異変
それは二日続けての雨と嫌気がさすほどの快晴で天気のわりに湿度が高くなり、じめじめとして不快になってしまうある夏の日。
高校二年生の白崎黒兎は一時間目現国の授業に教室の後ろから二列目、窓から二列目という好ポジションから主人不在の席越しに外を見ていた。
「晏奈が珍しいな風邪でも引いたのかな」
その席は白崎黒兎の幼馴染の明石晏奈が席替えの際にくじ引きによって引き当てたものだ。
晏奈はこれまで黒兎と小中高一緒の学校に通ってきた。小中はクラス数があまり多くないということ、高校では同じ科を選択したこともあってか、ずっと同じクラスだった。黒兎の記憶が正しければこれまでずっと皆勤賞だ。
「どうした、白崎よ。そんなに明石嬢の空席を見つめて」
黒兎の後ろの席から十五夜深月が喋りかけた。
「ただ外を見ていただけだよ」
「十分もの間外を見続けさせるほど魅力的な何かがあったというのか。そう、未確認飛行物体UFO」
「んなの飛んでたら、真っ先にお前が見つけて大騒ぎしているだろ」
「ふむ、それもそうだな」
深月はスポーツもでき勉強もできる。おまけに顔もいい。そこだけ聞くのならばどこかの部活の部長か生徒会長なんかをやっていて、女子から人気があって彼女ぐらいいてもおかしくない。が、そこには性格、趣味嗜好というものが壁を作った。
「では、なんだ遠くの山にミステリーサークルが」
「それも同じだよ」
深月はオカルト好きなのだ。高校の入学式の時に白崎と十五夜で出席番号が連番だったことがきっかけで深月の方から黒兎に話しかけた。これは運命だと。
運命だのという話にもオカルト的な話にも興味はなかったが、なぜだか二人は仲よくなっていった。おそらくは高校に入ってから絡む回数の減った幼馴染の晏奈を除けば、一番仲のいい、親友一歩手前の友人そんな間柄だ。
「そうか、ならば仕方があるまい。俺としてはまことに残念なのだが、プールで泳いでいる全身くまなく濡れている水着の少女たちを眺めていたと結論付けせざるを得ないな。お前も思春期真っただ中の飢えた獣ということか。嫁がいるにかかわらずいい身分よな」
「確かに、外を見ればプールがあって授業が行われている。だけどな、僕は水着を見ていたわけじゃない。それと嫁はいない」
「なんと、校庭で汗を流す男子を見ていたとは、まさかそっちの気があるではあるまいな。ならば仕方がない!その欲望、俺が受け止めてやろう!」
その瞬間、ただでさえ暑いのに深月の余計な言葉で何を想像したのか、クラスの一部の女子の頭が一瞬にして沸騰し顔が真っ赤になった。女性の現国の先生に注意されることはなかったが、明らかにこちらを見ていた。それもその顔は赤くなっていた。
ただでさえ、黒兎は深月とつるんでいるせいであまりいい噂は流れない。というか、深月の悪だくみによく巻き込まれ、それどころかあたかも共謀者であるかのように処分されることもある。
「さて、冗談はこのぐらいにして、明石嬢を見ていたのだろう?」
「違うよ、そんなんじゃない。ただ、小中、高一と一度も休んだことがなかったのに心配だなって」
「風邪をひくぐらい誰にでもあるだろう。俺とて病気にかかる」
「嘘だろ!お前の病気でダウンした姿とかまったく想像できないけど」
黒兎は深月と一年ちょっとの付き合いだが、深月が病気はおろか落ち込む姿さえ見たことがない。万能に近い能力に常にハイテンション、黒兎は深月が宇宙人なんじゃないかと思うことさえあった。
「おほめ頂き光栄の至り」
「褒めたつもりは微塵もないけどな」
「おっと、まあ、俺が言いたいのは見舞いにでも行けってことだ」
「そんなこと言っていたか?」
「白崎よ、俺が声をかけるまでお前はずっと明石嬢の空席を見ていたのだぞ、声がかけられるまでと言い換えてもいい。一時間目からこれでは今日の授業ほとんど頭に入らないだろう。ノートもまともに取れていない。そこは先ほど黒板から消された」
気がつくと黒兎がノートに写していた文字列は跡形もなく黒板から消され、新たな文字列が黒板を半分ほど埋めていた。
「そんな状態だ。切り替えるか、それか、見舞いにでも行こうじゃないか」
「それ、二択に見えて実は両方だろ」
「おっと、そう聞こえたのならばそうあるべきなのだろう」
ここでチャイムが鳴った。黒兎が意識を切り替えるには一つのきっかけになるだろう。
