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命の章 ~ 授命 ~ 守り続けた・・・軌跡そして奇跡


一方、三重の本部で長期休暇を過ごしていた雷樹は、施設の職員に勧められて、初詣に日本一有名な神社を訪れた。

正月三が日を避けた雷樹だったが、それでもその人の多さに圧倒されて一度は足を止めた。

だが血のなせるものなのか、気を取り直して雷樹は参拝客の流れに沿って進んで行った。

信仰心など皆無の雷樹だったが、拝殿の前に立ち、見よう見まねで手を合わせると清々しい気分になり、無意識に平和を願う言葉を思い浮かべていた。


そんな雷樹は参道を進むときには気にも留めなかった参集殿のお神札授与所に立ち寄った。そして入院中のカラスを思い、病気平癒のお守りを手に取った。


燃え盛る建物からカラスを助け出した雷樹。

そのカラスはイレーザー本部に併設している病院に収容されたが、今だに意識は戻っていない。


カラスはHISOを知っている。

カラスはHISOの正体が佐祐だと知っているのか?

そしてカラスはサンズのメンバー。

教団はすでにHISOの正体を掴んでいるのか?


教団に危惧の念を抱きながらも、危険を顧みずカラスを助けた雷樹だったが、今は心からカラスの回復を願っていた。


そんな思いを込めて手にしたお守りを胸のポケットに入れて、神社を後にした雷樹は喉の渇きを覚え、近くのファストフード店に入った。

ざわつく店内でコーヒーを飲みながらネット動画を見ていた雷樹は、ある画面に目をとめた。

吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えた。


雷樹は、勧誘目的のその画面の背景に見覚えがあったのだ。

犬という烙印を押され、屈辱を受けた教団の部屋・・・

希望を匂わせながらも不安を搔き立てるように作られている動画の中で、繰り返し使われる進化という言葉に、雷樹は危険な匂いを嗅ぎ取った。

実行部隊とされるサンズは解散して、教団は弱体化したと聞いていた。

だが、あいつらは・・・しぶとい。


お前が潰したれ・・・俺が潰す。

雷樹は心に刻んだ武美の言葉を呟き、すぐさまカラスの病室へと向かった。


名前のない病室で、ベッドには状態を知らせる医療機器と酸素マスクを付けたカラスが横たわっていた。

雷樹はまじまじとカラスの顔を見た。

重度のやけどを負い、包帯に覆われたカラスの顔は痛みのためか硬く強張っていた。

寝ていても穏やかとは言えない表情が痛々しい。


お前は、俺と同じなのか?

お前は、カラスと呼ばれるのを素直に受け入れたのか?

お前は、あの野郎にカラスの烙印を押されても抵抗しなかったのか?

そのお前がなぜ反旗を翻した?火をつけたのはお前なのか?あれは自暴自棄の行為だったのか?


雷樹はそっとお守りを枕元に置いた。

「人生やり直せる・・・とにかく目を覚ませ・・・」


カラスはあの動画が大禍教のもので、その目的も知っているだろう。

止めなければとんでもないことになる・・・

そして、佐祐との関係が気になって仕方がない。

カラスの目的・・・佐祐を利用しようとしているのではないか?

