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若者は大家を目指す  作者: 大沢 雅紀
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親が死んだ日

夜になり、明日に備えて早めに床につく。


暗い部屋の中で布団に包まっていると、自然に今までのことが思い浮かんできた。


大矢新人、24歳。職歴 コールセンター一ヶ月のみ。つまり元ニートである。


兄が一人いるが、東京の一流企業で働いており、新人の事など全く相手にしなかった。


新人は高校を卒業したとき、就職に失敗してニートデビューしてしまった。


もともと内気な性格で、物事にあまり積極的に取り組もうという意欲が乏しかった。


当然のごとく小・中・高と苛められていたし、勉強もできない。趣味はゲームとネット、そしてライトノベルという典型的ダメ人間である。


特に高校を卒業してからは、働かない彼に両親は愛想を尽くし、ほとんど無視されていたが、それは彼にとってはむしろ好都合だった。


何一つ期待されずに自由に過ごせたからである。


かくしてニートデビューした新人は、4年間ずっとだらだらと過ごしてきた。


両親は彼に対して無関心だったが、小遣いをきちんと与えていたので、新人はひきこもることもなく、日中はネットカフェに行ってマンガを読んだりなど、ある意味自由を満喫していた。


それでも次第に将来に対する不安を感じ、新人は夢に向かって努力を始める。


(そうだ。ライトノベル作家になろう。今まで溜め込んだオタク知識を総動員して書けば、すぐにベストセラーになってアニメ化されて……)


そう思って必死に小説を書き始めるも、その努力も長くは続かなかった。


今までに書いた、『ゼロの召喚人』『後退の小人』『リアルかくれんぼ』『アホと試験と殺人教室』などの作品はすべて有名作品の劣化パクリであり、どれも最後まで書ききれずに放置されていた。所詮リアルでの経験にとぼしいニートの新人では独創性を打ち出すことができず、人気作品の都合のいいところの継ぎはぎになってすぐネタが尽きたのである。


(夢を追ったのが間違いだったのかな……)


