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ギルドを追放された記憶喪失の俺がギルドに受け入れられるまで

作者: 仲川瑞樹

初めての作品です。生暖かい目でお読みください…

出来たら調子に乗って連載したいです…

「きみの幸せを祈ってる」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」


 夜の森の中、少年は罪悪感につぶれそうな彼女の目じりにたまった涙を親指で拭う。

 それでも泣きじゃくる少女の体を抱きしめた。8歳にしてはあまりにも小さくて細い、弱り切った体。


 少年はナイフを持ち、震える小さな体の先にある長い髪に手を伸ばす。

 うなじのすぐ上にナイフを当て、勢いよく引き裂いた。

 重力に従い落ちた昔は輝いていたであろう髪は、今はパサつき痛み、艶なんてない。


「これで、きみはもうお嬢様じゃない」

「…本当に、一緒に行けないの?」


 二人の別れを待っていた騎士さんが、彼女に近づき肩を叩いた。

 もう、時間がない。


「まだやることがあるから。騎士さん、彼女のこと、お願いします」

「で、でもあなた一人になっちゃう」

「僕は大丈夫。さぁ、もう行って。12時の鐘が鳴る前に」


 苦しそうに頷いた騎士は少年に敬礼をして、そして、彼女と共に馬車に乗り込み、夜の闇へと消えていった。


 彼らを見送ったのち、少年は轍のそばに彼女の髪をばらまき、自分で自分を切りつけ、最後に腹を貫いた。

 止まらない血を彼女の髪と自身に塗りたくる。


 痛い、怖い…本心からその場に倒れ込む。

 遠くから聞こえる金属質な馬の足音を聞きながら、少年はゆっくり意識を失っていく。


「僕が、守ってあげたかったなぁ……さよなら、アシュリー…」


 最期は泣き顔じゃなくて、笑った顔を見たかったなぁ、と願いながら。



□□□□


ゴインッ


 正直生身の人間が出してはいけない音がする。

 そりゃそうだ、いくら俺が頑丈とはいえ相手は元冒険者でガントレットをはめて殴ってきたんだから。

 渾身の力で殴りつけられたからか、ギルドの扉にぶつかってもまだ勢いが収まらずに表通りまで転がり出てしまった。


 思わず現実逃避すると、多分あの勢いならトリプルアクセルを飛べたと思う。


「何するんですかギルド長!」

「テメェはクビだ!エル!この恩知らず!!」」


 殴られた相手を睨むと、それに負けじと向こうも真っ赤な顔で俺を睨みつける。

 冒険者ギルド『アライン・ヘルシャフト』のギルド長、ヘロッド。

 そしてその後ろで妖艶な笑みを浮かべる美少女は愛娘であり、ギルドが誇るS級冒険者のサメラだった。


「何にもできねぇテメェをここまで育てた恩を忘れやがって!」

「だから、俺は何もしてないですって!」

「んなわけねぇだろうが!サメラが俺に嘘つくわけねぇだろう!!」

「話聞いてくれよ!!」


 否定したところで聞かないのはわかっているが、叫ばずにはいられない。

 だってヘロッドはサメラを溺愛し、彼女のためなら法を犯すし真実を捻じ曲げる。

 そしてサメラ本人も自分の欲望を叶えるために、父親を利用し他人を蹴落とす。


 このギルドで、幾度となく見てきたサメラの虚言によるヘロッド怒りの追放劇を、まさか自分が食らうことになるとは予想外だった。


「パパ、わたくし怖かったですわぁ…」

「おぉかわいそうなサメラよ、後でパパが何でも買ってあげよう」

「俺の話を聞いてくださいってば!ギルド長!!」

「だまれぇい!!二度とサメラに、このアライン・ヘルシャフトに近づく出ないわぁ!!」


 サメラお気に入りのメンバーが俺の私物を道路に投げ捨ててくる。

 尻もちついたままの俺は当然受け取れるわけなく。

 彼らの嘲るような笑い声を聞きながら、みじめに荷物をかき集めた。


 俺は冒険者ではなく、受付や雑事などの裏方だったから、装備なんてない。

 荷物といっても日記帳と数枚の服と、形見の古びた短剣だけだった。財布は…いや、あってないようなものだな。

 表通りだから、見物人は多くいたが誰も俺を助けてくれない。