それは雷樹の勘のようなものだった。


それからというもの雷樹は時間を作り、何度もカラスの病室に足を運び、カラスの目覚めを待った。


「なあカラス、教えてくれ。佐祐を・・・巻き込んでないよな?」

その日の朝も、雷樹はカラスの傍らに座り呟いていた。

「どうしても、引っかかるんだ・・・お前が自滅なんかであっさりと終わらせるはずない。違うか?」


雷樹がさり気なく枕元のお守りに目を移したそのとき、静かにドアが開き、武美が入ってきた。

「神頼みか?それもいいが、雷樹、昨夜佐多の奥さんが消えた」

「卯月さん・・・くそ、あの虎野郎」

血相を変えて立ち上がった雷樹を、武美は押さえつけ座らせた。

「吠えるな、病室だぞ。落ち着け、まだ詳しいことが分かっていない」

「武美さん、あの人は、卯月さんは俺を人間に戻してくれた人なんです。俺が探します。俺が見つけます」

「分かっている、因縁の相手だ。これはお前の仕事だ」

雷樹は鼻息荒く立ち上がった。

「そう慌てるな。すでに東京が動いている」

「音迫さんですか?」

「思兼が指揮を執っているが、奴らの動きが周到過ぎて、情報が少ない」

「俺が行きます。俺が・・・」

「お前が行けば何とかなるのか?ふん、生意気な」

「武美さん・・・」


「うう・・うん、うう・・・」

勢い立つ雷樹は、微かなうめき声で振り返った。

カラスが目覚めていた。

「カラス・・・」

酸素マスクを外すと、途切れ途切れのカラスの声がした。

「HISOを・・・止め・・ろ」

「なんだよ・・・」

「動画・・・流・すな・・教団の悪事・・・」

その言葉に現状を認識した武美が、呆然とする雷樹の背をポンと叩いた。

「行くぞ、時間がない」

「カラス、分かった。カラス、待ってろ。片付けてくる」


布教らしき動画と、佐祐が流そうとしている動画。

その2つが同時に拡散すれば、イレーザーが伏せようとしている進化遺伝子を持つ人類の存在が話題となり、ありもしないことが真実となり、手の付けられない状況を生む可能性が出てくる。