「その前にだ、今のノート見せてくれ」
「ふむ、よかろう」
深月のノートは成績上位者のノートだけあって黒兎にとってとても見やすかった。時折入ってくる謎の文字を除けば。
それから残りの授業五時間何とか乗り切り放課後になった。
黒兎らは部活動をしていないようなものだ。学校の方針で何かの部活動に参加しなくてはならない。黒兎は仕方なく深月は嬉々としてオカルト研究部なるものを立ち上げ所属していた。主な活動は定期的に壁に研究成果と称して黒兎にはよくわからないものを貼っている。
ちなみにその一切を深月がしているため本当に所属しているだけだ。
「よし、帰るか」
黒兎は一時間目に言っていた通り晏奈のお見舞いに行こうと深月を誘った。
「おっと、すまないな、Nを発行しなくてはならんので俺はそちらをしてくる。俺に構わず一人で明石嬢のもとへ行ってやれ白崎よ」
深月の言うNと言うのがオカルト研究部の主な活動だ。
なんとなく黒兎は深月からよくわからない気の使われ方をしたとわかり
「そんなんじゃねぇよ、ただの幼馴染だっての」
既に後姿はないが思わず呟いた。
白崎家と明石家は徒歩十分と掛からない位置関係だ。そして、回り道でもしない限り高校から帰るときは必ず明石家の前を通るようになっている。
帰るついでだからと途中のコンビニで適当に自分用のお菓子とお見舞いの飲み物、ゼリーを購入し晏奈の家に向かう。
晏奈の家の前に着きチャイムを鳴らす。いつもならおばさんが三十秒と経たずに玄関を開けていらっしゃいと出迎えてくれるのだが、あいにくこの日は留守の様で三分ほど待ったが誰も出てこなかった。
家に車は置いてあった。徒歩で病院にでも行っているのかと黒兎はそう考え、仕方ないなと家に帰りお見舞いのゼリーを冷蔵庫にしまった。
次の日になればケロッと晏奈は登校してるだろうと思っていたが、黒兎の期待に反し席は空席のままだった。これは気になると担任に晏奈の欠席理由を尋ねると、どうも無断欠席らしい。
晏奈は几帳面な性格をしている。なんでもきちっとというわけではないが、特に連絡事項なんかの他の人にも影響が出てくるような物事はきちっとしている。逆に部屋なんかを見てみると、そういう印象とは少し違うけど概ねあっている。使いやすいけど綺麗というほどじゃない。そんな感じに整えられている。
いくら原則として欠席の際に親が連絡を入れることになっているとはいえ、そんな彼女が学校を欠席するのに無断というのはないだろうと思った。親に一言いえばそれですむしそれすらできないほどの様態であればむしろ親から学校に連絡を入れるだろうと黒兎は考えたが、とても天然で抜けている母親を考えると、忘れただけというのが完全に否定できない。
「なあ、十五夜はどう思う?」
朝のHLが終わって一時間目前、黒兎は後ろの席の深月に担任に聞いたことを話した。
「無断欠席か、明石嬢がするとは考えにくいが、なくもないといったところか」
「おまけに昨日留守だった」
「それは偶然病院に行っていた。そんなところだろう」
「車を使わずにか?確かに病院まで車必須って距離じゃないけど、それでも、病人を連れていくなら車に乗せていくだろ」
「母親が免許持っていなかっただけなのではないか?」
「そんなこと、ありそうだな。実際おばさんが運転しているとこ見たことなかったわ。」
「だが、車はあったのだろ?」
では、なぜ家に車があったのか、黒兎には気になるほどでもなかったが、深月の方は多少引っかかった様子だ。
「あぁ、」
「では父親の通勤には車を使っているか?」
「ああ、車で通勤していたと思う」
「では、車が家にあり、かつ在宅者不在というのは少々奇妙だな。白崎よ、実は明石家から嫌われていて居留守をつかわれたという可能性はどうだ」
「それが今考えられる可能性として高いからこそ、認めたくないな。今まで付き合ってきたんだ。僕はそこまで嫌われていたと思ってない。それよりおまえさっき休むこともあるって意見からなにもクッション挟まずにいきなり不自然だと意見変えただろ」
「物事は常に多角的にみる必要があるのでな。例えばそうだな」
深月は教室の真ん中よりも窓側の席でこちらを時折見ていたポニーテールの女生徒の水本風葉を指さした。
