俺はクラス委員になりたい
一年二組の教室に迷わず着けて俺は安堵した。
俺は中学校の入学式の後、迷子になってしまった。
一人だけ遅れて教室に入るのはとても恥ずかしかった。もうそんな経験はごめんだ。
「よお、宏樹。迷わず来れたんだな」
後ろの扉から教室に入るのと時を同じくし、創也が話しかけてきた。
「高校生にもなって迷うなら、窓から飛び降りるわ」
「普通なら中学生でも飛び降りるぞ」
「まじで?」
「まじ」
すると俺が入ってきた扉とは逆の、前にある扉から小さな女の子が入ってきた。
「皆さーん。自分の席を確認して座ってくださいねー」
この声はどこかで聞いたことがある。
前の扉付近にいた男子生徒がみんなに聞く。
「おーいみんなー。女の子が入って来たけど、だれかの妹なんじゃないか?」
「入学式を見に来て親とはぐれたのかな」
創也が聞いてくるがそうとしか考えられない。
「私は妹ですが、この教室に姉はいません!姉は今アメリカにいます!」
「あー、三姉妹ね。じゃあ二人目のお姉ちゃんはどこにいるのか教えてくれないかな?」
再びあの男子生徒が聞いた。
「私に姉は一人しかいませんよ。そんなことより皆さん早く席に座ってください!」
間違えない。あの声は入学式で名前を呼んでいた担任の先生だ。
「もしかして若月先生ですか?」
「「「「「そんなわけないだろ」」」」」
俺が聞くと、みんな笑いながら否定してきた。
「そうですよ。私がこのクラスの担任、若月小春わかつきこはるです。早く席に座ってください!」
「「「「「え!?」」」」」」
みんなは驚きながら、黒板にある座席表を見に行く。
「なあ、お前いつから気付いてたんだ?」
「ついさっきだよ。なんか聞いたことある声だなって思って」
俺と創也も座席表がある黒板の元にむかった。
「前後じゃん」
俺が見つける前に創也が教えてくれた。よく考えてみれば、入学式の時に横の席なら教室では前後になる。
俺と創也が自分の席に向かうと、だれかが教室の扉を開けた。
「お、遅れてすみません!ちょっと迷ってしまって」
「まだ大丈夫ですよー。自分の席を確認して座ってくださいね」
「は、はい。すみません」
遅れて教室にやって来たのは矢島だった。
矢島彩花やじまあやか。中学の時、三年間同じクラスだった。家もそれなりに近く、休日も何度か創也たちと遊びに行ったりもした。150㎝ほどの身長で、肌はほんのりと白く、少し茶色がかかったロブ。出るところは出ており、引くところは引いている。
黒板の近くにいた矢島が俺に近づいて来た。
「どうして近づいてくるんだ?」
「だって隣の席のだもん!私が隣で悪かったね!」
俺の左の席は矢島だった。
「いや、別にそういう事じゃなくてだな。なんで遅れたんだ?」
「い、いや、ちょっと用事があったから遅れたんだよ」
「高校生にもなって迷ったのか。飛び降りる窓ならむこうにあるぞ」
「な、なんで知ってるの?」
「教室入ってきたときに自分で叫んでたじゃん。みんな知ってるよ。なあ、創也」
「がっつり聞こえたぜ!けど安心しろよ、宏樹も中学校の入学式の後迷ってたからな!」
「お、おい!なんで矢島に言うんだよ!」
「宏樹くんは中学生にもなって迷うんだー」
「宏樹くんって言い方やめろ!あと高校生で迷う方が恥ずかしいからな」
「どっちもどっちだよ。宏樹も矢島も似た者どうだな」
「こいつと一緒にするな。俺まで馬鹿になるじゃないか」
「わ、私馬鹿じゃないし!馬鹿って言う方が馬鹿!」
「皆さーん。静かにしてくださーい」
教壇に立っているのは俺たち二組の担任の若月先生。見た目は小学生にしか見えない。おまけに声まで小学生みたいだ。
