美しい地球の未来
西暦2029年。石油が枯渇し、原油国は自国の消費も賄えない状況になっていた。資源を持たない日本は深刻な危機を迎える。環境技術先進国の日本は節約をやりつくした感があり、打つ手がない。政府は官民問わず叡智を集めるべく遅まきながらの対策会議を開いた。
「風力発電、太陽電池などできることは全てやってきたが未だ見落としていることがあるかも知れません。人類の存亡を賭けてアイデアを出していただきたい。美しい未来の地球のために」
首相の発言からしばらくは沈黙が続いた。やがて経産相が溜まっていた怒りをぶちまけるように発言した。連日連夜、産業界からの苦情、苦言の矢面に立ち憔悴しきった声はどす黒かった。
「だいたい環境問題に注ぎ込んだ毎年一兆円の金はどうなったんだ? ドブに捨てたようなもんだろ。温暖化うんぬんなんてどうでもよかったんだ。その金で石油を買っておくほうがよっぽど役に立ってたろうよ」
効果のわからないCO2削減などということに金とエネルギーを注いでエネルギー危機に対処しなかったのだから言ってることは正しいが、言うべき時と場所は正しくない。責任回避の言動としては正しいのだろうが。
「ビジネスチャンスだとか、かんとか煽っていたのは経産省だろ。文句を言うな! 」
環境相がゆでだこもかくありという面相で応戦した。歴代環境大臣は内閣内での発言権などなかった。環境問題考えてますよ。やってますよポーズのための客寄せパンダ的役割だったから仕方がなかった。そこへ経産相から怒りを向けられてもたまったものではないだろう。
「建設的意見の場にしたまえ。政治家の発言は既に出尽くしてるから。この場は識者の方達からアイデアを出していただきましょう」
首相の言葉に、集められた識者達は皆俯くばかり。
しばらくして自信無げな細い声があがった。
「あのー、生殖のエネルギーを節約してですね……」
発言は生物学者からだった。
「続きをどうぞ」
首相は藁をも掴む思いで生物学者に発言をうながす。
「女と男は生殖活動に持てる資源のほとんどを費やしています。これを節約してはどうでしょうか」
「そんな事したら政府が持たないよ、いや議員先生の下半身が持たないワッハッハ」
内閣官房長官の高笑いが場内に響く。
「それでは、恋愛にかかるエネルギーを節約しませんか? 」
生物学者がぼそぼそとしゃべる。
「若い人たちは恋の相手を見つけようと合コンやら婚活をしていますがエネルギーの無駄です。コンピューターで最も適応度の高い組み合わせを計算すればいいのです。それを利用すれば若いエネルギーが節約できます」
物理学者からエネルギーの定義がどうたらとか異論があったが他に名案も出なかったので生物学者のアイデアが法案にされ国会審議を通り実行に移された。
導入前は批判が多かったが歓迎する声もあった。
「恋人ができるんだよ俺に、生きてて良かった」テレビの街頭インタビューは若者の声を伝えていた。巷のモテない男達は浮き浮きしてシステムの導入を待っていたようだ。
ところが、施策が実行されるとモテなかった男達からの苦情が殺到した。役所へ怒鳴り込む者もいた。
「通知された相手に会おうとしたら門前払いだ。これじゃ政府公認出会い系じゃねーか」
出会えない、出会い系利用者達の怒りは収まりそうにない。
まもなくして政府調査が行われた。半数以上の女達はモテ男達のセカンドになっていたのが真相だった。
セカンドしている彼女達は口を揃えて言う。
「美系の子孫を残さなきゃ美しい地球にならないでしょ」
確かに地球への愛に満ちた言葉だった。
だが、産んだ子が苦労するのを憚る心理が働いたのだろうか、子孫を残すと言うものの実際には子供を作ろうとしない。生まれてくる子供の人口はピタっと止まった。それから、十年も経ずして日本の人口は減り続け半分程になって横這い状態に落ち着いた。
環境問題はつまるところ人口問題だったのだ。日本の土地に住める相応の人口になれば解決する問題だったということだ。石油がなくても食べ物があれば生きていける。日本人のほとんどが農作業に携わるようになった。田に出て働く者達の顔や姿は20世紀前の日本人に似たものになった。理由は簡単だ。女達が農作業に適したゴツイ男を好むようになったからに他ならない。
親が農作業してるそばで子供達が遊ぶのが当たり前の風景になった。小学生ふたりが棒切れを持って地面に絵や文字を描いている。小さい子が上の子に何か聞いたようだ。
「おねえちゃん、男って漢字教えてよ」
「田んぼの力って書くのよ」
今モテないのは生まれた時代が早かったか遅かったかという時期の問題なのです。決して父母、祖父祖母を恨むようなバチ当たりをしてはいけません。