「あそこで先ほどからこちらの様子をうかがっている水本嬢だが、もしかしたら俺かお前かに好意をもっているのやもしれん。いや好きで好きでもう我慢できないのだろう、その証拠に今こちらに向かってきているぞ。はっはっは」
「おい、声が大きいぞ、水本こっち来ただろ、あれ絶対お前の発言にイラっとしてきてるだろ」
「誰が、あんたらみたいな変態にっ!」
先ほどまで座っていた風葉は席を立ち深月のもとへ足早に近づいてきた。その手は強く握られていて、右ストレートを放つおまけ付きで。
深月はその右ストレートを左手でいなすと今度は風葉が左フックを放つ。深月は軽く後ろに下がって避けると上段蹴りが深月の顔面にとんでくるがそれをしっかりと両手をクロスさせて真直ぐ放たれた上段蹴りの勢いを上にそらす。
水本風葉は空手部に所属しており、全国でも有数の実力者だ。
風葉にとってもはや同じ部の部員では相手にならないのだが、深月だけはなぜかまともに相手ができるようで、たびたびこのような光景がこの教室では見られるようになった。そのためこのような普通は止められるような暴力行為ももはや日常の一部となっていた。
「なんで、いつもあんたは、うちの軽々止められるかな。うちこれでも全国区なんだけど。」
「ほう、黒か。水本嬢よ拳は別にかまわんが蹴りはよくないな。さて、白崎よ、少し邪魔が入ったが続きを話そう、ここで水本嬢が明石嬢のよき友である点を見ると昨日見舞いに行ったというお前の話が気になっただけという線もあるわけだ」
「うちがあんたら気になったのはそういうことよ。留守だったみたいだけど」
自身の下着を見られたことか、下着の色を言われたことにかその羞恥に顔を赤くしている。というかまだ足を上にあげられたままだ。
「ところでそろそろ、うちの足降ろしてくれない。」
「自分から仕掛けてきた輩が何をいう。降ろしてくれという前に言うべきことがあるのではないか?」
「がっつりと人の下着見ておいて何を」
深月は風葉の足をさらに高く上げていく。
「わ、悪かったわよ。」
「謝罪としてはちと、誠意が足りんがよしとしよう。なんせこのままでは話が前に進まんのでな」
「それ全部原因お前だろ」
「おっと、そうだったかな、さてものを多角的にみるという話についてだが」
「それはいいわ。今日はうち部活休みなんだけど、白崎君今日もお見舞いに行くんでしょ、一緒に行かない?」
「白崎だけを誘うということは俺はお邪魔かな。」
「あんたが一緒に来たりなんかしたら騒がしくて、晏奈の病気が悪化しちゃうでしょ」
「そいつは水本嬢次第というわけなのだが、おとなしくしていられるか?」
「うちはそりゃあ、もちろんいつだっておとなしいわよ」
このとき風葉の声が聞こえる範囲にいた同級生全員が『いきなり殴っていくような人が何を言ってるんだ』と思ったのは言うまでもない。そして黒兎が思わず声に出してしまっても無理はない。深月に付き合っていると自然とツッコミの立ち位置に立ってしまうものだ。
「なんか言った?」
流石全国レベルの空手少女と言わんばかりの鋭い目で睨まれ同級生の女子だというのに思わず黒兎は委縮してしまう。
「いえいえ、もちろんご同行させていただきます」
黒兎は身長170センチを少し超えた程度、対して風葉はせいぜい155センチ程度で身長差15センチ以上もある小さい相手に黒兎がペコペコしているさまは流れを見ていた同級生にも滑稽であり、かつ不憫に思えた。
「そう?で、あんたは勝手についてくるの?」
「むろん俺は白崎に同行するが」
「だったら、三人で仲良く行こうよね」
黒兎はこのとき幼稚園や小学校の先生に自分は向いているんじゃないかと思っていた。
「そちらが、いいのであればな」
「こいつが、どうしてもっていうなら」
言ったのがほぼ同時ではっきりとはわからなかったが面倒な二人だな、素直に言えばいいのにと、黒兎は毎度のことながら思った。
気がつくとさっきまでそこにいた同級生の姿がなくなっていた。ホワイトボードに書かれている時間割表を確認するとどうやら一時間目は移動教室になっていたらしい。
「はいはい、もう授業始まるよ。一時間目移動教室なのわかってる?他の人はもう準備して教室出て行ったよ。」
「おっと、そんな時間になってしまっていたか、ならば致し方ないこの決着は次の機会に取っておくとしよう」
