第二節 無垢の汚濁から見上げ
――何だこの頭のおかしいガキは。
それが、コージャンのウーに対する第一印象だった。たった七、八歳で死んで、父親に捨てられたと告げられて、混乱しているのかもしれない。
でなければ、己のような人相の悪い、人でなしの、しかも自分を斬り殺した相手に……弟子入りなど頼むはずがない。
しかし狗琅真人は「ちょうどイイネ!」と手を打ち鳴らした。
「彼も武術家の子だし、リーくんとは気が合うんじゃないかい? 武術の手ほどきなりなんなり、ちょっとお世話頼むよ。私は後始末があるからネ」
「……わーかったよ」
そう言われてしまっては仕方がない。コージャンは無造作に用意してあった浴巾と着替えをウーによこした。狗琅真人はなにぶん二百年ほど前の生まれなので、素の感覚はその時代が基準になっている。ウーに与えられたのは、古式ゆかしい童子服だった。要は民族衣装なので、町を出歩いても問題はないが。
「ついてこい」
コージャンはぶっきらぼうに言い放つと、後ろを振り返るでもなく歩き出した。狗琅真人の姿はいつの間にか消えている。
ガキの世話などまっぴらごめんだが、ともかく何か食べさせなくてはならないだろう。そう考えて、コージャンはウーを厨房、兼、食堂へ案内した。ここの主である狗琅真人があまり食事を必要としないので、必要最低限の手狭なものだ。
継ぎ目のない石壁が無機質な室内は、殺風景を通り越して非人間的ですらある。
「ほら、食え。これしか出ねえから、味は慣れろよ。薬味はそっちの棚だ」
同じく石で出来た四人用卓につき、ウーは陶器の椀をしげしげと眺めた。薬臭い湯と、白い団子のようなもの、そしてレンゲが入っている。
「さっき鍋に石入れてませんでした?」
「仙人の台所じゃ、石だって食えるようになるんだ」
面倒くさいので説明しないが、これは引石散という仙薬の効果だ。湯は緑茶のような味わいで、石は煮る時間によって芋や餅のようになる。コージャンはさんざん食べ飽きているので、自分の椀に山ほど辣椒粉をぶちこんだ。
「いいから食えよ」
「はい老師!」
もう弟子になった気でいるような、輝く笑顔だった。
(メンドくせえ…………)
老師と外門弟子なら、いわば「先生と生徒」程度のことでしかない。だが師父と内門弟子ともなれば正式な師弟、武術の世界では血の繋がった親子より重い関係となる。そして明らかに、ウーは内門弟子になる気満々だった。
「言っておくが、俺は師父にはならねえぞ。弟子なんざ取ったこともねえし、人に何かを教えたことはねえ。手ほどきぐらいならしてやるから、それで満足しとけ」
「だめ、ですか」
色が抜けたように気落ちした声を漏らし、ウーはしばらく黙々と食事した。感情の落差が激しい。その目まぐるしさに、またコージャンは面倒くささを覚えた。食卓にのしかかる沈黙が重い。場所を変えようかと考え始めた頃、ウーが口を開いた。
「……父上は、どうして僕を反魂してくれなかったんでしょう」
「俺に訊くなよ」
ため息をついて、コージャンは椀を手に立ち上がった。ウーの声は涙の色が濃い。深くうつむいて、食べているのかどうかも怪しい様子だった。
「……どこ行くんですか、老師」
「うるせえな。泣くなら一人でやれ、俺はガキの泣き声が嫌いなんだよ」
「泣き……、ません。正式な弟子にしてくれるなら」
後ろでそう訴える声は、既にぐしゃぐしゃに割れている。
「うるさくしませんし、言うこと聞きますから。弟子に! してください!」
「だったらちょっと黙れ!」
コージャンの専門は切った張ったで、子供の面倒など範囲外だ。ならば最低限、食事だけ用意してやって、あとは武術の手ほどき以外放っておけばいいだろう。そう心に決めて、コージャンは食堂を出ていこうとした。
