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139話 邪神が誕生した日

 



 ターニアは幼い頃から、病弱な母親を支え貧しい家を守りながら成長していった。

 真面目に誠実に努力をし、優しさを失わずに成長するそのターニアの姿に、私はある種の生き甲斐すら感じていた。

 幼少期の頃から一生懸命に働き、親が作った多額の借金も少しずつ返済していきそれももうじき終わる。

 そうすれば、やっと生活に余裕が出来て、母親を楽にしてあげられる、そしてようやく私に恩返しが出来ると、嬉しそうに語っていたある日。















 ターニアが殺された。







 忘れもしないあの日。

 約束の時間になってもターニアが現れなかった。

 いつもであれば、よっぽどの事が無い限り先に来ていて私を待っていてくれる。

 その事に妙な胸騒ぎがして、待つども現れないターニアの身が心配になり、ターニアの魔力反応を探すと。

 いつも歩いてくる方角からすることが分かった。



 だが。



「……ターニアの魔力反応が小さくなっている。何があった……」



 私は一抹の不安を抱えながら、ターニアの魔力反応がする場所まで、一気に転移した。



 一件の古びた小さな家。

 そこにターニアの名前が彫られた表札がかけられている。

 中に入ると、入口横でターニアの母親が背中に刃物が刺さった状態で倒れていた。

 更に奥に進むと、血まみれで倒れるターニアを発見した。

 側に駆け寄り、その体を抱き起こす。


 体中何ヵ所も刺し傷があり、血が大量に流れ出ている。

 ターニアは、もう虫の息だった。



「ターニア! ターニア! しっかりせよ!」



 名前を呼び掛ける。



「……神……様」



「ターニア!」



「ごめんなさい……約束の……ゴホッ……場所まで……うっ……行け……なくて……」



 息も絶え絶えになりながら、私に謝罪をしようとする。



「そんなことは、どうでもいい! 何が……誰がやった。クソッ……効果がないだと!」



 さっきから回復魔法を使っているが、出血をしすぎていて回復が間に合わない。

 いや。

 もう回復魔法では、助けられないほどに死が迫ってきていた。


 いくら神といえども、万能ではない。

 出来ない事も存在する。

 まして、ターニアを助けるにはもう手遅れになっていることは、一目見たときに理解していた。



 そして。

 衣服を破かれ、その体を汚されていることも。



 本当は喋らすべきではないが、私はどうしても犯人の名を知りたかった。



「何が……あった。誰がこんなことを」



「はぁっ……神様……お母さんが、殺されてしまいました……。はぁ……」



「言え。誰が……やったのだ」



「それは……」



 ターニアはこんな事までされても、犯人の名前を言おうとしない。どこまでも優しく、他人を憎む事なんてしなかった娘。

 否。

 出来なかった娘だった。

 どれだけ蔑まされようとも、決して他人を悪く言うことをしなかった。


 そんなターニアが、泣きながら悔しいと、もう少しで自由を手に入れ母親を楽にしてやれる、私に恩返しが出来ると思ったのにと、涙を流した。



「ターニア。やられた者の名前を言え。私がその者を八つ裂きにする」



「…………」



 弱々しく首をふるふると振り、それを止めようとする。

 今思えば、ターニアは私の心が限界まで来ている事を察していたのかもしれない。

 ここで、私に復讐させてしまうと戻れなくなることを、聡明な娘だったから前から気づいていたのかもしれない。

 時折私に、心配するような視線を向けてくる事もあった。

 元気付けようとしてくれているかのように、振る舞っていたかの様に思う。



 だけど、私はターニアをこんな状態にした者達を絶対に許すつもりはなかった。



「……わたし……神様と出会えて……はぁ……幸せでした。

 本当……なら……ゴフッ……六歳で死ぬ……とお医者様に……はぁ……言われていたわたしが……今日まで生き……れたのは、神様のお陰です……はぁ……はぁ……でも。ごめんなさい……恩返しは出来……はぁ……そうにありません……」



