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抜剣入刀生死不問!  作者: 富士普楽
第二章 従冥入冥
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第一節 やみよりやみにはいる

 狗琅くろう真人しんじんがコージャン師父しふを「冥府に連れていく」と告げると、一番弟子のウーは猛反発した。耿月山こうげつざん守墓人しゅぼじんどう、滝を望む露台バルコニーの上で足を踏み鳴らす。


「師父に死ねって言うんですか!」


 場に設けられたささやかな茶席、その椅子も蹴倒して、少年はカンカンに燃えていた。運動背心タンクトップから覗く肌は、冷え冷えとした谷間の風と、濃霧のような滝の湿気に晒されながら、寒さ知らずの粉紅ピンク色。若さというやつだ。


 冥府とは、この世に重なって存在するもう一つの世界・冥土を管理する組織であり、大抵は冥界と同一の意味で使われる。

 ここ閻国えんこくでは、冥土のことを鬼郷きごうと呼び習わしていた。

 他国であれば、黄泉よみ幽冥界ティフポ二の国(ガネーク)奥丁宮ファルカッラ極楽浄土アチューキオール奈落ザハムガンなど様々だ。いずれにせよ、反魂はんごん待ちの死者たちが過ごす場所である。


「そんなの、ぜったい、許しませんから」


 ウーのしなやかな胴も、のびやかな手足も、弓を引き絞るようにそれとなく不穏な力みを始めていた。大きな瞳の底では、剣呑な燐の火が灯る。


「勘違いしてはいけないネ、リーくんは大事な友人だよ。私が殺す訳がない」


 対して、狗琅真人は糸のように細長い目の柔和さを崩すことがない。女と見まごうようなこの優男は、一見二十代の青年だが、その実、齢二百を超えている。

 彼は正真正銘の仙人、殺風景極まるこの守墓人洞の主だ。数分前までは存在しなかった露台を新しく出現させたのも、その仙術に寄るところである。


 青みがかかった長い灰色の髪をゆるく結い、これまたゆったりとした白い道服を纏った姿は「いかにも」と言った風情だろう。


「まあ落ち着けよ、ウー。早合点し過ぎだ」


 そこに、滝をも圧するドスの利いた声がした。楚々とした仕草で茶杯に口をつける狗琅真人の傍らで、身の丈二公尺(メートル)ほどの偉丈夫が月餅げっぺいをかじっている。


 おお、その並びの不釣り合いなことと言ったら! 短く刈り込まれて逆立つ赤毛、人を射殺すような四白眼、血に飢えたように鋭く大きい犬歯。優美華奢な狗琅真人に対し、コージャン・リーはどこまでも無骨で攻撃的で図体もでかい。


 殺戮の限りを尽くした鬼神が今しがた戦場から戻り、大慌てで武装解除して、私は無害ですと取り繕って失敗したみたいだ。これまでの付き合いですっかり慣れたウーも、そんなことを考えてしまうほど凶悪な面構えだった。


「師父がそうおっしゃるなら」


 燐の火が少年の瞳からかき消える。しぶしぶながら、彼は蹴倒した椅子を起こして着席した。狗琅真人は完璧な礼儀作法で茶をそそぎ、ウーに杯を勧める。


「私を蛇蝎だかつのごとく嫌おうと自由だが、たまには多少の礼儀を払ってもいいのではないかと思うよ? 特に、君のために骨を折ろうとしている時には」

「骨を? 折る?」


 狗琅真人の言に、ウーは〝擒拿きんなじゅつ〟を脳裏に思い描いた。筋肉や腱を掴み・捻り、相手の大関節の動きを制御する、分筋ぶんきん錯骨さっこつじゅつでもやるのだろうか。