「あのな。やる気があんなら、明日は朝イチで俺の部屋に来い。とりあえずお前がどこまでやれるか見てから、付き合ってやるよ。でも武術以外、話は振るなよ」
それぞれの部屋については、ここへ来るまでに軽く説明しておいたので大丈夫だろう。ウーは大きな滴をぶら下げた顔をぱっと上げ、それから、
「はい!!」
と元気よく返事した。
しかし、次の日の朝から、ウーは起き上がれなくなる。
◆
「なんでこうなるかね」
ウーに用意された居室で、コージャンは嘆息した。タバコが欲しいが、この洞府は全面禁煙である。部屋は……部屋などという多少なりとも温かみのある言葉よりも、「石室」と言ったほうが良い場所だった。
どこを見ても灰白色の石壁は、継ぎ目も面白みも無いのっぺらぼう。そこに壁と同じ材質の机が一つ、寝台が一つ。窓はなく、一人部屋には充分な広さがまた寒々しい。コージャンが従軍していた頃、寝起きしていた軍の宿舎より無骨だった。
「老師、すいません。稽古、行けませんでした」
病床からウーは謝るが、頭がぐらぐらして視界も定かではなく、それがコージャンに届いているかは分からない。高熱で目を覚ます朝なんて、四歳以来だ。
室内は複数の人の気配がしたが、それに構うことは出来そうにもなかった。熱は上がり続け、手や足がぎしぎしと軋む。歯のあちこちは急に虫歯になったのか、根っこのあたりから熱く、喉は焼けるようだし、頭は割れそうだ。
痛い痛いと訴える声も枯れる頃、意識が沈む眠りの淵は、いつになく重苦しい場所だった。まるで熱い泥の中みたいな……。
(せっかく、老師がつきあってくれるって、言ったのに)
こんな所で寝ている場合じゃないのに、ウーの体は自分の言うことを聞いてくれなかった。あのまっすぐに走る稲妻のような一太刀、どれだけ研鑽を積めばあんなものが出来るのか知りたい。教えて欲しい。あれが、欲しい。もっともっと見せて欲しい、手に入れたい。稲妻。雪の色。まっすぐ、綺麗、まっすぐに。
(あれさえあれば、父上だって僕のこと、きっと認めてくれる。迎えに来て、さすが吾の息子だって……)
咳き込むと、ぐらついていた歯が血と共に口から飛んだ。
(でも、また死ぬのかなあ、僕)
灰白色の床材に転がるちっぽけな歯の姿は、今まさに朽ち行く己の姿と重なる。それもまた相応しい、とウーは思っていた。天はこの悪童が生きるのを許さぬのだ。
ウーを斬れと命じた狗琅真人も、それに従って斬ったコージャンも悪人だろう。だが、あの一太刀の前にはどうでもいい。むしろ、何の罪も負わずにあれほどの業は磨けまい。子供ながらに、ウーはそう感じていた。
……きっと、同じものを望むなら、己も汚濁にまみれねばならぬと。
(生きたい。生きて、殺して、あれを、つかみたい)
病の床で少年が見る夢は、際限なく深みへはまっていく。それはまる六日続き、七日目の朝になると、底抜けに爽やかな目覚めをもたらした。
「いやあ驚いたネ。一時はどうなるかと思ったけれど、無事ここで止まって良かった良かった。どうだい、七、八年分一気に成長した心地は?」
「はあ」
寝床で半身を起こしながら、ウーは狗琅真人の説明に気のない返事をする。目が覚めたら部屋も人も少し小さくなっていて、それはつまり自分が大きくなった、ということらしい。なんだか声も低いし、変な感じで頭がついてこない。
「君の発熱や痛みは、短期間の急激な成長が引き起こしたものだ。脳下垂体が活発になり、神経伝達物質が大量に分泌され、骨が伸び……だが、もうこれ以上の加齢はほぼ起きないだろうネ。おそらく、一つの体に大量の【魂】を得た副作用だろう」