 アライン・ヘルシャフトは外からの評判は大変いいからだ。内情はクソだが。

 ヘロッドの独裁下でのパワハラ、過剰労働、依怙贔屓、ミッションに見合っていない低賃金。

 そしてサメラによる陰湿ないじめ、お気に入りの男を侍らせていても興味を失えば父親へ悪意を持って報告。

 それを恐れてギルド内の人間関係は最悪。哀れな被害者は今の俺のように追放される。


 辞めたくても退職願は破り捨てられ、外面のいいギルドのため追放されれば冒険者として難ありと判断され、他のギルドに雇ってもらえない。


 一度入ってしまうともう先はない。

 幾度となく辞めようと思っていた。

 でも、お世話になった人たちや俺をかばってくれた人たちを見捨てられなくて、長い年月を腐ったギルドで過ごしていた。

 それに、俺は8年前に満身創痍で捨てられ死にそうだったところを、サメラに気まぐれで助けられた。

 金も薬も、そして記憶も持っていなかった俺はクソとはいえあの親子に助けてもらわなければ死んでいたんだから。

 俺自身が受けた恩を返すために、誠心誠意尽くしたつもりだ。

 その結果がこれで報われなかったと嘆くべきか、縁が切れたと喜ぶべきなのか…

 

 ため息を吐きながら荷物をまとめ、最後に残った日記に手を伸ばした時だった。


 俺より先に拾い上げた奴を見上げると、人当たりのよさそうな笑みを浮かべる、かわいいと美しいの中間の雰囲気をまとった女が立っていた。

 シルバーブロンドの髪がふわふわと首の周りで揺れている。

 顔の横だけ長いのかそっちの髪と、カチューシャのようにつけられた青いリボンが同じリズムでなびく。

 冒険者なのか腰には長剣が輝き、身軽さ重視らしく軽装な皮の鎧と青いキュロットを合わせ、ヒールの低いブーツを履いている。


「ああ、わりぃな。拾ってくれてありがとうよ」

「あなたここ追放されたの?」


 ギルドの看板を睨みながら問われた。王冠を戴く剣がアライン・ヘルシャフトのロゴマークだ。

 最初は剣だけだったらしい。王家からのドラゴン退治を、当時現役の冒険者だったヘロッドが無事に完遂したことで、王家の御用達である王冠の紋章を使用することが許されたのだと、毎度毎度偉そうに自慢していた。


 そのドラゴン退治も、どうせ誰かを踏み台にしたんだろうな。

 あの親子はいつも人の功績を横取りする。勇猛果敢な戦士だった言われるギルド長のヘロッドも、地上に舞い降りた天使と評されるサメラも、人のものを全て奪う。


「ああ、とんでもねぇ理由でな」

「そっか…私はアシュリー、アシュリー・プッテ。私に着いてきて!」


 そう言って冒険者らしい女は白く柔らかい手で俺の腕をつかんで走り出した。



□□□□



「さぁ、着いたよ!」

「ちょ……ゼ、フハ…ちょっと、待って…ハ…ハァ…」


 しばらく走ると、西の町はずれにギルドらしき看板が見えてきた。そして俺はもう足がガクガクしていた。

 いや、もう、本当に勘弁してくれ……

 王都中央にあったアライン・ヘルシャフトから15分以上走っている。


 アシェリーと名乗った女は平気そうだが、本当に辛い。スタミナはあるが、日々運動する暇もなく机仕事に追われていたため脚力がない。

 振りほどこうとしても女と思えない力で握られているし、俺の意志に関係なく引っ張り進むから転ばないようについていくので必死だった。

 つまり、喉が張り付いているし、未だに足に力が入らない。

 そして何よりもわき腹がめちゃくちゃ痛い!息する度にひきつるような痛みで苦しい!


「たっだいま~!」

「だ、から…は、なし…聞け…」


 アシェリーは未だに息を整えている最中の俺を気にすることなく、引きずりながらにこやかに建物の中に入っていく。


 建物内は古びているが、決して汚くはない。

 壁を彩るドライフラワーはよく見ると全てハーブだ。インテリアに薬草作りの下準備も兼ねているようだな。


 他のギルドと同じようにミッション掲示板と受付カウンター、簡単な食堂があり、飯を食ったり作戦会議していた冒険者たちが、入ってきた俺たちを見る。

 …あれ?なんか見慣れた顔がチラホラ…あ?ああああっ!!?!!!?