「ウー、そういう意味じゃねえぞ。七つだとこの慣用句、習ってねえか」


 弟子の勘違いなど師父はお見通しであった。見た目十五歳のウーだが、実年齢は九歳、学校に通っていたのは一年程度だ。


「これからちっとばかし、狗琅にゃ大仕事してもらわなきゃなんねえんだ。真面目な話なんだから、よく聴けよ」

「はい、師父」


 しゃきっとウーは背筋を伸ばす。元々が目鼻立ちのくっきりした堂々たる容貌、すまし顔をしていると二割増しで賢そうに見えるので得だ。

 コージャンは茶杯をあおって、月餅の最後の一口を流し込むと、同じ菓子を弟子の前にも差し出した。


「ウー、お前〝戸籍〟って知ってるか」

「こてき?」

「よし知らねえな。戸籍ってのは、お国が自分の国の人間の名前や、誰と誰が家族で、どこに住んでるかってのを知っておくための、ま名簿みたいなもんでな。戸籍がないやつは、この国の人間じゃねえってことで働いたり学校に行ったり出来ねえんだ。で、死んだやつは鬼籍きせきに入って冥府が管理するし、仙人になったら仙籍せんせきに入る」


 月餅を一口食べ、二口食べながらそれを聞いたウーは、三口目をもそもそと噛みながら考え込んだ末、飲み込むと共に口を開いた。


「じゃ、僕は鬼籍なんですか」

「いんや、違う」


 言いながらコージャンは隣を見たが、狗琅真人は任せたとばかりに無言である。


「狗琅が言うにゃ、お前は死んで鬼籍に入ったが、不死身の体で生き返らせたから、仙籍になるんだと。つっても仙人じゃねえぞ、仙人が造った不思議な道具のほう。つまり狗琅の〝財産〟扱いだな」

「ざいさん……?」

「所有物。持ち物。ここの家具とか本とか巻物と同じ扱いなんだよ」

「え――――っ!?」


 どうどうと地響きを打つ滝の轟きを、更につんざく絶叫だった。

 狗琅真人はありとあらゆるやり方で何十回となくウーを殺し、よみがえるたびに死の記憶を消し、おかしな薬を飲ませたりと好き放題に実験体として扱ってきた。それだけでもウーには腹立たしい話だが、更にクソ仙人を嫌う理由が増えたと思う。


「ひどいじゃないですか! 僕、人間ですよ!?」


 だんっとウーが茶卓を叩いて身を乗り出すと、コージャンは片肘をつきながら、面倒くさそうに眉根を寄せた。


「仕っ方ねーだろ。文句なら太祖たいそてい殿に言え」


 太祖帝とは閻の初代皇帝である。閻国法の基礎を作った人物であり、現在も神仙関連の法律は、彼が定めたものがそのまま運用されている。


「でも、ま、お前は俺の弟子で、血は繋がってねえけど息子だろ。お前のことで何か決める時は、俺がお前と相談する。狗琅にはもう好き勝手させねえ」


 コージャンは傍らの狗琅真人に「それでいいんだろ?」と改めて確認した。


「〝七殺しちさつ不死ふし〟の身柄は君に一任する、と書面にもしたためたしネ。よほどリーくんが手に負えない事態にでもならない限り、私は必要最低限の手出ししかしないよ」


 試製外法(げほう)重魂じゅうこんたい・七殺不死。思えば狗琅真人は一度もウーを名前で呼ばず、己の作品としてつけた個体識別名だけを使い続けている。


「で、どっちみち人間の戸籍がなくて物扱いじゃ、〝闇っ子〟と同じで、学校も病院も行けねえと来た。という訳で、これから戸籍を作る」

「そんなこと出来るんですか?」


 狗琅真人が茶杯を置いて、説明を引き継いだ。


「耿月山で暮らす内は、それで問題はないのだけれどネ。我々に造られた眷属や道具は自我獲得すると、独り立ちしたがることがある。そういう時、冥府で手続きすれば戸籍をもらえる制度があってネ。そこで最初の話に戻るんだよ」


 狗琅真人は袖の中から、ひもじの小冊子を取り出した。


「冥府行きの詳しいことは、これに纏めておいたからネ。よく読んでおくように」


 戯画化された二頭身の兎と猫が、嬉しそうにカバンを背負って歩く表紙に『はじめてのめいふ えんそくのしおり』と題されている。学校でもこんなのもらったなあ、と懐かしい気持ちになりながら、ウーは冷たい声音を出した。


