表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/142

明の章 追憶の陽炎 ~身命~

ある朝、道返が那美の部屋着を抱えながらボソッと呟いた。

「どうして裾が汚れているのかな」

「どうしました?」

「一昨日と今日と那美さんの部屋着の裾に泥が付いているのよ」

「見せて下さい」

その裾には薄く土ぼこりのような汚れが付いていた。

和久は、部屋着を抱えたまま那美の靴を確認しに玄関へ行った。

しかし那美の靴は使用した形跡がなく、他の履き物も土ぼこりは付着していなかった。


和久は、那美が車椅子でしか移動できないと思い込んでいたことを改めた。

「那美さんは歩くことができるのかもしれない。夜になって活動している。でも履き物を履かずにどこを歩いているのか。裸足で出歩いている?まさか・・・それはない」

和久は、ぶつぶつ独り言をいいながら那美の部屋に面した中庭へ出て行き、青々と手入れされいる芝生を裸足になって歩いてみた。

見た目ほど柔らかくはなく、チクチクと足の裏を刺激して長くは歩けなかった。

庭を通り表に出ると、左は比婆山古道へ通じる道へ、右に下れば、比和の町へ続く道路に出る。アスファルトの道はごつごつとしていて、素足で歩けるはずはなかった。

大戸野に報告をすると、和久はしばらく夜間の勤務に切り替え、那美の様子を看ることにした。



那美は夢を見ていた。いや現実味のない世界にいた。

那美は霧に沈む比婆の山々を夜な夜な歩き回って、何かを探していた。

何を探しているのかは那美本人にも分かっておらず、ただ夢を重ねる度に目的の場所には確実に近づいていた。

そんな中で、那美はその霧が自分にまとわりつき、那美を霧の中に封じ込め、那美という存在を消し去ってしまうような恐れを漠然と感じていた。


ある朝、那美は目覚めてもしばらく霧の中にいた。現実の世界を実感するのに時間がかかった。

「那美さん、那美さん。」

和久に揺り動かされ、ようやく意識が戻った。

「那美さん、大丈夫ですか?」

返事をしようとするが言葉が出てこなかった。

「白湯を持ってきますね」

那美は思うように動かない自分の体に狼狽えた。手を動かそうとしても何かに押さえつけられていた。

戸惑いの中意識が再び霧に覆われ始めたとき、戻ってきた和久が那美を抱き起した。

「那美さん、水分を摂りましょう」

那美は静かに白湯を口に含んだ。

「ありがとう」

声にならない言葉が、和久に届いた。

和久は、落ち着いたように見える那美の寝具を整えると自室に戻った。そして那美の看護記録を取り出し、大きく深呼吸をした。

「何かがおかしい」

和久は、今朝の那美の様子に違和感を感じていた。

和久がノックをして部屋に入ったとき、那美は確かに目覚めていた。しかし那美の虚ろな視線は不自然に動いていた。そして一瞬グッと胸を突き上げるような動作をすると、身体を固くしたまま目を閉じて、再び眠り始めた。

和久はそんな那美を急ぎ抱き起こし、白湯を飲ませた。

和久は、身を預けゆっくりと飲み終え、弱々しく和久を見上げる那美に安堵したが、白湯を口に含ませようとしたときに、無意識の那美の息漏れのように発した言葉が気になっていた。

「黄泉の国への入り口」

和久は気掛かりな言葉を書き出しているノートに、「比婆山のこと?」と書き足した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