0-4.冥界、友達
前の世界、全く想像がつかない。廃墟にあった情報によれば「魔力」が一切ない世界だったと言われているが、そう言われてもイマイチピンと来ない。
「まぁ、この場にある物が自然の産物ではなく、後付けされたテクスチャだと言われてすぐに納得する人なんていないと思うけどねぇ」
先に口を開けたのは自らを「主」と呼ぶ女性だった。華奢でか細い体つきをしている金髪ロングのその女性は何かを探しているかのように薄暗い部屋を歩き回っていた。
「貴女は…貴女は何故この空間に居続けているの?」
女性はガサガサと入口の横にある本棚を荒らしながら答える。
「言ったでしょ、私はここの主なの。だからこの空間を管理しなければならない。それに外の情報はここに行き着いた魂の残滓から読み取れば良いし、まず外に出たくもないしね…っと」
彼女が取り出したのは小さな粒と細長い箱だった。箱は埃まみれではあったが他のものと比べて年季が違う。100年やそこらではないほど古い木箱を取り出すとすぐさまそれを僕に押し付けた。
「はいこれ、プレゼント」
「ぅええ⁉︎なんでこんな高価なものを?」
「君、ここの人間じゃないでしょ?」
え?どういうこと?すると僕が問い詰めるより先に答え合わせがされた。
「すまないけど少し君のことを見させてもらったよ。この世界の人間は誰もポッドで寝る趣味をしているひとはいません」
確かに。あの廃墟には僕が出てきたあのポッドと似たような物がなかった。てっきり盗まれたのかと考えていた。
「この世界での氷牙、君の種族は『旧人類』だ。それは誰にも言わないこと。いいね?」
なんで旧人類なんだろう。僕があのポッドから出てきたからなのかな…って、今僕の名前呼んだ!なんで知ってるの?
「旧人類とは、かつての魔力を持たない人類になってしまっている、いわゆる先祖返りの人々のことだ。正確には魔法は使えるが得意系統が存在しないため器用貧乏になりやすい。また、成長速度が著しく遅い傾向にあるため、常人の何倍もの鍛錬が必要になる…がまぁ君にはあまり関係がないと思うよ」
「まずそこは関係ないかな、強くなることはないから」
今の僕はただの浮浪者だ。守りたいものもなければ剣を振るう理由もない、強くなるなんてもっての外。極力平和に生きたいんだからね。
「確かに君には守るべきものはないね。なんせこの世界で生きて一月ほどなのだから」
だったらなんでこの話を…?
その言葉は口から出る前に遮られてしまう。
「だからこそ、守るべきものは君にとって必要なんじゃないかな?」
「…え?」
予想外の答えに思わず思考がフリーズしてしまう。
「このままひとりで生き続けるのもいいが、いつか必ず限界が来る。だからこそ共に助け合う仲間が必要なんだ」
彼女のその言葉を聞いて何も言えなくなってしまった。彼女の目には涙が溜まっていた。それもそうだ、彼女は長い間ずっとひとりでこの何もない空間に居続けていたのだから。
「わかった、じゃあ僕の仲間になってよ」
「……」
腹を決めて言った一言に対する返答は沈黙だった。ゆっくり彼女は後ろを向き、少し考え込んだ後、
「…そっちがいいなら」
少し頬を赤らめて女性は答えた。友となった彼女に僕は尋ねる。
「ずっと気になってたけど、この薬は?」
「魔力定着剤。魔力の巡りをよくする薬だよ。飲んでみて」
ゴクンと飲む。ちょっと苦いが吐き出すほどではなかった。その刹那、体の内側が刃物で刺される痛みを感じた…気がした。
「うんうん、成功だね。それじゃあ最後に現世に戻っていただきまーす‼︎」
「あれ、ここって冥界だよね。冥界って死んだ人しか来れないところじゃ…」
「まぁ、そうなんだけど…」
少し言葉が詰まっている。何かあったのか?もしかして、「私のミスでしたー」とか?
「あなたの死因は重度の魔力欠乏症だったんだけど、何故か空っぽになった体に誰かが魔力を込めたみたい。この症例だと魔力が体に入らなくなって生命活動が維持できずに死んでしまうんだけど…」
少し深刻な顔をして話すあたり相当イレギュラーだったのだろう。
「取り敢えず、現世に戻ったら零れ者の里には行かず、竜の巣に立ち寄って!今あの里には絶対立ち寄らないこと、命が大事なら尚更、ね‼︎」
「でも竜って危ないんじゃ…」
「あそこの竜は話せばわかるよ、それに近いうちに新人類のギルドがあそこを訪れる、そこで人里に連れて行って貰えばいいさ」
言いたいことは全て言い終えたかのように、話し終えると地下室の本棚の裏にあるパネルを押し始め、何かの準備を始める。
「でも、せっかく友達になったのにもう別れるんだね…」
切り出したくない話題を言う。すると彼女は笑みを見せるとこう言った。
「時折、こっちに来れるようにするから、その時に色々話そ。さぁ、帰還の準備はできたよ‼︎」
体か光に包まれる。徐々に蒸発していく体を見て彼女に語りかける。
「またね!絶対遊びに行くから‼︎」
静かに彼女は笑みを返した。そして僕の意識が光に呑まれ
ていく。
「…しかし、誰がそんなことを…神域スキルによる権能か、それとも神霊の肉体同化か…しかし、あの時から既に彼は平和に向かって生きる覚悟を決めていたと言うわけか。実に面白い。私も動く時が来たようだ」
そういうと冥界の主は何もなかったはずの空間から電話を取り出して、誰かと通話をした。電話を終えると受話器を投げ出し、笑みを浮かべてこう言い放つ。
「虚無なる理想は時に人々を守る武具となり、人々を害する兵器となす。忘れるなかれ。理想を捨てぬ限り思いは実を結び、怒りは悲劇を生み出すだろう…か。さてさて、ここからスタートだよ、氷牙」