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追想日記  作者: 藤紫音
2/8

四月十一日

今日は高校の入学式。今年は暖冬の影響か私たちの住む地域ではとても珍しいことに桜が咲いている中での入学式になった。

 私が受験したのは家から徒歩で通える、中の上程度の進学校の高校だ。一学年の人数が約240人ほどの中から私が知っているので同じ中学からは十人ちょっとだから恐らく二十人近く合格したのだろう。知っているといっても、せいぜい挨拶をしたり何かを頼まれたりする程度で私はあまりその人たちを深く知らない。断れない性格が災いしてか人付き合いはよかったもののすべて受け身で、自分から話しかけたりだとかはほとんどなかった気がする。そういう意味でいえば本当に親しい人は同じ高校に進学した人で三人もいない。

 高校生になってからは、もっと積極的にならなきゃ!そう自分に言い聞かせて桜舞う校門をくぐった。

 積極的にならなきゃと意気込んではみたもののいったいどうすればいいのかわからない。なんとなく新入生はこちらと書いてある立札に従って昇降口まできてみた。

 校門から案内の立札に従って昇降口まで行くだけだったのに心細い。本当なら私の隣にお母さんがいるはずだったのに昨日から熱を出している。それでも無理をして来ようとしていたけど、熱を測らせたら思いのほか高かったから他の人に移したらどうするの、と言ってベッドに戻してきた。お父さんはそもそも仕事で三日ほど出張しているから仕方がない。

 昇降口には新入生のクラス割が張り出されているみたいで、クラス割が掲示してあるところに人が集まっていた。私も確認しようとしてみるけどなかなか見えない。

 人だかりの外側で右往左往していると私よりも小さい同じ制服を着た少女と目が合った。私はこういう時どうすればわからずとりあえず会釈をしてみると、少女はこちらにやってきた。

「あなたも新入生だよね」

 今ここにいる生徒は新入生か腕に腕章を付けたたぶん道がわからない人を案内する生徒しかいないだろう。私は別段背が高くて実際よりも年上にみられることはそうそうないし腕章だってつけていない。それはこの少女から見れば周りの人のほとんどが自分よりも年上に見えるかもしれないけど、私が新入生だというのはみればわかる。

 よく少女を見てみると胸のあたりに卒業式や入学式でよくつける花飾りがついていて、手には入学式の冊子を持っていた。入学式にしては控えめだったからあまりよく見えなかったんだ。それは先にもらうものなのかな。

「あ、はい。私も新入生です。」

「よかった~。周り親子できている人ばかりでさ、うちみたいに一人だと心細かったんだよね。クラス確認した?」

 私もこういう風に積極的に話しかけられるようになりたいなぁ。この人に話しかけてもらえたらなんかほっとした。

「いえ、私にはあの人込みはちょっと」

「そうだよね、ちょっと気後れしちゃうよね。あ、よかったら一緒に確認してくる?うち小さいからこういうの他の人よりは進みやすいのよ」

「え、じゃあお願いします」

「あなた名前は?うちは水本風葉(みなもとかざは)

「私は明石晏奈(あかしあんな)です。」

「了解!じゃあそこでこれもらってまたここで待っててね。それと、もっと砕けて話そうよ」

 そういうと水本さんは人だかりに突っ込んでいった。

 私は水本さんに指された通りこちらは列になっている受付に並んで花飾りと冊子を貰った。

 私の方も並んでいたりと少し時間がかかったけど、水本さんはまだあの人だかりから抜け出せていないようだった。

 もしかしたら、名前を探すのに時間がかかっているのかもしれない。私はあかしだから女子の一番の位置にあってわかりやすいけどみなもとはちょっと微妙な位置かもしれない。それか私が何科、何系なのか伝えていなかったからかな。だとしたらごめんなさい。

 ひょこっと人だかりの中から足だけでてきてそれから腕、胴と水本さんが出てきた。さっきよりも制服が乱れ花飾りの花がなんか少なくなっていることからも中でもみくちゃにされたんだろうなとわかる。お疲れ様です。そしてありがとうございます。

「名前あかしあんなでいいんだよね理系コースで」

「はい、あってます」

「そっか、うちら同じクラスだね六組だよ。残念ながら出席番号はだいぶ遠いけど」

「そうなんですか!よかったです。早速同じクラスの人と知り合いになれて」

「うちもうちもーさてと、教室に行ってみましょうか」

「そうですね」

 入学式が始まる前から同じクラスの人と知り合いになれて幸先がとてもいいなと、さっきとは全然足の重さが違く感じられた。さっきは一歩一歩意識しないと歩いている感じがしなかったけど、今はそれほど意識しなくても歩けている。

