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若者は大家を目指す  作者: 大沢 雅紀
37/42

結婚

少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「更新がんばって!」と思っていただければ、↓の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援して下さると嬉しいです。


また、読者の意見も参考にしたいので、どんどん感想もお寄せください。それによって展開に反映したりします

母親が余命宣告されても、穂香は気丈にコールセンターで働き続けた。

入院費などは保険でまかなえものの生活に余裕がなく、仕事をやめられなかったのである。


もちろん職場もその事情を考慮して勤務を週四日から三日に減らし、働く時間も少なくした。

そして新人も病院への送り迎えなどで、できるだけの協力を穂香にするのだった。

そんなある日、穂香がぽつりともらす。


「大矢さん。どうして私を助けてくれるんですか?」

穂香からいきなり言われて、新人はなんて答えたらいいかわからなかった。


「そりゃ、僕は穂香さんのお母さんには恩があるからね。前の職場で散々お世話になったし。だから、できるだけのことはしてあげたいんだ」

それを聞いて、穂香はちょっと悲しそうな顔をする。


「……つまり、私じゃなくて、お母さんのためなんですよね……お母さんが好きだから? 」

拗ねるように言われて、新人はちょっと動揺する。


「い、いや、それだけってわけじゃないけど……」

慌てる様子の新人を見て、今度は穂香はクスっと笑った。


「ふふっ。なら、お母さんの最後の望みをかなえるために、明日のお休みにちょっと付き合ってもらえませんか?」

「いいけど……望みって?」

「それはこれからのお楽しみです。でも、明日はスーツを着てきてくださいね」

いたずらっぽく笑う穂香は、何なのか教えてくれなかった。


次の日、疑問に思いながらも新人は穂香を迎えに行く。

穂香の家であるアパートから出てきた彼女は、なぜかおめかししていた。



「今日もお母さんのお見舞いに行くんだよね。なぜスーツ着用なの?」

なれないネクタイとスーツを着ている新人は、窮屈そうにしている。


スーツなどアルバイトの面接のとき以来、何年も着ていなかった。

「ふふ、その前によってほしいところがあるんです」

穂香に言われるままに、車を進める。


すると、前方にチェーン展開している写真館が見えてきた。

「大矢さん。あそこに入ってください」

穂香に従い、車を停める。そのまま腕をとられて、社員間に入っていった。


「いらっしゃいませ。ご予約されていた大矢様ご夫妻ですね。本日は当社の「フォトウエディング」プランにお申し込みいただいて、誠にありがとうございました」

ピシッとスーツをきた女性が、丁寧に頭を下げる。


「ええっ!?」

新人はびっくりしたが、穂香は余裕顔である。


「はい。今日はよろしくお願いしますね」

「かしこまりました。それでは、こちらの控え室にどうぞ」

そういって、女性に奥の部屋に案内された。


「ち、ちょっと穂香さん。これは?」

あまりに意外な展開だったので、頭がついていけてない新人。

すると穂香はいたずらっぼく笑って、理由を話し始めた。


「あの。今日はすいません。母がどうしても私の花嫁姿を見たいって言うものだから、写真をちとってもらおうと思って」

「そうなんだ……でも、何で僕まで?」

新人は首をかしげる。そんな新人の様子を見て、穂香は不満そうに頬を膨らませた。


「だって、相手もいないのにウェディングドレスを着てもむなしいだけじゃないですか! 大矢さんは私に一人で写真を撮れって言うんですか?」

「い、いや、そんなことないです」

「よろしい。それじゃ、今日は夫婦ですからね。しっかり旦那様役を勤めてくださいね。新人さん」

そういって、穂香はにっこりと笑うのだった。


そして数時間後-

疲れた顔をした新人と、満足した顔の穂香が仲よさそうに腕を組んで写真館を後にした。

その手には、きれいに包装された写真ケースがもたれている。


「……まさか洋式と和式、両方するなんて……」

ぐったりしている新人に対して、穂香はものすごく機嫌がよかった。


「やっぱりやってよかったな。本番じゃもっといろんな服を着て……」

何やら妄想している穂香に、新人の背筋はおもわず寒くなってしまうのだった。



病院

写真館で撮った、チャペルの前でウェディングドレスを着た穂香とタキシードを着た新人が移っている写真を見て、新庄さんは涙を流して喜ぶ。


「お母さん。どう?」

「うん。綺麗よ。これで安心できるわ……」

にっこりと笑う新庄さんの鼻にはホースが差し込まれ、腕には点滴の管がついている。


末期がんの苦痛を和らげるための処置だが、痛々しかった。

「ねえ、これはどこの教会で撮ったの?」

新庄さんが聞いてくる。


「えっと、あの、それは実はね……」

穂香が何か言う前に、新人が口を開いた。


「南町にある、聖フランシスコ教会ですよ。お金がなかったので、二人だけでささやかに式を挙げてきました。みんなへの披露宴は、またの機会でするということで」

「そう……よかった。今日から二人は夫婦ね」

そういうと、新庄さんはゆっくりと眠りに落ちていった。


