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追想日記  作者: 藤紫音
3/8

見たものは

 さっきまで香っていた桜の香りが薄れてきて夢なのか現実なのかよくわからない、気持ちが悪いような、それでいてどこか安心できて心地いいような感覚が薄くなっていく。黒兎には今自分が夢に誘われているのか、それとも現実に引き戻されているのかわからなかったがその感覚に身を預ける。

 これらの出来事が自分の夢であればいいと思いながら。

「白崎君、白崎君」

 白崎黒兎(しらさきくろと)は自分の体が激しく揺らされていることに気がついた。

「やめてやれ、そんなに激しく揺さぶっては起きられるものも起きられなくなるだろ」

 黒兎はまだまだ覚醒しきれていないぼやけた頭で自分が何をしていたのか思い出そうとした。意識がはっきりしてくるにつれて激しい頭痛しているとわかってくる。

「あれ、なんで二人とも」

「なぜかってそれは、手分けしてこの家の探索を行っていたところ急に物音がしてな、音の発生源と思われるところに来てみたということだ。中に入ってみるとなんと白崎よお前が倒れているではないか」

「僕が、倒れてた?」

「白崎君ここで何をしてたの?」

「この部屋に入って、それから、このノートを見つけてそれで中を開いて読んでいたら、うっ頭が」

 先ほどから続いている頭痛がさらに激しくなって思わず黒兎は頭を抱えた。

「ちょっと大丈夫?」

「やはり、水本嬢がそれはもう激しく揺さぶっていたせいで脳に影響があったか、倒れた際に強く打ち付けたかだな」

「え、え?うちのせいじゃないよね。ごめんねちょっと動揺しちゃってたみたい」

「う、うん大丈夫。それよりこれ見てみて」

 まだ頭がズキズキとするが黒兎は手に持っていたノートを水本風葉(みなもとかざは)に渡す。風葉はそのノートをぱらぱらとめくっていく。それを後ろから十五夜深月(十五夜深月)が見ている。

「ふむ、何も書かれていないようだぞ」

「え?」

 風葉から黒兎の手に戻され黒兎はノートを確認してみる。たしかに途中からは書かれた形跡はないが、それでも最初の方のページにはしっかりと書かれている。

「ちゃんと書かれているじゃん。ほら」

 黒兎は先ほど自分が読んだページを指さした。

「やはり何も書かれていないようだが」

「いやだってここに」

「ごめんうちには何も」

「ほう」

 深月は顎に手をやり興味深そうに黒兎とノートを交互に見ている。

「考えられるのは二つか本当に白崎にしか見えないか白崎の言葉が偽りであるか。今この場で白崎が嘘をついて俺たちに何があるか、何もないに等しいだろう。であれば本当に白崎にしか見えないのだろうな。白崎よ、そのノートには何と書かれている?」

「四月十日 明日は高校の入学式すっごいドキドキしちゃう、友達ちゃんとできるかなぁ。今日は入学式があった、すごいドキドキしたけど黒兎君と一緒のクラスだから安心できるね!入学式の時ずっとしゃべってた隣の男子は誰なんだろう?」

「まるで日記だな」

「そう思うよ。入学式の日から日記書き始めたから。あれ?なんで入学式前日の分もあるんだ?」

「白崎にしか読めない日記か。おそらくはこの家の謎を解くカギなのだろうな。少なくとも他に何か見つかるまではそれにすがるほかないな。そしてそれが意図的であるとしたら今回の一件はあか」

「ストップそれ以上は事実がはっきりするまでは言ってはいけないわ。それは友達を信用していないということになる」

「おっと、すまないな。危うく無粋な真似をするところだった。ところで白崎よ、どうして倒れたのかはわかるか?」

 黒兎はこの部屋に入ってからの自分の行動を思い返してみる。

「ああ、そうだ!このノートをみたら急に意識がとんで、ねぇ僕ってどのくらい倒れていた?」

「俺がこの部屋でお前を見つけてから五分と経っていなかったと思うぞ」

「僕長い夢を見ていたんだ。入学式に四人で晏奈のお母さんのおかゆ買いに行った時の夢。それもかなり詳細に」

 いつの間にか黒兎を襲っていた頭痛はなくなっていた。

「ふむ、どうしたものか。その日記がカギであることはほぼ間違いないだろうが、そのたびに白崎が意識を失ってしまってはな。」

「僕なら大丈夫だよ。最初から横になっていればいいわけだし」

「さっきはノートを開いていても大丈夫だったようだが、読む前に何かしていなかったか?」

「読む前っていいうか意識を失う前はこうして文章を指でなぞっていたぐらいだけど」

 黒兎の目の焦点が次第に合わなくなってきて次第に眠りに落ちたかのようになった。

「カギはノート、トリガーは指でなぞるか」

 深月は黒兎と同様にノートを開き適当なところを指でなぞってみるが何も感じず何も起きなかった。

「ちっ、やはり白崎限定か」

「水本嬢よ。俺はまたこの家について調べてくる。白崎を任せた、何かあったらすぐ俺を呼べ」

「ええ、わかったわ」

 深月はこの状況にもどかしさを感じていた。おそらくこの事態を解決またはその糸口となるであろう、あからさまに用意されたかのような代物に本質的に触れることはできないからだ。いくらこの三人の中で一番こういった不可思議な現象を知識的に知っているからといって、さすがに深月は自分が触れることが出来ればどうこうなるとは思っていない。