説明は半分も分からなかったが、顔を洗ったり風呂に入ったりしている内に何が起きたかは理解した。身長は頭二つぶんほども大きくなって、乳歯が生え変わり、大事な所に毛が生えていた。完全に大人だ。
狗琅真人の診断で、ウーの肉体年齢は十五歳程度とされた。
◆
守墓人洞の中庭は、墓石のごとく冷たい回廊に囲まれた小さな箱庭だ。遥かな高みに四角く切り取られた空は明るく、今は冬だというのに柔らかな日差しを降り注ぐ。本物の空ではなく、そのように造られた天井なのかもしれない。
「その体にも慣れてきたな、お前」
足腰を鍛える馬歩を行うウーを見ながら、コージャンはそう評した。
「落ち込んでもしょうがないですから」
深く膝を曲げ、大腿部を地面と水平に保った中腰姿勢で、ウーは物分りよく言う。動きづらくゆったりした童子服から、下は功夫袴子、上は運動背心に着替えていた。
「父上だって、これじゃ僕のことが分かんないでしょうね」
「背、曲がってんぞ」
「はいっ!」
ウーはぐっと上体を起こして胸を張った。
七歳と十五歳では身体の何もかもが違う。そのため、これまでウーが覚えた武術の基礎は無意味になったのではないか? とコージャンは危ぶんだが、あまりその心配もなさそうだった。というか、運動神経も良ければ物覚えも良い。筋は悪くない。
そうなるとおかしなもので、あれほど面倒に思えたウーの世話も、少しばかりやる気が出てきた。家が恋しくなってメソメソされると辛気臭くてしょうがないのだが、急激に成長したことで諦めがつくなら、それもいいだろう。
「俺は最初、武館(道場)にゃ中々馴染めなくて苦労したもんだが、お前はそのへんどうだ。電視函もなきゃ電遊もねえ、こんな秘境でよ」
俗世から隔絶された仙境は都市のような煙害もなく、仙術を駆使した施設での生活は案外と快適だ。だが、それはそれとして文明への恋しさは中々消えない。閻国は立派な文明国なので、巷には電磁蒸気を用いた工場や車両が稼働していた。
「言わないでくださいよ、忘れようと思ってるんですから! でも、僕は老師が稽古つけてくれるだけで、けっこう楽しいので」
「やあやあ、七殺。ここに居たんだネ! 実験を始めようか!」
不意の来訪に、思わずウーは「うわっ」と声を上げた。
何もかも淡く漉していく穏やかな光の中で、狗琅真人の笑顔はいつも以上に柔らかい。これから楽しいことを始めるぞ、とでも言いたげで不吉なほどだ。
「木偶まで連れてきて、なんか大仕事か?」
ウーに馬歩を辞めさせて、コージャンは狗琅真人が連れてきたものを訝しんだ。それは顔を面紗で隠した、不気味な男たちだ。人のように見えるが、生きていない。
道士の格好をして、動くと微かに木や歯車がこすれる音がする。狗琅真人は様々な仕事に、この〝智能人形〟を使っていた。
「うん、成長期も無事止まったし、経過観察していたけれどもう大丈夫そうだからネ。これで安心して検証実験が出来るというものだよ。まずは焼死から」
「しょう、し?」
ウーは冗談だろうと言いたげな半笑いになった。コージャンは思わず「ちょっと待て」とうろたえかけて、深呼吸する。
「こいつ、痛み自体は感じるんだろ。さすがに焼け死ぬのは苦しいんじゃねえか」
「大丈夫だよ、終わったらその記憶は消しておくからネ。痛みを無くすために術や薬を使うと正確性に欠けるから、死ぬ最中は苦しいだろうが、少しの我慢だ」
狗琅真人は善人とか悪人ではなく「仙人」だ。眠り猫のような超越者の笑みに、コージャンはすっと頭が冷える気がした。
硬直したウーの周囲を、退路を断つように人形たちが固める。
「ほらリーくん、君からも言っておくれよ」
