1話 オレ……石!?
【1話】
目を覚ますと、そこは冷たく湿った場所だった。
周囲は薄暗かったが、遠くから差し込む光源が足元にあるゴツゴツとした岩場を照らし出している。
どうやらここは、どこかの洞窟らしい。
この身が全く知らない場所にあるということは、転生に成功したと解釈してもいいだろうか?
それにしても目線がやけに低い。地面スレスレである。
寝転んでいるのか?
それとも倒れているのか?
状況を確認しようにも、体が硬くて動かせる気がしない。
どういうことだ……?
赤ん坊に転生したのだとしても、手足くらいは動かせるはず。
しかし、その感覚が全くと言っていいほど無い。
じゃあ何か声を出してみようと思って声帯に意識を持ってゆくが、なぜか喉の存在を感じない。
ただ感覚機能はハッキリとしていて、地面の冷たさや洞窟特有のカビをまとったような湿気った臭いは分かる。
視覚についても眼球の感覚が無いのにも拘わらず、視線を動かすことが出来るし、周りの状況もハッキリと見えている。
まるで人間の持つ五感を別の何かが代替してくれているような感じだ。
となると――、
俺は一体、何に転生してしまったんだ??
体を動かすことはできないが、とにかく今ある感覚を利用して状況を探ってみるより他は無い。
まずは、ここがどこかということだが、洞窟という外界から隔たれた空間からそれを推察するのは非常に難しい。
ただ目の前に見える岩石は、どこにでもありふれた花崗岩であるから、前世の世界と大きく懸け離れた環境の異世界――という訳ではなさそうだ。
洞窟内には、うっすらと明かりが差し込んできていて、その光源の方向から風に乗って草木などの緑の匂いが感じられる。
よって、出口まではそう距離はないだろう。
反対に洞窟の奥からは地下水が染み出ているのか、水滴が等間隔で地面を打つ音が聞こえてくる。
さて……。
俺は気持ちを整理する。
周囲の環境に目を向け、考えないようにしていたが……恐らく俺の想像は当たっているだろう。
この状況……認めたくはないが……俺が転生したのは人間の体じゃない可能性が高い。
じゃあ、それは何か?
こんな場所に生息している生命といえばコウモリやイモリ、はたまた蜘蛛や多足系の節足動物くらいなもんだが……
まさか、そんなものに転生してしまったとか?
いや……それはないな。だったらもっと自由に動けるはずだ。
動けない生物……そんなものって、いるか?
こんなジメッとした場所で、じっとしているもの……………………あっ。
キノコ! キノコなのか!?
一応、菌類という生物だしな。
いやいや、断定するには尚早だぞ。
もし仮にキノコだったとしても、人間らしく思考できたり、五感を備えているというのは納得し難い。
これが魔力を体内に宿したキノコ型の魔獣とかだったら、それなりに意志を持っているから有り得なくもないが……。
魔力……。
そういえば、俺の……大賢者としての魔力はどうなった?
こんな状態でも引き継がれているんだろうか?
そいつを失ってしまっていたら大事だぞ。
すぐさま俺は意識を自分の中心へ向けた。
すると――、
おおおおおおおおおおぉぉっ!?
俺は自身の内側にあるものの存在を認識して思わず心の叫びを上げた。
確かにそこに魔力は存在していた。
だが、その大きさが途轍もなく巨大なもので驚愕したのだ。
俺自身、大賢者と呼ばれるまでに至った人間だから、相応の魔力は持ち合わせている。
そして、その大きさも把握している。
しかし、今の自分の中にある魔力は以前の数十倍以上にも膨れ上がっていたのだ。
魔力というものは、その大きさに差はあれど生まれながらに自身の中に存在するもの。
そして、魔力は鍛え上げれば増大させることも可能だ。
だが、人間の肉体では魔力を蓄える器に限界がある。
なら、人間よりもより強靱な肉体を持ち、魔力も潤沢に持ち合わせている魔獣達にはどう立ち向かうのか?