それはあってはならないことなのだ。

そして、なんとか拡散を止めたとしても、教団は流した張本人として佐祐を許さない。

俺が監視されたように、佐祐は信者の目から一生逃げ回らなければならなくなる。

雷樹は腹の底から湧き上がる怒りに身を震わせた。


「佐祐、どこにいるんだ?」

移動中、雷樹はスマホに保存していた佐祐の連絡先を開いた。

イレーザーの規約・・・3年間は過去との繋がりを絶たなければならない。

卯月さん、佐祐・・・

雷樹は封印していた佐祐の番号に指を伸ばした。

耳の奥で佐祐を呼ぶコール音がした。

佐祐、出てくれ・・俺だ、佐祐・・・


「お前はイレーザーだ」

佐祐の声の代わりに、地響きのような武美の声が雷樹の脳天を打った。

「連絡は佐多に任せろ、大丈夫だ」

瞬時にその意味を察した雷樹は、静かに電話を切った。



一方、広島のホテルでは、卯月の危機にいかんともし難い状況の成彦が、稲木と瑠瑚の到着を待っていた。

「思兼・・・頼む・・・」

思兼に任せるしかないと悟った成彦は動揺を胸の奥にしまい、エントランスを歩いてくる稲木とその娘の瑠瑚をにこやかに迎えた。


「稲木さん、遠路ご足労いただきありがとうございます。お嬢さんもお疲れでしょう。部屋が取ってありますから一息ついてください」

「佐多さん、こちらこそ色々とお考えいただいて恐縮しております。娘までお世話になるとは、申し訳ない」

「私どもがご無理をお願いしてのことです。ご協力に感謝しております。秋津先生がお着きになりましたらご連絡します。打ち合わせは食事のあとにでもしましょう」

「それでは遠慮なくお言葉に甘えましょう」

成彦の合図で、ホテルスタッフが小走りで近づいてきた。

「お部屋まで案内してください。では稲木先生、後ほどご連絡いたします」

娘と並んで歩く稲木の姿がエレベーターに消えると、成彦は不安を押さえきれず卯月のメールを読み返した。

「赤いピルケース・・・諦めたと思っていた。諦めるはずはないか・・・卯月」

身動きの取れない状況のやるせなさに、成彦は深くため息をついた。


そんな成彦に追い打ちを掛けて佐祐の一報が入った。


LBの一件で成彦に深い信頼を寄せるようになった佐祐は、成彦だけに連絡先を教えていた。

だが、時間の許す限り連絡を入れても、佐祐からの応答はなかった。

切羽詰まり、考えた末に成彦は雄介に連絡を入れた。

「雄介、佐祐は近くにいるか?」

「東京に行ったけど、成さん何かあったすか」

「悪いが・・・」

雄介を巻き込む・・・だめだ。

そのとき、成彦の視野にこっちに向かってくる都の姿が入った。

「成さん、佐祐に連絡をすればいいのか?」

「雄介・・・すまん。至急俺に連絡をするように伝えてくれ」

「分かったよ」

「頼む、雄介・・・」


成彦はすべての懸念をのみ込み、都を迎えた。


その成彦は進化遺伝子を持っていると思われる人物の名簿を手にしていた。


数日前、島根から戻った成彦は秀の絵に描かれている人物の特定と、進化との関係を突き止めるため、稲木と都に協力を求めた。


都には、稲木をはじめとする人々のDNAと常在菌の採取と、秀の絵に登場する人物の特定を依頼していた。都はそれが不自然な死と関係があると考えて協力を快諾した。


都が到着すると、成彦は先に到着していた伊吹和歩いぶきわほを呼び、都に引き合わせた。

「秋津先生、伊吹和歩さんです。遺伝子の詳しい検査を依頼しました。これからは彼女と行動を共にしてください」

都と伊吹和歩は、お互い名刺を交換して軽く挨拶を交わした。

「まずは明日、稲木先生と軌跡診療所へ行き、関係者の検査をお願いします。検査のできる車両を用意しています。その後私と合流し、新幹線で九州へ入っていただきます」

「九州ですか・・・」

楽しそうに都が笑った。

「先生、申し訳ありませんがバイクはここまでです」

「そうね、バイクじゃ遠いわね・・・」

伊吹和歩はそんな都にくすりと笑った。

「稲木先生を食事にお誘いしています。都先生も和歩さんも一緒に食事をしましょう」

「秋津抜きで稲木さんとお食事なんて、初めてよ。楽しみね」

「まあ時間までゆっくりなさってください」

成彦は2人を部屋に送ると、ホテルの自室に戻り佐祐からの連絡を待った。



稲木の妻、那美は20年もの歳月を眠りの中にいた。

那美は出産後、激震の中意識のない状態で母親により助け出され、和久看護師の手で父親の大戸野医師のもとに運ばれた。

そして奇跡の復活を遂げた那美は、比婆山の麓で父親と和久看護師に見守られながら生活をしていた。

だが那美は空白の時間を埋めることができず、人生の最後の記憶となっている出産時のことに思いを巡らす日々を送っていた。


那美は出産に臨み、遠くなる意識の中でただならぬものを感じていたが、回り始めた歯車を止めることはできなかった。

そして月の光に導かれるように目覚めた那美だったが、傍らに信頼していた夫の姿はなく、守ると約束した我が子は消えていて、その生死さえ分からないと知り、愕然とした。

そして何よりも知らぬ間に歳を取り、若き日の面影の消えた己の姿に絶望した。


そんな那美だったが、大戸野と和久に支えられて少しづつ現実を受け入れ、命をかけて守ってくれた母を思い、立ち直っていった。


だが、那美は今もなお、我が子の生死を知らぬまま生きている自分を責めていた。

抱くことのなかった我が子を思うと、那美にとって家族としての幸せを求めることなど許されず、拠り所としての賢一の存在を頑ななまでに拒み、孤独の中で生きることが失った我が子への罪滅ぼしだと考えていた。