 黒兎一人に触れれば気絶のカギとなるノートの解読を任せるわけにはいかないと考えている。

 どういうことが起きているのか、残念なことに深月に検討すらついていない。

 そもそも本当にこの家に閉じ込められているだけなのかさえ怪しいと感じていた。

「さて、なぜこの家に俺たちは閉じ込められた?一家族、一件まるまる使ったここまで大掛かりなことをして俺たちをここにいさせるメリットは?」

 風葉には調べてくるといったものの深月は一応ではあるが目で確かめられる範囲はすべて見た。見たうえでさらに怪しげなものについては触れて確かめたりもした。だが何もなかったし、黒兎のようになることもなかった。

 そもそもこの家には圧倒的に物が少なくなっている。晏奈の部屋もそうだが、家具はおそらく必要最低限かそれ以下、家電は冷蔵庫とテレビのみ、小物の類はノートを除いて皆無と言っていいほどだ。

 深月はキッチンへ向かった。

「俺たちをここでながらえさせる意味」

 深月は冷蔵庫を開き中を確認する。冷蔵庫の中には肉類、魚類、野菜類、麺類とたいていのものがあった。

 キッチン設備の確認をしてみるとIHは使用できたが蛇口をひねっても水は出ない。

 お風呂、お手洗いを確認してみたが、キッチン同様水が出ることはなかった。

「使えるのは電気のみか、料理を作るとするならば水の残量に気を付けなくてはな」

 キッチンに戻ってきて深月は水の量を確認していた。人は一日におよそ二リットルの水分を体外に出す。したがって摂取する水分もそのくらいはなくてはならない。幸いなことに水二リットルペットボトルが六本入った段ボールが三箱と五百ミリペットボトルが二ダース分あった。

「先ほどは一週間持つと言ったが料理にもこの水を使うことになると怪しいな」

 深月には黒兎と風葉が料理をするのか、またどの程度できるのかは知らない。おそらくは三人の中で一番料理がうまいのが深月だ。

 残念ながらこの家に時計はなく電波も届いていない。スマートフォンが普及した今、腕時計をする高校生は今ではごく一部だ。よって正しい時間を知るすべはない。リビングの窓から外を見ると深月たちがこの家に来た時と同じ明るいままだった。スマートフォンで時間を確認してみると、いくら夏でも陽が落ちてくるような時間帯になっていた。

 外の景色に違和感をもった深月はじっくりとガラス越しに外を観察している。

 すると深月は塀の上のあたりにほんの少しだけでている木や草花とは違う色のものを見つけた。それがもともとそこにある置物ではないことが布っぽい質感から想像できた。おそらくは帽子だと。しかし、深月が帽子と思っているものは動かない。帽子であればその下には人がいる。そして理由がない限りそんなところで止まっている理由はない。

「まさか!」

 深月は驚愕した。たった今自分がたてた仮説にありえないと感じながらも現在深月が想像したものは、まさしく彼の好きなオカルトかフィクションといった類のものだった。

「俺たちは停止した世界にいるのか?」

 時間の止まった世界。これが深月の直感した答えだった。そもそも時間は止めることが出来ないというのはごくごく常識的なことだが、光の速さを超えれば過去へ行くことが出来るとされているのもまた広く知られている仮説である。では常に光と同じ速度でい続ければどうなるのか、同じ理屈ならばずっと同じ時間を生きられるのかと深月は疑問に思った。

「となると、やはり人為的になるか。これだけのことを実現させているのだ、維持装置の類があってしかり。まずは情報の共有とあれについてだな」

 深月は晏奈の部屋へと向かった。


 一方深月から黒兎を任された風葉は自分が何をすればいいのかわからず戸惑っていた。

「任せたって何すればいいのよ」

 風葉は黒兎が触ったノートを手に取ってみる。

「これって、ただのノートよね。中は白崎君しか読めないみたいだけど」

 やはり何も書かれていないノートをパラパラとめくっていくと中程に何か書かれているページを見つけた。

「え、これって」

 ”風葉ちゃんはいつも黒兎君や十五夜君と楽しそうだなぁ”

「なんで」

 ”風葉ちゃんは今日もまた十五夜君にちょっかいかけてた。でも、私は知っている。本当は十五夜君しか相手にならないんじゃなくて、黒兎君に近づいていく言い訳だって”

 ”風葉ちゃんは他の人と一緒にいる時間よりも黒兎君と話している時間の方が長い、幼馴染の私よりも”

 ”今まで風葉ちゃんは恋愛感情じゃなくて二人と一緒にいると思ったけどそれは違ったみたい、残念だなぁ”

 ”十五夜君の事が好きなんだと思ってたけど、そうじゃないんだね。本当は黒兎君の事が好きになったんだね”

 ”ねぇ、私ってあの三人と一緒にいる意味ってあるのかなぁ”

 ”ねぇ、どうすればいいの?”

