邂逅
目が覚めると草の上に転がっていた。朝露を冷たく感じる。
黒兎はまだまだ、自由の利かないからだをどうにかして起こし周りを見ると、そこは明石家の庭だった。
黒兎のすぐそばには三人のバッグと風葉が倒れていた。いくら黒兎が辺りを見渡しても深月の姿はどこにもなかった。
「十五夜・・・」
黒兎は深月と深月のいったスピーカーの声の主、自分たちの通っている高校の物理教師浅野の会話に出てきた、晏奈が黒兎と風葉を証明しているからこちらの世界に戻ってこれたのだということを思い出し、ならば黒兎は自信が深月の存在を思い続ければ、いつかこっちにくる道ができて戻ってきてくれるかもしれないと考えた。
「んっ、んー」
風葉がうなり声をあげながら起きた。
「ここは?うちたち戻ってこれたの?」
「うん、家はないけどたぶん、ここは晏奈の家が建ってた場所」
「うちたち、戻ってこれたんだ。あいつは?十五夜深月は?」
黒兎はうつむきながら首を横に振った。
「そう・・・じゃあ、あいつのためにも最後にもう一つしなきゃね」
「晏奈を助けなきゃ、でも、動けそうにないや」
「うちも、はぁ、こんなとこで寝るのなんていつもなら嫌なのはずなのに、今は嫌じゃないわ」
「不思議だね、僕もだよ」
二人して力なく笑った。本当は今にでも晏奈の元へ行きたいという気持ちとは裏腹に全く動こうとしてくれない自分の体にそうしているしかなかった。
「少しぐらいなら、倒れたままでもいいよね。この体がちゃんと動くようになるぐらいまでは」
家にあった装置を壊している時黒兎も風葉も意識を失うほど酸素が薄くなっていた。そのせいで脳へ酸素が十分に供給されずに現在黒兎と風葉の手足はしびれているように感じている。
「ところで、なんだけどさ」
「なに?」
「晏奈ってどこにいるのかな?」
「どこだろ?物理の浅野先生に関係しているところでしょ?」
「こっち見てたというか観測しているみたいなこと言ってたみたいだし、やっぱそんなに遠くない場所かな」
「まずは学校に行ってみようか」
十分酸素が脳までいきわたってきたおかげか手足のしびれが薄れてきた。
黒兎はまだ、だるさの残る体を起こして、風葉に手を差し伸べた。
風葉の方も動けるようになってきたようで、差し出された黒兎の手を掴み立ちあがる。
「といっても、うちたちにはそこ以外の当てがないけどね」
「じゃあ、行こうか」
二人は自分たちの通っている学校へと向かって歩き始めた。
歩いている間、沈黙をどうにかしたいと思っていたが、二人は何を話していいのか分からずにいた。
空はだんだんと明るくなってきた。いつの間にか朝日が顔をだし、薄暗かった道が照らされていた。
「あと、二、三時間ぐらいで登校時間だね。それまでに決着を付けなきゃ」
「そうね、今日も授業はあるし、犯人のあいつは間違いなく、何もないみたいに、いつも通りの授業なんかをするんだわ」
「実際、僕たちは授業を受けてたわけだし」
再び沈黙が生まれた。黒兎にも風葉にもいつもの通学時間の十数分が何倍にも長く感じられた。
「ちょっとそこのお二人さん。お時間構わないかな?久しぶりにこの街にやってきたものだから道がわからなくなってしまった。少々道をお尋ねしたいのだが」
不意に黒兎と風葉に声がかけられた。見たところ、黒兎より少し大きい細身のシルエットにコートのようなものを着ている。顔はフードをかぶっていてよく見えないが、黒兎はさっきまで一緒にいたけど雰囲気が変わっているその男の名前を確認の意味も込めて呼んだ。
「十五夜か?」
するとその男はフードを脱いだ。顔は変わっていないはずだが少し大人びた雰囲気を纏っていた。
「久しぶりだな。ご両人。一つ訪ねていいか?制服を着ているということは今は高校生か?」
「久しぶり?何、言ってんだよ。高校生に決まっているだろ。それよりもなんで十五夜コートなんて着ているんだよ?」
意味の分からない質問と明らかにデザイン的におかしい服装の深月を黒兎と風葉は不思議そうに見ていた。
「まあ、ちょっといろいろあってな」
深月ははぐらかすように言った。