「エル!エルじゃねぇか!!」

「お前ついにあのクソギルド離れられたんだな!!」

「よかった!本当に心配してたのよ!!」


 席から勢いよく立ち上がったのは、以前アライン・ヘルシャフトを追放された冒険者たちだった。

 今まで世話になった人たちにまた会えるなんて思ってもいなかった俺は、もみくちゃにされながらも、皆と笑顔で抱き合った。


「でも、なんで皆ここに?」

「プッテくん、何も説明しなかったんですか?」


 2階へ続くから男がゆっくり降りてくる。

 胸にギルド長のバッジが付いているから、きっとあの人がここのギルド長なんだろう。


「グレムさん!私ちゃんと説明……説明したっけ?」

「いや、何もされていないが?」


 グレムと呼ばれたギルド長がまたか、とため息を吐くから、きっと常習犯だ。


「うちのメンバーが失礼いたしました。僕は冒険者ギルト『メルヒェサーガ』のギルド長、グレム・ブルーダーです」


 立ち話もなんですから、どうぞ僕の部屋へ、とグレムさんはにっこりと上品に笑った。




「と、いうわけでして、僕はアライン・ヘルシャフトから追放されたメンバーが居たら声をかけていたのです」


 目の前のソファに座ったグレムさんは、自身が過去アライン・ヘルシャフトから追放された身であり、かつ劣悪な環境で働かされた上に追放され行き場のない冒険者たちを助けているらしい。


 俺は出された紅茶を飲みながら、ギルドの元先輩の話を聞き入った。

 見た感じ3,40代で藍色の髪と、優し気な細い目を持つ男からは、落ち着いた穏やかな雰囲気しか感じない。

 紅茶を飲む所作もいちいち洗練されていて、ギルド長よりも貴族と言われた方が納得する。


「君の話は他の方から伺っていました。ほぼギルド内に軟禁されて暴力に耐えながら重労働を強いられている少年がいると」


 そう、俺がこのギルドを知らなかったのも、皆がここで働いているのも知らなかったのは、俺がほとんどギルドから出られなかったからだ。


 ギルド内の雑用だけでなく、あの腐れ親子の召使のようなこともやらされていた。

 外部との連絡なんて、人に頼むか魔力通話で済む話だ。  朝から晩まで働いていた俺は本当に自分の仕事で精いっぱいで、そういえばもう3年は外に出ていなかった気がする。

 いや、一応洗濯で中庭には出たか…


「君さえよろしければ歓迎いたします」

「名乗ってすらいない相手を勧誘するんですか?」

「ああ、他の皆から聞いていたから、うっかりしていました。確かエルくんといって、ファミリーネームは不明。8年前にアライン・ヘルシャフトに拾われてからの記憶しかないんでしたっけ?

 部屋は階段下の物置のような足を伸ばす幅さえなく、役立たず、能無しと罵られながら一人で大規模ギルドの受付業務を行い、ギルド内でのいじめや理不尽から他の人を守っていたんですよね。