 ここでさっきとは別の緊張が生まれた。こういう時って、どういう話をすればいいんだろう?小学校の時はよく覚えていないし、中学校の時は小学校のクラスのまま中学校に上がったみたいなものだから、何も接点がない人と話をする時どういう話をしたのか、過去の自分に聞こうと思っても聞けない。そう考えているうちに水本さんは冊子を見ながら私たちのクラスの場所を確認して歩いている。

「あ、そうだ」

 水本さんが顔を上げてこちらを見て言った。

「はい、何でしょうか?」

「そのしゃべり方って癖?その伸ばす棒の半分くらいのがちょいちょい入ってくるようなしゃべり方」

「この話し方ですか?そうですね、くせみたいな感じだと思いますよ。お母さんの話し方を子供のころずっと真似していたのでたぶんその影響だと思います。」

「じゃあ、晏奈のお母さんって丁寧な人なのね。それかおっとりしてるか」

「そうですねぇ。おっとりしている方だと思いますよ」

「でしょうね、で、同じ学年同じクラスだし敬語抜きで話したいんだけど」

「水本さんははきはきとしてるね」

「うちは武道してるからそのせいもあるかな、あと風葉でいいよ」

「へぇ、そうなんですか、何してるの?」

「空手」

「なんか珍しいね。女の子で武道って言うと、弓道とか合気道のイメージあるからそう感じるのかもしれないけど」

 というより、武道自体女の子はあまりしないと思う。テレビとかで見たことがあっても、オリンピック種目の柔道だとかほとんどが弓道のような気がする。あと、学校の部活だったら剣道ぐらいかな。そういえば、なぎなたって女性がやるものなんだっけ。

「なんか、うちのおじいちゃんが師匠と仲がいいみたいで、気がついたら稽古つけてもらってた。」

「それじゃあそのお師匠さんもおじいちゃんなの?」

「んー、年的にはそういえばそう言えるかな?うちのおじいちゃんと年はそんなに変わらないって聞いたけど師匠の方が全然若く見えるし。そうだね、盛らずに評価するなら見た目は五十前半、人によっては四十代っていうかも」

「おじいちゃんと同じくらいって事は少なくとも六十歳超えてるわよね?」

「もう七十ぐらいじゃないかな」

「それはすごいわね。若さの秘訣っていうのをぜひ教えて欲しいと思います」

「いいや、まだ早いと思うよ。若さの秘訣は空手にあり―みたいなこと言ってたけど。ほら、そのせいでうちこんな実際よりも若く見られているからさっ、ほんと失礼しちゃう」

 なんていうかそういうのはちょっと違う気がする。風葉さんのはなんていうか若いというよりも幼いというかなんというかだよ。ほら今だって頬っぺた膨らませている。それと子供のころに筋肉つけると身長が伸びにくくなるって聞いたことがあったような筋肉が骨が伸びる邪魔になるとかそんなふうな、それが本当に原因だったら確かに、空手が原因と言えるかな。

「いいじゃん、可愛いよ」

「何言ってんのよ。うちなんて全然女の子らしくもないし、晏奈の方可愛いでしょ」

「そんなことないよぉ、私なんて普通だもん」

「やっぱりそんなことないよ、晏奈が可愛かったから声かけられたんだもの」

「え、そうなの?風葉さん誰とでも仲良くできるタイプの人だと思ってた」

「実は声をかけるとき心臓バクバクでした」

「声をかけられた私も心臓バクバクでした」

 一度、女子特有の意味のない褒めあいになりかけたけど、そういうのは風葉さんも好きじゃないみたいで、いい落としどころが見つかって二人で笑った。

「うちらのクラス端っこだね、あぁちょっと遠いなぁ」

 全六クラスあるうちの六番目が私たちのクラスなのだからそれは当然だろうと思うけどちょっと遠い。一年生の教室は三階にあって六組は昇降口から入って教室に行くとき一番距離があるところに配置されている。階段を上がったところに二組と三組があって二組の隣に一組、三組の隣に自習室と書かれている教室があって渡り廊下をはさんで四、五、六となっている。きっと遅刻ギリギリに校舎についても教室まで確実に間に合わない。気を付けよう。