「いろいろってなんだよ?制服も来ていないし」
「話すべきことはたくさんありそうだ。だが、このような時間に二人して出歩いているとは何かするのだろ?なに、そういう嗜好に目覚めたというのなら俺は無粋な真似をしたと退散せざるを得ないがな」
「ちょっと、あんたこれから晏奈を助けに行くって時に何馬鹿なことを言っているの?」
「おっと、そうかそうか。ふむ、なるほど。それは失敬、では俺もいこうではないか」
深月は何かに納得した様子でそう言った。三人は再び学校まで歩き始めた。
「まずは、簡単でいいから。十五夜に何があったか、それか今どういう状況なのか教えてくれないか?」
「ふむ、そうだな。あの時、俺は崩壊する家からはじき出され、よくわからない世界に飛ばされた。そこで半年ほど過ごして、これも因果というやつだろう。またなんだかんだで別の世界へ、というのを何回か繰り返して今に至る」
「え?じゃあ、うちらよりも何年も生きてきたってこと?」
「まあ、そうなるな。今が明石嬢がいなくなった。あの事件の最中だというのであればな」
「最中というかこれから、学校に晏奈を助けに行くところ。うちらにとっては家が崩れたその日なのよ」
「俺が、ちょうどあの時に戻ってきたのも何かの因果だな、これもまた運命というやつか」
「留年とか退学とかにならなくてよかったじゃない」
「悲しきかな。俺はしばらくの間学校で習うようなことを学んでいなかったからな。今の俺が高校生の授業にすらついていけるかわからんな」
「十五夜なら大丈夫だろ。何しろ学年一位なんだから」
「今では別世界の常識なども知っているからな。しばらくは混同してしまいそうだ。その時は注意を頼むぞ白崎よ」
「僕はその別世界にちょっと興味があるかな。やっぱりこの世界と違ったりするのかな?」
「ふむ、そうだな。全く違うような世界もあれば、ほとんど変わらない世界もある。残念ながらドラゴンやらそういった生物に出会うことはできなかったな」
「ところで、あんた今何歳よ?どう考えても十代じゃ通らないわよ」
「おっと、それは残念だ。人間だれしも若々しくありたいものだ。今の年か、意識をしたことはなかったがそろそろアラサーというやつに差し掛かるな。だが、俺の方が年が上だからと言って畏まる必要はないぞ。この世界での戸籍上はまだ俺は高校二年生の年齢のそれだからな。酒を飲んでも許されるはずだったというのが悔いる点か」
「アラサーって何、五歳以上年上じゃない。通りでちょっと大人びた雰囲気をしてるというか、纏ってる空気が変わるわけだわ」
「お、それは褒めていただいているのかな?」
「ええ、素直に感心してるわ。人間歳月がたてば変わるのね」
「さて、学校が見えてきたぞ。懐かしさに花を開かせるのはここまでのようだ」
「懐かしいって感じているのは十五夜だけだと思うんだけどな。僕たちからしてみれば、あの空間ではぐれた直後なわけだし」
「まあ、さすがに晏奈を人質に取られない限り、あんなひょろっとした教師すぐ制圧できるでしょ」
「それはそうかもしれんな。だが、気を付けろ何を隠し持っているかわからんからな。奥の手というやつはどのような奴でも自分が最も不利な局面をそれ一つでひっくり返すほどのものだからな」
妙に実感のこもった言い方をする深月の話を聞いていたら、黒兎、深月、風葉の三人は自分たちの通っている高校に到着した。
入ろうにもまだ、日が出て間もない時間帯だ。門が開いているわけはない。まして昇降口のドアが開いていることなど普通ではありえないと思っていいだろう。
しかし、まるで三人を誘導しているかのように門も昇降口も開いていた。
「これでは、こちらから入ってくださいと言っているとしか思えんな」
「まだ何かするつもりなら完全に罠よね」
「あんなことする人がそんなミスをすると思えないし」
三人は軽く周囲を周りながら他に入れそうな場所がないか確認したがあけられた昇降口以外に見つけることが出来なかった。
「どうする?他には出入りできそうなところが見当たらないようだが」
「ここからお入りなさいってわけね」
