87話 本当の覚悟
諦めて投げ出しそうになった時、アルフィン達の声が暗闇に沈む俺を助けてくれた。
皆は。
俺の帰りを待っていてくれる。
俺の勝利を信じてくれている。
俺と一緒に居たいと思ってくれている。
三人の声が、俺にもう一度立ち向かう力を与えてくれた。
本当の意味で覚悟を決めてからは、どれだけ殴られようが、蹴られようが必死に食らいついていた。
「……さっきまで死にそうだったてのに。何処からそんな力が湧き出てんだよ?」
話しながらも鋭い拳打がとんでくる。
「ぐうっ!」
それをモロに顔面にもらうおうとも、足を止めない。
「こうなら……どうだ」
相手に接近する際の体の使い方を、黒やドレアムをイメージしながら実践する。
「しつこいな」
何度も何度も殴られる。でも足を止めない。
正直殴られ過ぎて、顔は腫れるし、出血するしで痛くて苦しくて仕方がない。
でも、それでも諦めずに必死に我慢して黒の動きを観察し自分の力に変えていく。
「俺には大切な宝物が三つあるんだ」
「はあ? 宝物? こんな時に何言ってんだ? 頭いかれたか?」
「俺の帰りを……待ってくれてんだよ」
「だからさ~さっきから何言ってんだよ!」
黒は恐ろしい速度で右ストレートを繰り出してくる。
それを避けた自分をイメージをしながら、その通りに体を動かす。
「あ? 避けただ?」
「もう、その速度は覚えた。もっと本気出してもらって構わない」
「へえ……面白いじゃん? やれるもんならやってみな!」
黒は更にギアを上げた。
一気に背後に移動すると、頭を狙いすました鋭い右蹴りがとんでくる。
咄嗟にガードしようとするが、間に合わずに吹き飛ばされた。
「だからさ~それじゃ駄目だってば」
「……なるほど……今のタイミングでは動き出しが遅いのか……それなら、この速度でならどうなんだ?」
今見せた黒の動きを真似て同じ動きをする。
黒は俺よりも速い動き出しで、避けてみせた。
「俺の動きとほぼ同じ速度……やるじゃないの!」
「ここは……こうしてたな」
黒の右足蹴りを、一歩下がって避ける。
「なっ! 避けやがった」
「これなら、どうだ」
「がはぁっ!」
俺の拳が、初めて黒の顔面を捉えた。
「……その動きは……俺の」
捉え始めた俺の攻撃に、黒の表情にもようやく真剣さが出てきた。
「今のは良かったけど、まだ速くなるかな。次はこうしてみよう」
コイツに勝てる自分のイメージをより明確に、強固にしながら力強く床を蹴り一歩で間合いを詰める。
「――っ! 更に速く――」
魔力を溜めた拳を叩きつけた。
それもきちんと黒の腹を捉えた。
「ぐううう! なんなんだよ! もの凄いスピードで別人のように動きが変わっていきやがる。これではまるで……」
黒はけっして手を抜いたりして、動きが遅くなっているわけではない。
それどころか、黒はますます動きのキレは上がっている筈だ。
では、何故俺が黒に追い付き、動きを上回れる様になったのか。
それはこれまでの戦闘での経験の蓄積が開花したから。
黒にどつかれ、殺されそうになりながらも、必死に頭を働かせて、駄目な部分を修正し適応して有効になるように昇華させていく。
その工程をひたすら繰り返す。
目の前の黒やドレアムにユーリといった、俺よりも強い奴等の動きを手本として、イメージしながら戦っていた。
「あんまり……調子に乗らない方がいいぜ!」
黒は、俺に殴られた状態から反撃を試みるも、勢いがない。
これなら容易に躱すことができる。
「こうすれば、もっと速くなるかな」
黒の攻撃を無傷で対処し、攻撃硬直をしているコイツの腹に五発分の拳打を叩き込んだ。
「ごふっ! ぐはあっ! ぐあぁぁーー!!」
黒は防御が間に合わずまともにダメージを受ける。
この戦いで初めて俺が優勢にたつことができた。
「ぐうっ。これならどうだ!」
黒が特級魔法でも最上位のものをノータイムで撃ってくる。
俺も同様に最上位特級魔法で返す。
今までは、ここで押されていた。
だけど、今なら……。
二つの特級魔法の押し合いは、俺に軍配があがった。
「……魔法もレベルアップしてやがる……」