「六組だから仕方がないよね」

「でもさぁ、三年生の二組とかと比べたらたぶんさ、一、二分違うよね」

「どこの高校もそんな感じなんじゃないかなぁ」

「小中は学年上の方が教室も上の階だったじゃん」

 小学校に関して言えばなんとなく低学年とかのことを考えて納得できるしそうだったけど、中学校ってそうだったっけ。

「それはそっちの中学校だったからじゃないかな」

「え、そうかな。いや、まあ、確かにうち通ってた中学って全校生徒で百人いかなくて学年に一クラスしかないような田舎の学校だったけど」

 私たちの住んでいる市は日本で十位以内にあると思っているが、実際県全体でみるとその市のみが栄えているように見えてその他の町との差が激しく感じる。漁港もだいぶ栄えていたみたいだけど残念ながらそのほとんどが流されてしまい今でも昔のような活気が戻りきってはいない。

 市でも一部百人を下回って統廃合された中学校や小学校がある。きっとそういうところから通っていくのだろう。

「どこの中学校?」

「富中」

「そこって大きいところじゃなかったっけ?」

 富沢中学校略して富中は全校生徒で九百人を超えるようなところで私たちの通う高校よりも生徒数が多いところだ。そこが全校生徒で百人を下回るようなことは決してないと思う。ということは富中という略称の中学校が他にもあるということだ。私は少なくとも富の字がつく中学校を他に知らない。だから風葉さんは市の中学校には通っていなかったのだろう。

「えっとね、富岡中学校、川崎の」

「富岡?川崎?富岡製糸場ってたしか群馬県で川崎って神奈川県だったよね」

 私のあやふやな記憶を頼りにいつだったか世界文化遺産に登録された富岡製糸場のある県と市、または町の名前を思い出そうと頑張っていた。

 もしかしたら、神奈川県川崎市に富岡中学校というところがあるのかもしれないけど、私のイメージだけでいいなら百人もいないような中学校がそこまであると思えないし私の住む県よりも確実にそっちの方が栄えているだろう。

「あれ、やっぱわかんない?えっと、川崎町。だいたいそうだね、ここから車で一時間ぐらいで着くよ。」

「あ、意外と近いんだ」

「ただねうちはその中でもさらに田舎の方から来てるんだ。どのくらい田舎かって言うと最寄りのコンビニまで徒歩三十分、さらに二十四時間営業ではない」

「全然便利じゃないじゃない」

 コンビニエンスストアって二十四時間が当たり前だと思ってた。じゃあ何時から何時ぐらいまでやっているのかな

「あとね、ちょっとだけ盛ってた。富岡中学校全校生徒で百人どころか五十人も怪しい」

「なんで統廃合されていないか不思議」

「人数だけ見ればそうだね。でもそこの中学なくなったらうちらの後輩は数十キロ遠い中学校に通わなくちゃならなくなる。だいたい五キロぐらいのとこに小学校は二つもあったのに、バランス悪いよね。」

「なんかすごいね」

 そんなところがあるなんて私は今までまったく想像していなかった。ニュースなんかでは子供が何人しかいない島みたいなのを取り上げるときがあるけど陸続きでそれもこの高校から車で一時間程度なら市に隣接している町でそのようなことになっているとは全く思わなかった。

「あ、ここが教室みたい。廊下のこれはロッカーかな?」

 話している間に私たちの教室に着いた。教室前の廊下には恐らくコートなんかを掛けるようのフックがずらっと並んでいて、窓の方には縦が私の膝ぐらいのたぶん立方体のロッカーが三つ縦に重ねてあるのが並んでいた。

「うちロッカ-って掃除用具入れみたいなの想像してた」

「それってドラマとかで運動部が使うような?」

「ううん。アメリカのドラマとかで出てくるような」

 正直私にはそのニュアンスの違いが判らないけどだいたいあっているだろう。

「でもそこまで荷物を入れるわけじゃないし、このぐらいでいいんじゃないかな?」

「そこは使ってみないとわからないと思うのよ」

「そうだね、教室にはもうほとんどの人が来てるね」

 教室の机はもう六割ほどが埋まっていてそれぞれ、冊子を見たりスマホをいじったりしていた。そして一部には私たちのように立ったままおしゃべりしている人もいる。ざっと見て、男女比が三対七ぐらいで、理系クラスは男の方が多いと聞いていたから少し意外に感じた。誰かがスタップ細胞はありますと言っていたころにいわゆるりけじょが話題にもなっていたが、今はそれほど話題にもならないしむしろ話題になっていた頃はよくない印象すら持っていたほどだ。そんな中一年生の時は生物、化学、物理クラスの区別がないとはいえ理系のクラスに女子が多いのは意外だと思った。

