1話 騎士を目指す青年
俺が生まれたとき、親は祝福しなかっただろう。
「色なし」とか、「白猿」とか、そんなことを言ったのかもしれない。
まぁどうあれ不吉とされてどうせこうやって路地裏に捨てられたんだろう。
だが俺はこの周りのガキ達とは違って、この歳で路地裏に生きてきたわけじゃない。
気が付いたら、ここにいて、自分が誰なのかすらも覚えていないのだから、面白い話だ。
そして何も食わず(食えず)、飲まず(飲めず)、ずっと路地裏で座っていたら、
「あら?どなた……かしら」
そう言って聞いてきた常に笑顔を忘れない少女、エウレカがいた。
「……わかんねぇ」
「あら、なら一緒に来ない?私たちの家族に……いえ、あなたも【そう】ならもう家族の一員!多分最年長のお兄さん!」
そう言って笑顔で俺の手を取ってくれた。
あのままずっと、日の光も自分も知らず、生きる希望、意味すら知らないまま、動く気力がなく飢えて、干からびて死ぬ運命だったろう俺に生きる希望を与えてくれた、そんな少女をずっと大切にしようと決めたのだ。
それからは体の動かし方を覚えて、毎日鍛錬のような日々について行き、そして今の俺がいる。
「はぁ、シエ君は確かにすごいけど、いつ憲兵に捕まるのかもわかんないんだよ?」
「大丈夫だって、カイエル。俺が捕まるわけないだろ?」
「確かに、でも憲兵隊にはあの異能持ちがいるんだよ?もしもがあるって覚えておいてよ?」
そう、肩をすくめるのが癖な、カイエルと呼ばれた小柄の青年が応える。
異能持ち、戦力にすれば100人の騎士に匹敵するとすら言われる謎の力を持つ者。
異能持ちであれば、即騎士に取り立ててくれるとのことだが、残念ながら路地裏の少年少女達にはそんな異能の力を持つ者はいない。
「だからこうやって、いつも鍛えてるんだろ?」
「ん!」
大柄の青年が人一人分あるのではないかという剛腕をシエに向かって思い切り突き出す。
しかし、それも虚しく空を切り、シエがそのままその剛腕の上にピタッと止まる。
「また早くなってないか?てかまたでかくなってないかカイエン」
「……ん」
似ても似つかないがカイエルとカイエンは兄弟で、まさかの小柄のカイエルの方が兄というのだから驚きだ。
「しかし、こう食うものも無いってーのによくでかくなるもんだなぁ」
「あ!それもしかしてあの子達が育ててる畑にある果物のせいかも!」
「あれみんな食ってるだろ?でも確かにあれ食ってからカイエンもでっかくなったしそうなのかもしれないなぁ~」
路地裏にある、唯一日が弱いまま当たる部分、そこが丁度土で気まぐれに盗んできた謎の種のようなものを植えて、一人一人の水を少しだけ、生きるのに困らないぐらいに与えていたら実がなって定期的に食べれる俺たちの生命線のようなもの。
「でもあの果物市場でも見たことないんだよな。でもまぁまぁ美味いし食ってから相当経ってるけどなんも変わってないもんなぁ俺ら」
「もしかして、変わってないって思ってるだけで実はもう変わってたり……あるかもしれませんね……」
「おいおい!怖いこと言うなよ!カイエンが縮こまっちまったじゃねえかよ」
「……ん……」
大きな体の癖に怖がりなんだからと周りの子供たちからからかわれているが、それを無口だが笑顔で、答える。
それが、カイエンの良いところだと、家族全員が思っている。
「まぁ、そんな優しいカイエンが闘技場なんて出るって言いだしたときはちょっと肝が冷えたよ。おまえにもこんな一面があるなんて、ってさ」
「……ん、家族、皆の……ため、だから……」
珍しくカイエンが喋ってその家族全員が一瞬だが固まる。
そしてその次には家族全員が破顔し、その家族の良さというものが見て取れる。
(そうだ、俺らは貧しくても、皆がいてさえくれれば……)
「大変だよ皆!」
突然に、その家族が集まる家に繋がる各入り口の見張りの一人が入ってきてそう叫ぶ。
「どうした!何があった!?」
「多分、憲兵が……路地裏出入口全部にいる!」
逃げ道は隠れてあるところにあるが、それも気休め程度の物で、憲兵が人海戦術を用いて全ての出入口から入ってきたら中央にある路地裏街の家へと雪崩れ込んでくる。
「……迎え撃つ、しかねえか」
「ん!やる!」
「いやいや待て待て!いくらお前たちだって守りながら、しかも二人だけでなんとかできるわけないだろ!」
「落ち着いて!」
普段は穏やかな口調と声で話すエウレカが声を荒げて最年長青年ズに怒鳴る。
「まず、私たちが狙われているということはないかもしれない、この路地裏街にはほかにも大人が住んでたり、色々な人もいるし地下水路だってある。もしかしたらそっちかもしれないでしょう?」
「た、確かに……」
慌てていて見落としていた要素をエウレカが冷静に話す。
この路地裏は確かに総ていると言えばシエ達の少年少女達だろうが、中でも大人や様々なことから逃げてきて住み着いた者も少なくはない。
もちろん、新たな住人は子供たちにとっては恐怖の対象であるため、監視のもと生活をしているというのもあるが、ここ最近で入ってきた人物はいないハズだ、とカイエルが思い出す。