 好きなものはパンプキンパイ、嫌いなものはギルド長とその娘。それから…」

「もういい十分です…」


 全く持ってその通りだ。

 ついでに言うとあのクソ親子の八つ当たりで暴力暴言は当たり前だった。

 自分のことながら、クソみたいな三文小説のごとき生活でよく耐えたと思う。

 ……それより俺の情報漏れすぎじゃない?思わずため息出るんだけど。


「記憶喪失とか胡散臭くないですか?」

「うちのギルドは訳ありが多いんです。君を連れてきたプッテくんもその一人ですね」

「…俺は役立たずですよ?何のスキルも適正もない」


 この世界では、10歳で教会からスキル鑑定を受ける。

 さらに冒険者を目指すものは適正検査を続けて受けるのだが、俺は何のスキルも適正も何も表示されなかった。

 つまりこの世界において、俺は能無しで役立たずだ。


 誰でも一つぐらいなんだかんだと役に立つものだろうが、立たなかろうがスキルを持っているのに、俺だけ何もない。

 憧れた冒険者も諦めざるを得なかった。


「君は適性やスキル、能力だけで人が決まると思いますか?」


 そうと思いたくないから、今までクソギルドで必死に食らいついてきた。


 だが、長年暴言や暴力と共に刷り込まれた劣等感や、価値観はこの世界そのものの価値観だ。

 俺が俯いて握りしめた拳を見つめていると、グレムさんはパンと手を叩いた。


「そうだ、では体験されてはいかがでしょう。2週間ほど仮所属してみてください。気に入ったら就職、気に入らなかった場合は再就職先を探すお手伝いをしますよ」

「え?でも、それじゃこのギルドに何の得も…」

「いいえ、今このメルヒェサーガを支えてくれているメンバーたちの恩人ですから。このくらい安いですよ。ねぇ、皆さん?」


 グレムさんの言葉にギルド長室の扉が開き、そこには元アライン・ヘルシャフトの追放者たちがいた。

結局俺はクソギルド同窓メンバーたちに半ば強制的にうんと言わされた。

 でも嫌な気はしない。むしろ嬉しかった。



□□□□



 追放から怒涛の1週間が経過した、メルヒェサーガに歓迎された俺はアシュリーと二人で薬草採集のミッション最中だ。


 といっても、メインは俺で彼女は付き添い。

 猪突猛進気味で人の話を最後まで聞けないこの女、アシュリー・プッテはなんと見かけによらすA級冒険者だった。

 グレムさんから仮所属中の俺の面倒を任されたらしい。そんな奴がE級冒険者なりたての俺の子守りをしていていいのかとは思うが。


 アシュリーはなんというか、自由だ。


 国内一と謳われる辺境のシューエグラス騎士団で剣技を磨いた一流の剣士ではあるのだが、素手も強い。

 数日前の採集ミッションでダークウルフが襲い掛かってきた時、なんと首を絞めて落とし、もう1匹は腹を蹴りでぶち抜いた。

 剣はどうしたと思ったが、体を動かしたかったからと言われた。素直に仮所属期間面倒を見てもらおうと思った。


 私生活も自由で、お腹空いたからと厨房でパンプキンパイを作り振る舞ってくれたことがある。これがまた美味かった。

 が、その後アップルパイを焼いた同じギルドの魔法使いの女と、最強のパイはどっちであるかとバカみたいな大喧嘩をして机を破壊した。

 もちろんギルドの寮母に怒られていた。

 最強のパイってなんなんだろう…ちなみに横で食ってたグレムさんは「僕はミンスパイが最強だと思います」と呟いていた。

 あんたもか。


「うーん…今日もいい天気だねぇ」


 今日もアシュリーは自由に、俺が薬草採集している間原っぱに大の字で日光浴している。


「わりぃな、暇で」

「ううん、私もゆっくりしたかったし、こうやってお日様を全身で感じるの最高…」

「あとちょっとしたら森に行くから寝ないでくれ」


 ふぁ~い、と帰ってきた返事が半分溶けてるからダメかもしれない。


 今回の採集ミッションは俺がE級冒険者ということもあるが、俺のスキルを発見する足掛かりらしい。


 グレムさんは【スキル:対人鑑定眼】で人の能力やスキルを見ることができる。

 そのうえで俺のステータスをみて、何も表示されていないのは記憶がないからではと仮定した。

 本当に何もない人は「なし」と表示されるらしいが、俺のは空白だったようだ。


 今まではクソギルドで雑用をこなすだけだったが、別のことをやってみれば適性やスキルが見つかるのでは、そして記憶を取り戻すきっかけになるのでは、という。

 正直記憶に関してはどうでも良い。