「大矢さん……今日は、本当にありがとうございました」

病室の外穂香が頭を下げてくる。

「いいよ。お母さんも安心できたみたいだし。お安い御用だよ」

新人はそういって、穂香の頭をなでた。


「ふふ……でも、ちょっとドキっとしちゃいました。教会で式を挙げたなんて嘘をつくなんて」

穂香は頬を赤らめている。

「嘘……か。あの、もし穂香さんがいやじゃなかったら、嘘じゃないことにしてもらえないか?」

「えっ?」

穂香はびっくりしたように、新人を見つめている。


「その……今はお母さんがあんな状況だから、すぐにというわけじゃないけど、その、できれば穂香さんと、将来を共に過ごすことを前提として付き合いをしたい」

新人は顔を真っ赤に染めて、体を震わせながら一気に言い放った。



「あの……それって」

「ああ。穂香さんに結婚を申し込みしたい」

こともあろうに病室の外で、ムードもへったくれもない場所でプロポーズする。


穂香の顔に、喜びとも呆れともつかない表情が浮かび上がった。

「もう……普通、プロポーズって、もっとロマンチックな場所で、盛り上げてからするものですよ」

「す、すまない」

「それに、告白もされてないのに、いきなりプロポーズですか?」

「えっ?そういえば! す、好きです。僕は穂香さんが好きです」

プロポーズと逆になってしまったが。あわてて告白する。


その様子を見て、穂香はにっこりと笑った。

「はい。よくできました。そのプロポーズ、喜んでお受けします」

そうして新人の手をとる。長く一人ぼっちだった新人に、ようやく彼女ができた瞬間だった。



それから数週間後

新人や穂香が見守る中、新庄さんは眠るように息を引き取った。


「お母さん……」

胸に取りすがって泣く穂香を、新人は優しく慰める。


「お母さんはきっと幸せだったと思うよ。娘に看取られることができて……」

「そうでしょうか……」

「うん。しっかりした娘さんが、ずっとついていてくれたんだ。俺の両親みたいに、ドラ息子が働きもせずに遊びほうけている間に、いきなり交通事故にあって死ぬよりも、娘に見守られてあの世にいけたんだ」


新人の目にも涙が浮かんでいる。ニート時代はパチンコして帰ったらいきなり家で両親の葬式が始まっていたという情けない黒歴史を思い出していた。


「きっと。新庄さんは私がいなくても穂香はちゃんといきていけるって、安心して逝けたと思う。だから、二人で見送ってあげよう」

新人に頭を撫でられ、穂香も落ち着きを取り戻す。


「そうですね。お母さんをちゃんと天国に送ってあげないと……」

一つ頷いて、穂香は泣き止むのだった。



それから数日後。

穂香は新人と二人で、お寺に向かった。

合同墓に納骨し、お坊さんにお経を読んでもらう。


「新人さん。ありがとうございます。これで母も成仏できると思います」

黒いスーツに身を包んだ穂香は、おだやかに笑う。


彼女は貯金もなく、また母親は若いうちから家出して実家と縁を切っていたので、母親の死後どうしたらいいかわからなかったのである。


そのピンチを救ったのは、新人だった。

以前に同じような立場で、何もわからなかったという経験をした新人は、新庄さんが生きている間にひそかに葬式や相続の手続き、墓の問題の解決法を勉強していた。


そのおかげで余計な費用もかからず、家族葬や永代供養の手続きがスムーズにいったのである。

「ごめんね。本当ならもっと普通の葬式をしてあげたらよかったんだけど……」

「いいんです。だって、お金なかったし」

穂香はさびしく笑う。家族葬10万円、永代供養墓10万円の格安プランで、葬儀に参列した人もほんのわずかだった。それでも穂香は納得していた。


「そうか。それはよかった」

思ったより穂香がしっかりしていたので、新人は安心する。


「でも、これからが大変ですね。もうお母さんはいないんだし、私は独りで生きていかないと」

穂香は気丈に笑う。

その様子を見て、新人は迷いながらも一つ提案をした。


「あの、そのことなんだけど……」

「なんですか?」

もじもじとした様子の新人に、穂香は首をかしげる。


「あ、あの。俺もいろいろ考えたんだけど、よかったら、僕の家に引っ越してこないか?」

「えっ?」

いきなり思いがけない話を聞いて、穂香はきょとんとした顔をする。


「い、いやその。僕たち一応婚約しているし、一緒に住めば家賃はかからないし、生活費も一人ぐらしに比べれば安くなるし。なんならすぐに籍を入れて……いや、何言ってんだろ僕」

しどろもどろになった新人をみて、穂香はくすっと笑う。


「そんなことを言っていいんですか? 私はずっと居座りますよ」

「う、うん。歓迎します」

「新人さんがだらしないことしていたら、しかりますよ」

「は、はい」


「一緒に住んだら、喧嘩しちゃうかもしれませんよ」

「か、かまわないよ。君と一緒にいたいんだ」

新人は動揺しながらも、二回目のプロポーズをする。


「それじゃ、申し訳ないけど、一生お世話になっちゃいます」

穂香はそれを見て、笑顔を浮かべた。


こうして穂香は長年住み慣れた借家を引き払い、新人の家に引っ越す。そして吉日を選び、5万円の格安ながらきちんとしたチャペルでささやかな結婚式をあげるのだった。


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