「憲兵たちが俺たちを狙うって理由は……まぁあるしなぁ……」
そうやって考え込んでいると静かになった家にぐすっぐすっというすすり泣きの音が多くなってくる。
「ねぇ……僕たちどうなっちゃうの……?」
そう、小さい子供たちがシエ達の周りに集まり、問いかける。
ここでの子供たちは見た目は何も知らない、できない子供たちだが、自分たちが他とは違い、排斥されている現実を知っている、見た目よりも確りとしている子達なのだ。
おのずと、自らの運命を悟るように、大泣きとは言わないがすすり泣く声が止まずに家にこだまする。
「さっきまで、笑顔と笑い声であふれてたここをよくも……」
「待ってシエ兄ちゃん!今出て行っても何も変わりはしないよ!」
「くっ……」
しかし、憲兵が動き出すということはシエの窃盗によるものが大きいだろうことは明白だ。
日々、盗みを繰り返し通報をされていれば、顔に泥を塗られた憲兵たちも、自然に力を入れるというものだろうことは、簡単に予想できることだ。
しかし、シエが出ていけば今のこの現状、食料も稼ぎも手が回らなくなりいずれ家族がバラバラになることだろう。
「いや、俺一人で話をつけてくる……任せとけって!」
そう言って親指を立てて笑顔で闇から光へと向かう。
相手は憲兵隊、王宮勤めの騎士ほどではないがそれなりに訓練された兵士たち。
(冷静に見て勝ち目は半々だな)
その自信が、シエが過去に闘技場で元騎士に打ち勝ったことがあり、そこからみて実力差と地の利を生かせば勝てるはずだと確信する。
しかし、その次の刹那に慣れたはずの路地裏に似つかわしくない一筋の光がこちらにやってくる。
「さて、ようやく見つけたぞ白猿。山に帰れという……まぁ山はないがな!」
ガハハと笑い、後ろに数人の憲兵達が後ろに控えているからか、勝利を確信しているがたいがよく、シエよりも頭一つ大きな男が現れた。
「ふむ、ただの小僧ごときに我が異能を使うとは屈辱的だが……全力を出させてもらおうか!」
そういうと男の腰の真ん中辺り、まさに男ならだれもが持っているソレの位置から光る棒が突然現れた。
「……え?」
「教えてやろう白猿、我が異能は大体の物を破壊・切断可能な光の剣を体の先端から出すことができる!」
意気揚々と自分の異能を教えてくれるが、なぜそこなんだろうという疑問で体が硬直してしまうシエ。
「フン!!!」
その隙を突こうと思い切り男が腰を前に出して前進してくる。
絵は最悪だが、シエの後ろにあった木箱が一瞬で解体されてしまったことを考えると、シエの身体の一部に当たったそれだけでシエの負けになる、そんな威力を持っていると察することができる。
「ほう、この狭い路地裏、私の能力を避けることができるとは……さすがは猿、動きだけは早いようだな」
「……まずなんでソコなんだよ!」
ついにがまんができず、そのまま聞いてしまう。
しかし、男は恥ずかしがりもせずただ堂々と
「ココが一番扱いやすいのだ!異能の長所をしっかりと用いてこそ一人前よ!」
フンフンフン!と腰を引いては押してを繰り返し連続で突きを仕掛けてくる憲兵。
しかし、
「そんな動きじゃ当たんねえぜ!オッサン!」
横腹を思い切りぶん殴る。
ただそれだけだが、シエはそれで砂岩の家の壁を破壊するぐらいの威力がある。
それを思い切りくらうことで動きが鈍くなるかと言えば……
「ばかめ!その程度の攻撃で!!」
効かない。
異能者は異能という強力な武器とは別に寿命や身体の強度、純粋な運動能力が大幅に上がる。
そして、単調であったただ腰を連続で突きだすだけの攻撃に大男のその強化された腕力を用いた素手による殴打も追加してくる。
「クッソ!本気じゃなかったってのかよ!」
「当たり前だ!家に当たれば弁償費用が出て行ってしまうからなぁああ!!」
先程までの攻防であれば、数回程殴り返せていたのだが、その大男の連携攻撃によって一撃も与えるどころかカスり始めてくる。
「くっ、なんで俺らを狙うんだよ!」
「ふむ?おかしなことを聞く、狙われないという自信があったのか?貴様は悪人故にこうしているのではないか!」
少しでも会話で時間と体力を回復しようとするが、大男には余裕があるのかその手を緩めることはない。
「クソが!俺たちみてえな奴らはそうしなきゃ生きていけないんだ!それでも悪人と言うか!」
「応よ!死ねぇ!」
怒りに任せ、そのまま大男の鼻目掛けて渾身の一撃を放つ、が、それも大したダメージではないのだろう、よろけることすらせず右腕で叩き落とされてしまう。
「だが、今のは少しだけ効いた。やるじゃないか猿」
(クソッ……ここまでかよ……)
「では安心できんから右腕の一つぐらいは貰っていこうか!なぁ!」
そのまま腰の光の棒をシエの右腕へと振り下ろす。
そして……
「な、何ィ!!?」
黒い砂のような、謎の物体がシエの右腕に取り付き、それが小手のように形成し、光の棒の一撃を受け止めたのだった。