「今から自己紹介をしていきまーす。では出席番号一番の安藤くんからどうぞ」
自己紹介といっても一発芸のような変な事をする人は一人しかいなかった。名前と出身中学と入る予定の部活の三つが鉄板。
俺の右の席は永岡梨紗ながおかりさというギャルっぽい女子だった。栞里の席は離れていて少しほっとした。
「それでは一通り自己紹介が終わりましたが下校する前に、二組のクラス委員を男女一人づつ決めないといけませーん。やりたい人は挙手してくださーい」
ついにやってきたこの時間。俺はこのクラスのクラス委員にならなければならない。
栄輔伯父さんから話を聞いた時は俺みたいなやつに務まるのかなと思っていたが、そういう問題ではないと考えた。クラス委員にすらならない人間が、あの大学に入れるわけがない。入れたとしても待っているの絶望だけ。
十秒程、教室に沈黙が広がった。男女関係なく、誰一人として挙手しなかった。栄輔伯父さんが言っていたことは本当だった。
「ぼく、やります」
俺が手を挙げると、クラスメイトの視線が一気に集まったと思う。
「男子は西谷君でいいですか?他にやりたい人がいないなら西谷君にしますよー」
他に挙手する人はいなかった
「では西谷君お願いします。はいみんな拍手ー!」
若月先生がそういうとみんな俺の方を向いて拍手をしてくる。こういうのは初めてなのでとても恥ずかしい。
「なんでクラス委員になったんだ?めんどくさがって、やらないと思ってたのに。そんな柄じゃないだろ」
「高校デビューってやつだよ。今日からそんな柄になったんだ」
「けど髪の毛染めてないし、イケメンにもなってないぞ」
「創也、外見が変わるのは三流だぞ。内面だけが変わるのが一流なんだ」
「それ絶対に嘘だろ。聞いたことすらないぞ」
「クラス委員になって早々私語をしないでください」
「はい。すみませんでした」
俺だけ注意されてしまった。考えていなかったが、クラス委員という役職は相当めんどくさい。差別されるというか、同じ悪いことをしても注意の仕方が違うというか、兎に角めんどくさそうだ。
「男子は決まりましたが、女子でやりたい人はいますかー」
「じゃあ、私やります!」
手を挙げたのは矢島だった。
「なんでお前がクラス委員なんだよ。クラス崩壊するぞ」
「崩壊させるとしたら宏樹の方だよ!私、中学生のとき三年連続クラス委員だったもん。もうベテランだよ」
そういえばそうだった。三年間同じクラスなのに忘れてた。
「では女子は矢島さんでいいですか?矢島さんでいいと思う人は拍手してくださーい」
若月先生がそういうと、俺のときの三倍ほど音が大きかった。なぜならば一人の男子が狂ったチンパンジーのように拍手していたからだ。
「ほら、宏樹より私の方が歓迎されてるじゃん」
どうでもいいことだが、矢島に負けるのはとても悔しい。
「二組のクラス委員は西谷君と矢島さんに決まりましたー。今日はもう終わりでーす。みなさーん気をつけて下校してくださーい」
色々な中学校の人が集まっているので、早く友達を作らないと出遅れてしまう為だろうか、若月先生が終了の合図をしてもクラスのみんなはすぐに教室から出て行かずに、話し始めていた。
「宏樹帰ろうぜー」
俺には創也がいる為あまり急がなくても良さそうだ。
「わり、ちょっと校長室に行かないといけないから今日は河原と二人きりでイチャイチャしながら帰ってくれ」
「イチャイチャが余分だクソ野郎!まあいいや。また明日なー」
創也は俺に軽く手を振りながら河原の元に行った。
さて俺も校長室に行くとするか。
「西谷君ちょっといいかな?」
後ろから話しかけてきたのは俺の右の席にいる永岡さんだった。