「…………なんですかこれ」

「表紙に書いてあるじゃないか」


 ニコニコと、狗琅真人は日だまりで眠る猫のように微笑んだ。


道兄どうけい、つまり先輩いわく、この年頃の子は遠足が好きだと」

「まーた妙な所に気ィ回しやがって」


 呆れつつ、コージャンはウーが開くしおりの中身を覗き込んだ。その頁には「えんそくの おやくそく」とある。ウーは怪訝な顔で読みあげた。


「『た』食べない、『も』もらわない、もいちど『も』持ってかない?」

「ああ、大事だなそれ。冥府には死人のフリして入るから、その三つを破るとめくらましが解けちまう。すると中元ちゅうげんせつを待ちきれねえ連中が寄ってきて、しちメンドくせえんだ。鬼郷のものにゃ、手をつけねえこった」

「師父は冥府に行かれたことがあるんですね」

「おうよ。狗琅の遣いで何度かな」


 それを聞いて、ウーは少し安心した。

 幼稚園児じゃあるまいし、冥界下りの手引きが、こんなしおりだけでは不安極まりない。自分はコージャン師父から離れないようにしようと決めた。


                 ◆


「もち米、鶏の血、それと……僕の、おしっこ」


 用意した三つの竹筒を確認し終え、ウーは複雑な顔になった。

 守墓人洞地下、温水地底湖の儀式場。どこの寺院の地下にもある、龕宮がんぐうという祭礼所と同じものだ。ここには神灵カミの依り代たる神樹が祀られている。


「師父、なんでこんなのいるんですか? 魔除けだって言ってましたけど」

「正確に言や、亡者対策だな」


 コージャンはいつもの襯衫シャツ袴子ズボン脚絆きゃはんを身につけていた。ウーは功夫衫カンフーふくの上下で、二人とも寒さ対策に外套を羽織っている。

 肉や魚の生臭を避け、仙薬で調理した石だけ食べて精進しょうじん潔斎けっさいすること数日。冥界下りの準備がようやく整ったのだ。


「しおりにあった三つの約束を守っても、何が起こるか分からねえ。帰りたくても現世に帰れねえ亡者どもが、生きた人間を見つけりゃ体を奪おうと群がって来やがる。そこで、こいつをぶつけて追っ払うって寸法だ」

「……おしっこも?」


 ウーはざらざらと疑いの目をした。


「悪霊だの妖怪だの呪いだのは、汚いものに弱いんだとよ」

「生きてる人間だって嫌だと思いますけど」

「だよなー。別に鼻くそでもいいんじゃねえの」

「ばかを言っちゃいけないネ。童貞の男児の尿はれっきとした……」

「説明はいいです!」


 横合いから口を挟んだ狗琅真人を止めて、ウーは竹筒を腰に吊るした。〝どうてい〟が何のことかは分からないが、後で師父に訊いてみよう。

 コージャンは酒かなにかを入れているのか、瓢箪ひょうたんを一つ携えていた。


「それじゃ、符はちゃんと水に溶いて飲んだネ? 出発するよ」


 狗琅真人は祭壇から、釣鐘型の手提げ鈴を取った。握りの先端は三叉型。


「あ、帝鐘ていしょう使うんですか」


 ウーの声がやや弾む。帝鐘は道士が儀式の時に用いる法具であり、祭礼には欠かせないものだ。だが、これが仙人の手にかかると一味違う。


「音で妖怪変化を打ち倒したり、謎の光を出したりする、仙道の武器代表!」

「お前がそんなキラキラした眼で狗琅を見るなんてな……」


 弟子の珍しい表情に苦笑いしながら、コージャンは用意した提灯に火を入れた。ちなみに、こうした仙人の冒険譚愛好者(ファン)仙侠迷せんきょうめいなどと呼ぶ。


「嫌だよ、私は戦いが不得手だから、全部リーくんに任せてるのに。帝鍾の基本は、召神かみおろし辟邪まよけだネ。あるいは、このように」


――りんっ、と涼やかな音が仙人の手元から広がる。


 ぎしっ、とウーの足下で木板が軋んだ。

 あたりを見回すと、そこは夜の海にかかる桟橋の上だ。等間隔に並んだ柱と柱の間に、ずらりと灯籠を吊るした縄が渡されていた。

 馬車が通れそうな広さのそこに、コージャン師父と狗琅真人の姿もある。空を見上げれば、月も星も見えない一面の藍色。


「少しばかり、世界の相をズラすことが出来る。現実の我々はまだ、耿月山の中だ」

「世界の相?」


 狗琅真人の言葉を訝しむと、ウーの口から白く息がこぼれた。冥界は寒いと事前に聞いていたが、まるで真冬のようだ。

 山奥で育ったウーは、海について多少なりとも憧れがあった。初めて目にするのが、この世ならぬ冥界の海だとは。


「位相というやつだネ。世界というのは一つのように見えても、その実は寄せ木細工のように、いくつかの細かな世界が重なり合って存在している。冥界は、現世の裏面だネ。ここはまだ、その入り口のまた手前だけれど」