 拾われた時顔の原型もわからないぐらいぐちゃぐちゃだったというから、どうせ子供のころからいい人生なんて送っていなかっただろうし。

 でももしかしたら冒険者になれるという希望を、自由になって浮かれた俺は追い求めた。


「アシュリー、終わったぞ」


 鑑定眼も、採集スキルも何も持っていないが、アライン・ヘルシャフトでたった一人でギルドの受付を回していた俺は、ある程度目測で品質を見られるようになっていた。

 どこがどう、と説明するのは難しい。本当に何となく、なのだが意外と正確なのは自慢だ。


 今回のミッションである薬草もなかなかの品質のものを集められたと思う。

 最後の薬草は森の奥に入らないと手に入らない。

 だから戦闘経験もスキルもない俺はアシュリーに付いてきてもらうべく、眠っていた彼女を起こそうと手を伸ばしかけた時だった。


 森の方から地響きと大木の倒れるような音がした。

 飛び起きたアシュリーが俺を庇うように前に立ち、剣を構え森の方を警戒する。何かがこちらへ向かってくる。


「助けてくれぇ!!」


 現れたのは弓と杖を持った二人組の冒険者だったが、俺はその顔に見覚えがあった。

 アライン・ヘルシャフトに居た冒険者だ。ガチャガチャと装備を引きずりながら、こちらへ走ってくる。

 二人を追うようにずるりと木々の間から頭を出したのは、木の葉のような鱗を持つ大蛇だった。


「ウッドスネーク?」


 ウッドスネークはE級冒険者でも討伐ミッションを受けられる、下級モンスターだ。


 周囲に溶け込み見つけづらく、強い再生力と強い毒をもつが致死性はない。

 木のような体は切ると面倒だが、心臓を一突きで刺すか、燃やしてしまえば簡単に退治できる。

 だが、森の入り口でこちらを睨みつけているような大きさじゃない。せいぜい大人が両腕を広げた長さぐらいだ。


 そしてふと気づいた。こちらを睨みつける禍々しい目がいくつも増えていることに。


「危ないっ!」


 アシュリーが俺を抱えて横に飛んだ。

 女の子に抱えられたなんて落ち込んでいる場合じゃない。

 俺たちがいた地面では草が枯れ蒸気を発して変色している。おそらく酸か毒だ。


 ウッドスネークかと思ったそれは、10本もの頭を持ち上げてこちらを見下ろしている。

 どう見てもあれはウッドヒュドラだ。

 一度体を切れば、再生するだけでなく首が増殖してしまう上級モンスター。

 A級以上で受けられる討伐ミッションだが、もちろん単騎じゃなくパーティで受ける。

 このモンスターは燃やし尽くそうとしたところ、森が全焼して国が滅びたこともある。

 だから燃やして殺すのは禁止されており、心臓を貫くしか方法がない。


「あなたたち何をしたの?!」

「お、俺たちはただ、ウッドスネークを、なんで」


 ガチガチと歯を鳴らすのは確か最近入ったばかり、E級冒険者だったはずだ。

 だからウッドヒュドラに出会うような場所への依頼はされるはずがない。


「サ、サメラが、行けって…簡単だから…なのに」

「まさか、あのクソ女っ!!」


 サメラは欲しいものは何でも手に入れる。

 たとえ誰かの命が犠牲になろうとも、関係ないと思っている。

 そして人が苦しむ様を見るのが何よりも好きだ。

 だから、意図的にミッションを伝える際に情報を隠すことがある。

 重要な情報を伝えずに、苦戦する様子を遠視魔法具で見て笑う。

 だから俺がこっそりと情報を付け加えていたのに!

 今もこの様子を見ているんだと思うと、心の底から怒りが湧いてくる。


 アシュリーは魔法がからきし使えない接近戦タイプで相性が悪いうえに、俺を庇いながら戦わないといけない。

 このウッドヒュドラに手を出してしまった冒険者二人も、腰を抜かして使い物にならない。

 とてもじゃないが、今の状況で相手にできない。


「エル、この二人を連れて逃げて」


 そういって、彼女は一人ウッドヒュドラのもとへ走り出した。

 アシュリーの言う通り、ここは一旦邪魔な俺たちは逃げて応援を呼んだほうが良い。


「…俺たちを助けてくれるのか?」

「仕方ねぇけどな、おい、あんたら走れるか?」


 



 振り返れば、男たちはゾッとするような顔で笑っていた。


 この、ねとつくような笑顔を知っている。

 相手を利用し陥れようとする顔だ。





 さっきまで腰が抜けていたとは思えない速さで、俺たちを逃がすため時間稼ぎをするアシュリーの足を射抜き、そして性根が腐ったアライン・ヘルシャフトの冒険者たちは逃げた。