 もうターニアの命の灯火は、消える。

 どんどんと冷たくなっていく、その体に死が刻々と近づいてくる。



「ターニア。私こそ、そなたに感謝をしている。私はこの先()()()()()()()()永遠に忘れない。ターニアは、()()中で生き続ける」



「……はぁ……はぁ……神様……今日まで……ありがと……う……ござい……まし……た……」



 最後にお礼を言い残し。

 ターニアは、息を引き取った。


 結局。

 ターニアは、誰にやられたのか言わずに逝った。


 動かなくなったその体を抱きしめると、白の装束が赤く染まる。

 どんどんと冷たくなっていく体温が、ターニアを喪った事が現実だと脳が理解すると、私の中の何かが壊れるのを感じた。




「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああー!!」



 ターニアを看取り、私の中で何かが崩壊したような「ガラガラ」と崩れる音が聞こえた。

 その瞬間、私の魔力は白色から黒に染まる。

 そして、今までは出来なかった力が幾つか目覚めた。


 冷たくなっていくターニアに触れると、ターニアが私と出会った時から今日この瞬間までの記憶を読み取る事が出来た。



 ターニアは、幼い頃に父親がギャンブルで作った多額の借金を病弱な母親と共に返済する為に、小さな体で働いてきた。父親は借金を作った後、自殺をした。

 年頃の女の子らしいことは一切せずに、一つもワガママを言わずに母親を支え、働いてきた。

 毎月の高額な支払いの為に何個もの仕事を掛け持ち、稼いだ金を借金を立て替えた者に渡していた。


 睡眠時間を削り、自分の時間などほぼ無いに等しい中でも、それでも時間を工夫して、いつものあの場所まで来てくれていた。


 その借金の返済も最後の金を納めた頃。

 借金の領収書を持って、立て替えた者と共に三人の男が家にやってくる。

 その借金には、ターニアが十八になるまでに返済出来ない場合はターニアを娼婦として、働かせると書いてあった。


 しかし、ターニアの家にも借用書が存在した。

 だが、ターニアが持っていた借用書は偽物で、仲介人が持つものこそ本物だった。

 そう。

 ターニアと母親は騙されていたのだ。

 仲介人とこの三人の男達はグルだったのだ。


 最初から美しいターニアを手に入れるのが目的で、父親に接触し、借金を作らせ追い込み自殺させる。

 必死に納めていた毎月の金も、返済した事にして汗水垂らし自分の全てを賭けて稼いだ金は、この者らに使われていた。



 そこで、三人の男達は更に非道を行う。

 連れていく前に自分達で味見をしたいと。


 その言葉に娘を守るために精一杯の抵抗を見せる母親。

 ターニアは茫然としていたが、迫りくる男達に押し倒され体をまさぐられていく。


 そこでようやく事態を飲み込んだターニアは、必死に抵抗するが女の力では敵わない。


 そこで近所の者、周囲にいる者らにも助けを求めるが、巻き込まれたくないと見て見ぬふりをするだけ。

 長年この親子がどれだけの苦労を、大変な生活をしながらでも、決して笑顔を忘れずに生きてきたのかを見てきたというのに。


 誰一人として、助ける者はいなかった。


 体を男達にいいようにされていく中で、ターニアは更に絶望を見せられる。

 ターニアの目の前で、我が子を守ろうと必死な母親を殺そうとした。


 ターニアにとって、母親は何よりも大切な存在。

 母親の為に幼い頃から苦労をしてきた。

 それが目の前で奪われることだけは、何としても防ぎたかった。


 何とか男達のを噛みきり拘束を解き母親を助けに行こうとするが、逆上した男に刃物で刺される。


 そして、目の前で母親を殺された。

 男達は、唾を吐き捨て笑いながらこの場を離れていった。


 これが、私が来るまでの一部始終。



「……狂っている……やはり、これが……人間の本質なのか……」



(酷い(むごい)……)




 ターニアと母親の亡骸を、いつもの大木の下に墓を造り埋める。風化しないように魔力付与を施して。

 この場所も永遠に存在出来るように、して。



「ターニア。余の到着がもっと早ければ……こんな事には……すまない。

 だが。

 そなたに危害を加えた者は一人残らず消し去るから安心してくれ。それと、余は人間を信じることをやめる事にした。ターニアのお陰で、もう一度人間を信じてみてもいいと、そなたの笑顔と優しさ、どれだけの苦難に見舞われても決して諦めず希望を抱き生きる。そんなそなたの姿に余も考え直そうと思ったが。

 余は……もう疲れた。

 だから、こんな世界は人間達は、消し去ろうと思う。ここだけは、永遠にこのままになるようにしたからな。

 母親と共に、安らかに眠ってくれ…………ではな」



 余は、もう一重に魔力付与を施しこの場所を離れた。



「さあ。人間達よ自分等の行いを恥じよ。アレースローンは死んだ。これからは邪神ハーディーンとして、そなたらに絶望を与え、根絶やしにしよう。もう二度と愚かな行いを出来ないように! 覚悟しろ!!」



(これが……アレースローンがおかしくなった原因か……。いたたまれないな。ターニアさんも、可哀想でならない。犯人達を許すことが出来ない気持ちも……分かる。……だけど、こんな事は止めないといけない…………ん?)



 ハーディーンは、気づかなかったみたいだけど。

 俺はハッキリと見えた。

 たった今造られたばかりの墓から、一人の女の子の霊魂が現れ、去っていく邪神の背中を悲しそうな顔で見ていることに。


 そして、こちらを向くとまるで俺の存在が見えているかの様に、深く頭を下げた。



(君だったんだね。時間が止まった時に姿を見せたのは)



 顔をあげ俺の目をまっすぐに見てくると、声が聞こえてきた。



(どうかお願いします神様を助けてください。神様は、本当はとても優しい人なんです。本当は悪いことをしたくなんてないんです。でも、心に深い傷があってそれで……もう……これ以上悪いことをさせないように止めてください。止められるのはあなただけなんです。お願いします)



 必死に何度も頭を下げ真摯にお願いされる。

 こんなになってまで、ハーディーンの事を……。



 (分かった。俺が必ず止めてみせる)



 俺もその想いに真剣にそう伝えると綺麗な笑顔を見せてくれた。

 最後にもう一度頭を下げターニアさんの霊魂は消えた。



 そして、次の視点は。

 ハーディーンがターニアさんを犯し殺した犯人達、仲介人として裏切った人、周りの見て見ぬふりをした人を皆殺しにする所だった。

 血の涙を流し、ターニアさんの名前を叫びながらその手で一人ずつ引き裂いていく。

 そして大方殺し終わった後、世界を破壊する後ろ姿を見て、俺はこの一連の出来事を考えていた。


 ターニアさんは、ハーディーンを止めて欲しいと言っていた。

 こんな事をして欲しくなかったから、だから最期まで犯人達の名前を言わなかったんだと思う。

 これ以上、罪を重ねないように願っている。


 だから。

 だから俺が、ターニアさんの為にもハーディーンを止める。

 悲しみも、憎しみも全部受け止めてこんな事はもうさせちゃいけないんだ。

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