「ここにいて周りをうろうろしても仕方ないし覚悟決めていこうか」
黒兎がそう言うと一人で昇降口をくぐった。が何もない。
「とりあえず大丈夫だよ」
「全く、そういう役回りは俺でいいのだがな」
「何言ってんのよあんたが今の最大戦力なんだから。変な物でまたどっか飛ばされるとか承知しないわよ」
「期待をしていただけるとは、光栄だな。では最大限の注意を払おうではないか」
「十五夜、なにかこう便利な異世界アイテムとかないの?」
「そうだな、この世界で使えるかわからないがいくつかあるぞ、例えばこれだ。暗視スコープ~。これを使えば暗いところも昼間のように見ることが出来るんだ。ウフフフフ」
「この世界にもあるわ!」
「そんなことは知っている。では次だ。蝶ネクタイ型変声」
「ストップ!」
「ん、どうした?」
「それ以上説明しなくてもわかる」
「そうか、ではこの腕時計型麻酔銃の」
「それも説明しなくていい。わかる大丈夫だ」
「そうか、では次の」
「一つ質問していいか?」
「なんだ?」
「十五夜、お前小学生探偵っていうのにあったりしていないか?」
「いいや、あっていないな。なんだ?こいつらが気になるのか?」
「主に出所にな」
「これらは発明家と自分で言っていた人当たりがよさそうな恰幅のいい初老の博士から譲り受けたものだが」
「お前はきっとその世界で物語を一つ壊したぞ。その博士以外からの物はないのか?」
「まったく、いつからお前はそんなに注文が多くなったんだ?俺の知っている白崎はもうちょっとおとなしいやつだったと思うぞ」
「安心しろ今だけだ、お前の持っているものがことごとく何かに触れようとしているから見過ごせないだけだ」
「そうか、では次だな。これがこちらの世界で有用かどうかはわかりかねるが、魔法の杖というやつだな」
「一つ先に確認してもいいか?」
「今度は何だ?まだ何も説明はしていないぞ」
「その杖って空飛ぶ電車で行く魔法学校なんかでもらったものじゃないよな?」
「何を馬鹿なことを言っている。空飛ぶ電車だと?そのようなものがあれば、空を自由に飛べるようなものを持ってくるぞ」
「よかった、ということは秘密の部屋も猫型ロボットもないんだな」
「まったく、おかしなことを言うようになったな」
「いや、いいんだ。知ってあえてやってるなら見過ごせないが、知らないならそれでいいんだ」
「見られているかもしれないという状況であまり自分の手の内を見せるのも得策ではないな。そろそろやめるか」
「そうしてもらえるといいかな。ツッコミって疲れるよ」
いつの間にか前の方を歩いていた風葉が、二人の方を向いて人差し指を立てて口もとに持って行き静かにというジェスチャーをとった。
黒兎と深月はそれに従い口を閉じて風葉についていく。
もうすぐで晏奈がいると思われる物理室だ。
物理室が見えてくると部屋にはぼうっとした明かりが灯っていた。
「じゃあ、いくわよ」
風葉は扉の前で止まり、二人に声を押し殺して言った。
ガラガラガラとスライド式の扉を開くと部屋の奥の方に座っている晏奈の姿が見えた。
「晏奈!」
その姿が晏奈だと認識できると、思わず風葉は駆け寄った。
「やあやあやあ、驚きだ実に驚かせてもらったよ。まさか三人ともこちらに戻ってくるなんてね。とても興味深いと感じるよ。全く、君たちが装置を壊してくれたおかげで最後まで見ることができなかったのが非常に残念でならないよ。それにしても白崎君と水本さんはともかく、なんのパスもない十五夜君までこちらの世界に来られるなんてね、いったい何があったんだい?」
「俺たちがあなたにそれを言う必要はありませんがね。知りたいのであればご自身でやってみたらどうです?さぞ、貴重な体験になるでしょう。それと、俺もパスとやらはあったようですよ」
「残念だけど、あの装置をまた作らねばならないからね、とてつもない時間とお金がかかっていたんだよ。実はね、器物損壊で訴えたいほどだ」
「結果は正当防衛のような扱いになるでしょうね。ではこちらは拉致監禁で訴えさせてもらいますよ。まあ、どちらも物証不十分になるでしょうがね。そのモニターというやつに録画機能でもあれば別ですがね、それこそこちらの有利だ」