「結構人が来ているみたいだし、私たちも席についておきましょうか。きっと黒板のところに貼ってあるプリントが座席表でしょうし」

「まだ十分ぐらいあるけど、最初だしそうね」

 私と風葉さんは黒板に張り付けてある座席表のプリントを確認して席に着いた。座席表と言っても教卓を前にして入り口から番号順になっていたから、自分の出席番号がわかれば数えればいいだけだった。私は風葉さんに見てもらったから自分の出席番号を知らなかったけど。

 そしてたぶん私たちの担任の先生が入ってくるまで、隣や前後の人に話しかけようと思って、でも声を掛けられなくてっていうのを繰り返していた。私ってホントに意気地なし。同じクラスの人だとわかっていても声をかけることが出来ないなんて。次、次にチャンスがあったら自分の後ろの人に話しかけてみよう。前の人は男子だからちょっと怖い。

「すいません。少し遅れてしまったようです」

 先生が入ってきてちょっと後に、遅れてきたにもかかわらず堂々とそう言って入ってきた男子がいた。

「今から出席を取るところだから別段問題はないですよ、自分の席に座ってください。わかりますか?」

 先生がそう言うと遅れてきた男子は迷うことなく席に着いた。空いている席がほとんどなかったし昇降口で確認した出席番号からきっと自分の席がどこに当たるのかわかったんだ。

「あ、黒兎君だ。」

 遅れてきた男子が席に着いたのを見ていたらその後ろの席に幼馴染の黒兎君がいるのも見えた。思わず声に出しちゃったけど、声は小さかったしみんなの意識は遅れてやってきたイケメン男子に向いていたから、私の声に気がついた人はいたとしても反応する人はいなかった。タイミング的には遅れてきた男子の事を私は知っているみたいになったけどそっちの男子の事はまったく知らない。

 それから先生は簡単な入学祝の言葉、入学式の流れを説明してついてきてくださいと、私たち新入生を入学式の行われている体育館まで先導していった。 

 体育館は六組のある廊下から見ることが出来て校舎に横付けするような感じだ。この学校は少し特殊な特殊な形をしていて昇降口の前に立ちそのまま上空にとんで校舎を見下ろすと仮定すると、アルファベットで大文字のHの横棒が下の方にあるような形をしている。体育館まで含めればカタカナのロの字のようになる。昇降口を入って右が普通の座学をするような教室だけになっている一般棟、左が科学系の実験など実習で主に使われるような特別教室のある特別等というふうに先生は先導中に軽く説明してくれた。

