命の章 ~ 授命 ~ 守る思い・・・紐解く
ばっちゃまが透久那の医療機器とLBを繋いだことで、佐祐は透久那の厳しい病状が持ち直す可能性に望みをかけた。
「俺が透久那の願いを叶えれば、LBが透久那を守ってくれる」
数時間前、初めて透久那と面会を果たした佐祐は、目の前に横たわる小さな姿に驚くよりも先に言葉にできない使命感に駆られた。
「透久那・・・俺は何をすればいい?」
佐祐が声を掛けると、返事のできない透久那の眼球が微かに動いた。
透久那は声を出すことができなくなると、独自に開発したツールを使い会話をしていた。
しかしLBとの回線を切ったことでそれができなくなっていた。
そんな透久那は、佐祐の訪問への喜びを動かない体の体温の上昇で伝えてきた。
佐祐はそんな透久那の手を握りしめて同じ思いだと伝えたい衝動を押さえた。
熱を帯びる部屋の空気の中で、パソコン画面に単調なリズムで透久那の言葉が浮かぶと、その音のない会話でも透久那が興奮していることが伝わってくる。
透久那は佐祐と過ごした時間を振り返った。
その中で何度も友達という文字がモニター画面に打ち出された。
そしてLBが学習してしまった透久那の否定的な感情を消してほしいと透久那の言葉が浮かび上がり、静かに画面が消えた。
前触れのない会話の終わり方に動揺する佐祐の耳が奇跡をとらえた。
「LBと友達になってくれ」
透久那のたどたどしく擦れた生の声は佐祐を奮い立たせ、LBの元へと向かわせた。
生化学研究所のサーバー室に入ると、佐祐はずらりと並んだ大型のモニター画面を開き、透久那の声がLBに届いたのを確認して、よしとばかりに首をカクッと鳴らした。
佐祐はLBに残されている透久那の手記を開いた。
そこには唯一の拠り所としてLBに打ち明けた透久那の喜び、驚き、失望、不安、苛立ち、嫌悪、様々思いが綴られていて、最後に佐祐の到着を楽しみにしていると更新されていた。
「透久那、待ってろ。LBをお前に返してやる・・・」
佐祐はゆっくりと息を吐き、改めてモニター画面に向かった。
始めのころは否定的な表現は見られない。
大黒のタウン病院の計画を知り、いろいろと調べるうちに透久那はオロチの存在に興味を持ち、それにまきこまれた人々の生活を覗き見た。
平凡な生活の中で暗躍するオロチと呼ばれる狡猾な人間の無情さと無抵抗なまま利用される人間の悲しみや愚かさを知った。
理性と知性を併せ持つ透久那が戸惑いを覚え、抑えられない怒りに身を震わせた。
その怒りは心の痛みとなって透久那に残った。
そんな中でカラスにLBの存在を知られハッキングを受けた透久那だったが、佐祐と出会い共にカラスと闘うことにより気分の高まりを経験して、勝利する喜びを知った。
透久那は佐祐と共同でゲームを作ることでお互いを認め合い、友達と旅する中で初めて生きていることを実感した。
だが、その一方で外の世界を知った透久那は外に出たい、走りたい、日の光を浴びたい、大きな声で叫びたい、そう願うようになった。
しかし、願うたびに透久那は体が動かないという現実を思い知らされた。
そして思い知るごとに羨ましい、妬ましい、そんな感情が強くなった。
透久那はその感情を止められなくなり、透久那の心から負の感情が消えることはなかった。
そうなのか。
LBが透久那の心に芽生えた恨みの種を読み取り、育ててしまったのか。
それでLBの中に嫉妬や恨みが根付いてしまったのだ。
さらに外の世界を知った透久那は欲望を満たす楽しさを知った。
オロチ退治で正義を振りかざす快感を知った。
カラスを撃退したことで友と手を繋ぎ、闘う喜びを知った。
そして未来を夢見た。
もっと、もっと、もっと・・・
寂しい、悲しい、羨ましい、なぜ僕は・・・
透久那の心に生まれた初めての感情、羨望・・・それは透久那にとって新鮮なものだったが、同時に決してかなわない切ないものだった。
LBがこれ以上の負の感情を学習したならば制御できなくなる。
それを許したならば、透久那自身がLBを汚していくように思えた。
その頃から透久那の体調が悪くなり、悲観的な表現が多くなった。
佐祐はメールで送られてきた透久那の苦し気な言葉を思い出した。
ひとりで苦しんでいたんだな。
そんな時に俺は何にもしてやれなかった。
今さら、今になって・・・俺に何ができる?
