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若者は大家を目指す  作者: 大沢 雅紀
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社会は甘くない

数ヵ月後


某地方都市の中心部にある、保険のコールセンター。


「あんたの会社は一体どうなっているんだ! 詐欺なのか?」

「まことに申し訳ありません……ご説明させていただけませんでしょうか? 」


相手に見えるはずもないのに、必死に謝っている新人がいた。


「もういい! あんたじゃ話にならん。上司を出せ」

「は、はい。しばらくお待ちください……」


一度電話を保留にして、おそるおそる自分の上司の席に近づく。


そこには、またかという目をした女性上司がいた。


「また大矢君か。今度は何を言ってお客様を怒らせたの?」

「い、いえ。実は以前電話を受けた○○さんの説明が間違っていて……」


正確に情報を伝えるが、女性上司は取り合ってもらえなかった。


「前の人のせいにしない。間違っていることがあったら、それを正すのがあなたの仕事でしょう」

「ですが……はい。申し訳ありませんでした」


弁解しても無駄なので、新人は自分より年下の女性上司に深く頭を下げる。


「まったく……苦情処理くらい自分で出来るようになってよね。もういいわ。こっちに電話回して」


言われるままに電話を転送すると、女性上司は新人を相手にしているときと打って変わったような優しい声で電話の応対を始めた。


「当方の不手際でご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。謹んでご説明させていただきます……」


テキパキとした対応に、みるみるうちに電話の客の怒りのテンションが下がっていく。


あっという間に処理してしまった上司をみて周りの同僚は感心した。


「やっぱりすごいよねぇ」

「あんなに怒っていたのに、あっさり納得させたわよ」

「男の正社員より能力があるんじゃない?」


同僚達は彼女に尊敬の目を向け、次に軽蔑の目で新人を見た。


「それにひきかえ、男なのに情けないよね」

「だって、ねえ。男なのにアルバイトに応募して来るような人だし……」


同僚のそんなささやき声が聞こえてくる。


新人は恥ずかしさと屈辱で、思わず拳を握り締めた。


「ほら! あなたたち集中して。今は仕事中よ。電話を取って! 」


電話を終えた上司が発破をかけると、同僚達も慌てて電話に向き直る。


新人も目の前の電話が待ち受けのランプがついているのを見て、慌てて電話をとる。


「はい。お電話ありがとうございます。大帝保険コールセンター、大矢で……」

「てめえ! どうしてくれるんだよ! 」


またも運が悪く苦情の電話に当たってしまう新人。


こうして彼の日常は過ぎていくのだった。



「はあ~辛いなぁ」


会社から帰った後、いつもの半額弁当を食べながら、新人はため息をつく。


確かにコールセンターの電話受付の仕事は肉体労働ではなく、時給も高い。


エアコンの効いたきれいなオフィスで労働環境もよく、周囲は女性ばかりである。


しかし、それらのメリットをはるかに帳消しにするほど、苦情受付という仕事は精神的に辛いものであった。


「考えが甘かったのかな? 所詮俺達は使い捨て要員だったのかな?」


そんな事を思うほど、新人は追い詰められていた。


なにも新人だけがそうではなく、この職場は月に必ず2~3人ほど耐えられなくなって辞めていく。


もっとも、この不況でなかなか良い仕事がないのか、すぐに新しい人も入ってくるのだが。


「なんで苦情の矢面に立たされるのが、俺達バイトなんだろう……」


勤務先には正社員もいるが、彼らは新人のバイト先のコールセンターに仕事を発注する身分である。


よほどの事がない限り、電話をとることはしなかった。


当然、一番最初に電話応対をする新人たちバイトに一番精神的負荷がかかる。


コールセンターに電話をしてくる客は、何らかの不満や説明を求めて電話してくるのである。当然電話の向こうの相手に対して遠慮などしない。


他人のミスでも怒られ、保険契約の細かいところまで突っ込まれ、毎日ズタボロになるのが新人達の役目であった。


「せめて……一人でも男のバイトがいてくれたら……」


運悪く新人と入れ替えに一人だけいた男性アルバイトがやめてしまい、新人はたった一人で女性たちの集団に取り残されている状態である。


こういう場合、モテモテになるほど新人は格好良くなかった。


むしろ仕事のできない男として周囲の同僚からも馬鹿にされ、職場は完全にアウェイ状態である。


「まさかこの年になって便所飯とは……」


新人は昼休みになるたびにコンビニでパンを買い、トイレで食事をしていた。


24歳にもなってフリーターしている新人に対して同僚は冷たく、仲良く女同士でしゃべりながら昼食を取る休憩室にもいたたまれないのである。


最初のうちは会社を抜け出して外食していたが、毎日そんな事をしていたらあっという間にお金がなくなってしまう。


「時給千円で毎日七時間……24日働いてやっと手取りが14万か……」


親から相続した家があるので家賃はかからないが、一人で生きていくには何かとお金がかかる。


結局、いくら働いていてもお金はたまらない。


「こんな生活、あと何年続けないといけないんだろう……」


こんな状態では、同じ場所で足踏みをするような生活がずっと続くのは目に見えている。


「それに、いつまでもここで働けるとはかぎらない……」


正社員でもない彼の立場は弱く、いつやめないといけない状況に追い困りないとも限らない。


さすがの新人も社会で働く事で、自分がおかれている状況を理解していた。


頼みの綱は両親が残してくれた遺産だけであったが、残り900万ほどの貯金と、築30年の自宅だけでは将来に対する不安が押し寄せてきていた。


「なんとかしないと……」


手取り14万程度のアルバイト代では、安心して生きていくことも難しい。


そう思った新人は焦ってネットで解決策を探したり、相談をしてみたが、あまり良い情報をアドバイスされることはなかった。


「なんだよ……この『誰でもできる金儲け』って、いろんなサイトに登録してポイントを稼ぐ事だって?馬鹿にしているのか! 」


新人は自宅に届いた情報本を見て、だまされたと悟って悔しがる。


ネットで盛んにアピールしている情報材などを高いお金を払って買ってみたが、どれもこれも詐欺まがいだったり誰でも知っているようなことばかりが乗っていて、役に立つものではなかった。


何度もだまされて、新人は無意味に金を失っていく。


「な。なら……株とかで増やして……」


そう思って株やfxなどの金融取引で資産を増やそうと思ったが、世間の事を何も知らず、金融知識を持たない彼にとってはどうしたらいいかちんぷんかんぷんである。


「だめだこりゃ……株って何のことなのかわからない」


経済のことなど何も分からない自分に、株で儲けることなど不可能だと判断してあきらめる。


結局、新人は出口のない迷宮を延々とさまよう毎日を送るのだった。



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