88話 宝物
向き合いの滝でもう一人の自分と戦い、その圧倒的な強さに心が折れそうになった。
もう駄目だと諦めて投げ出しそうになった俺を助けてくれたのは、アルフィンとシズクとナエの存在だった。
三人がいなければ、俺はここで消滅していたと思う。
俺の大切な彼女達のお陰で、俺は試練を乗り越え力を手に入れられた。
黒を倒した事で、この不可思議な空間の真ん中に光が射し込む。
その光が円の様に形を作り、その穴の向こう側に、アルフィン達が滝の方を向いて立っているのが見える。
ここを出られるのに何日かかるか、いつ帰れるかも分からないのに滝の前で待っていてくれたのか。
本当に俺なんかにはもったいないくらいの、宝物だよ。
ここを出る前にもう一度空間を見渡し、もう一人の俺に心の中で感謝をして穴に飛び込んだ。
強い力で引っ張られるような感触がしたかと思うと、眩しい光が目に突き刺さる。
思わずその眩しさに、目を細めていると、俺の大好きな声が聞こえてきた。
「タクトさん!」
アルフィンの声だ。
「良かった。戻られたのですね!」
シズクの声も聞こえる。
「あ、お兄ちゃんなの! 今いくの!」
ナエの元気な声も聞こえる。
三人が俺へと駆け出すのが分かった。
もう説明不要な、ナエタックルがくる気配も伝わり、しっかりと魔力を纏った。
「ドガンッ!」との音を出しながらのナエタックルを受け止めていると、アルフィンとシズクが飛び付いて抱きついてきた。
「タクトさん! 良かった……良かったですわ……」
「これだけの酷い傷を。……よくぞご無事で……」
アルフィンとシズクが目に涙を溜めて俺の帰りを喜んでくれた。
「お兄ちゃんも無事に帰って来たから大成功なの」
「あっ……傷、今すぐ傷を治します――」
抱きついてから俺がかなりの怪我をしていることに気づいたのだろう。
慌てて治癒魔法をかけようとしてくれるのを無視して、三人をまとめて抱きしめた。
俺の大切な存在の温もりと香りを存分に確かめる。
俺は彼女達に会いたくて頑張ったんだ。
こうやってまた抱きしめる事ができて、嬉しい。
「皆、ありがとう俺を助けてくれて」
何分か分からないが、結構長い時間を抱きしめてしまった。
三人を抱きしめることで、生きて帰ってこれた事を体の芯で確認することができた。
名残惜しいが、いつまでも抱きしめているわけにもいかず体を離す。
「あっ……もう、ですか?」
アルフィンが寂しそうな声を。
「……ゴホンッ」
シズクは、照れを隠すように咳払いを。
「まだ、抱きついてたいの。早すぎるの」
ナエは、少し文句を言っていた。
「皆待っていてくれたんだね。俺はどれくらい滝の中にいたのかな?」
「タクトさんは三日間、滝の内部に行かれていました」
「三日も……全然そんな感じがしなかった。せいぜい数時間ぐらいかと思ってたよ」
向こうでは、時間の流れる速度が違うのか。
ユーリは二日で出てきたと竜王は言ってたけど、三日もかかってしまった。
「まずいな。そんなに時間がかかってるならドレアムが何か動き出しているかもしれない。直ぐに――――あっ……あれ?」
歩き出そうとすると、足に力が入らずにアルフィン達に倒れこんでしまった。
「キャッ! タクトさん? 大丈夫ですか?」
「び、ビックリしました」
二人が俺の体を受け止めてくれる。
「ご、ごめん。力が入らなくて……」
「お兄ちゃん大丈夫? 疲れちゃった?」
「……何だか……無性に眠くて……」
皆の温もりを感じて気が抜けたのか、全力以上のものを出しきって疲れが出てしまったのか意識が薄れていく。
「……ごめん……起きてられない……少し……眠る……」
アルフィンとシズクが俺の体が崩れ落ちないように、抱き締めてくれる。
「お疲れ様でした。今はゆっくりと休んでくださいな」
「タクトさん。おやすみなさい」
優しい二人の声に誘われ意識を手離した。
「……う……ん」
微睡みの中、まぶたを開けると見知らぬ天井が見えた。
「あれ……俺は……確か……」
まだ覚醒してない頭で、向き合いの滝を出てからの事を思い出そうとする。
「あっ。タクトさん目を覚まされましたか?」
声がした方を向くと、アルフィンが俺の手を握り顔を覗きこんでいる。
周りを見渡して見ると病院か何かの施設だろうか、アルコール消毒液や薬品の匂いがする。
どうやら俺は、医療用のベッドに横になっているらしい。
部屋の中は静かで俺達以外誰もいないみたいだ。
「側に居てくれたのか。ありがとう」
「ふふ。いいえ。わたくしがタクトさんのお側に居たいだけですから。それにもし、寝ている間に容体が悪くなっては大変ですから」
「気を使ってくれてありがとう。シズクとナエは見当たらないけど、どうしてるの?」
「二人はリューガさんと共に、鍛練をしています。少しでも強くなろうと時間を見つけては、頑張っております」
そう言われると、確かに二人から戦闘中の魔力反応がした。
俺が居ない時でもしっかりと鍛練を頑張ってるんだな。
「そうか。何か変わった事とかは?」
「いえ、何もありません。もし何かあれば、念話カードに連絡があるはずですから」
「そうだね」
良かった。俺が寝ている間に、ドレアムが何か仕掛けているかと思ったけど。
連合軍の方は、隊を編成出来ただろうか。三日も経っているなら援軍も合流してるだろうし、後で確認をとっておくか。
「ただ……」
アルフィンが暗い顔をしている。何か心配事でもあるんだろうか。
「アルフィンどうしたの?」
「……タクトさんが、向き合いの滝に行かれてから胸騒ぎがおきるようになりました。てっきりタクトさんの身が危ないのかと、その事での胸騒ぎだと、思っていたのですが……。
こうして、タクトさんが、帰って来られてからも、治まらずに却って酷くなるばかりなのです……」
胸騒ぎか。
何か良くないことが起こる前に、出たりするものだけど。
気になる。
早く動き出さないと、いけない気がする。
「よし、早く竜王の所へ行こう。もしその胸騒ぎが本当の事なら、何か起きようとしているのかもしれない」
「はい」
布団から起き上がり、体の調子を確認する。
体のふらつきもないし、体力も問題ない。
傷は、アルフィンが治してくれたのか完治していた。
「起き上がられて大丈夫ですか? 傷は治しておきましたので大丈夫かとは思いますが」
「ありがとう大丈夫だ。体に痛い所もないし、調子はいいよ」
竜王の魔力を探ると、見透しの塔にいるみたいだ。
アルフィンの胸騒ぎが杞憂であって欲しいと思いながら、二人で竜王の元へ向かった。
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