「……そうだな」
狗琅真人は、かつて戦場で死にかけた自分を救った命の恩人だ。今は雇い主でもある。それに逆らってまで、知り合って間もないガキを助ける義理はない。
コージャンは肩をすくめた。ウーの顔から目をそらす。
「修行の一環と思って行って来い。弟子ってのは師匠の言うことを聞くもんだろ。同じように、狗琅真人にゃ従え。いいな?」
修行の一語が、七歳の少年から心細さを払拭した。怯えて丸めかけた背筋をきゅっと伸ばし、「はい、老師!」と声を張り上げる。
健気なことだ。しっかり言うことを聞いて、正式な内門弟子にしてもらおうという気概で己を奮い立たせている。コージャンは猛烈に喉が渇くような衝動を覚えた。
「そら、これでいいんだろ。ご主人サマ」
「ありがとう。じゃ、借りていくネ」
狗琅真人はウーを連れて去り、コージャンは一人取り残される。気持ちの良い陽光、代わり映えしない日々。何も、一つも、問題はない。
それなのに、なぜこうも気分は良くないのか。
◆
「また外道かよ」
四つ足の怪魚を釣り針から外し、コージャンは凍てつく滝壺へ放り投げた。洞府を出て耿月山の山中、彼は防寒着を着込んで、酒のつまみを釣りに来ている。
あれから数日が経ち、その間に狗琅真人は日に何度もウーを殺した。溺死に窒息死、撲殺死、墜落死、感電死、凍死、圧死……狗琅真人は何気ない世間話のような調子でその内容を説明してくるが、聞きたくもない。
――『七殺も、たまに騙された! と気づいたりするんだけれどネ。その記憶ごと削除してあるから、リーくんがまた言いくるめる必要はないよ』
なぜか出るため息が、白く曇って鬱陶しかった。
「わぁっ!」
傍の茂みが大きく揺れて、今しがた考えていた少年が薄着で転がり出た。体中、雪まみれ、折れた枝や千切れた葉っぱまみれで、冬山を走り抜けてきたらしい。
「ぼ、僕をつかまえに来たんですか? あなた」
「見て分かんねえか、釣りだよ」
警戒心もあらわな問いに、コージャンはぶっきらぼうに返した。
「止めても無駄ですからね! 僕は、父上に会いに行きますから!」
確か狗琅真人は、今日は虎や猛獣に食い殺させる実験だと言っていた。今までおとなしく従っていたが、とうとう堪りかねて里心がついたか。
「あのな、逃げようとしても疲れるだけだぞ。ここは仙人の山だ、他の仙人ならともかく、あいつの許可がなきゃ出入り出来ねえよ」
「でも、僕は普通の人間じゃないんでしょ」
ウーの語調は、どことなく刺々しかった。ここ最近は、狗琅真人の実験に時間を取られて、ほとんど稽古もつけてやっていない。
「そういやそうだな。がんばれや」
そっけなく話を打ち切って、釣り針に注意を戻す。忙しいと言わんばかりに。しばらくの間、迷ったように少年は立ち尽くし、やがて走り去っていった。
「……帰るか」
ろくな釣果はなく、諦めるには早い。それでも妙にやる気がなくなって、コージャンは腰を上げた。後はまっすぐ洞府に戻るだけだ。特にすることはない。
することがないので、もう少し山の中を散策してもいいだろう。そして「偶然にも」コージャンは谷底に転落し、おそらく墜落死して復活したはいいが、そのまま上がれなくなっているウーを見つけた。
「やめとけって言ったつもりなんだがな。山舐めんな」
仙人は、大きさも重量も無視して物を収納する特技を持っている。コージャンは狗琅真人から見よう見まねで、限定的にだがその収納術を修得していた。
名付けて〝黒遁〟。袖に入れておいた非常用縄を使い、ウーを崖の上まで引っ張り上げる。
「ありがとう、ござい、ます」