そんな思いを手紙にして賢一に伝えると、すぐに優しい慰めの返事が届いた。

何度もその手紙を読み返した。

それでも那美の心は晴れず、憂鬱な日々を送っていた。


そんなとき、父の大戸野から由宇子が回復したと聞いた那美は、手作りのお菓子をもって大戸野の住まいから3分ほどの診療所へと向かった。

除雪されている道を無心に歩く。

那美は体感する寒さよりも、言いようのない虚しさに凍えていた。


診療所の玄関に入ると、笑い声が聞こえてきた。

「楽しそう・・・」

由宇子の部屋をノックした。

はいと和久の声がした。

「私です・・・」

ドアを開けるのを躊躇っているとドアが開いた。

「那美さん、寒かったでしょ。由宇子、那美さんが来てくださったよ」

和久は那美を招き入れ、由宇子のそばに座らせた。

かいがいしく世話をする母に甘える由宇子の様子を見ているうちに、那美の心を占めていた虚しさが消えた。その代わりにぽかりと深く暗い穴が開いた。

しばらく他愛のない話をして、那美はいとまを告げた。


その帰り道、那美は足元から這い上がってくる寂しさに足を止めた。

「寒い・・・」

これからも果てしなく続く孤独の道を歩いていくのだと足元に目を落とし胸を両手で抱いた。


立ち止まったままの那美は大戸野の呼ぶ声に我に返り、顔を上げた。

大戸野に連れられて家に戻り、暖かい部屋に入っても、那美の震えは止まらなかった。

温かいココアを持ってきた父の顔を見た。

「温まるよ・・・」

「・・・ありがとう・・・」

すべてを受け入れてくれる父がいるのに寂しさを消せない・・・

ソファーに深く腰掛けてココアを少し飲んだ。

かじかんだ那美の指先を父の温もりが包み込んだ。


温かいココアのカップを両手で包み、那美は和久親子の楽し気な様子を思い出していた。

「賢一さんに・・・」

少し間をおいて、大戸野が尋ねた。

「・・・会いますか?」

那美は、迷いがちらつく顔で大戸野を見上げた。

「今からでも連絡は取れますか?」

「大丈夫ですよ。連絡先は分かっていますよ」

「いいえ、私は・・・会いたくない」

思いを言葉にしたことを後悔したのか、寂しそうに首を振った那美に大戸野はそれ以上の会話を止めた。


取り戻す?

手紙に切々と綴られた賢一さんの思い・・・

でも昔の私には戻れないし、思い出すのは辛い記憶だけ。


しばらく那美の様子を診ていた大戸野は、迷いの中で苦しむその姿に、賢一との再会の時期だと判断した。


新しい年を迎えても、流れていく月日に、ただぼんやりと身を置いている那美に、お年玉だと言って大戸野は、笑いながら賢一の来訪の日を告げた。

それを聞いた那美は一瞬びっくとしたものの、その感情はすぐに霞の過去に消えた。


何を話せばいいの?手放した私の娘・・・恨まれて当然なのに・・・どうすればいいの?

賢一さん・・・今の私はあなたが愛してくれたあの頃の私ではないのよ・・・


そして賢一との再会の日、那美は軌跡診療所の面会室で、テーブルに置かれている写真と手紙を漫然と眺めていた。

面影はあるものの見知らぬ人に見える夫と、捨ててしまった娘の成長した姿が絵空事のように映っている写真。そして過ぎ去った日々を娘と一緒に取り戻したいと綴られた手紙を前に、息苦しさを感じていた。

「あの頃の私・・・」

雪の降り始めた窓の外を恨めし気に眺めた。

那美は両手をきつく組み結び、堂々巡りの憂いに区切りを付けると深く長く息を吐き、写真を手に取った。

気持ちの整理がつかないままの那美だったが、我が子を連れて向かっている賢一に会う決心をした。


授命が終わりました。様々な思いが大切なものを守ろうとします。

父母の慈愛。夫婦の情愛。友との友情。兄弟愛。師弟愛。ふと気づけば周りは愛が溢れています。

寂しさを、惨めさ、侘しさを優しく暖かい愛が包み癒してくれます。

次回より息命がスタートします。のんびりした投稿で申し訳ありませんがこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

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