佐祐は手を止め、俯いた。
すると佐祐の心情を読み取ったようにモニター画面が消えた。
慌てた。
透久那が寂しいと思ったことに寄り添う。
ひとりじゃないと伝える。
悲しみや苦しみを違う言葉に変える。
佐祐は歯を食いしばり、涙をこらえながら透久那の心と向き合った。
そんな佐祐を雄介はそっと見守り、成彦はLBの前で厳しい表情のまま目を閉じていた。
その後、佐祐は順調にLBの中の透久那の心を書き換えていった。
「今んとこ問題なさそうだな。佐祐、俺は竹林庵に行って食い物持ってくるが、しばらく大丈夫か?」
「食い物、いいすね、そういや腹減ってるす・・・」
「任せろ、そんなら行って来る」
期待満面の佐祐に、拳を突き出して雄介はそそくさと出て行った。
少し間をおいて、佐祐が成彦の方に顔を向けた。
「ところで成さん、竹林庵ってどこっすか?・・・」
成彦は成さんと呼ばれてすぐに反応した自分に驚いていた。
「・・・お隣さんだよ、雄介はすぐに戻ってくる」
「お隣さんすか・・雄介さんの知り合いすか?」
「さあな・・・俺は・・知らん・・・」
「成さんは雄介さんと何で知り合ったんすか?」
「・・・共通の知り合いがいたんだよ」
「知り合いすか・・・」
「ああ・・・知り合いがいたんだ・・・」
「・・・そっすか・・・」
佐祐は何かを感じたのか、それ以上尋ねることもなくモニター画面に向き直った。
成彦は佐祐の背に感じる懐かしさを否定できず、答えることのないLBに問いかけた。
巡る因果の始まりは透久那さんなのか?
イレーザーはある意味傍観者。
決して主役になることはなく、己の感情のまま動くことはない。
イレーザーの目的のためのみ動き、自分の人生のために生きることはない。
俺はそんな人生を選び歩いている。これからもそれは変わらないだろう・・・
だからこの心地よさは受け入れてはいけない・・・
雄介・・・大切な友を失い傷つきながらも立ち直り、新たな友と俺の前に再び現れ、心地よい関係に引き込もうとする。
しかし俺は、友を失うという深い傷を罪深さとともに秀の絵に沈めた。いつかこの命をもって償う日まで・・・何も求めないと決めている。
卯月・・・お前との縁も・・・そろそろだな・・・
20分ほどして雄介が帰ってきた。
「どうだ?進んだか?」
「順調すよ、今やってるのが今年の透久那のことっす。透久那はひとりで頑張ってたんすね」
「俺は透久那のこと知らないからな・・・」
「でも透久那は、雄介さんのことはしっかり見てたみたいすよ」
「そうなのか・・・透久那と話がしてえな・・・」
「これさえ終わればLBが繋いでくれるっす。あと、子供たちのファイル。もう一息っす」
「握り飯作ってくれたけど、飯食ってからじゃまずいのか」
「そんじゃ、食いながらと・・・」
「成さんも食ってくださいよ、芽唯が成さんの分も作ってくれた・・・」
「め・い?・・・」
握り飯を頬張った佐祐がにやにやと雄介を茶化し始めた。
成彦の中でそんな佐祐が昇に変わっていた。
「俺は休憩室で・・・」
「成さん、一緒に食いましょ・・・」
佐祐が強引に成彦を引き留めた。
気持ちとは裏腹に、成彦は佐祐が勧めるまま椅子に座り、握り飯を手にしていた。
雄介が困り顔の成彦を笑っている。
「ところで雄介さん、めいって誰すか?」
「それは・・・」
「ふうん・・・怪しい」
「竹林庵の人で・・・」
「雄介さんの大事な人っしょ」
「っていうか・・・成さん、こいつうるせぇ・・」
戸惑いを持て余す成彦をよそに佐祐は雄介をからかい、雄介は成彦に助けを求める。
昇・・・やめてくれ・・・これ以上・・・
「佐祐、LBが呼んでるぞ」
「ひえ、LBごめん。透久那すぐに終わらせっから」
途端に真顔になり、佐祐はモニター画面の前に戻った。
「成さん・・・助かった・・・」
「雄介、俺は休憩室に行くから、なんかあったら呼んでくれ」
「所長、承知しました」
「何バカ言ってんだ・・・」
あの頃俺は興信所の所長と名乗っていた。
雄介の返事に成彦は苦笑した。
昇の影に隠れていた雄介は、軽口を叩く堂々とした若者に成長していた。
温かさから逃れるように部屋を出ようとした成彦を、佐祐が慌てて呼び止めた。
「成さん・・・ヤバい」
引き返した成彦は文字の消えた大型のモニター画面を佐祐の背後から眺めた。
雄介は息をのみ、少し離れた所に立っている。
「残りは医療関係のファイルなんすが・・・流れでは入れないす・・・」
「どういうことだ?・・・」
クルリと椅子を回し、佐祐が成彦に応える。
「今までは成さんの名前を入れればよかったのに・・・このファイルは開かない」
「・・・」
「別のパスワードを入れろってことす」
「またかよ・・・」
雄介が眉をひそめ、ため息をついた。
「大丈夫す。透久那のことっす、ヒントはくれてる」
佐祐はカクッと肩を鳴らし、指をキーボードに置くと思いつく言葉を打ち始めた。
透久那の消してほしい言葉はなんだ?
