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若者は大家を目指す  作者: 大沢 雅紀
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あるフリーターの日常

某地方都市の、クーラーのきいた快適なオフィスで、難しい顔をした20代の女性が、同じく20代の男性を前にしてため息をついていた。


「……もう、何度いえばわかるのよ! 私達は取引先から受電業務を請負っているコールセンターの電話係なのよ。何の権限もないんだから、はっきりと断定した言い方しちゃったらダメだって言ったでしょう! 」


ヒステリックな声が響き渡り、それを聞いていた女性たちが、またかといった顔をした。


自分よりはるかに小柄な女性に叱られている小太りな男は、申し訳なさそうに身を縮める。


「ですが、お客さんからはっきり言えって責められて……」


「いくら言われても、そこは受け流さなきゃ。キミがよく分かりもしないのに変なことを言うと、その言質を取られて、私たちに仕事を発注している元受の会社の発言になるんだよ。いくら入ったばかりだからって、そこは注意してもらわないと」


「す、すいません……」


小太りの男はすまなそうに謝る。


「もういいから、仕事に戻って」


そういって女性上司は手を振って書類に目を落とし、小太りな男―大矢新人(おおやあらと)は肩を落として席に戻った。


周囲には女性ばかりで、怒られている新人をクスクス笑いが巻き起こる。

「……」

彼が恨めしそうな顔を向けると、向かいの席の若い女の子は慌てて目をそらし、炉の前の電話を取った。


(くそ……またバカにされた。まさか、社会に出てまでもぼっちとはな……)


落ち込む新人だったが、ぼんやりしている暇はない。すぐに目の前の電話の待ち受けランプが、点滅をはじめる。


これは電話を待たせているお客様がいるというサインである。少し離れた席に座っている女性上司が催促するような目を新人に向けてきた。


それを受けて、新人はあわてて電話をとる。


「お電話ありがとうございます。私、大帝保険共済お客様サービスセンタ-の、大矢と申します。今回のお電話はどういったご用件でしょうか……」

「ちょっと! アンタのところどうなっているのよ! 」


マニュアルとおりに話す新人と、怒るお客様。


新人はまた苦情電話をとってしまったと、心臓がきりきりと痛む。


ここは保険会社から委託されて、苦情その他の受付をしている会社のコールセンターである。


小太りの男―大矢新人はここのアルバイトスタッフという立場である。


(は、はい。誠に申し訳ありませんでした)


相手に見えもしないのに、思わず頭を下げて必死に相手をなだめる新人だった。



数時間後


何十本もの苦情電話を受け、精神的にふらふらになった頃、ようやく仕事が終る夕方五時になる。


「ねえ、ご飯を食べていかない?」

「ごめん。今日彼とデートなんだ」


若い女性が多い職場らしく、華やかな話し声があちこちから聞こえてくる。


そんな中、一人男性の新人は、ためらいがちに挨拶した。


「……お疲れ様でした」

「……」


誰も彼に返事を返そうとしない。新人アルバイトでもっとも立場が低い彼は、彼女達から相手にされていなかった。


この職場は新人以外に男性アルバイトがいなかったので、友達も出来なかった。


「失礼します…」


周囲の女性たちは楽しそうに友達同士で帰っていくが、新人は一人ぼっちである。


帰ろうとしたその時、直属の女性上司に呼び止められた。


「大矢君。もう入って一ヶ月なんだから、ちゃんと電話取ってもらわないと。君、他の人の半分くらいしか電話受付処理していないよ」


上司は冷たい顔をしてそう告げる。


「は、はあ……すいません」

「もう! しっかりしてよ! 」


上司は情けない態度の新人にますます不機嫌になる。


「このままの状態が続くようだと、やめてもらわないといけないかもしれないよ。正直、キミは他の子からも評判悪いよ。いつもだらしない格好だし、暗いし……」


いつまでも続く説教に、新人は黙って耐えるしかなかった。


「……だいたい、君はこのアルバイトで何がしたいの? 正社員になりたいとかそんな意欲は全く感じられないんだけど。そんなんで、まともに生きていけると思っているの? 」