本当に強い魔法使いは己の魔力を巧みに操り、大気中に存在する四大元素に干渉、その力を借りるのだ。
それにより肉体の限界を超えて、より強大な魔法を操ることができる。
で……今の俺の体の中には、人間の器には到底収まり切らないであろう量の魔力が渦巻いていた。
分かり易く言うなら、四大元素をそこら中から掻き集め、小さな塊に凝縮したような感じ。
その魔力の規模と言ったら、全てを一度に解き放てば世界が崩壊しかねないレベルだ。
そりゃ転生魔法を使おうとした時、大量の四大元素を集めたさ。
でも、それがそっくりそのまま俺の中にあるってのは意味が分からない。
しかしながら、魔力を感じられるというのは助かった。
これなら得意の魔法を使って、この状況をなんとかできるかもしれない。
なら早速…………………………………………ん?
んんっ!?
血の気が失せてゆく気がした。
魔法は俺にとって手足のようなものだ。
魔法さえあれば大抵のことはできる。
だから今も飛翔の魔法を使って、この動かない身を浮かそうと試みたのだが……。
ま…………魔法が使えないだと!?
いつもやっているように意識を集中させたのだが、一向に魔法が発動する気配が無いのだ。
なんでだ!?
魔法が使えないんじゃ転生した意味すら無くなってしまうぞ……。
いや、待て待て、落ち着け……まだ、完全にそうと決まった訳じゃ無い。
それが証拠にちゃんと魔力は感じられているんだ。
魔法自体が無くなった訳じゃない。
そ、そうだ。
恐らく、今の俺に感覚機能が整っているのも魔力がその代替になってくれているからだと思う。
だったら、この体に満ちている魔力を内側から感じ取れば、今の自分の姿が輪郭として浮かび上がってくるんじゃないか?
それなら動けなくても、俺が何に転生したのかが感覚的に捉えられるはずだ。
よし……。
俺は再び意識を集中させた。
体内に血液のように巡る魔力が、硬い体の内側に一斉に集まり始める。
力の流れが、俺の姿を輪郭として知覚させる。
その形は――――、
――正八面体だった。
えっ……。
予想外の姿に思わず絶句してしまった。
大きさ的には手の中に収まるくらいの物体で、まるで人工物のように正確な正三角形を繋ぎ合わせた八面体。
その材質は硬い石のよう。
人では無いとは薄々感じていたが、最早生き物ですらなかった。
敢えてそれが何なのか定めるとしたら……魔力を凝縮した石。
魔法石とでもいったところか。
なんだってこんな物に……?
転生魔法が失敗したのか?
いや、魔法を発動させた際、そんな兆候は見られなかった。
それに――、
魔法が俺を裏切るはずがない。
そもそも転生魔法とは人の魂を移し替えるという、神の力にも匹敵する力だ。
大賢者と呼ばれるまでになった俺でも、分からないことが多い未知の領域。
それだけ魔法の世界は奥が深い。
何しろ俺も初めて使った訳で、どういった結果が出るのかは実際やってみなくては分からなかった部分もある。
異世界転生した者が元の世界に戻ってきたという事例も残されていないので、先人に学ぶということも不可能だ。
だからこれがいわゆる、転生魔法というやつの結果なのかもしれない。
ただ何か、この姿を取らなくてはならない意味があるはずだ。
魔法とは、必ず理由のあるものだから。
と、そこまで分かったところで……。
さて……これからどうするかだが……。
今の自分の姿が石だと理解したが、この状態からどうしたらいいのか良い方法が思い付かず途方に暮れる。
この状況を打破するには、出来るだけ多くの情報を集める必要があるだろう。
となれば、取り敢えずこの場所から移動する方法を見つけなくちゃだな。
そんな事を考え始めていた時だった。
ザッ
地面を擦るような音が洞窟内に響いた。
それは光が差し込む方向。
洞窟の入り口の方から聞こえてきた。
むっ……何かが近付いてくる……。