限られた時間を管理してきたLBがいなければ透久那は生きていけなかった。
透久那の生命維持の管理をしているLBとの接続を絶つということは、複数の病院に入院している大黒の守ってきた子供たちも同様に余命宣告を受けることになるのだ。
それを承知で透久那には命をかけて守りたいものがあった。
だがそうであってもLBの管理に頼っている子供たちを透久那が見捨てるはずはない。
特異体質の子供たちを守り育ててきたのは、透久那の知恵に他ならないのだから。
なのに、どうして・・・
「LBはお前を試してるみたいだな」
ぼそりと雄介が呟いた。
「・・・俺を試すなんて・・・透久那はしない」
「そうか・・・」
「でも・・・」
「でも?・・・」
「LBなら・・・」
「LBなら?・・・」
「・・・試すというより確認を求めることはあるかも・・・」
「確認・・・何で?」
ふたりの会話を聞く成彦は、LBの恐ろしい言葉を思い出していた。
3人はモニター画面の前に立ち尽くしていた。
そんな重苦しい空気を、顔色を変えて入ってきた事代がさらに息詰まるものに変えた。
「佐祐さん、子供たちのLBラインがすべて止まった。LBは・・・なぜだ?なぜこんなことをする・・・透久那は子供たちを巻き込むことを望んじゃいない」
4人の視線が一斉にLBに向けられた。
「俺をLBが受け入れていない・・・」
「・・・そんなことはない」
うな垂れる佐祐の肩に、慰めるように雄介が手を置いた。
「佐祐、冷静になろう。伝えたいことがある」
緊張した成彦にただならぬものを感じて佐祐が顔を上げた。
「なんすか?」
「スクナガキエタラボクハイラナイ、ダカラミンナモイラナイ、タビガオワルトミンナキエル」
「それ、なんすか?LBが言ったんすか?」
「そうだ、俺に伝えてきた・・・」
成彦は佐祐の攻めを甘んじて受けようと佐祐の前に立った。
「成さん、分かったす。LBは透久那を救うために動いている」
「佐祐・・・」
佐祐の意外な反応に成彦は肩の力を抜いた。
「佐祐、分かるように説明してくれ、俺は分からん」
雄介がお手上げだとばかりに叫んだ。
「雄介さん、説明はあとっす。事代さん、ここ最近LBは通常どおりに動いていましたか?」
「いや、この人たちが研究所に入ってきたときに外部との接触を遮断したが、それはLBに緊急時の対応として当初から設定されていたことだから問題はないはずだが・・・」
「そうすか・・・LBは孤独を学習したんだ」
「孤独?そんなLBは意思を持っていない。心のないLBが孤独を感じていたなんて・・」
「事代さん、LBは透久那なんすよ。透久那と切り離された上に、外部との接触もなくなり、透久那と同じ状況になった・・・」
「だからって、なぜ子供たちの管理を止めるんだ?」
「それは分からないけど、間違いなく孤独、これがヒントだ」
佐祐はLBが記憶している孤独につながる透久那の言葉を入力し始めた。
「だめだ・・・」
佐祐は深く長いため息をついた。
「透久那は何を恐れているんだろう。死?いや違う。LBを作った理由は、ばあちゃんのためだと言った。ばあちゃんがひとりになったとき、寂しくないように側にいたいから・・・」
佐祐は透久那の日記を思い出しながらブツブツと独り言を続けた。
「日記にない言葉。辛くて苦しくて悲しくてやりきれない・・・」
頭を抱えた佐祐に雄介が声をかけた。
「佐祐、ひとりで苦しむな、俺も一緒だからお前はひとりじゃない・・・」
「ひとりじゃない・・・」
突然佐祐が、がたっと立ち上がった。
驚く雄介に、佐祐は飛びつき跳ね回った。
「分かった、透久那の気持ち・・・絶対にこれだ」
佐祐は確信をもってキーボードに打ち込んだ。
「最後の消したい言葉は・・・これだ、寂しく悲しいまま逝ってしまった人の名簿」
HITORIBOCCHI
入力した途端、霧が晴れたように部屋の空気が変わった。