「でもねぇ、今回の件に関して、君たちはどうあっても僕を訴えたりだとか罪に問うことはできないんだよ?何しろ証拠なんてものは何もないんだからね、僕が君たちが明石さんの家に入った時に亜空間へ移動するようにしていたとどう証明するんだい?証明してくれるなら証明してくれるで歓迎だよ?だってそうしてくれたら僕の研究は証明されたことになるんだからね。ククク」
「では、浅野教諭、あなたは俺たちを監禁したという事実については認めるんですね」
「ああ、認めるさ」
「そのうえでお聞きします。これ以上我々に何か危害を加えることは?」
「ないよ。正直ちょっとイラっとしたけれどそれよりも君たちの意見を聞いて、安全にこちらとあちらを行き来できるように調整したいね。君なら手伝ってくれるだろ?」
「いえいえ、俺はあなたのような人間に従うことも協力することもない」
「残念だね。ではそちらの彼はそうかな?協力してくれたら、明石さんを返すけど」
それまで黙ってそこにいた。黒兎は浅野の顔を思いっきり殴った。
「何ふざけたこと言ってんだよ。晏奈を返すから、協力しろだ?それじゃあなんだ、晏奈はお前のものだって言ってんのか。何馬鹿なことを言ってんだよ。晏奈はまだ誰のものでもないに決まってんだろ」
「君、殴ったね、僕をいいのかい、これは十分傷害だよ」
「だからどうした。お前は今まで僕たちに何をしたと思ってんだ?この程度で済まされると思っているのか?まだに決まってんだろ。」
黒兎は床に倒れて座っている浅野をけった。
「まだまだ俺たちの痛み、苦しさはこんなもんじゃねぇ、お前がしたことはなんだ?言ってみろ」
「ひ、僕の研究のモルモットにしました。」
「具体的にほら、」
「あ、亜空間に君たち三人を閉じ込めました。」
「まだあんだろ?」
「明石君に付け入り利用しました。」
「お前に僕、晏奈、十五夜、風葉の痛みがわかるか?」
「い、いえわかりません」
「僕は聖人君子でもなければ心が広いわけでもない。だからさぁ、お前にも同じだけ痛みを味わってもらいたいんだけどどうせればいいかなぁ」
黒兎は倒れたまま後ろにじりじりと移動していった浅野に一歩一歩近づいていく。
「やめろ、くるな」
「どうすればいいかなぁ」
黒兎は浅野を壁まで追い詰めると浅野の股の当たるか当たらないかのあたりに思いっきり足を振り下ろした。
「ひ、ひひひ」
「何をすれば同じだけ苦しんでもらえるかな。ああ、あの時窒息しかけたから同じ体験してもらおうかな。死なない一歩手前まで」
「やめて、くれ」
「ああ?」
「やめてください」
「聞こえねえなぁ」
「もうこんなことしません、許してください」
「まずは、晏奈を解放しろよ。なんでさっきから動かないんだよ?」
「それは、僕にもわからない。なんで明石さんがあのままなのか」
「それってそういうことだよ。ふざけんなよ、お前のせいだろとっととどうにかしろよ。出なければ僕はお前を」
「僕にはどうしようもないんだよ。原因がわからないものはどうしようもないじゃないか。原因が考えられるとすれば、君が装置を壊した時、彼女の意識はあちらにあったから無理やり剥がされたときのショックだ」
「そ、それじゃあ、うちらが晏奈を・・・ううっ」
晏奈に寄り添っていた風葉が思わず涙を流し始めた。
「そんな・・・」
「まさか、そのようなことが」
黒兎と深月はそれがどうすればいいのか分からずに困惑した。
「そ、そうさ君たちが原因なんだよ。明石さんに関しては僕は何も悪くないよ。こうなったのは全部、全部君たちがっふっ」
「うるさいので少し黙っていてもらいますよ」
深月が素早い手刀で脳が激しく揺れるように頭を叩くと浅野は気絶した。
「さて、これは困ったことになったな。まさか明石嬢の意識不明とは」
「なんで、晏奈ばかり。僕たちも晏奈も何も悪い事してないのに、なんでこうなるんだよ」
「きっと、大丈夫よね。晏奈の意識は戻るわよね」
深月は腕を組み考えるような姿勢になっていた。
