文芸部の部活動見学
コン、コン、コンと図書準備室に一つしかない扉から音が鳴った。
おそらく栄輔伯父さんだろう。こんな場所に来る人なんてあの人しかいない。
「どうぞ」
俺は一応礼儀として返事をする。
「失礼します。一年二組の三井栞里です。文芸部の見学に来ました」
入ってきたのは栄輔伯父さんではなく栞里だった。
俺の周りをぐるぐると走り回っていた矢島も足を止めて驚いている様子だ。
正直、見学をするといっても文芸部の何を見学するのだろう?
「ま、まあ、見学していってよ、三井さん……」
戸惑っている俺に代わり、矢島が対応してくれた。矢島はさっきまで座っていた席に栞里を座らせ、矢島自身は俺の横に座ってきた。永岡さんの時と同じ席だ。
「ありがとうございます矢島さん」
とは言えこれ以上何も言うことがない。
「三井さんはなんで見学しに来たの?」
「入ろうと思っているからです」
「「え?」」
「三井さん、文芸部って''インキャ''の巣窟だし私と宏樹しかいないから入らない方がいいと思うけどなぁ……」
矢島は栞里をなんとしてでも入れさせないようにしている。
「私''インキャ''ですし、人数は気にしないので関係ありませんね?」
栞里は矢島の顔を見ながら少し微笑んでいる。
栞里は昔から一人で過ごしている。二年前までは俺とは接していたがその他の人とは接してこなかった。その時によくやっていたのがこの顔だ。
他人を小馬鹿にするような眼差しと少し口角が上がった口。その顔は俺に直接向けられたことはないが誰かに向けているのは散々見てきた。
この顔を向けられて皆、栞里とは接しなくなる。
「け、けどそれじゃあ……」
矢島は''お悩み相談''のことを気にしているのだろう。
だがそれは俺の問題であって矢島はあくまでもサポーターだ。栞里の件は俺が解決しなければならない。
「なあ、栞里」
「なに、宏くん?」
栞里は矢島に向けていた表情と打って変わって、おっとりとした表情になった。口調柔らかくなったと思う。
栞里と話すのはあの日以来だ。業務連絡程度には会話をしてきたが、向き合って話すのは一年以上時が経っている。
俺の横に座っている矢島はジト目で俺を見つめている。
「栞里は昔から運動が得意なんだからテニス部とかバスケ部に入ったら?」
「私、運動音痴よ」
失言だ。栞里は昔から運動がまったくできない。
栞里は本ばかり読んでいるから運動ができないのか、運動ができないから本を読んでいるのかはわからない。
「そ、そうだったな……。うっかり忘れてたよ……」
どうすれば栞里は文芸部以外に入ってくれるだろう。
「じ、じゃあ吹奏楽部とか……?」
「私、音痴よ。宏くんはそんなことも忘れたの?」
また失言した。栞里は昔から音痴だった。合唱の時間はいつも口パクで歌っていたことを忘れていた。
「あ……、そうだったな……。じ、じゃあマネージャーとかは?栞里は昔から人に尽くす性格だったろ?」
「私、他人に尽くしたことなんて一回もないわよ」
失言だ。空回りしている。だんだんと栞里の顔に苛立ちの表情が出てきている。
「宏くん。そこまでして私を入れたくない理由があるの?」
栞里は苛立ちが一定まで溜まった為か、柔らかかった口調が硬くなっている。
俺はなんとかしてこの場を切り抜かなければならない。栞里が文化部に入ると''お悩み相談''のことを矢島以外の人に知られてしまう。
「こ、ここはお、俺とや、矢島のあ、あ……」
「あ?」
「愛の巣だぁ!!」
「「えぇぇぇぇぇ」」
正面にいる栞里は後ろに下がりながら口を押さえている。
横にいる矢島は口をパクパクしながら動かない。
「宏くん、あ、愛の巣ってど、どういう意味……?」
「そのままの意味だ。だ、だから誰も入れることはできない……」
何言ってんだ俺は……。なにが愛の巣だ。自分で言ってて恥ずかしくなる……。
「き、今日はも、、もう帰るわ……」
栞里はそう言い残し、文芸部を去っていった。
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