それでもいつかデビューする日を夢見て、両親から小遣いを貰って気ままに生きてきた。


そんな彼の気楽な生活は、ある日突然に終わりを迎える。


いつものように朝からネットカフェに出掛け、好きなだけ漫画を読みふける。そして家に帰ると、いきなり家の様子が変わっていた。


「な、なんだこれ……」


家には多くの黒いスーツを着た知らない人がいて、忙しそうに動き回っている。


「な……あ、あんたたちは誰だ」


新人が慌てて近寄ると、彼らは慇懃に頭を下げた。


「大矢新人さんですね。私たちは葬儀社のものです.お兄様からご依頼を受けて、葬儀の準備を承らせてもらっています」


礼儀ただしく礼をする彼らの腕には「○○葬儀社」という腕章を付けていた。


「そ、葬儀って? だ、誰の?」


一人混乱する新人に向かって、彼らは気の毒そうな顔をする。


すると、家の中からスーツをきたメガネの男が出てきた。


「新人! 今までどこにいっていたんだ! 」


その男は鬼のような顔を浮かべて、いきなり力いっぱい新人を殴りつけてきた。


「アニキ! いきなり何するんだ! 」


その男は、確かに東京のにいるはずの兄だった。


新人は頬を押さえて抗議するが、兄は冷たい目でにらみつけてくる。


「お前こそ、こんな時にどこほっつき歩いてたんだ! なぜ連絡してこない!」

「れ、連絡って?」

「警察から俺に連絡が来た!父さんと母さんが交通事故で死んだんだぞ!」


その言葉を聞いて、新人が言葉を失う。


「う、嘘だ」

「嘘じゃねぇ! まったく、親が死んだのに連絡がつかないとは。どうせ遊びに行ってたんだろ! 」

そのとおりなので、新人は何も言い返せなかった。


「さっさと着替えて、邪魔にならないように隅で座っていろ! 」


喪服を投げつけられるように渡される。


新人は魂が抜けたような顔をして、言われるままに喪服に着替えた。



「ううう……」


葬儀の場で、新人は変わり果てた両親の遺体と対面する。


おとといまでは元気だった二人は、今は物言わぬ躯となりはてていた。


「ほんとうに、かわいそう」

「だれも看取る人もいないで、病院に放置されていたなんて……」

「いい年して仕事もしていないのに、なにをしていたんだか……」


集まった親戚達の視線が、容赦なく新人を痛めつける。

彼らのせめるような視線に、新人は耐え続けることしかできなかった。



なんとか葬儀は終わって親戚も帰り、家には兄と二人きりになる。


新人は冷たい目をした兄の前で、正座させられた。


「……まったく! お前は本当に24歳にもなる大の男なのか! いい年して仕事もせずに遊んでいて、親を看取ることもできなかったなんて!」


「あ、アニキ。俺は別に遊んでいるわけじゃ……夢を追っているんだ」


兄の視線に萎縮しながらも、新人はなんとか弁解を試みる。


「夢だって。何がしたいんだ。言ってみろ」

「そ、その……ライトノベル作家になりたくて……」


口の中でモゴモゴというが、兄は鼻で笑うのみ。


「それで、今までの成果は? 充分に時間はあったはずだ。一冊くらい出版できたんだろうな」


兄の容赦のない言葉に、思わず下を向いてしまう。


「あ、あの……えっと。実はまだ書きかけなんだ。でも大丈夫だよ。いくつか自信作があるから、これから応募すれば……」


最後まで言い終わらないうちに、また兄におもいっきりビンタされた。


「ふざけるな! 今からだって? 高校を卒業して6年。今迄何してきたんだ!就職どころかアルバイトもせず、親に小遣いを貰って遊んでいただけだろうが」


兄の言葉に反論できず、新人はうなだれる。


確かに兄の言うとおりで、彼は現実逃避していただけであった。



兄はそんな新人にあきれ果てて、説教する気もなくなる。


「もういい。お前なんかに説教しても仕方ない。さっさと事務的な話をするぞ」


そういって、新人の前にいくつかの書類を投げ出す。


「これは?」

「親父達が残してくれた財産だ。この家の土地建物、親父達がかけておいた生命保険金、そして貯金や株券などの有価証券の一覧だ」


そういわれて、新人は書類に目を通す。世間知らずの彼は何が書いてあるのかさっぱり分からなかったが、とにかくいくらかの財産があるということだけはわかった。


「え、えっと……その……俺にもいくらかは分けてくれるんだよね」


卑屈に上目遣いで兄を見上げる。


兄はそんな新人の態度を見て額に怒りの血管が浮かぶが、なんとか自重した。


「ふん。どうせ世間知らずのお前に相続手続きなんてできないだろうから、全部俺がしてやる。保険金と親父達の遺産を全部合わせたら、大体5000万くらいになるだろう。心配しなくても遺産相続はちゃんとしてやる」


それを聞いて新人の顔に安堵が浮かぶ。


兄はそんな新人を冷たく見つめながら、言葉をつないだ。


「それで、どうするんだ?お前は何を選ぶ?」


それを聞いて新人は混乱しながらも、おそるおそる言った。


「えっと……できればお金が欲しいんだけど……」

「ほう。そうか。ならこの家から出て行くって事だな?」

「え?」


思っても見ないことを言われて、新人はキョトンとする。


兄は半月の形に口元を開きながら、説明を続けた。


「当然だろう。金を選ぶという事は、この家は俺のものになるという事だ。言っておくけど、お前なんかをこのまま住まわせる気はないぞ。全部ぶっ壊して建て替えて、売り飛ばしてやる」

「そ、そんな! 今まで思い出がつまった家を売るなんて……」


新人は慌てて抗議するが、兄は限りなく冷たかった。


「ふん。俺は大学のときに既に家を出ている。いまさらこんな家に何の未練もない。東京に自分の家を買っているしな。こんなの持っているだけで邪魔だ」

「そんな……」


新人は「絶句するが、兄は冗談を言っているようには見えなかった。


いきなりのホームレスの危機に、新人は慌てて言い募る。


「そんなの嫌だよ。俺はこの家から絶対に出て行かないからな! 」


そんな新人に、兄は冷たくうなずいた。


「いいだろう。なら、この家はお前のものだ」


それを聞いて安堵するが、兄は続けてこう言い放った。


「この家は築30年だから、建物に価値はない。土地で大体1000万くらいの価値だろう。ちょうど親父の残した預金が1000万あるから、それもくれてやる。その代わり、保険金と有価証券が合わせて3000万ほどあるから、そっちは俺が貰うぞ」

「え? そんな……それじゃ不公平じゃ……」


思わず不満の声を上げる新人だったが、兄はにやりと笑う。


「不満か? 俺より6年も長くこの家で親に養ってもらっておいて?お前は俺より親から多くの利益を与えられているんだ。その分、俺に多く遺産を受け取る権利がある」

「……でも……」

「不満なら裁判でも起こすか?相手になってやるぞ。それ以前にお前に相続の手続きが出来るのか?」


そういわれて新人は沈黙する。


確かに、家に引きこもって世間の事を何も知らない彼が、兄に対抗するのは無理だった。


「わかった……兄さんに任せるよ」


力なくうなだれる新人を前にして、兄は満足そうな笑みを浮かべる。


「なら、この書類に判子をつけ」


兄に言われるまま、遺産相続協議書に同意する新人だった。



一週間後


兄が再び訪れてくる。


「ほら。これがこの家の権利書だ。名義をお前に変えておいた。そして銀行から親父の預金を下ろしてきた。これもお前のものだ」


ドンっと一千万円の札束と書類を新人の前に投げ出す。


「え?  こ、これを本当に貰っていいの?」


目の前に今まで見たこともない大金を積まれて、思わず喉がゴクッとなった。


「ああ。遠慮なく受け取っておけ。だが、その代わり一つだけ約束して欲しい」

「約束って」


新人がけげんな顔になると、兄は今までに見たこともないような厳しい顔をした。


「これでお前との縁はお終いだ。はっきり言うが、お前にはほとほと愛想が尽きた。父さんたちが死んだ今、お前とはもう兄弟でもなんでもない。二度と会わないと約束してもらおう」