 ”教えてよ、■■■■■■”

 書いてあるところは点在していて、見ずらかったうえに見てはいけないもの、見るのが怖い感じたが、風葉はページをめくる手を止めることはできなかった。

「こんなこと思ってうちといたの?」

「うちら親友だよね?」

 風葉の目に涙があふれてきた。

「こんなのないよね」

「これじゃあさ、まるで」

 風葉の目から一筋の涙がこぼれて黒兎の顔にかかった。

「まるで、私が後から」

 それをみてこれ以上は口に出してはいけないと感じた。

 風葉には今も黒兎や深月に対する特別愛だの恋だのという感情は持ち合わせたことがない。そういった感情よりも風葉の中では二人を友達より上だけど親友とはちょっと違うそんな位置だ。

 きっとその位置を言葉で表すなら悪友なのだろう。

 風葉は高校に入るまでずっと空手一筋でそこまで親しくなるような人もいなかった。人数が少ない中学校に通っていたことがあり色恋沙汰はドラマや映画のフィクションの世界にしか存在しなかったし、何より風葉本人に興味はなかった。結果、高校二年生になったが風葉にはいまいち恋愛というものがわかっていない。だから、それって好きってことだよと言われてしまえば免疫がない分余計に意識してしまう。自分は黒兎の事が好きだったんだと。

実際はその恋心は思い込みの錯覚にしかならないがそれでも部屋に風葉と黒兎二人きりという状況で風葉に黒兎を恋愛対象の男として意識させるには十分だった。

「べ、べつにそういうのじゃないし、そういうのじゃない、そういうのじゃない」

誰に言うでもない言い訳を半ば自分に言い聞かせるように風葉は繰り返し言った。

「ん、んー」

 風葉の頭からそんな思考を追い出していると、黒兎がうなり始めた。

 十秒ほど経ってからゆっくりと黒兎の目が開き始めた。

「白崎君大丈夫?顔青くなってきてるけど」

「う、うん。大丈夫ちょっと頭が痛いだけだから、今度はどれくらい倒れてた?」

「今度も同じぐらい、多分五分くらいかな」

「そう、十五夜は?」

「白崎君が気を失ってから白崎君をうちにまかせてこの家のいろいろ調査するみたい」

「じゃあ戻ってくるまでこの部屋を探ってみようか」

「う、うんそうだね」

 この晏奈の部屋に探すところというとベッドの下かクローゼットしかなく黒兎はベッドの下のノートを見つけて中を見た時に意識がとんでしまった。そのためクローゼットの中はまだ確認をしていなかったのだ。

 黒兎がクローゼットを開けても衣類もなにもなかった。

「この部屋にあったのはこのノートだけか、水本はなんか見つけた?」

「うちはこの部屋に入る前にみた部屋あったけど、確認したのは窓開くかとかそんな感じだったから何かあったりはわからないかな」

「水本嬢、白崎の方は目が覚めたようだな」

 二人が気付くかない間にいつの間にか深月が部屋の入り口にいた。

「ちょうどそこにも窓があるな、一度外を見てくれ」

「ん?」

 黒兎と風葉は晏奈の部屋の窓から外を見てみる。

「で?これがどうしたの?」

「思わないか?」

 深月は二人に対して言ったが二人は何のことかわからずにただ外を眺めているだけだ。

「何を?」

「さっきからお前たちに何が見えている?」

「ただの外の景色だけど」

「それをさっきから眺めていて思うことはないか?」

「これといって何も?」

「何も変わらないことはないのか?」

 答えをもったいぶるのは深月の悪い癖だ。時々ミステリー小説の探偵かというくらいに最後まで自分の推理を離さないことだってしばしばある。探偵たちのポリシーともいうべきものは完全な穴のない推理を構築すること、そこに不確定要素は人の感情であっても極力排除しなければならない。だが、深月は探偵でもなんでもない、普通のとは言えないが高校生である。高校生探偵なんてものも一部に知られているが深月はそう言ったものでもない。

 深月がミステリー、推理ものを読むのは、真のオカルト現象を科学や論理では説明できないものの存在を証明するためである。ないものがないという証明はすることが出来ない。しかしそのような不可思議な現象が起きた場合可能性を一つ一つ考えそれをつぶしていくことで、限りなく現代において再現が不可能に近いということが証明することが出来る。その可能性を考えられるためにトリックのある推理ものを読むことが多い。それらの探偵たちから影響を受けた結果このような癖になってしまった。