「ええそうね」
そんなことを言っても向かう場所は同じ、結果三人で移動教室へ行くことなる。二人にはさまれどことなく気まずい黒兎の姿がそこにはあった。
一時間目の授業は物理の授業で物理室が使われる。物理はよく話が脱線する。どこからどう脱線したかはおそらく真面目に話を聞いてる生徒ですら覚えていないだろうが、シュレディンガーの猫の話から、パラレルワールド、はてはどこの世界とも繋がらない完全に隔離された世界という考察にまで発展していったことまである。
他のクラスではそうそうそのようなことは起きないそうだが、オカルト好きの深月にとってその手の話も好物だったようでついつい教師ものせられてどんどん持論を話してしまうのだ。
ひどい時には幽霊はプラズマが起こす現象だというテーマで一時間丸々深月と教師で議論していたというのはこの学校の歴史上類を見ないことだろう。
授業がある意味潰れるというのは真に真面目な生徒でなければ嬉しいことだろうが、授業中にやるはずだったプリントが宿題に回される現状はどうにかしてほしいとクラスの誰もが思うことだった。
さて、今回の授業も例にもれず光の速さ、相対性理論から、光速を超えて時が遡れた時の世界についての考察の時間になった。実際のところ教師の考察に関して反応を示しているのは深月だけで、学校あたりに訴えれば改善されるのではないかと思わないでもないが、深月一人のおかげでなぜかクラス全体の評価が高いからこのままでもいいか、というのがクラスの総意となった。
そうして、今回も無事プリントが宿題になった。
「よくも、あれだけ毎回別の内容で脱線できるわよね」
「探求者とは、常に自分の知る先の事を追い求めるものだ」
「それについていける深月も深月だよ」
「おほめ頂き光栄の至り」
「いや、今の褒めてないでしょ。遠回しにキモイって言ってんのよ」
「おっと、学のない水本嬢には少々難しすぎたようだ。では白崎よ、我々で語ろうではないか」
「あ、パスです」
「そんなことではオカルト研究部の部員は務まらんぞ。同志白崎よ」
「いやぁ、同志になった覚えないんだけどなぁ」
「まったく、そんなんだからあんた他の友達いないのよ」
「他の友人がいないことは認めよう。俺には同志白崎がいれば十分なのでな。白崎は俺の生涯で一番の人間だと言っても過言ではない」
こういった深月の発言が腐った誤解を生んでいるというのは言うまでもない。
そして厄介なことに深月に訂正やフォローをするということはなく、それをすべて黒兎がやっていたことで余計に腐った人たちから可愛い言い訳という目で見られていた。そのため、もう黒兎は半ばあきらめているもののやはり黒兎には少々耐え難いことで頭が痛くなってきた気がした。
「ごめん」
黒兎は片手で顔を覆う。
「そんなにも嬉しかったとはな。こちらも照れてしまうではないか」
「あんた、微塵も照れてないでしょ。白崎君はあんたの発言にあきれてんのよ」
「親友だと言ってくれたことに喜ぶべきなのか、悲しんでいいのかわからなくてね、頭の中で相殺されてた」
「おっと、俺の耳が正常に作動していたのならば、悲しみの方が強いというようなニュアンスの言葉が聞こえたのだが。お前は本当に白崎か?もしや白崎の姿かたちをしている別の何かではあるまいな」
「何言ってんのよ。そんなわけないでしょ。そうそうあんた好みの案件なんてあってたまるか」
「そうそう、僕は僕だよ。正真正銘の白崎黒兎。残念なことに僕が本物かどうか証明しろと言われた経験は今まで一度もないから、証明する方法がちょっとわからないんだけど」
「では証明の手段を言えば実行してくれると?」
「それ以外で証明、信用してくれないならそれしかないよね」
「ふむ、ではそうだな・・・」
深月は黒兎の正面を見るように止まり、つま先から頭までを見る。それにつられて、黒兎も立ち止まった。
「ちょっと白崎君、そんなものにのらなくてもいいって」
風葉は先ほど自分が言った通りあるはずがないと頭で分かっていても体が自然と歩いている時よりもさらに一歩ほど下がった位置に立ち止まった。風葉はそういったオカルトの類、特に心霊の類は心の底から苦手だ。
風葉と仲のいい晏奈もオカルト研究部に所属している。
なぜ、風葉はオカルト研究部三人のグループにいるのかは高校一年生の梅雨の時期の話になる。