 入学式が始まるとこれといって変わったようなことはなくて、いたって普通に進行していた。

 一つ何かあったとすれば、黒兎君と朝遅れて教室に入ってきた男子が式の最中ずっと話しているように見えたぐらいかな。

 そういう風に話ができててちょっとうらやましいなと思った。

 式がちょうどお昼頃に何の問題もなく終わって、教室に戻って先生が明日提出する春休みの課題と実力テストの事を言うと教室の空気がちょっと沈んだのを肌で感じた。

「同じクラスだったのか、これで十年連続になるな」

 私が席でもらったプリントの整理をしていると黒兎君が話しかけてくれた。その隣には式の最中もおしゃべりしていた、あの男子がいた。

「うん!そうみたいだね。ねぇ、その人だれ?入学式の時ずっとおしゃべりしてたでしょ。ずっと見えてたよ」

「では、自己紹介させていただこう。俺の名前は十五夜深月(じゅうごやみつき)だ。以後お見知りおきを明石嬢」

「あれ?私の名前言ったっけ?」

 私の名前を私が自己紹介する前から知っているということは考えられたのが事前に黒兎君が十五夜さんに教えていたのかな。と、思い特に意味はないけど黒兎君を見る。

「いや、僕は何も言ってない。というか僕のことも自己紹介する前から名前で呼んでた」

「なに、驚くほどではない。点呼の際フルネームで呼ばれるだろ。それを覚えていればいいだけだ」

 そんなことができるのなら私も人の名前と顔を覚えるのに苦労しないと思う。

「晏奈その人たち同じ中学だった人?」

 風葉さんが私たちの方へやってきた。

「ううん、こっちの人は違って、こっちの方は幼馴染の黒兎君」

「どうも、白崎黒兎です、これからよろしくお願いします」

「そんな明日から自己紹介の時間とかで何度かするような硬い挨拶はいいよ。えっと、うちは水本風葉、よろしくね」

「俺は、十五夜深月だ以後お見知りおきを」

「それで何の話してたの?」

「なんてことはない、ただの自己紹介をしていたところだ。といっても名前だけだったがな」

「そう、それじゃあどこかでお昼食べましょうよ。親と来ている人がいるなら別だけど、それならもうここ出てってるでしょうし」

「僕は大丈夫だよ」

「むろん俺もだ」

「私は、お母さんの風邪が心配だからちょっと厳しいかな」

 もちろん私だって行きたい。お友達を作れるせっかくのチャンスだし、黒兎君がいれば安心できるし。

「あぁ、そっか朝に晏奈そう言ってたもんね」

 風葉さんが少し残念そうに言った。

「それは、看病が必要だということか?それとも食事の用意が必要だということか?」

「きっと、もう看病しなくてもいいほど回復しているとは思うけど、やっぱり私がみんなと食べている間に自分でご飯作らせるのは心配かな」

「晏奈のお母さんに連絡を入れて待ってもらえばいいんじゃない?あの人はきっと我慢できずに作り始めるだろうけど」

「たぶんそうだと思う」

「少し駅の方へ行くことになるが俺が知っている店でおかゆのテイクアウトなんてことをしている店がある。先に買って帰るとだけ言えば待っていてくれるだろう」

「それならそうかも」

 流石にこらえ性のないお母さんでも買って帰ってくるとわかっていれば待っててくれるよね。

「なら早く行きましょうよ。できるだけ、晏奈のお母さんに迷惑かけたくないし」

 十五夜君に案内されたお店はビルの中にあるお店でちょっと高校生には高そうなお店だなと思った。

「ねえ、ここ高いお店なんじゃない?」

 それは風葉さんも感じたみたいでお店に入る前にここの紹介、案内をしてくれた十五夜さんに他三人の思う疑問を投げかけた。

「そうでもないぞ、千円払って釣りがでる」

 高校生なり立ての私の感覚がおかしくなければ、私たちみたいな人はワンコインで食べられるようなものが望ましいんじゃないかな。まだお小遣いも中学の時のままだし。

「おかゆってそんなに高いの?そもそもおかゆって量的に満足できるの」

 女の子の風葉さんがそれを言っちゃいけない気がするけどそういうところはちょっと気になる。お店が少し高そうな感じがするから、もしかすると高い食材を使って量はそんなにないなんてことも考えられる。なんでフランス料理とかってあんなに高いんだろう。たしかにおしゃれでおいしかったけど、昔食べたあの料理に千五百円は高く感じる。あの頃の私の感覚が幼かったからかな。

「安心しろ、量については気にするな。俺が保証する。もっとも俺が食べたのはラーメンだったがな。」

「ラーメンとかあるの?」

「お店に粥の字となんか読めない字があったからそういうおかゆ専門店みたいなものだと思ったわよ」

「おかゆのみで高校男児が満たされないのは知っているからなぁ」

「じゃあラーメンなら少しぐらい仕方がないか。」

「では入店ということでいいな」

 そう言うと私たちに確認も取らずにお店の中に入っていった。

 お店の中は平日だからかお昼時にもかかわらず満席とまではいっていないようで、すぐに席に案内された。

 席についてメニューを見てみると、私が想像していたおかゆよりもだいぶトッピングというか具材が多く使われていた。

 おかゆのメニューはトマトやチーズの使われたリゾットみたいなのやホウレン草などの野菜が中心の緑色のおかゆ、一番人気と書かれているエビワンタンのおかゆや蒸し鶏と梅肉を使ったおかゆなどがあって、私はエビワンタンを注文することに決めた。

 他のメニューはフォーやラーメンがあった。三人はタンタンメンとサンラータンメンを頼むことにしたみたいだ。

「そういえばよくこういうお店知ってたね」

 注文が届くのを待っている間黒兎君が十五夜さんに話しかけた。

「自分の行動する範囲の建物や店はできるだけ頭に入れておきたいからな、ときどきこの辺りを散策している。学校から半径五キロはカバーしたいと思っている」

「なんか、すごいね」

「別にそんなことしなくてもいいと思うけど、自分が使わないであろうところまで覚えてるのって無駄じゃない?」

 風葉さんが十五夜さんに対して言った。私は家の近くのショッピングモールに行けば大体のものはあるからそういうのを気にしたことないけど。

「決して無駄にもならんさ。現に今こうして役立っただろう?森羅万象この世のすべて無駄なことなどないものだ。だがわれらにそれをすべて知るすべはない。ならば自分の届く範囲は自分の目で確かめて知っておきたいと思うものだろう」