「ええ、何も変わらないわ」

 風葉は本題を切り出さない深月にイライラして語気が強くなった。

「何も変わらない。見始めてからずっと変わったものは見つかんないけど」

「水本嬢も苛立ちが目に見えてきたからな、そうずっと何も変わらないのが奇妙だとは思わないか」

「どこが?」

「人が一人も通らない、空中にある花や木の葉も動かない奇妙だと思わんか」

「言われてみれば不自然ね、人が通らないのは何も思わないけど、風も吹かないっていうのは珍しいわね」

「そう、ここで俺はある仮説を立てた。この家の外は時間停止説だ」

「そんなのありえないでしょ」

「森羅万象ありえないなんてありえない。いかにありえないと思うことが起きても起きているものは起きるんだ。」

「それで?これは完全にあんたの分野でしょ?何かあるの?」

 深月は降参だというように両手を肩の位置まで挙げて肩をすくめて首を振っている。

「残念ながら今の情報と俺の知識では全く分からん!」

「こういう時に使えないでいつ使うのよ」

「俺に推測できることはこの状況が時間停止現象であること、そして人為的に起こされた現象でおそらくは何らかの装置によってこの現象が維持されているだろうということだ」

「それだけ?もうその装置っていうのを見つけたりしてないの?」

「なにぶん、俺も今回初めて体験することなのでな」

「でも、大体の見当とかはついてるんだろ?」

「いや、まったくだ!」

 深月は堂々としていた。

「そこで胸張るなよ」

「何ならどういう仕組みでこの家の外の時間が停止しているのかも全くわからん!」

「今回あんた使えないわね」

「そうはっきり言われてしまうと、さしもの俺とて傷ついてしまうではないか」

「全くそうは見えないけどね」

 深月は自分たちが監禁という状況にも関わらず恐怖や不安よりも好奇心が勝っていた

「俺はこの状況に非常に興味がある。不謹慎かもしれないがね」

「あんたらしいっちゃあんたらしいけどさぁ、うちはとっととここ出たいんだけど」

「では、どうにかして打破しなければな。残念ながらその鍵は今のところ白崎しか読めないノートというわけなのだが、毎回気を失ってはな」

「えっと、その事なんだけどさ」

「ん?どうした、白崎よ」

「一度目はわからなくて夢を見ていたと言ったけど、二度目を体験してわかった。僕が気を失っているその間僕の意識はその時開いていたページの内容の記憶、それも僕じゃなくて晏奈の視点で見ているみたいなんだ」

 黒兎は一度目に意識を失った時にはわからなかったというか夢として認識していたが、二度目で当時の晏奈の行動を晏奈の視点で追体験していたことに気がついた。

「それってどういうこと?」

「なんていうのかな、僕たちが確かに体験したことなんだけど、例えば入学式の時僕は終わるまで晏奈と会ってないけど晏奈が学校に着くところからの夢みたいなものを見ていたんだ」

「ほう、明石嬢の記憶の追体験かこれもまた面白い、一つ試してみるか」

「何を?」

「そうだな明石嬢と俺か水本嬢の間だけで交わされた白崎が知らない会話の内容を白崎が知りえたのであればそれは本物なのだろう。逆にその夢に白崎の知らない真実が含まれていなければ、明石嬢を視点にして白崎の脳が勝手に補完した夢に過ぎないだろう」

 深月は何かに気がつきハッとした。

「白崎よ、お前が今言った夢の時間はどれくらいのものなんだ?」

「夢の中の時間はだいたい半日ぐらいかな」

「その間時間がとんだり早まったりはしていないか?」

「早くなったかどうかはちょっとわからないけど、時間がとぶっていうのはたぶんないよ全部つながってたから」

「それは、あまりよくないな」

「どうして?」

「今の話を聞くと意識を失っている時間と夢の中の時間があまりにもあっていない。これが本当に夢なのならば大丈夫かもしれないが追体験であった場合はよくないな。まずはお前の見ていたものがどちらか見極めてから説明としよう」

「それで僕の知らない十五夜か水本と晏奈の話ね、入学式の日晏奈と水本さんは受付の時に出会って、二人分のクラス確認を水本さんがしたとか」

「あってるけど、他に何かないの?」

「ほかにって言われてもね、それに近いのだと水本さんはロッカーを掃除用具入れみたいなサイズで海外のドラマとかで見るような感じをイメージしていたとか?」

「確かにそれも入学式の日しか話した覚えないけどさ、もっとこれだ、みたいなかっこいいのないの?」

「まあまあ、水本嬢よ落ち着け。俺のは何かないか?」

「十五夜のはないなそもそも晏奈と二人か水本と三人になることがなかっただろ」

「ああ、それであっている。俺は特別明石嬢にだけ話した情報もないからな」

 深月は顎に手をやり少し考えるようなしぐさをとった。

「さて、それで先ほどの話だが、追体験しているとしてその時間の見聞きしたものはそのまま白崎の脳に記憶される。問題はその時間だ白崎の脳は五分で何時間という映像情報をインプットしているということだ」

