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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

社会人二人の百合生活

プロポーズの日に社会人百合カップルがいちゃいちゃする話

作者: ピッチョン


 六月に入り昼の気温もだいぶ高くなってきた。

 日曜日。昼食を終えた香緒里(かおり)結美(ゆみ)と一緒にリビングのソファーでまったりとくつろいでいた。

 結美がスマホの画面を指でスライドさせながらぽつりと切り出した。

「六月の第一日曜日って『プロポーズの日』なんだって。なんか有名なデザイナーが決めたらしいよ」

「へぇー……」

 香緒里は相槌を打ちながらどきりとする。

(え、これってもしかしてアレ? 長く付き合った彼女が急にゼクシィ読み始める的なやつ? 私プロポーズを催促されてる?)

 懊悩する香緒里をよそに結美が続ける。

「でもこういう後から決められた記念日って結局浸透しなかったりするし、実際どれだけの人が意識してるんだろうね。まぁもともとジューンブライドで結婚する人は多そうだけど」

 しかし香緒里の耳には結美の言葉は入ってこない。

(レストラン予約する? 当日は厳しいか。夜景の綺麗なとこ……混んでそう。いやそもそも結美がこういう言い方をするときはたいていすぐ言って欲しいってサインだし、だったらここで気の利いたプロポーズをさりげに言う方がいいんじゃ――)

「香緒里、聞いてる?」

 視線を振ってきた結美の顔を香緒里はまっすぐに見返した。表情を締めてなるべくキリリとなるように心掛ける。

「……結美」

「なに?」

「毎朝結美のみそ汁が飲みたい」

「え? 朝はパン派じゃなかったっけ。和食の方がいい?」

「あぁいや、パンで大丈夫です。はい」

 香緒里は内心で頭を抱えて叫ぶ。

(なんか普通にご飯をリクエストした感じになっちゃったぁ! そりゃそうだよねぇ! えっとじゃあ……)

 不思議そうに見てくる結美に、香緒里は改めて真剣に言った。

「結美、死ぬときは一緒だよ」

「え、なになに? こわいこわい」

 超どん引かれた。ニュアンスが違ったことに気付いて香緒里が慌てて言い直す。

「ごめんそうじゃなくてえっと、一緒におばあちゃんになろうね、ってこと」

「……多分私達は自然とおばあちゃんになると思うけど。え? 不老不死だったりするの?」

「違うっ! っていうか大学から一緒なんだから知ってるよね!?」

「今は特殊メイクとかあるし」

「じ・は・だ!」

 なかなかうまく伝わらない。香緒里はうぅむと唸って作戦を考える。

(確か昔に読んだマンガで、しりとりをしてる最中に『結婚しよう』『うん』っていうシーンがあったんだよね。当時はあんな告白されるのを夢みてたなぁ――よし、それいこう)

「結美、しりとりしよ」

「突然どうしたの? いやまぁいいけど」

「じゃあ私からね」

(となると、結美に『け』で終わる言葉を言ってもらえばいいわけだから……うーん、なんだろう……あ、コロッケとか良さそうかも。料理なら結美が思いつきやすいだろうし)

 香緒里はさっそく『こ』で終わる言葉を頭に思い浮かべ口にした。

「たけのこ」

「子犬」

「ぬ……ぬかどこ」

「仔牛」

「し……しるこ」

「子猫」

「こ……待った待った! そういう動物の子供を使うのずるくない!?」

「ちゃんと単語としてあるしルール的に問題ないでしょ。香緒里が『こ』で終わるのばっかり言うから目立ってるだけで」

 このままだと結美は絶対にコロッケと言わないだろう。香緒里は両腕を交差させて振った。

「しりとり終わり! 終了ー!」

「全然しりとりしてないけど……」

「終わり終わり! いいから結美は一旦好きなことしてて」

「はぁ」

 釈然としないまま再びスマホをいじり始めた結美を見つめ、香緒里はひっそりと頭を抱えた。

(くぅっ、結美のちょっと捻くれた性格を甘く見てた。どうする? 遠回しすぎると絶対伝わらないし、もう直接言う? でも、うーん、もっと詩的で綺麗な表現の方が……あ、そうだ! かの有名な夏目漱石のあの言葉があるじゃん!)

 香緒里はこほんと咳払いをしてからごく自然なトーンで話しかけた。

「結美」

「今度はなに?」

「月が綺麗だね」

「……真っ昼間なのに?」

(そうだよ今お昼だよ!! しかも『月が綺麗ですね』って確か『I LOVE YOU』の訳だから厳密に言うとプロポーズじゃないし……そりゃ結美も笑うよね……ん? 笑ってる?)

「……あの、結美さん?」

 香緒里が呼びかけると結美は拳を口元に当てて笑いを噛みころしながら言った。

「それで、次はどんなプロポーズを聞かせてくれるの?」

「もーーっ、結美! 気付いてたんならちゃんと反応してよ!」

「だって色々考える香緒里がおかしかったから」

「元はと言えば結美が催促するようなこと言ったからでしょー!」

「別に催促したつもりはなかったんだけど。そんな日もあるんだ、程度で言っただけだし。そしたら香緒里が急に『毎朝みそ汁飲みたい』とか変なこと言いだして、次は『死ぬときは一緒』だっけ? 熱でもあるんじゃないかと疑ってたら『一緒におばあちゃんになろう』であぁそういうことかって」

「……じゃあしりとりはわざと『け』で終わる言葉を言わなかったんだ」

「そそ。マンガで読んだことあったから」

「あぁーはいはい! 全部結美の手のひらの上でしたよー!」

 ふてくされる香緒里の頭を結美が優しく撫でる。

「ありがと。香緒里がそうやってプロポーズしようとしてくれてることが私にとっては一番嬉しい」

「プロポーズにならなかったけどね」

「はいはい拗ねない拗ねない。……香緒里は私と結婚したい?」

「結美が望むなら」

「私も、香緒里が望むなら」

 互いに見つめ合って笑う。結美が香緒里にもたれかかった。

「でも実際結婚するとなったら大変だよ? 国籍も変えなきゃダメだし」

「うわぁ、手続き面倒そう」

「日本に住み続けるなら厄介かもね。だから私はこのままでいい。香緒里がずっと側にいてくれるんだったら他は何もいらない」

「……それって遠回しのプロポーズ?」

「確かに、ちょっとぽかったかな」

 結美がくすりと笑って目線を香緒里に向ける。

「返事は?」

「当然――」

 香緒里は言葉の代わりに唇で答えを返す。永遠の愛をそこに誓うように。

「ん……」

「……結美、ウエディングドレスをレンタルして二人で着ない? それで二人だけで結婚式あげるの」

「二人ともドレス?」

「私だって着たいの! 悪い!?」

「全然。言ってみただけ」

 結美は笑いをこらえながら香緒里にキスをした。


 プロポーズの日にプロポーズをした、ある百合カップルの一幕。



            終

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