 早く入札をはじめましょうよ」


禿頭の男は新人の抗議を無視して、手続きを進める様に職員に向かって言い放った。


「少しお待ちください。10時に物件123について希望者を募ったときに、あなたはその場所にいましたか?」


職員が禿頭の男に問いただすと、男は急に目を泳がせた。


「は、はい。私は確かにその場所にいましたよ」


「そんな……俺は一人でしたよ。あなたは後から来たじゃないですか!」


思わず新人がそういうと、禿頭の男は怖い目でにらみつけてきた。


「……私が嘘を吐いているとでも? キミ、失礼じゃないかね? 年上に対して」


「こんな事に年上とか年下とか関係ないでしょ」


思わず新人もけんか腰になる。二人の間に緊張が走った


「ま、まあまあ。ここは裁判所ですよ。喧嘩はやめてください」


慌てて職員が二人の間に割ってはいる。


゜でも、この人が……」


「わかりました。それでは、最初に物件123について募集した者に問い合わせてみましょう」


職員はそういって、確認のために奥にはいっていった。


それからすぐに戻ってきた職員は、困惑の表情を浮かべている。


「おかしいですね……確かに大矢さんのおっしゃられるとおり、最初の応募では一人しか希望者がいなかったので、先着順で落札者が決まっています」


「そんな馬鹿な! 私は確かに10時にはきていたぞ」


新人の主張が正しいといわれて、禿頭の男は顔を赤くしている。


「貴方は本当に10時にここにきていましたか? ここは大事な所なので、正直に話してください」


職員が鋭い口調で禿頭に聞くと、彼は一転して歯切れが悪くなった。


「い、いや、その。厳密に言えば、10時ぴったりではなかったのかもしれない。いつもとは競売を執行する部署の場所が変わっていたので、5分くらい遅れたかもな……。でも、ちゃんとカウンターで物件123に応募すると申し込んだぞ。調べてもらえれば分かる。それに、遅れたといってもたった5分だし、まにあったんじゃないかね?」


どうやら、ダメ元で目当ての物件123に申し込みをしたところ、職員同士の連絡が上手く取れていなかったので、申し込みが受理されたらしい。


職員はそれを聞くと、職員は申し訳なさそうな顔をして言った。


「そうですか……。これで分かりました。こちらの不手際でご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。残念ながら、最初の応募のときにその場に一人しかいない場合は、先着順になります。たとえ一分でも遅れた場合は、再入札にはなりませんね。よってこのこの物件123の落札者は、大矢新人様に決定しています」


職員は公平なジャッジを下す。


それを聞いて新人は胸をなでおろし、禿頭の男は悔しそうな顔をした。


「ふん。わかったよ」


そういって、禿頭の男は部屋を出て行く


それを見送った職員は、新人にも頭を下げた。


「色々と手違いがあって、申し訳ありませんでした」


「い、いえ。いいんですよ」


そういって新人は笑顔を浮かべる。


裁判所だけあって厳格にルールが適応されることを目の当たりにして、信頼を高めていた。


「それでは、これからの手続きを説明させていただきますね」


そういって、新人の前に淡々と書類を並べる。


この瞬間、新人はようやく最初の競売物件を手に入れたのだった。


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