「浅野教諭の言っていることが本当に原因だとすれば、今明石嬢の意識というやつがどこにあるかだな。そもそも意識を切り離すということではないのならば、おそらくは脳に何かしらのダメージを受けて現在の状況になったのだろう」
「十五夜、こんな時に使えるものは何かないのか?」
「残念ながら、そのような人の意識を回復させるものはみたことがないな」
「やっぱりないか・・・」
「このままでは、朝がきてしまうな。今日は何曜日だ?」
「えっと、うちらがこっちに戻ってくるときに時間がずれたりしてなければ確か土曜日」
「平日であれば、とてもまずいことになったが、土曜日であれば部活で登校する生徒がいるぐらいでここへは訪れんだろう、問題は明石嬢をどうするかということに変わりはないのだが」
「病院に連れていきましょうよ」
「もっともだ、救急車を呼べ。着くまでに理由を考えねばならん」
「わかったわ」
一一九に電話を掛けるため風葉は教室を出た。
「意識不明になるほどの出来事ね。やっぱり頭を強く打ったとかかな」
「外傷がないにもかかわらずか?」
「浅野だって傷はないよ」
「あれはちょっとしたコツがあるんだ」
「それが偶然起きたって事は?」
「そのようなことが、おきることもそうないだろ」
「電話かけ終わったわとりあえず突然倒れたことにしたわ」
一一九に電話し終えた風葉が物理室の中にいる二人に言った。
「では水本嬢を動かすか、ここにいるのでは不自然だろ?」
「そ、そうね」
「どこに移すの?」
「とりあえず校門、いや昇降口のあたりか、時間を考えればできれば学校外の方がごまかしやすいとは思うのだが、仕方ない」
「うち、場所学校って伝えちゃったし」
「ということだ。最悪先生から事情を聴くなんてことになったら、俺が先生の代わりとなろう。浅野教諭が起きたら学校への説明は変わってもらうようにどうにかしてやる」
「うん、わかった。じゃあ、運ぶんだね?」
三人はそれぞれ肩、腰、足を持ち、晏奈の体を持ち上げた。全く力の入っていない晏奈の体は本来の重さよりもいっそう重く感じた。
しばらくすると救急車のサイレンが鳴り響くように迫ってくるのを感じた。
救急隊員に深月が一通りの説明を終えると
「では、付添に先生ご同車お願いします」
「すみません。僕がのってもよろしいでしょうか?」
黒兎は救急隊員にそう言った。
「君、この子との間柄は何だい?」
「幼馴染です」
「本来なら親御さんへの状況説明なんかの都合先生にのってもらう方がいいんですけどね。先生いかがいたしましょうか?」
「ええ、この子なら構いませんよ。私よりも保護者の方への説明がスムーズかもしれませんから」
救急隊員が少しだけ不思議そうに
「先生がそうおっしゃるのでしたら」
そう言い救急隊員と黒兎は救急車に乗って学校を去っていった。
「あんたなかなか演技派ね」
「おほめ頂き光栄の至り」
深月は仰々しくお辞儀をした。
「行く世界によっては実際に教師のまねごとをしていたこともあったからな」
「うちたちはどうする?ここにいて、あいつ問いただす?病院に向かう?二手に分かれて両方?」
「水本嬢は好きな方を選べばいい。俺は俺で選ぶ」
「か・ざ・は最後に言ったわよね?水本“嬢”ってなによ。いつになったら直してくれるの?」
頬を膨らませながら風葉は深月に言った。
「ふむ、俺を名字、ないしは名前で呼ぶようになったらだな」
「うち、呼んでないっけ?」
「文脈から察しているが、実際はほとんど呼んでいないからな。その上浅野教諭まで基本があいつになってしまっては混同してしまうだろ?」
「そうかしら?ええ、意識してあげるわ、深月」
「ほう、十五夜ではなく、深月の方か風葉よ」
「十五夜って言いにくいし、他に同じ名前もいないんだったら深月でもいいかって思っただけよ」
「黒兎もそうそういないと思うがな」
「白崎君の方が語感いいと思わない?」
「まあ、もっともだな。それでどちらを選ぶ?白崎と一緒に病院で待機しているか、俺と浅野教諭の目覚めを待つか」
「あんたとあいつの目が覚めるのを待つことにするわ。」
二人は再び物理室へと向かって行った。