 その場で崩れ落ちる彼女の姿が、ゆっくりとスローモーションのように見える。


「アシュリーッ!!!!」


 駆け出したところで俺は何もできない。

 戦闘系のスキルも魔法も使えない。最近アシュリーから戦闘用に体の使い方を教えられたが、そんな程度だ。

 俺が持っているのは採集した薬草と腰の古びた短剣だけ。

 だけど、一人立ち向かった彼女を見捨てることなんてできない。


 アシュリーはそれでも立ち上がり、またウッドヒュドラに立ち向かうがバランスを崩し、再び倒れそうになる。

 アシュリーに襲い掛かる蛇頭に飛び蹴りをするが、もう一つの頭に遮られ、そのまま振り投げられる。勢いを殺せないまま大木にぶつかり、息が詰まる。


 打ち所が悪かったのか、霞む視界で、アシェリーが尾を打ち付けられ跳ね上がったのが見えた。さらに弄ぶかのように、ウッドヒュドラは尾と首を使いアシュリーをボールのように叩きつける。そのたびに、彼女は苦痛の声を漏らす。




――――また、彼女が泣いている




 また?またってなんだ?俺が出会ってからアシュリーは泣いていない。強いて言うなら鍛錬所で組手やって、砂が目に入ったぐらいだ。

 俺は、アシュリーを知っているのか?『俺』がアシュリーを?いや、『俺』じゃない。

そうだ、『僕』はアシュリーを知っている。




『僕が、守ってあげたかったなぁ……さよなら、アシュリー…』




 失っていた記憶が洪水のように頭の中に流れてくる。

 俺がアシュリーの生家に金で売られた子供だったことも、アシュリーが義母と義姉に虐待をされていたことも、実両親の形見が減るたびに笑えなくなっていたことも、彼女が俺の手を握ってくれた嬉しさも、守りたくても守れない悔しさも、あの日一緒に行けなかった悲しさも、全部。


 記憶が戻ったと同時に、体の底から力が湧いてくるのがわかる。きっとグレムさんの仮説は正しかった。

 腰に差してた短剣は、あの日アシュリーを家から解放したときのだ。アシュリーに笑って欲しかった。アシュリーを守りたかった。アシュリーに、生きてほしかった。


「守るんなら、今しかねぇだろ!!しっかりしろ、エル・ツェールング!」


 地面を蹴れば体が軽い、まるで鎖が外されたみたいだ。

 その勢いのまま、アシュリーをいたぶることに夢中になっているウッドヒュドラへ短剣を突き刺す。


「え、る…?」

「テメェの相手は俺だ」


 怒りに燃えるウッドヒュドラが俺を睨みつける。

 だが、不思議と恐ろしさはない。あるのはアシュリーを守る意思だけだ。

 俺が、アシュリーを守るために、コイツを倒す。

 脳に言葉が紡がれる。短剣を胸の前に掲げ呪文を唱える。


「燃え盛る炎のマナよ、我が武器に集いて力を貸せ!爆炎剣(フレイムソード)!」


 刀身が爆発したように炎を吹き出すが、熱くはない。

 目の前のウッドヒュドラに集中すれば、赤い点が浮いて見えた。首の付け根のすぐ下、俺は迷わずにそこへ短剣を突き刺した。

 短剣を中心に炎は広がりウッドヒュドラを焦がしていく。のたうち回るが、その炎は他の木々には燃え移らずに、ただただ木の蛇を焼き殺していくだけだ。



□□□□



「世界の源でたゆたう生命のマナよ、我が前の者を癒せ。浄化治療(リカバリー)

「ありがとう、うん、すっかり元気だよ!」

「良かった、本当に良かった…今度は、助けられた…」

「もぅ、泣かないでエル」


 すっかり日が暮れるまで、俺たちは昔話をした。

 泣きだした俺を、アシュリーは昔のように抱きしめてくれた。またアシュリーに会えた、それだけで今までのクソみたいな人生でも、生きていて良かったと思える。


「ねぇ、エル。仮所属の件なんだけどさ…」

「ああ、俺もそう思っていた、アシュリーと一緒に居たい」


 俺が告げると、アシュリーは大輪が咲いたように笑った。


「メルヒェサーガにようこそ!!末永くよろしくね、エル!」

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