「それの何が問題なの?」

「俺も脳科学に詳しいわけではない、俺の考えが正しいとも限らないが、白崎の脳は追体験中普段の生活のなん十倍という負荷が少なくともかかっていることになる。するとどうだその状態が短い時間だから耐えられているのかもしれないが、長時間ともなればオーバーヒートを起こすんじゃないか?現に最初に気を失ったときは頭が痛くなっていただろ」

 深月は黒兎の手からノートを取りパラパラとめくりながら

「残念ながら俺がこいつを見ようにも何も書かれているようには見えない。だが、白崎、お前には読めるのだろう?」

「ああ」

 黒兎は深月からノート取ろうとしたが、深月はひょいっとその手をかわす。

「そんな負荷を何度も何度もかけるわけにはいかないだろ。こいつに触れるのに休憩してもらう脳を休めろ。その間は念のため触っても何も起きない俺か水本嬢が持っておく」

「でも、それがここから出るカギなんだろ?」

「その可能性が高いというだけだ。なに、このノートだけでこの現象の維持ができるとは到底思えない。それにざっとだが飢えるまで一週間はある。余裕を持てるうちに余裕を持っておかないと視野が狭くなるからな」

「じゃあそうするよ。で、休んでいる間は何をすればいい?」

「そうだな、こいつで見た明石嬢の行動をルーズリーフか何かでまとめていてくれ」

「了解」

「それで、うちたちは何をする?またこの家をまわるの?」

「何度同じことをしても大して変わらんだろ」

「じゃあ何をするのよ」

「明石家には悪いが肉体労働といくか」

「はい?」

 深月は指で上と下を指した。

「何、どういうこと?じゃあ上」

「そうか上だな。よし、天井裏に行くぞ」

「だから、なんでそうなるのか説明しなさいよ」

 まったく話が見えていない風葉に対して深月はやれやれといったジェスチャーをとりながら

「俺たちは一階と二階を探した。だが、そこに求めるものはなかった。ならば当然それよりも上か下に何かあると考えるだろう?」

「少なくともうちにはその発想はないわ」

 風葉は自分にはない突飛な発想ができる深月に対してこの時ばかりは純粋に心強いと感じていた。

「では、天井裏へと行けそうなところを探すか」

「この家の二階って三部屋で晏奈の部屋とその両親の部屋、それに物がもうなくなっててよくわからない部屋の三部屋でしょ?わざわざ天井裏に行けるような部屋はないと思うけど」

 明石家の今現在現状の間取りは一階にリビング、ダイニングにお風呂とトイレ、押し入れと思われるところがあり、二階に晏奈の部屋、その両親の部屋そして完全に何もない部屋が一部屋ある。部屋数はそうでもないが、部屋の広さ自体は他の家よりも少し広く作られていてそれほど家自体は小さくない。

「ふむ、では仕方がない。あとの事を少しぐらい考えるなら何もない部屋の天井をぶち抜くとするか」

「天井をぶち抜くとか言ってる段階でそんなに配慮する気ないでしょ」

「緊急事態故致し方なかろう」

「仕方ないとか言いながらあんたやっぱり楽しそうよね」

「こんな体験一生に一度ないだろうからなそういう面のみ見れば幸運だ。一般的にはどう考えても不運だろうがな。はっはっは」

 やっぱり十五夜深月という男はどこか頭のねじがゆるゆるなのか飛んでいった人間なのだと風葉は再認識をし、ついさっき心強いと感じたことについて心の中でとり消していた。

「いつもなら、こんなこと付き合わないしそもそも止めてるところよ。だけど、正確に自分の置かれている状況理解できてないし、まだちょっと頭混乱してるし全く持って不本意だけど、今はあんたの頭が頼りと言っても過言じゃ、いえそれは過言ね」

「おっと、普段の俺なら確実に否定しているところだが、先ほど見当もつかないと言ってしまったから過言だと認めざるを得ないな」

 まるで入居前のように何もない部屋に二人は到着した。部屋には猫型ロボットが寝るような押し入れもなく、あるものというと窓ぐらいだ。

「さて、どうやって穴をあけるかな」

「普通は工具かなんかを使うんじゃない?」

「残念だがその類はこの家中くまなく探しても期待できないと思うぞ。そして俺たちが解決すべきは穴をあける道具の問題ではない。何を使えば安定した足場を作れるかだ」

「じゃあ、何で穴開けて天井裏までいくのよ?」

「俺たちには肉体があるだろ?」

「え、拳で突き破れっていうの?そんなの無理に決まってるでしょ。天井の厚さとかわからないけど蹴りならともかく突き上げてだとそんなに力出せないわ」

「もちろん俺の手がとどけば俺がやるが、椅子を使ってもとどかないだろう」

「それで、何が言いたいかわかった気がするけど」

「俺が水本嬢を肩車すればとどくんじゃないか?」

「うち、スカートなんだけど」

「気にするな、安心しろスカートだろうが体育着だろうが俺はお前に何も思わん」

「それはそれで女子としては負けだなぁ」

「なんだ?俺に水本嬢に対して欲情しろとでもいうのか?」

「別にそういうわけじゃなくてさぁ、わかんないかなぁ、この複雑な乙女心が」

「時折素人に本気で正拳突きはなってくる武道娘に何?乙女心だと?日頃の行いにかけらたりとも、全くそのような乙女心とやらは見受けられんがな。そもそもスカート翻しながら上段に蹴りを放つのに今更下着を見られても構うまい。なにをはじ」

