85話 向き合いの滝
「これが、向き合いの滝か」
向き合いの滝は、見透しの塔の更に奥地にあった。
高層から下層への落差は約百メートルはあり、高い所から白い布を垂らしたように細かい水しぶきをたてながら直下する瀑布は、とても勇壮だ。
落ちてくる水は透き通っていて鏡の様に、前に立つ者の姿を写す。
森林浴や、滝の側にはマイナスイオンがあるけど、ここはその濃度も濃く心地いい。
ここにいるだけで、昂った気持ちを落ち着けてくれた。
滝の周りを囲うように、ぐるぐると下へと道は続いている。
そこを歩いて中心へと近づいていく。
「ここには尋常ではない力が流れていますね」
「自然界にこのような神秘的な物があるなんて信じられません。この圧倒的な存在感は、どこかユグドラシルに似ていますわ」
「見て、見て。キラキラしててキレイだよ。空気も美味しくて、ひんやりしてて気持ちいいの」
ここだけ他よりも、一、二度気温が下がっているように感じる。
中心部に近くなると、上層から下層へ落ちてくる水が下の水溜まりに跳ね返り「ピチャン」と顔に当たった。
冷たくて気持ちいい。
更に歩みを進めていくと、目的の地点に到着した。
着いたばかりだけど、ドレアムがいつ動き出すか分からないから、早速挑む事にした。
「さて。時間がもったいないし行ってくるよ」
「タクトさん。必ず無事に戻ってきてくださいませ。ご帰還をお祈りしております」
アルフィンが俺の側に寄ってきて、手をギュッと握る。
「タクトさん必ず勝利してきてください。信じています」
シズクも、反対側の手を握ってくれる。
「お兄ちゃん絶対帰って来てね。
帰ってきたら、一緒に遊ぶの」
ナエは腰にギュウッと抱きついてきた。
「皆ありがとう。絶対に帰ってくるから俺がいない間の事は頼む」
皆の温もりを確かめた後、もう一度皆の顔を見て滝へと歩きだす。
歩きながら見透しの塔での竜王とのやり取りを思い出していた。
向き合いの滝の試練は、一度入るともう一人の自分と戦い、その戦いに勝つまで出てこれない。
負ければ自己を失い消滅する。
戦う時間は決まっておらず個人差で変わるらしい。
大体が半日から長くて一日で、ユーリは、出てくるまで二日もかかったと竜王は言っていた。
果たして俺は何日かかるのか分からないけど、どれだけ時間がかかろうが必ず帰ってくる。
それと、竜王が俺の魔力を全開にしてくれた。
魔力も回復していない状態では瞬殺されるからだと。
水溜まりの中に入り、滝の前に立って水に触れると、体を光が包み込み内部に引き込まれた。
入った瞬間、ここが特殊な場所だというのを理解した。
ここは、魔素の濃度がおかしい。無限にあるんじゃないかと思える程にびっしりと存在している。
ここは何処か異空間の様にも感じる。
広さも、高さも、何もかも常識外。
そういう基準自体が無いのかもしれない。
ただ、ただ広くて、何も存在しない。
無色透明な空間が広がっていた。
この不思議な空間を観察していると「ボワァッ」とぼんやりとしたシルエットが浮かび上がった。
そのシルエットに、腕、足、胴体、そして頭と人間だと認識できる要素が次々と形造られていき、最終的に出来上がったのはもう一人の俺だった。
そのたった今出来上がったもう一人の俺は、唇を動かし声を発した。
「よう、オリジナルの俺。お前強くなりたいのか? てゆーかここに来た以上それしかねーか」
頭から足元まで、黒いカラーの俺が声をかけてくる。
俺って人から見たらこんなガラ悪いのか?
いや……コイツは俺の悪の部分なんだっけ。
て、ことは俺の一面でもあるってことだから……うわぁ……知りたくなかった。
それに、俺をベースに造られているから纏う魔力圧力も俺と同じ。
「ああ。お前を倒せば強くなれるんだろう? 俺は力を付けるためにここに来たんだ」
「そうだぜ。倒せればだがな。今まで、人間族もたくさんここに来たけどよ、一人を除いて全滅だ。お前はどうだろうな? お前も消えちまうんだろう? な!」
挨拶もそこそこに、もう一人の俺がいきなり殴りかかってくる。
「いきなりかよ」
飛んで来る拳を受け止めた。
「よく、防いだな。あ~お前は俺だったっけ。それなら納得」
「次は俺の番だ」
今度は俺がもう一人の俺の(紛らわしいからこれからは黒と呼ぶ)黒の左足をローキックで蹴ろうとした。
それを黒は俺の腕を振りほどきながら、後ろに下がって避けた。
「分かるぜお前の考えが。何処をどう狙って、何をしてくるか全部分かる」
そこから、数手打ち合ったが悉く防がれる。
ここまでの攻防で、俺の思考や癖や戦い方も黒は全部分かっているらしいことは、気づいていた。
俺だったらここを狙ってくるとかが、分かってしまう。
やりづらいな。
「ここまでやりあえた事は褒めてやるが、ここから先の俺の動きにはついてこれるかな? ジェネレイト・ライトニングライズ!」
雷属性の最上位魔法を展開すると、その足で黒が縮地で一気に死角から近付き、俺の顔面に右足を叩き込もうとしてきた。
それを腕を交差してガードしようと構える。
「甘いぜ? それじゃあ失格だ!」
「くっ!」
戦いが進む毎に黒の動きが、鋭さを増していく。
俺がそれに対応出来るようになると、黒はまた強さを増していく。
鬼ごっこでずっと俺が鬼をやらされ、黒を捕まえられない状況の様に、俺は黒に追い付けないでいた。
「おい、おい。やる気あんのか?」
「ブオン」と黒の姿がぶれたかと思うと、俺が構えた後の、背後から現れ右足を思い切り叩き込まれる。
「ぐうっ! ゲホッ! ゲホッ!」
思わず背中の衝撃からくる痛みから、咳き込み足の動きを止めてしまった。
黒はその隙に五発の雷球を至近距離からぶつけてきた。
「この距離で! くうっ!!」
咄嗟に魔力を集めて、結界を展開する。
だが。
「ばーん!! 吹っ飛べや!!」
「があぁぁぁぁぁ!!」
全弾撃ち込まれそのエルギーが爆発し、結界ごとぶっ飛ばされた。
一発が特級魔法クラスの威力の雷球を、一度に五発も叩き込まれ、身体中に凄まじい電流が流れて目の前が白くなる。
プスプスと体から白い煙を出しながら、倒れこんだ。
「その……動きは。……ドレアムの限界突破と同じレベル……」
「そうだぜ? お前がいずれ到達する領域の力を、俺は使える。お前はここまでの素質を持ってんだぜ。持っててもここを出られなければ意味ないんだけどな」
俺が修業した先に引き出せる力を、コイツが……。
それなら、こいつに追い付いて凌駕すればいいだけの事だ。
絶対にやり遂げてやる。
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