この学校は必ずどこかの部活に所属しなくてはならない。だが、十五夜深月にとって魅力的と言える部活動はなかった。だったら自分で自分の部を作ればいいと思ったのが部活動についての説明を受けた次の日だ。
部活動の立ち上げには、最低部員五人、部室、顧問一人が必要になる。入学してすぐに学校のあらゆる施設を調べた深月にとって、空き部屋を見つけることはそう難しいことではなかった。次に部員と顧問だが、部員よりも先に人数がそろえばという条件で部活動立ち上げの相談をした教師が顧問に決まった。
問題になったのは部員の方だ。オカルト研究部などという新たな部活の発足にもちろん既に何かしらの部活動に所属している上級生は入らない。
では、一年生はどうか、まずは入学以来ちょっかいをかけ仲が良くなってきた黒兎に持ちかけるとあっさりと入部というか参加を決めてくれた。
次に黒兎を介して黒兎の幼馴染である明石晏奈をお料理研究部に入る前にこちらに引き込んだ。晏奈はどうやら部活動はどこでもよかったというようなことを語っていた。
そして残るは二人だが、晏奈と仲良ししている水本風葉をこれまた黒兎を介して勧誘した。風葉は空手部に所属しているようで、名前だけと言っても残念ながら、承諾は得られなかったようだ。
そこで、何かしらの部活動に所属しなくてはならないという規則を利用し、部の活動は深月が一切を行うという条件のもと半帰宅部を探していた。クラスメイトの二人を集めることで何とかオカルト研究部を立ち上げた。
もちろん風葉には空手部とオカルト研究部を兼部したところで、オカルト研究部の活動が実質ゼロなのだから空手部の方に影響が出ないことぐらいわかっていた。
それでも心底嫌っているオカルトを扱う部活動に名前だけでも所属することを風葉は許せなかった。それをしてしまうと自分の芯が揺らいでしまう気がしたからだ。
だが、それでも晏奈たちとは付き合い続ける。晏奈と黒兎は嫌いじゃないどころか、友達としての好意も持っている。オカルトが嫌いだからという理由で人の中身も見ないで人を嫌うことこそ道に外れると風葉は考えている。
深月だけは少々別だ。深月は一年生にして空手の全国大会上位の成績を収める風葉の物理的な相手ができる数少ない人間だ。
本当は深月を空手部に勧誘したいと思っている。しかし、これまでろくに武道を経験してこなかった深月に対して実力を認めるのが悔しくて勧誘できずにいた。たとえ教室で本気で拳を打ち出していないとはいえ軽々といなされていることから風葉には現時点で深月の方が格闘においては確実に実力が上だと気がついていた。
惜しい実に惜しい才能だと風葉は感じていた。だから自分にとって嫌悪していて未知の領域だとしてもこの十五夜深月という人間がどこに向かって行くのか興味があった。もちろんそこに恋愛感情の類などは微塵もない。
すでに自分よりも強い人間だもしかするとすでに師匠と同等かもしれないと感じるほどの男をただ純粋に眺めていたいと思うほどに。
「ふむ、昨日の白崎よりも1ミリほど腕周りが太くなったか」
深月はしばらく黒兎を見ると制服のうちから手帳を取り出し、ページをめくっていく。
「なんであんたにそんなことわかるのかしらね」
「そんなの、俺が毎日お前らのデータを取っているからに決まっているからだろう、こういった小さなことが宇宙人にインターチップを打ち込まれたりだとかに気がつく手助けをするんだからな。ちなみに水本嬢に関してだがここ1週間でウエストのあたりが」
「待って言わないで」
風葉は一足でまさに風の如く深月の口を塞いだ。深月は反応出来なかったわけではなくわざと口を塞がれた上で話している。
これまでに何度かこの手の話題になったことはあるがいくらデリカシーのない深月といえど流石に女子のスリーサイズ周りのことを言いふらすことはなかった。
方法、過程はどうあればらされないと分かっていても止めずにはいられないのが乙女心というものだ。
深月はそれを眺めて楽しんでいるような節があるからタチが悪い。
「あんた、いつの間にあたしたちのこと調べたのよ」
深月は口を塞いでいた風葉の手をどかして自分を指し
「俺ぐらいになれば、目測で測れるようになるものだ」
「それってほとんど勘じゃない」