兄の厳しい言葉に、新人はビクっとなる。


「え、縁を切るって……」

「お前みたいな奴、どうせこの金もあっという間に使い果たすだろう。そのときになってこっちに頼られても困る。だからここで宣言しておく。これからお前には一切かかわらない。何があろうと見捨てる。この金は手切れ金みたいなもんだ」

「わ、わかったよ……」


新人は一千万円を受け取り、これから二度と関わらない事を誓う。


「それじゃあ達者で暮らせ。もう二度と会うことはないだろう」


そのままさっさと家を出ていく。後には呆然とした新人がそのまま残される。


「ふん、あんな奴、こっちから願い下げだ。何がこんな金、すぐに使い果たすだろうって?馬鹿にするな。一千万もあるんだ。これから10年は遊んで暮らせるさ。その間に俺の作品が出版されて、アニメ化されて何億も印税が入ってきて……。ははは、その時になって頭を下げてきても、絶対に許してやらないぞ」


そんな事を思いながら、手に入れた大金をうれしそうに抱きかかえる。


新人は今までずって親の庇護の下にいたので、生活というものにいかにお金がかかるかというものをまったく理解してなかったであった。



それから半年後


「はぁ……このままじゃまずいよなぁ……」


新人は目減りした預金残高を見て、ため息をつく。


「やっぱり、働かないと生きていけないんだなぁ……」


そんな当たり前のことを、ようやく理解する。


一人になった新人は、しばらくはニート生活を続けていた。


「あはは……ニート生活最高! 」


だと思っていい気になっていたのはわずかな期間だけであって、ただ生きていくだけで急激にお金が消費されるのを実感していた。


「食費に光熱費にネット代に水道……税金……はぁ……」


銀行の預金残高はどんどん減っていく。たった半年で、100万円も目減りしていた。


それを見るたびに自分の残りの命が消費されていくようで、徐々に恐怖がわいてくる。


「この小説が大賞をとれば……100万円の賞金と印税が……」


相変わらず自分の妄想をかきなぐった小説を出版社に送っても、何の反応もない。


パチンコや競馬で逆転を狙っても、所持金が減っていくばかりである。


とうとう新人はお金を使うことに恐怖を感じ、今まで以上に家に引きこもるようになった。


「頼む……奇跡が起こってくれ」


ネットゲームやネット小説を読み漁り、ひたすら奇跡が起こるのを待つ。


『ネットゲームの世界に入れ!  もしくは異世界に召喚されろ!  』


しかし、いくらそんな事をしても現実では無意味である。


新人は24歳にして、ようやく現実と向き合わなければならなくなった。



「このままじゃダメだ、とにかく何でも良いから働いて、収入を手に入れないと」


やっと重い腰を上げて、働く事を決意する。


コンビニやファミレスにおいてある求人誌をめくり、ネットで情報収集を始めた。


「どんな仕事がいいかな……なるべく楽で稼げる仕事がいいんだけど」


そんなこと思いながら仕事をさがしても、資格もなにもない彼が応募できるアルバイトは、工場などの肉体労働系が多かった。


「工場とかは嫌だな。立ち仕事で男ばかりで汗臭いし。大体俺は文系だから肉体労働にはむかないんだ。エアコンが効いたきれいなオフィスで、ずっと座っていられてパソコンの操作するような仕事で、できれば出会いがあるように女の子がいっぱいいる楽な仕事はないかな? 」


果てしなく虫がいいことを考えながら求人誌をめくっていくと、一つの広告が目に入った、


「急募! コールセンター。20代~30代の男女が楽しく働いています。時給1000円。社会保険付。

お客様からのお問い合わせに答える簡単な仕事です」


その求人の写真は、きれいにオフィスで若い男女が笑っていた。


「これだ! これだよ! 」


理想の仕事を見つけたと思い、新人は小躍りする。


エアコンの効いた中で、座って電話応対するだけの楽な仕事に思えた。


(これいいんじゃないか? 肉体的につらくないし、時給も高い。しかも女の人が多いから優しくしてくれるだろう。決めた!)


勇気を出して応募すると、運よく採用された。


「これで俺も立派な社会人だ! 」


晴れてフリーターとなった新人は、自分の将来に明るい希望を感じ、意気揚々と出社する。


しかし、当然のことながら、現実はそんなに甘くなかった。


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