 風葉はいろいろ言われたけど自分は女の子と自分に言い聞かせて自制しようとしていたが、武道をしているものにはあるまじき忍耐力のなさで思わずその蹴りを放ってしまった。もちろん深月は受け止めたが。

「るのだ」

「うっさいわね、そうようちはかけらも乙女らしくないですよ」

「さて、冗談はさておき、天井に穴をあける案だが肩車をするか、物を投げるか、物を突き刺すかだ」

 深月がしれっと先ほどまでの会話がなかったかのように話の本筋に戻った。

「肩車案は入ってるけど冗談に分類されてないけど」

「俺はまじめだぞ」

「うちはもちろん後半二つを選びたいけどそんなものあるの?」

「適切なものはない」

「適切なものは?」

「包丁なんかの調理器具は親切にも残されてあったからな。中華鍋なんか投げやすいと思わないか?」

「中華鍋って一般家庭に基本ある物なの?」

「我が家にはある」

「知らないけど確実にあんたんちは参考にならない」

「おっと、では、やはり重さなど考えてフライパンか」

「調理器具の他に何かなかったの?」

「投げて天井を壊せそうなものはないな」

「今更だけど下はどこ?」

「そんなもの床下に決まっているだろう。地下室なんかがあればそちらなのだが、あいにくとそちらの道は見つけられなかった」

「一般家庭に地下室はないと思うわ」

「で、上から攻めるか?下から攻めるか?選ぶ権利を与えよう。二つとも攻めるつもりでいるからな」

「上からでいいわ」

「では、手段の話に戻そう」

「椅子をいくつか使って二段にできないの?」

「数に限りがあるからな。この家は三人家族、必然椅子も当然その程度の数だ」

「仕方がないわ、フライパンにしましょう。一応他に使えそうなものがあったらそっちね」

 二人はキッチン収納をみて一応中華鍋も探してはみたが見つかることはなく結果見つけたホットプレートとフライパンを持って行くことにした。

 しかし、ホットプレートの一頭目で思ったよりも簡単に天井に穴が開いた。

「天井の壁って案外薄くてもろいのね」

「そのようだな、我が家と違う点は想定とずれるな」

 深月は落ちてきたホットプレートを何度か投げて穴を広げていく。

「それで?どうやって天井裏を見るの?」

「それはこうやってだ」

 深月は部屋の入り口から壁めがけて走った。そして壁の手前で跳び壁をけって更に高く跳んだ。ホットプレートであけた穴に向かって跳び込んだ。縦に跳ぶ勢いよりも横に進もうとする勢いのせいで腰のあたりで天井の壁にぶつかってしまい更に穴が広がった。

 何とかして天井裏によじ登ると深月は持っていたライトで周りを確認し始めた。一通り見てみても機械的な物はなかった。

「何かあった?」

 深月が天井から降りてくると風葉は尋ねた。

「残念ながら不発のようだ」

「じゃあ、次は一階床下なの?」

「むろん言った通りだ」

 二人はリビングに行くと今度は鉄板料理なんかに使うヘラでフローリングの床をはがそうとしたが今度はうまくいかずヘラがぐにゃりと曲がってしまった。

「ねえどうすんの?」

「仕方ない、俺の七つ道具を持ってくるか」

「そういうのがあるなら早く出しなさいよ」

「タラリラったら~マルチツールー」

「イラっとするわね」

「お約束というやつだ」

「イラっとするわね。で、それでどうすんの?」

 深月はマイナスドライバーのツールをだしてフローリングの角のを突き刺した。そこから無理やり押し込んでフローリングの一枚を持ち上げようとするが長さが足りなくて上がらない。

「水本嬢よ、なにか硬くてある程度長い細いか薄いものを持って来てくれ。できれば金属が望ましい」

「そんなこと言われても」

「ならば変わってくれ、別に待つだけではなく引っぺがしてしまっても構わんぞ」

「維持ぐらいならいいわ」

「なんなら板や瓦のように踏み抜いてくれても構わんぞ」

「あのねぇ、知ってて言ってるかは知らないけど、あれはそれようのものなの。実力に合わせて厚さとか選べるようになるのよ」

 テレビなんかでよくデモンストレーションで見る板割り、瓦割りはそういう目的で作られている。テレビでそういったデモンストレーションがあると観客のテンションが上がり、選手をすごいと思わせる効果がある。また道場の体験などで板割り体験をさせるところもあるが、そこで調子に乗ってホームセンターなどで板材を買って割ろうとすると痛い目をみることになる。ちなみにバットも同様である。板、瓦は置いておくとして折るためのバットが作られているというのはどうなのだろうかと、風葉は見るたびに思っていた。