「そういうものかしら?」

「オカルトという分野がその最たるだ。彼らは未知のものを追い求めその存在を証明しようとしている。飛行中のUFOが各地で確認されているにも関わらず地に落ちたものまたは地上に降りたものはその例が皆無と言ってもいい。UFO自体はオカルトかもしれんがUFOに限りなく近いものを作るとなれば科学だ。どのようなエンジン、飛行機構を用いればあのような飛行が可能となるのか、そういう面で見れば科学もまたオカルトという大きな道への探求と言えよう。あるお屋敷には枯れない桜というものがあり、それは植物としての常識を逸脱している。それを・・・」

「なんでこの人こんなに語っているのかしら?」

「それはきっと風葉さんが十五夜さんのそういうスイッチを押したんじゃないかな?どれがそのスイッチかわからないけど」

「ねぇ、この人ってあれな人なんじゃないの?」

「・・・きっと大丈夫だよ。誰にでもそういう面はあるよ・・・きっと」

「ねぇ、その間はなに?晏奈もあれな人だと思ったって事だよね。見た目がけっこういいだけに非常にがっかりなイケメンだって思ったよね」

「ところでさ、まだ黒兎君十五夜さんの話聞かされてるけど」

 私と風葉さんは四人掛けの席で十五夜さんと向かいの席に座っていたからこうして二人で十五夜さんのよくわからない話から逃げることが出来たけど、隣に座っている黒兎君はそうはいかなかったみたいでさっきからずっとよくわからない話を聞かされている。それもいつの間にか十五夜さんは体の向きを横、黒兎君の方に向けて熱くしゃべっている。

「あぁ、あれは仕方ないわ。だってあれ連れて来たの白崎君じゃん」

「そう言われるとそうなのかな、あ、なんか握手してる」

「あれな方から抱きしめたわよ。いったい何を話してたのよ」

「・・・」

「ちょっと晏奈?」

 私は黒兎君と十五夜さんの行動に意味が分からず少しの間固まっていた。

「ううん、ちょっと目の前の急展開に頭がついていけなかっただけ」

「ほんと何なのかしら十五夜深月」

「なんていうか本当にこの間まで中学生だったのかな?」

「それは流石にそうでしょ中三以外で誰が高校受験すんのよ、大学じゃあるまいし」

「まだ、なんかしゃべってるね」

「それも今度は完全にこっちに微妙に聞こえずらい音量でね」

 ここで私のエビワンタンのおかゆが運ばれてきた。

「先に食べてていいよ。すでに柔らかいだろうけど、待ってる間にべちょべちょになったおかゆ食べるのは嫌でしょ」

「じゃあ、いただきます」

 エビワンタンのおかゆは色も薄いしちょっと味が薄いかなと思ったけど、そんなことはなくエビもプリプリとしておいしい。

 私が食べ始めてすぐに黒兎君と風葉さんのタンタンメンが運ばれてきてその後に十五夜さんのサンラータンメンが運ばれてきた。一口食べて時に運ばれてくるならみんなのが運ばれてくるまで待っていればよかったかな。

「いただきます」

 各々そう言い食べ始める。十五夜さんは食事中はさっきの話を黒兎君にしていない。

「あんたさぁ、お店で抱き合って恥ずかしいと思わないわけ?」

 風葉さんがタンタンメンを少し食べたところで言った。黒兎君はきっと恥ずかしかったのだろう目をそらした。

「我が同志の誕生に感極まってしまい思わずな、気分を害したのであれば失礼した」

「晏奈なんて少しの間固まってたわよ」

「明石嬢よ、案ずるな俺はそういう関係に興味はない。いや、残念だというべきか?」

「はぁ、しょうもな。あんたが一方的に話していただけじゃない」

「ああ、俺が一方的に話していただけだが、その反応や表情の微細な変化などから自分の同類かどうかだいたいわかるもんだろ?水本嬢も同じ匂いがするとかいう表現をして武道経験者、それも強者の部類がわかるんじゃないか?」

「十五夜君もそうなんでしょ?」

「どういうこと?普通に生活してわかるものなの?」

「ちょうどいいから例を挙げよう。水本嬢はおそらくは空手をしているな。手もとい拳を見ればわかる。今は無いようだが拳にタコができていた跡があるな。タコができている方が一見していいように見えるが。本当に強い人はそれほどタコができなくなる。ほかにも拳の骨が平らになっているということも予想した理由の一つだな。今のは観察して出されるものだが、水本嬢は普段の動き方、体の使い方から直感的に分かるのだと思うがな」