「おっと、俺も甘く見られたものだなぁ」
そういうと深月は風葉に何か耳打ちをした。直後深月の腹めがけて拳が打ち出された。それを深月はひょいっと避けた。
「なんでほとんどあってんのよ」
この時耳打ちしたのは風葉のスリーサイズだ。それも風葉はほとんどあっていると言ったが実際にはあっていた。
「だから言っただろう。俺を甘く見るなと他にもいろいろとネタはあるが、今日のうちはこれぐらいにしておこう」
この時置いてけぼりにされた感じのある黒兎は昨日今日と休んでいるはずの幼馴染晏奈の姿を見かけた気がした。黒兎は晏奈と思われる人が向かって行った、今自分が出てきた物理室に戻って行った。
「もうすぐ次の授業始まるわよ」
「大丈夫、ちょっと忘れ物しただけだから先に行っててよ」
黒兎が少し行ったところで風葉がついてきた。
「え、うち、こいつと行くのも嫌だし付き合うわよ」
「そうか、では俺は先に行くとしよう。遅刻にされないようにあまり探し物に時間をかけるなよ」
「わかってるよ」
黒兎と風葉は速足で物理室に戻って行った。
「ところで、白崎君、筆箱にノート、教科書持ってるみたいだけど何忘れたの?」
「ああ、えーと、なんていえばいいのかな。人?」
「こっち向かう直前何かを目で追ってたもんね」
「そういうのってわかるもんなの?」
「目線で相手の動きを先読みすることぐらいできるわよ」
「空手ってそういうことまで教わるのか」
「多分これはうちだけ、ほら、うち体小さいじゃん。だとどうしてもそういうところで差が出てくる。その差を埋めるために師匠が相手の先を見ろって言ってたから自分なりにいろいろ考えて、相手の目の動きで相手の取りたい行動を予測するようになったってわけ」
「大変なんだね」
「で、何を見てたの?」
「休んでるはずの晏奈が物理室の方に向かって行った気がするんだよ」
「見間違いじゃない?髪型とか似たような子多いし」
明石晏奈は身長160を少し超えた程度のセミロングでやや細めの体型だ。姿を少し見ただけでは他の女生徒と見間違った可能性もある。だが、そう見えてしまった黒兎は確かめずにいられなかった。昨日今日と学校を休んだにも関わらずここにいる理由を
「それでも、気になるから」
「確かに、白崎君の見間違いじゃないなら気になるわね」
二人は物理室の前につき扉を開くと中には誰もいなかった。物理室の扉を閉め、物理準備室の扉をノックする。物理準備室には教師の作業スペースがあり、レポートの評価などを行っている場合があるから無断で入ることはできない。
「どうぞ~」
物理教師浅野の間の抜けた入出許可の声が聞こえたので扉を開ける。
「二年七組の白崎黒兎です」
「同じく水本風葉です」
物理準備室には教師一人しかいなかったが風葉は視線を二種類感じ取った。
「僕に、でいいのかななんの用?」
「はい、少しお聞きしたいのですが、先ほどここに女生徒が来ませんでしたか?」
「来てないよ、でもなんでだい?」
「はい、その女生徒というのが本日休んだ明石晏奈と思われたもので。日直としましては確認を取りたかっただけですので」
日直というのは嘘だ。ここでただ休んでいるはずの女生徒が気になったからと言えば不審に思われるだろうと黒兎はとっさに嘘をついた。
「そう?君らも大変だね。それじゃあ、僕はこれから実験の最終調整をしなきゃいけないから」
「はい、失礼しました」
「失礼しました」
風葉は一種類は教師のものだとして、二種類目の視線を探っていたが見つからず気のせいかと意識の外へ追いやり、二人は物理準備室を後にして急いで次の授業へと向かった。
授業には間に合ったが時間ぎりぎりで走って二人して教室に入ったため、軽く注意を受けてしまった。
「どうやらお疲れのようだな。その様子だと探し物は見つからずといったところか?」
「ああ、その通りだよ。物理室に忘れ物なんてしていなくて勘違いってわけさ。あれ?探し物って言ったか?」
「なあに、気にするな。単なる言葉の綾だ」
「忘れ物と探し物じゃ違うと思うけど」
「白崎よ、授業に持って行ったものと授業が終わってから持ってきたものが過不足なく同じであれば、いったい何を忘れたのかと考えないか?」
「いや、僕はそんな他の人の荷物とか気にしないけど」