納得いかないような顔で礼を言う少年を置いて、コージャンは歩き出す。慌てて、ウーはその後を追った。横に並んで、何かを期待する風に問う。
「なんで助けてくれたんですか」
「そりゃお前がいなくなると、狗琅が困りやがるしな」
「そう、ですよね」
期待はずれを隠しもせずウーは押し黙った。
嘘でもいいから、可哀想だと言ってやればいいのか? だが、そんな慰めが役に立つとはコージャンには思えなかった。ただ、あえて何か一言、述べるなら。
「お前は静かに死んでた方が幸せだったかもな」
「そんなことないです!」
何気ないつぶやきに返ってきたのは、思わぬ強い声だった。ウーはコージャンの前に回り込むと、拳を握って訴え始める。
「死んだままだったら、あなたの剣を見れなかった! 父上の他にあんなのがあるなんて、知らないままだったんです! 僕は、僕も、あれになりたい!」
やめろ、と言いかけてコージャンは唇を噛んだ。血が出るほどに。
――そんな燃え上がるような眩しい眼で俺を見るな。
バカみたいに、いや、本物のバカだ、こいつは。この自分を鬼神だの天の神将だの、盛大に勘違いしている。こっちの気も知らないで、身勝手にまくし立てる。
「僕が毎日どんな目に遭ってるか、老師はご存知ですよね。すごく、ひどいことされているのに、それを全部忘れさせられてしまうのが、怖くて怖くてたまらないんです。あなたが修行の一環だと言ったのに、こんなんで功夫が積めるんですか?」
――それはお前に言うことを聞かせるための方便だ。
握りしめた手の中で、釣り竿が潰れた。
――いっそ殴り倒してやろうか?
「あ、老師を疑うわけじゃないんです……でも、気がつくと一日が終わってて、ぜんぜん稽古つけてもらえませんし。いつか僕も同じ剣を手に入れて、父上の前で見せたいんです。早く鍛えて下さい! 死んでるヒマなんてないんですよ僕!」
――やめろ、やめろ。お前を救ってやれる訳でもないのに、そんな期待をかけないでくれ! 俺は斬って殺すしか出来ねえんだぞ!
「だって、痛いことも怖いことも殺されることも、そんなの全部ちっぽけだって、一刀両断にしちゃったんですよ、コージャン老師は!」
自分の中で禍々しく膨れ上がっていたものが、その瞬間しぼんだ。
少年の手が服の裾をつかむ。大きさは十五歳、中身は七歳の純真。
「忘れたくないんです」
こちらを見上げるウーの顔は、昇る朝日のように輝いている。夜に沈んでいたのは、少年ではなくコージャンの方だ。眩しさに思わず目を細める。
「せっかく見せてもらったのに、あの剣を忘れたらって。それが一番、僕は、怖い。なのに、あれがなんていう剣なのか、僕は名前も知らないんです」
……そうか、お前にはもう、それで充分だったのか。
「神魁流だ」
久しぶりに完膚なきまでに〝お手上げ〟だった。ただの一太刀をそこまでとは恐れ入る、ここまで言われて突っぱねるようでは、剣が泣くだろう。
「俺の流派は壇派正調神魁流。三十六刀三十六剣、ありとあらゆる刃物に通じ、内家にて〝自在神魁〟と名高き刀剣術よ。こいつを極めるのは至難の業だ」
初めて、コージャンはウーと目線の高さを合わせた。
「お前、神魁流極めてみる覚悟はあるか」
「はい!」
返事は小気味よいほど迷いがない。
「それに、前言っていた泣かないって約束、守れるか」
「守ります! 誓います!」
ウーはぱっと距離を取ると、雪の山道に平伏し、頭をごんごんと三度地面に打ちつけた。これは叩頭という動作による、拝師の礼だ。
待ちきれないにしたってそりゃないだろうと思ったが、コージャンは受けることにした。狗琅真人の行動は止められないが、この子の生き甲斐になるなら、それも悪くはない。久しぶりに、彼は清々しい気分だった。