自分でも魔力操作が向上しているのが分かった。
それに、さっき死にそうになるまで追い詰められた事で魔力総量も同様に上がっていた。
アルフィン達の声に助けられてからは、一つ一つの動作を、黒やドレアムがやっていたように真似していた。
体に覚え込ませる様に、確認しながら動いていた。
筋肉の動き、関節の動き、近接戦闘や魔力操作も含め全てを最善の動きをイメージをしながら、黒に攻撃し黒の攻撃を防いできた。
この魔法の撃ちあいに勝てたのも、黒とドレアム、ユーリと俺よりも格上の魔力操作その技量を真似て、それになぞらえて魔法を放ったから。
今までは、魔法を使用するまでの速度、威力共に負けていたのが対抗できるようになり、遂には上回るまでに成長した。
「はぁっ! はぁっ! 急に強くなりやがって。やっぱりユーリ・ライゼ・トランスヴァールと似てやがる」
「俺よりも強いお前達の、戦いかたを学ばせてもらった。お前のお陰だ」
「何勝った気になってんだよ。俺はまだ負けてねぇ……次は……これは対処出来るか?」
黒は膨大で、爆発的な魔力を溜めていく。
その魔力は、ドレアムが使った神級魔法と同等の魔力量。
「神級魔法か。俺はまだ使えた事はない。だけど……今ならやれる気がする」
ドレアムがやっていたみたいに、そして黒が今やって見せた工程を全身全霊で行っていく。
鋭く、鋭く、鋭くイメージして骨格を形成し全集中力で魔力操作をしていく。
大丈夫だ。
俺は必ず扱える。
皆を護る力を手に入れるんだから。
「耐えて見せろ! クラウプスユニバース!!」
この世の全てを破壊するような激しい雷の嵐、全てを飲み込む大津波と巨大な竜巻を発生させる。
「ああやってやる! クラウプスユニバース!!」
黒を手本に、俺も同じ神級魔法を放った。
理を逸脱した二つの魔法は、正面からぶつかり合う。
一つだけでも、そのとてつもないエルネギーの塊は、世界さえも破壊しつくしかねない。
ここが、特殊な場所だからこそ被害は出ないが、地上ならば大災害となる魔法がぶつかり合った。
本当の覚悟の先に、見える景色はあったんだな。
今までの俺の、口だけぶりには自分でも呆れてしまう。
だけどその反省は、後でゆっくりとやろう。
先ずは黒を倒す事に集中しなければ。
黒の本気の魔法は強い。まだ俺よりも先の領域に存在する力。
だけど、アルフィンもシズクもナエも。
皆に会うためにはこれに勝たないといけない。
だから、これに勝つ自分をイメージしろ。
皆を護り抜く力を。
三人の顔を思い浮かべながら、力の限りを振り絞った。
向き合いの滝での戦いは。
俺の魔法が黒を飲み込む形で決着となった。
魔法が直撃した黒は、体の半分程が消失した状態で横たわっていた。
「ごふっ! 負けちまったか……まさか……やられるとはなぁ。今回も駄目だと思ったんだけどな。ここまで急激に強くなるなんてさ……反則じゃん?」
「ここまで鍛えてくれて、ありがとう。さっきも言ったけど、お前のお陰だ」
「はは! お前を殺そうとした相手にお礼なんて言うなよ」
「そうだけどさ。だけどお前本気で俺を殺そうとしてなかっただろう。いくらでも殺す機会なんてあったのに、俺が強くなるのを待ってくれていた」
「……気のせいだって。俺は悪い奴だ。
まぁいいや。ここで手に入れた力しっかり使いこなせよ?」
黒の体がどんどんと、光の粒子に変わっていく。
「ああ。必ずこの力で皆を護り抜くよ」
「護りきれるといいな。宝物は大切にしろよ?」
「お前……散々悪どい事を言ってたのに。やっぱりいい奴だったんじゃないか」
「ははは。俺はお前だぜ? この邪念も、含めお前だということ忘れんなよ? いつだって油断してるとこうなっちまうんだからな」
「分かっているよ。お前をガッカリさせないように頑張っていくさ」
「おう。頑張れや――」
最後に応援の言葉を残して、黒は完全に消えた。
ありがとう。
お前のお陰で、俺は成長させてもらった。
この力でドレアムとハーディーンから世界を、そして宝物を護り抜くと誓う。
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