 そして、本当にすごいのはそれらを割る人ではなく、子供でも自然に割ることのできる板、瓦、バットを作る職人だということも知っていた。

「ま、うちなら床の厚さにもよるけどやってやれないこともないわ。ただ、踏み抜いた勢いで足を割れた床で傷つけちゃうのは勘弁したいところよ。ここにその装置っていうのがある保証ないでしょ?」

「ここで貴重な戦力である水本嬢を負傷させるわけにはいかんな。ではもうしばし維持していてくれ。ドライバーが刺さっている状態が維持される程度でいい」

「ところであんたそこで何してんのよ?シンクに何かあるの?」

「シンクには蛇口があるだろう?そいつを取っている」

 明石家のシンクの蛇口はシャワーヘッドではなく通っている高校と同じような細長いだけのバアルのような形状の蛇口だ。その蛇口をバアルのように使い床板に開けた隙間に突き刺して使うつもりらしい。

「それって取って大丈夫なの?」

「この家は水が出ん。水道が通っていないということだ。ならばこいつはただの飾りにすぎん。有効活用して何が悪いというか」

「もし、急に水道通って水が噴き出したらどうすんの?」

「なあに、そんなに緩いわけないだろ元を締めていればそうそうそんなことにはならんさ。待たせたな、床板をこいつが挟める程度にあげてくれ」

「これでいい?」

「ああ、十分だ」

 風葉がドライバーを持つ手に力を込めて床板を上げる。そこに深月は外したL字の蛇口で短くカーブしている水が出てくる方を床板を上げてできた隙間に差し込みてこの要領で床板を上げる。

「ここまでしかあがらんか、仕方ない。水本嬢よ、こいつは蹴り飛ばすことは可能か?」

「こいつを飛ばすぐらいなら問題ないわ」

「では頼む」

「ハッ」

 風葉は短く息を吐くと後ろ蹴りを蛇口によって持ち上げられ斜めになっている床板に放った。

 すると床板は剥がれ床にはもともとあった床板分の穴が開いた。

「お見事、さすがだ」

「ったくあんたもこれぐらいできるでしょうに」

「残念ながら俺ではあそこまできれいには蹴り飛ばせんかっただろう」

「筋力もあんたの方が上なのに」

「残念ながらあれに関しては水本嬢の方が力が伝わりやすかったからな」

「ちょっと、それってうちがちっこいからみたいじゃない。たしかに少しかがんだ姿勢で蹴り上げるようにしないと余計な引っ掛かりみたいなのでうまく引き剥がせなかったかもしれないけど」

「適材適所というやつだ、俺も出番が来れば我が体技をお見せしよう」

「前にどこかの道場に通っていたかって質問したことあって我流だって言ってたけどさ、その他武術、格闘技経験もないわけ?」

「どこかに通って会得するようなことはないな」

「じゃあ、その体技ってやつも我流なわけ?一年半通してみたことないと思うけど」

「あまり人前で見せるもとい、気やすく人に使っていいものでもないからな」

「なに?我流だからって恥ずかしいの?」

「今はそういうことにしておく。それよりも次だ。まだ俺が下に潜り込めるほどの穴が確保できていないからな」

「はいはい」

 二人は同じ要領でそこの隣の床板を剥がした。二枚目は一枚目と違い一枚目であけた穴を起点に一枚目よりも楽に剥がすことが出来た。

「こんなものでいいか」

 深月は床にあけた穴に入るとライトで床下を照らして周りを見渡す。

「流石にここからでは確認できないか。仕方ない、俺は少し這ってくる。水本嬢は白崎のもとへでも行ってやってくれ。念のためノートは渡しておこう」

「這ってくるっていってもこの家の大きさならそんなに時間かからないでしょ?」

「何があるかわからんからな、念のためだ」

「うちにノート渡すのは危険って感じてるって事でしょ?だったらなお更うちはこっちにいた方がいいんじゃないの?」

「念のためというのはノートが使えなくなるほど汚れる可能性と俺たちがトリガーを見誤り白崎がまた気を失っている可能性だ」

「そういうことなら白崎君の様子を見てくるわ。白崎君の方が終わったら一応白崎君と戻ってくるわ」

「了解した。俺もこちらを一通りみたらそちらへ向かおう。白崎が見たものも気になるのでな」


 風葉は深月に渡されたノートを持って階段に座っていた。

 風葉はノートを見るかどうか悩んでいる。

 もしかしたらあのページは、黒兎に見える晏奈の日記があるように自分にしか見えないページだったのかもしれない。

 現在三人が置かれているこの状況はどう考えても晏奈が巻き込まれた側なり巻き込んだ側なり少なくとも関わっていることに間違いはない。

 場所が明石家で一家誰もいなくなぜか見える人が特定化されているノート、そしてそもそも三人がこの家に来た理由と経緯を考えると自分たちの想像の範囲を超えたことが起きているということだけは理解していた。