モニター画面に映し出されたデータを見た事代は、すぐさま子供たちの管理室へと飛び出していった。
低下していた子供たちの状況は見る見るうちに改善されていった。
その後、事代からの連絡を受けた3人は子供たちの回復を聞き、胸を撫で下ろした。
だが佐祐は休むことなくLBに向き合った。
「佐祐、少し休んだらどうだ・・・」
「雄介さん、時間がないんだ。透久那は待ってくれない。はやく透久那を助ける方法を見つけないと・・・」
成彦は佐祐の思いの深さに透久那との絆の強さを感じていたが、決して楽観できない透久那の病状を前に、スクナガキエタラというLBの言葉を消すことができなかった。
必死で透久那の病状回復の意図掛りを探している佐祐が、前触れもなくパソコンから流れてきた声に手を止め固まった。
佐祐ありがとう。
佐祐は僕が初めて見つけた友達。
宝物なんだ。
人と手を取り合って生きることや助け合うことを教えてくれた。
佐祐が逢いに来てくれたことが嬉しかったよ。
佐祐の顔を見て、僕の友達だって確信したんだ。
LBを僕に戻してくれてありがとう。
これからのLBを頼んだよ。
佐祐の体が震え始めた。
「透久那、何言ってんだよ・・・さよならじゃないよな・・・おい、透久那、透久那」
佐祐は成すすべもなく、モニター画面から静かに消えていく透久那の言葉を見送った。
そのころ、別荘では別れを覚悟したばっちゃまが透久那と話をしていた。
「佐祐は友達なんだ・・・会いに来てくれたんだ」
「そうか良かったなぁ・・・」
「LBのこと守ってくれるから」
「そっか・・・」
ばっちゃまは何も言わず透久那の瘦せた手を優しく摩り続けた。
「ばあちゃん、僕はママに会いに行くよ。ばあちゃん、教えて。ママは何のために僕を生んだの?どうして僕はこんなふうに生まれたの?ずっと考えていたんだ。こうなった理由は分かっているよ。リスクを冒してまで産もうとしたママの気持ちは分からない。自然交配はできない体だったのに、何故だろう・・・解析できないんだ」
ばっちゃまは動かぬ体を恨めしく思いながら、その想いを誰にぶつけることもなく生きてきた透久那の手に、年を重ねた手で優しく包んだ。
「ばあちゃん、寂しいか?寂しいときはLBがいるから慰めてくれる、ひとりぼっちにはならないよ」
「透久那・・・ばあもすぐに透久那に逢いに行くから」
「ばあちゃん、ママのところで待ってるよ・・・」
「そっか、透久那はもうママのところに行くのか」
「僕のこと、ママはわかるかな?・・・」
「分かるとも、親子なんだから・・・すぐに分かるさね」
「うん・・・」
安心したように透久那は静かに目を閉じた。
透久那が目を閉じたとき、透久那の旅は終わる。
茫然として、その事実を受け止められない佐祐にLBが透久那の最期を伝えた。
「透久那はもう直ぐママのところへ行くよ。佐祐、さよならを言ってね」
「LB・・・お前・・・何を言っている、透久那を助けてくれよ」
いくら待っても反応しないLBに佐祐はそれを透久那の意思だと理解した。
佐祐は泣き崩れるのを必死で堪えて透久那に届けとばかりに叫んだ。
「LB、透久那に伝えてくれ。透久那のこと忘れねえし、LBは俺が守るって。そいで楽しかったぞ、ありがとうって・・・」
「佐祐、分かったよ」
「伝えたよ」
LBが透久那の声で応えた。
「透久那が、透久那が・・・逝ってしまう・・・」
佐祐は我慢しきれず机に伏して泣いた。
そんな2人を残し部屋の外に出た成彦は、廊下をゆっくりと歩いてくる思兼の姿に片手を上げた。
「透久那さんは時間の問題のようですね。・・・LBの意思は確認できましたか?」
相変わらすの感情のない思兼の声。
「LBの意思・・・どうだろう・・・」
成彦は曖昧な返事を返す。
「・・・では、早速確認しましょうか・・・」
思兼はにこりと笑い、成彦の返事を待たずにサーバー室のドアを開けた。