「打撃系の格闘技や武道の道場通ってた?」

「いいや、俺は独自にかじっただけだ」

「ふうん。そうなの」

 私には格闘技とかそういうことはよくわからないけど風葉さんはすごい人なんだなとなんとなくわかった。

「の割にはかなり強いって感じるんだけどなぁ」

 風葉さんが隣の私にギリギリ聞こえる程度の声でそうつぶやいた。

「そういえば明日ってテストだけだっけ?」

 話の切れ目だと感じて黒兎君が言った。せっかく四人なのに二人ずつで話してばかりになっていたしこういう話題の方が高校生っぽいよね。

「うん、先生そう言ってたね。みんな前日で今更だけど勉強する?」

 勉強の方はあまり得意じゃないのか風葉さんが自信なさげに言った。

「最初のテストは中学校の範囲で理科社会はないし英語だけ確認しておこうかな」

「俺は前日であろうと特別勉強をするということはないな。不安であれば日頃からすればいいだろう?」

「思っていてもなかなか実行できないのよねぇ」

「僕も割とそっちのタイプかも」

「白崎はともかく、武道の道を歩まんとする水本嬢がその意志力でどうするんだ。格闘技ならそうでもないが武道は精神も鍛えるものだろうに」

「いやぁ、スイッチ切り替えて稽古するだとかはどうにかなるんだけど空手やってる時のスイッチ切れるともうだめなのよね」

「そういうあんたはどうなのよ、特に勉強しないんでしょ」

「俺は普段からしっかりと教科書の内容を理解している。テスト前日に特別焦って机にかじりついたりはしないということだ」

 十五夜さんはどや顔に近い顔をした。風葉さんを鼻で笑うかのように。

「もしかして頭いいの?」

「それは勉強ができるという面で聞いているのか?では俺に新入生あいさつの依頼があったとだけ言っておこう」

 どういう基準で新入生代表のあいさつをする人が選ばれるのかはわからないけど、試験でトップの成績の人があいさつをするものだと思っていた。十五夜さんが前期で受験したのか後期で受験したのかはわからないけど少なくともその片方で点数がトップの成績だったということなのかな。

「え?でもあいさつしてなかったよね?」

「けったからな」

「断れるものなの?」

「らしいな。現に俺があいさつを務めずに済んだ」

「普通は断らないっていうか断れないわよ。なんで断ったの?」

「面白くないからだ」

「それだけ?」

「むろんその理由がすべてだ」

 そんなに自信満々に言われてもこっちが反応に困るんだけどな。

 あと、私食べ終わりました。ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。

 スマートフォンを起動させて時刻の確認をしてみるともうすぐ一時になろうとしていた。気がつけば入店の時よりもお客さんが増えている。

「おっと、そういえば明石嬢の母君が病床に伏しているのだったな。頃合いか、そろそろお開きとしようじゃないか」

「そうね、ずっとしゃべっているあんたの方があまり話していなかった白崎君よりも明らかに食べるの速いけど、食べる速さは人それぞれって事にしておくわ。」

「俺もそれに関してはどうこういうつもりはないさ。明石嬢はテイクアウトの品は決まったか?」

「あ、まだだ。テイクアウトも同じメニューかな?」

 私は横に置いておいたメニュー表を眺めてお母さんに買っていくものを探す。

「おそらくそうだと思うがどこまでがテイクアウト可能な品かはわからんな」

 あんまりチーズだとか消化に良くなさそうなものはよくないから、蒸し鶏と梅肉のやつにしよう、他のやつよりもヘルシーだしお母さんも好きそうだ。

 私がお母さんに買っていくおかゆを選んでいたら他のみんながちょうど食べ終わる頃だった。

「では、出るとするか」

 十五夜さんが席を立ち私たちもそれに続いてお会計に向かう。

 お会計の時にちゃんとテイクアウトをとってその場で解散ということだったけど、私と黒兎君はもちろん風葉さんと十五夜さんも同じ方向に行くから結局解散はまた後ということになった。