「つまり、まだ冥界じゃないんですか?」

「しばらくは延々とここを歩くよ。海に入ると他の世界へ転がり落ちるから、気をつけて。桟橋を渡り終えたら、やっと死者の住まう鬼郷だ」


 狗琅真人が振り鳴らす帝鐘の声が、海の音にさざなみを立てる。


「この音と、リーくんが持った明かりを見失わないように」

「行くぞ、ウー」

「はいっ!」


 三人は冥界を目指して歩き出した。


                 ◆


 蘿州らしゅう帝山たいざん蒿里こうり神領しんりょうの帝山地下に閻国冥府はある。

 耿月山から徒歩で行こうと思えば数日がかりの距離だが、こちらの世界を通っていけば四、五時間で着くらしい。道すがらの雑談に、狗琅真人は仙界の話をした。


渝州ゆしゅう霹靂湖へきれきこは知っているかな?」


 それは九つのウーでも知っている、閻国一の湖だ。国の真ん中からやや南西に位置し、なんと面積八万平方公里(キロ)という巨大さである。


「あれは昔、蜀京しょくけいという大きな町だったんだ。七百年ほど前、二人の地仙が雷で遊んだ際に、うっかり吹き飛ばしてしまってネ。ざっと八百万人が犠牲になった」

「なんてもんで遊んでんですか、そいつら!?」


 ウーは思わず、食べようとしていた焦糖飴キャラメルを落としそうになった。コージャンが解説を付け加える。


「雷を球にして打ち合う雷球らいきゅうだな。仙人の世界じゃ、今もよくやってるぞ」

「バカ! すっごいバカ‼」

「彼らがやったのは、『打ち合うほど雷が大きくなる』という特別仕様だったんだよ、さすがにそこは禁止になっている。で、犯人の片方は今も冥府で獄に繋がれているが、もう一方は逃げ回っているとか。しかし……いやはや、八百万もの【魂】を無駄にするなんてネェ。嘆かわしいネェ~」

「どういう意味ですか」

「貴重な資源がもったいないと……なんだネ、その慈愛的な笑顔は」

「いやあ、あなたのクソ野郎ぶりとも、もう少しでお別れだと思うと嬉しくて」

「私を相手に毒舌を磨くのは、良い習慣とは言えんネ」


 やりとりを聞いていたコージャンも、弟子と一緒になって笑いだした。冥途の旅のはずが、本当に遠足みたいになってきた。

 闇にこもる潮騒の音が、三人を包んでいる。なんだか大きな生き物の中に入って、体のすみずみまで血が巡るさまを聴いているような気分だ。


星辰ほしが出てきた。そろそろだネ」


 言われてウーが空を見上げると、確かに星が瞬いていた。足元に目を戻すと、ほどなくして桟橋が途切れ、岸辺まで十公尺(メートル)以上も水面が横たわっている。


「ここからはもう、水に入っても大丈夫だよ」


 すとん、と狗琅真人は桟橋を降りると、そのまま着水して海面を歩き始めた。濡れた地面でも歩いているかのようだが、コージャンが照らした提灯の明かりで見れば、真っ黒で底が見通せない。