「では、何をしにわざわざ戻ったのか、まず考えられるのは二つ本当に物理室に戻った時とそれが嘘であるときだ。嘘であった場合水本嬢と何か打ち合わせのようなことがあればまだ納得できるが、あれは素の反応だ。であれば物理室に何をしに行ったか、物理室にある物を考えて持ち出せるようなものはそう多くない。つまり浅野教諭に用があったということになると考えるのは自然だ。だが、わざわざ短い時間の間に話すようであるならば授業が終わってから話せばいい。ここであの時、突発的に何かを思い出したか、気づいたか、または見たかして、その理由または原因が物理室ないしその周辺にあると考えられる。要はその理由ないし原因を探してきたとなるわけだ」
「わざわざ面倒な解説ありがとう」
「この程度初歩の初歩だよワトソン君」
「いつから僕はアシスタント的役割になったんですかね」
「そんな推理まがいなことを言ってはみたが、実際は俺も明石嬢の後ろ姿らしきものを見た。姿は明石嬢そのものだが、纏う雰囲気は決して明石嬢のものではなかったがな。」
「じゃあ、あれは僕の見間違いじゃなかったのか」
「恐らくはな」
深月はそこで話を切り授業へと戻っていった。黒兎は気になりはしたが、こういう考える類の事に関して深月は非常に頼りになる。そのため、きっと深月の中ではまだ他の人に言える程考えがまとまっていないのだろうと感じ、あえて話を聞きだそうと思わなかった。ここで深月が晏奈ドッペルゲンガー説を出してこないというのはその可能性すら、真面目な可能性の一つとして検討されているということだからだ。
その後の授業、昼休みにはただ、明石家に三人で行くということだけを決め、そこからは何も発展しなかった。
そして放課後、黒兎、深月、風葉の三人は晏奈に会いにいった。一応お見舞いという名目としてフルーツゼリーやスポーツドリンクなんかを途中買って行った。
明石家にはやはり車があった。それも黒兎には昨日と全く同じ場所にあると感じた。同じ場所というのは昨日あった位置、数センチレベルで動いてないという意味だ。
黒兎は二日も明らかに車が使われた形跡がないのはおかしいと思った。
そのことは深月も感じたようで
「白崎、本当に明石父は車を使って通勤をしているのか?」
「そのはずだけど」
深月はフロントガラスを指でなぞり
「この埃のつきようならば、少なくとも一昨日その前の雨の日は車を使っていないな」
「そんなに前から」
「これは思ったよりも奇妙なことになっているやもしれんな」
黒兎たちは玄関まで行き、恐れを抱きながら玄関のチャイムを鳴らすが前日と同様に人が出てくる気配はない。
しばらくチャイムを鳴らし続けてみたが、やはり人が出てくる気配はおろか、中に人の気配も感じられない。
三人は不審に思いながらもこの日は帰ることにし明日もまた来ることにした。
残念ながら晏奈が休んで三日目も登校することはなく、お見舞いに行っても、誰も出ないし誰の気配もない。
流石にこれはおかしいと黒兎は強硬手段に出ることにした。
黒兎は昔晏奈と一緒に小学校から帰って家に帰らずそのまま晏奈の家で遊んでいた頃の記憶から鍵の隠し場所を思い出す。過去の記憶から流石に変えられているだろうと思いながら庭の奥から二番目のプランターをずらしそこから鍵を拾った。
「案外こういうのって変えないものなんだな」
黒兎は昔と変わらないことに安堵を覚えた。
「それってちょっとまずいんじゃない?」
「一般的には住居侵入、不法侵入と呼ばれる行為だな。俺は止めたりせんが」
「大丈夫、ちょっと中覗いて本当にいないか確認するだけだから」
「なんかそれ、泥棒っぽくない?」
黒兎は鍵を開けると玄関を開けた。そこにはまだ日もさほど落ちていない夕方だからか、電気はついていなく黒兎の記憶よりも物の少ない廊下があった。
「お、おじゃましまーす」
それぞれそんなことをいって、中に入ると三人は強烈なめまいのような感覚に陥った。
しばらく、座るかなんかして落ち着きたいと思ったが、黒兎は晏奈の部屋のある二階へ上がる。二階へ上がり晏奈の部屋の前まで着くとそこで一度止まった。
黒兎は原因のはっきりしない緊張をしていた。
ゆっくりとドアノブを回しドアを開けるとそこには何もなかった。
クローゼットや机なんかの家具が一切なくなっていたのだ。いや、正確に言うならばその空間には一つのベッドしかなかった。