彼女はヒートアップして、そんなことまで言い出した。


しかし、そういう彼女自身もSV(スーパーバイザー)という管理職ではあるが、アルバイトである。

今の日本では10人の部下をまとめている管理職ですらアルバイト扱いというケースもあるのだ。


「はあ……両親の遺産があるのでなんとか……」


「情けない。そんなのいつまでも持つわけないじゃない。そんなのがあるから甘えているんだよ」


上司はヒステリックにプライベートな事まで責め立ててくるが、言っていることは間違ってない。


新人自身、両親が残した遺産がなくなったら、どうしていいか分からなかった。


「とにかく、仕事は真剣にやって! 」

「はい……がんばります」


肩を落として退出し、会社のビルに外に出る。

オフィス街に立ち並ぶビルからは、ピシっとしたスーツを着た新人と同年代の正社員がたくさん歩いていた。


その中に、新人の向かいの席に座る可愛い同僚の姿を見つける。


彼女は高級そうなスーツに身を包んだ背の高いイケメンと腕を組んで、幸せそうに笑っていた。


「ねえ、今日はどこに連れて行ってくれるの? 」

「そうだな。今日は奮発してホテルのディナーを予約している。もちろん部屋もね」

「もう……やだ」


顔を染めて笑顔で笑いあう二人。


「……」


楽しそうにいちゃつく彼らをみて、新人は彼女達の視界に入る事を恐れるかのように、足早にその場を去るのだった。



「はあ……」


とある平凡な一軒家のリビングで、テーブルに並ぶ食べ物を見て新人はため息をつく。


帰る途中でスーパーによって手に入れた夕食は、半額のシールがべたべたと貼られた激安弁当だった。


「寂しい……」


半額弁当をレンジで温め、一人もそもそと食べる。


独身男の悲哀を感じさせる光景であった


食べ終わってシャワーを浴び、一人さびしくテレビを見る。


テレビではアイドルが踊り、お笑い芸人が騒いでいたが、新人の頭の中には何も入ってこなかった。


「……あれ? どうしたんだろう。ひとりでに涙が……」


ふいに一人暮らしの寂しさがわきおこり、新人の目から涙がこぼれる。両親が死んだ直後は自由な一人暮らしを満喫していたが、最近では毎日のように孤独を感じていた。


(はぁ……俺はいったい何をやっているんだろう)


涙を拭いて、孤独から逃れるようにテレビに集中すると、恋人特集をやっていた。


「……」


そこでは誰もが幸せそうである。それを見ているうち、自分ひとりだけが別世界に生きているように感じていた。


(一人で生きていくのがこんなに辛いなんて。どうしてこんな事になったんだろう)


新人は重いため息を吐く。流されるままに生きてきて、気がつけばもう24歳である。


(親が生きているうちに、ちゃんとした会社で正社員になっていればよかった)


そんなことをいまさら思っても手遅れであった。


「おやじ……おふくろ……なんで死んでしまったんだよ~」


テレビを消し、仏壇の両親の遺影に向かって愚痴る。


二人は笑顔を浮かべているのみで、彼の問いかけには何も答えてくれなかった。


「結局、二人の言っていることが正しかったのかな……」


新人は両親が生前言っていた事を思い浮かべる。


「新人、アニメばかり見ていないで勉強しなさい。いい大学にいってまともな会社にいかないと、将来苦労するぞ」


父は毎晩アニメを見ている新人の側に来ては、こういって説教していた。


「お兄ちゃんは真面目に勉強していい大学にいったのに、なんであなたは……」


母親はこういって優秀な兄を引き合いにして新人を責めたてる。


「ふん。学歴にこだわるなんてもう古いさ、今からの社会は実力だ。若いうちに遊んで好きなことを見つけて、社会に出てから実力を発揮すればいいだけさ」


彼らに説教されるたび、こんなことを言って両親に反抗していたのが悔やまれる。


結局、隼人は高校を卒業してもどこにも就職できず、ずるずるとニートを続けた。


親が死んでからさすがに反省して、慌ててフリーターになったものの、自分より若い女性に指導されこき使われる身分である、


彼は今、孤独と絶望で、将来に希望を見出せなくなっていた。


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