「全員同じ方向なんて偶然ね」

「誰一人駅の方からの通いではないということか」

「僕と晏奈は徒歩通学で余裕で間に合う距離だけど二人は何で学校通うの?」

「うちは基本はバス」

「俺はバイクだ」

「バイク?まだ免許取れないよね?」

「おっと、失敬。自転車だロードバイクだとかマウンテンバイクだとかその類と思ってもらって構わない」

「あ、そういうことね。それにたしか原付でも通うのは校則で禁止されてるし」

「ついでに免許取得も禁止らしいね」

「まったく、その点については残念だとしか言いようがないな」

 十五夜さんがわざとらしく肩をすくめた。

 しばらく歩いていると十五夜さんは自転車を学校に置いているからと学校に向かって行った。

「ねえ、十五夜深月どう思う?」

 参人になってすぐに風葉さんがそう切り出した。

「どうって?」

「あんなの明らかにおかしいじゃない。絶対頭のねじ何本か飛んじゃってるでしょ」

 私と黒兎君は十五夜さんには悪いと思うけど残念ながら否定してあげられなかった。

「でも、面白い人だと思う」

 否定してあげられなかったからのカバーかもしれないけど、やっぱりカバーしきれていなかった。というか二割もそのカバーじゃ覆えない。

「そうかもしれないし、話が本当なら頭も体もいいのよね。ついでに顔も。天は二物どころか三物与えてなにか欠落させてバランスを取ったとしか思えないわ」

「そう聞くと本当に惜しいね。子供の時に何かあったんだろうね。その何かがなければ今頃は文武両道の好青年だったのかな」

「黙っていればいいのに」

「がっかりイケメンってだいたいそう言われるよね」

「でも話を一部聞いていたからか黙っていたらそれはそれで怖くない?」

「あぁ、そうかも」

 オカルトどうこうっていう話してたしね。もしかしたらそういう呪いだとかにも詳しいかもしれないし、そういう人がずっと黙っていると怪しげな雰囲気だとかなんとなくわかったりして怖いと感じるかもしれない。

「僕はきっと今年度中はよく絡む気がする。主にあっちからきて」

「あんたら抱き合ってたしね」

「抱き合ってはいないよ。抱かれただけ」

「発言の危険度が上がったわ」

「え?」

「うん、今のはよくないよ」

 自分の失言の意味に気がついたのか、黒兎君は慌てて手を振って

「いやいやいやいや、違う違う。抱かれたんじゃなくて、たんに抱き着かれた?」

「それ、あんまり変わってないような」

「じゃあどういえばいいのかな?」

「うーん、抱擁?」

 どれも言っていることは同じはずなんだけど、微妙な違いとかから大きな勘違いを生むことになりそうな言葉ばっかりだなぁ。日本語って難しい。

「まあ、その話はいいとして、要はあなたたちできてるの?いいえちょっと違うわね、今日できたの?」

「あれ?そんな話だっけ?って僕も十五夜君も男だしそんなわけないでしょ」

「白崎君はそう思ってもあっちはどうかしらね?」

 その時一瞬黒兎君の表情が凍り付いた。私には直接関係はないはずなんだけど寒気がしたそんな気がした。

「あ、じゃあうち、バスがそろそろ来るから。じゃねー」

「うん、また明日」

「じゃあねー」

 最後に風葉さんが言った言葉のせいで私たちはなんだかよくわからないけど気まずい空気のまま家まで帰ることになった。

 おかゆは持って帰っている時に少し冷めたりしてしまったみたいだけど、お母さんは美味しいといって食べていた。朝ごはんは食べていないみたいだしちょっと遅めのお昼ご飯は回復に向かっておなかがすいてきたお母さんを満足させるものだったみたいだ。

 私は自分の部屋に入り机に向かった。私は自分を変えるためというかもうちょっと積極的になれるように、関係はないかもしれないけど今まではしていなかった日記を書いてみることにした。日記を書いていくうちに少しずつでも変化を実感したかったっていうのもあるけど、日記ってなんか女の子っぽくない?

 新品のノートを取り出して一ページ目、どういう風に書いていいのかわからなかったからとりあえず

四月十一日

 今日は高校の入学式があった。友達ができるか不安だったけど今日知り合った風葉さんと十五夜さんとお昼まで一緒に食べた。黒兎君も同じクラスだったし安心だね。

 こんな感じでいいのかな。

 恥ずかしいから表紙とかには何も書かなくていいや。

 私は日記を机の中にしまった。

「なんか今日疲れちゃったしちょっとお昼寝してもいいかな。テストの勉強は夜にすればいいよね」

 そのまますぐに、制服のままベッドに倒れたかったけどしわになるのが気になって仕方なくブレザーとスカートだけ脱いでベッドで横になった。

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