三人は刑務所のような質素な部屋に驚きのあまりしばらく声も出せずにいた。やがて風葉が
「ちょっと・・・なによ、これ、こんなの女子が住む部屋じゃない」
「女子どころか個人の部屋にしては物が少なすぎる。個人の部屋というよりも、ただ眠るための部屋だ」
「いったい何があったんだよ・・・とりあえず、警察に連絡を」
「まて、まだ明石嬢の単なる趣味によってこの部屋がこのようになる可能性もある。判断は少しだけ早い他の部屋も見て、この家の異常を判断するべきだ」
「いや、でも、こんなのありえないだろ」
他の部屋にも入ってみたが、他の部屋にはそれなりに家具も置いてあった。ただ、服などの衣類なんかの家具の中に入っているものはなかった。
「こんなのやっぱり異常よ。警察に」
風葉がポケットからスマートフォンを取り出すが電波のアンテナは圏外を指していた。
「ちょっとなんで圏外になってんのよ」
その声に黒兎と深月も自分のスマートフォンを確認するがどちらも圏外になっていた。
「おっと、これはどういうことだ?」
「とりあえず一度ここから出よう。よくわからないけどここはいちゃいけない気がする」
三人はこの家から出ようと玄関に向かい開けて外に出ようとしたが、ドアは動かなかった。
脱出できる場所はないかと窓なんかも開けようとしたが、鍵も動かせない。
「おっと、俺たちは何者かにはめられたようだな。まさかこんな形で監禁されることになるとはな」
「意外と余裕あるじゃない」
「こんな状況だ、焦っては大事なものを見落としてしまうからな。せっかくこの家の中なのであれば自由に動けるのだからな。そちらこそ余裕のようではないか」
「本当はこんなこと言いたくないけど、何かの拍子に私は取り乱してしまいそうよ。今はあんたにそんなところ見られたら死にたくなるから持ちこたえてるけど」
「そうか、まずはあそこで走り回ってなんとか外に出ようとしているが全部失敗して軽く放心状態の奴をどうにかするか」
「自分より怖がったりぱにくったりしてる人見ると冷静になれるわよね」
「恐らくそれもあるのだろうな、俺たちが案外落ち着いていられるのも」
深月と風葉はリビングの窓のそばでへたり込んでいる黒兎に近寄って
「白崎よ、まずは、落ち着け、無駄に体力を消費するだけだ。時機どうにかなる」
「まず落ち着いて整理してみましょうか。整理するも何もお見舞いに不法侵入したらどういうわけか家から出られなくなったって事なんだけど」
「僕は晏奈に何かしたかな?」
「そんな、こんなことされるようなことあるわけないじゃない。それどころか」
「おい、喜べ、水と食料がある。本格的にここに閉じ込めるつもりでも一週間は持つ」
「あいつもいろいろ探しているみたいだし、一度手分けして探索と行きましょうか」
「そうだね」
黒兎はもう一度晏奈の部屋に入った。さっきはこの異常な部屋にすぐに出ていったが、今度はこの現実と向き合うために覚悟を決めるために部屋に入った。
部屋を見回してみてもやはり、ベッド以外には何も置いてないし何かが置けるスペースもない。あったとしてもベッドの下ぐらいだ。
黒兎はベッドの下を覗いてみた。
そこには一冊のノートのようなものがあった。それを取って表表紙裏表紙を見てみても何のノートかわからない。晏奈はこういったものには必ず何の用途なのか表表紙に書いておくほどには几帳面だ。だとすれば、完全に自分用なのかと思った。
「晏奈には悪いかもしれないけど、必要かもしれないしごめんな」
そこに本人はいないがなんとなく、勝手にみることに罪悪感があったため自然と謝る言葉が出てきた。
ノートを開くと文字が書かれていた。
一ページ一行目
四月十日 明日は高校の入学式すっごいドキドキしちゃう、友達ちゃんとできるかなぁ
一ページ二行目 今日は入学式があった、すごいドキドキしたけど黒兎君と一緒のクラスだから安心できるね!入学式の時ずっとしゃべってた隣の男子は誰なんだろう?
このノートは日記なのだろう。
このノートはただの日記のはずなのだがどことなく不思議な雰囲気を感じる。
黒兎はそっと今読んだところを指でなぞった。
今どこで何をしているかわからない幼馴染明石晏奈の想いを感じたくて。
その瞬間黒兎の意識は薄くなっていき桜の香りが鼻腔をくすぐり始めた。