「多分まだ深いな、あいつが歩いてんのは不溺ふできほうってヤツだ」

「〝水につけても濡れず、火に投げ込まれても焼けないのが仙人〟ってアレですね」

軽身功けいしんこうの練習にゃ、ちょうどいいな」


 コージャンは岸と桟橋のちょうど中間に、持ってきた瓢箪を投げた。

 桟橋を蹴って跳び、水面に浮かぶ瓢箪を足場にして再び跳躍。更に飛距離が最大になった所で、虚空を蹴って向こう岸へ着地した。


 手に提げた提灯は、激しい動きにも関わらず火が灯ったままだ。軽身功の二段跳躍は、空中機動に欠かせない技術であるものの、難易度は高い。

 ウーは改めて師の技前に惚れ惚れした。


「やってみるか? ウー」

「はい、師父!」


 一も二もなく返事する声には力がみなぎっている。ウーは桟橋の上から、瓢箪をじっと見据えながら呼吸を整えた。まずは基本の調息だ。


 人間が持つ【魂】には天地自然と根源を同じくする力があり、武術の世界ではそれを〝内力ないりき〟と言う。細かい調整は違うが、道士の法力も同じものだ。

 そして内力を扱う技術・内功ないこうを中心とするのが内家ないか武術、またの名を壇派だんはである。

 己の肉体を知り尽くし、不随意筋、内臓、骨格、はては神経や血管に至るまで、手足のように自由自在――それが人間の限界を超えた膂力、運動力を生み出す。


(よしっ)


 目を閉じて気を巡らせていたウーは、意を決して跳躍した。

 つま先に全神経を集中させ、体重のない「虚」の状態で瓢箪の上に着地する。先ほどのコージャンとまったく同じ姿勢、ここまでは良し。


(こっから……もう一度、跳ぶ!)


 岸の方を見やれば、コージャンと狗琅真人がこちらを見守っていた。早く行かねばという焦りをなだめ、跳躍の準備に入る。が、力を入れると体重が戻り、瓢箪が沈みそうになると、慌てて「虚」の状態に引き戻さなくてはならない。


「……ええい!」


 意を決して跳ぼうとすると、足元で瓢箪が弾け飛んだ。内力の暴発だ。ウーは重心を見失い、跳びそこなって水に沈んだ。冷たい。幸い、足はつく。


「六十五点ってトコか、惜しかったな」


 濡れ鼠になって上がってきた弟子を、コージャン師父はそう評した。


「お前の馬鹿でかい内力は長所だが、そいつを使いこなすにはまだまだだ」

限制リミッター、増やした方がいいかネ?」


 常人より多くの【魂魄】を持つ外法重魂体は、必然的に人の倍、内力を保有している。だが使い方を誤れば自滅の危険があるため、狗琅真人は一度に使える量に制限を設けていた。その状態であっても、遥かに内力豪壮ではある。

 瓢箪が爆発四散したのも、うっかり足下に内力が流れ込みすぎたせいだ。


「いや、とりあえず今のままで充分だ」

「そう。じゃあ、急ごうか」


 話し終えると、狗琅真人はウーに手のひらをかざした。一瞬で肌からも髪からも服からも水分が飛ばされ、寒さがマシになる。

 こいつ何を企んでいるんだろう、と大きく書かれた顔でウーは狗琅真人を睨んだ。


「なんか今日は親切ですね」

「友人の息子が寒さに震えていたら、見過ごせない」

「え、気持ち悪い」


 後ろに下がろうとして、ウーは海があるのを忘れていた。かかとが濡れる。


「勝手に僕の頭を手術したり、変な幻覚見せたり、朝起きたら女の子の体に変えてたり、無ッ茶苦茶やったくせに、今さら寒さなんて……」

「うん、色々と有意義な検証が出来たよ。君はいい実験体だった」


 クソ仙人、とウーは口の中でつぶやいた。


「でも、法的にはまだだけど、私とリーくんの約束の上では、君はもう彼の息子なんだ。そこを違えることはしないし、以前のように実験体扱いする必要もない」

「こいつは本当に、妙なことは企んでねえから安心しろよ、ウー」


 コージャンからも言われて、少年は少し考え込んだ。

 狗琅真人が作ったあのしおり、文字も絵も筆書きで、とことん子供扱いされているのが腹立つものの、解説された内容は中々丁寧だった。

 言うまでもなく、ウーは狗琅真人が嫌いだ。憎む権利だってあるだろう。多分、師父だって今さら、こいつを好きになれと言っている訳ではない。


 だから、ウーにとって狗琅真人は、「悪いヤツ」で「ひどいヤツ」で、ずっとそうであってもらわないと、なんというか、困る。

 もしかしたら「いいヤツ」かもしれないだとか、良い所もあるかもしれない、だなんて。そんなことは面倒だ。

 師父の「メンドくせえ」という口癖の心境が、今はよく理解出来る。


「調子狂うなあ……」


 自分でもよく分からないもやもやを抱えて、ウーは二人に付き従った。

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