 そのためにはあのページを見て、読んでそこにあるメッセージを受け止めなければならないことは風葉にもわかる。

 しかし、風葉が悩んでいるというか思いとどまっているのはあのページの自分に対して向けられている晏奈の裏の感情を見るのが怖かった。

 風葉今まで晏奈に対しても他の人に対しても仲の良い悪いはあっても基本は平等に裏表なく接しているつもりだし陰口なんかを言ったこともないと思っている。

  風葉の空手の師匠には真直ぐに生きろと教わったし、風葉が師匠の生き方も真直ぐなものだった。だからこそ、風葉にはあのページに書かれている言葉に驚きを隠せなかったし今もショックを受けている。

 そんなこともあり、もう一度ノートを開く勇気がなかった。

 もしも、もっと直接的に自分への負の感情が向けられる言葉が書かれていたらと思うとどうしてもノート開けずにいた。

 深月は床下を一通り見たら黒兎のいる部屋に向かうと言っていたし風葉自身も黒兎が意識を失っている五分間に黒兎にほぼ一日分の情報が頭に流れ込んだことによる影響を風葉自身はよくわからなかったが、深月が気にするほどだからと気になっていた。

 一階と二階の中途半端な位置にいる風葉にはこの階段に座って悩んでいる時間はない。

「よし!」

 風葉は自分から悩みを追い出すように自分の頬を両手ではたき気合いを入れる。

 風葉はノートの半分ほどを開き、汗で湿った細かく震える手で一枚一枚ノートのページをめくっていく。

”ねえ私は、三人とどう接すればいいの?”

■■■■■■■■■■■■

”あの頃みたいにしていればいいのね”

今度は私は何をすればいいの?”

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

”私が残るにはどうすればいいの?”

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

”本当?”

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”うん、まずはお父さんとお母さんを連れてくればいいのね”

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

”ごめんねお父さん、お母さんでも仕方がないの、あの人が連れてきなさいって言ったから、でも仕方ないのよきっとお母さんとお父さんが悪いから”

”次は私何をするの?”

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

”はい、先生”

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

”そう、これで私は・・・”

 ページが飛び飛びで一つ一つに空きがありいまいち正しいつながりは把握しきれなかったが、晏奈になにがあったか風葉に理解できた。

「何よこれ!」

まるで晏奈が何者かに操られて行動してきたようなことに風葉は怒りを覚えた。

「ねぇ、晏奈、あなたはいつから先生ってやつの言われるままになってたの?」

「私たちといた時あなたに意思はあったの?」

「私たちってどういう関係だったの?」

「 友達だって、親友だって思っていたのは私だけだったの?」

「ねぇ、晏奈。ねぇ、ねぇってば、どこかにいるんでしょ。先生ってのと近くで見てるんでしょ?こんなことするぐらいなんだから」

風葉の泣きそうな声はただ階段に広がるだけで床下にいる深月にも晏奈の部屋の黒兎にも聞こえはなかった。

風葉の拳が強く握りしめられ、強く壁を殴りつけた。その目には決意が宿っていて先生っていう人に最低でも一撃いれなければその怒りはおさまりそうもない。

 風葉は改めてこの状況を打破してやると、強く思った。

 風葉はまずこのことを誰かに知らせなければならないと思い座っていた階段から腰を上げた。その時、手からノートが滑って階段を数段落ちてしまった。

「おや、水本嬢黒兎のもとへ行ったのではなかったか?」

 落ちていったノートを深月は拾いながら風葉に言った。

「うん、ちょっとそれの事が気になってね」

 風葉は階段を上ってくる深月の手にあるノートを指して言った。

「水本嬢よ目が赤くなっているではないか、何かあったのか?」

「ちょっとそのノートの後半のページを開いてみて」

 深月はノートの半ば程からパラパラとページをめくっていったが最後のページまでめくると

「残念ながら俺にはわからないようだ。すまないが何が書かれていたのか説明してもらえるか」

「なんか、誰かとの会話なのかな?みたいな感じで一文ずつぐらい書かれていてね。それでその内容がどんどん晏奈が洗脳されていってるみたいな感じだったから、そいつに腹が立ってね」

「明石嬢の洗脳か、幼いころからの付き合いである白崎が違和感に気づけなかったほどだ。よほどその道に通じている人間がこの件に関わっているということか。ますますこれを起こした人間が見えなくなってきたな。水本嬢の見たノートの詳しい内容は情報の共有化のため白崎と同様にルーズリーフあたりに書いてもらうか」

「わかったわ、白崎君のとこに行きましょうか。とっととこんなの終わらせて晏奈を解放してあげましょう」


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