命の章 ~ 授命 ~ 守ってあげたい・・・あなたの思い出
許可できません
半蔵門は岩堤から待機の指示を受けた。
「お願いします。これを透久那に届けてください」
倉庫で作業を手伝っていた半蔵門は、USBを差し出し、必死に頭を下げる佐祐に困惑していた。
内容がはっきりしない物です
佐多さんに渡すように伝えてください
半蔵門に再び岩堤から指示が飛ぶ。
「佐祐さん、私は・・・お引き受けできません」
何度断っても、佐祐は半蔵門に頭を下げ続ける。
「これが透久那の願いなんです。透久那が・・・命が・・・尽きる前に届けてほしい」
半蔵門は佐祐の視線を避けて、体の向きを変えた。
「半蔵門さんにしか頼めません。透久那を守ってください」
それでも引かない佐祐に、半蔵門は胸にあふれる熱いものを吞み込み、目を閉じた。
「許可が下りないのです。私にはどうしようもありません」
そう答えたが半蔵門は震えていた。それは不安や恐怖からではなかった。
武者震い。
体が引き受けろと言っていた。
天候が不安定 危険です
半蔵門の感情を察した岩堤から、繰り返し指示が飛んでくる。
「天候が・・・雪が・・・」
言いかけたが、半蔵門の手はそれを受け取っていた。
警告、服務違反です
そのとき、雄介と並び状況を見ていた成彦が半蔵門に近づいて行った。
そして、雄介はその成彦を止めるために後を追い、身構えた。
成彦に気づき、一歩前に出て指示を仰ぐ半蔵門の瞳には強い決意が見えた。
「呼ばれたんだな・・・半蔵門・・・俺が許可する」
「ありがとうございます。私・・・この中にある思い、必ず届けます」
「気を付けて行け」
成彦はスマホを取り出し倉庫の奥に歩いて行った。
背を向けて離れた成彦の後姿を確認した佐祐は、半蔵門に耳打ちした。
半蔵門は一点を見据えたまま聞き終えると、佐祐に向き直り深く頷いた。
「約束します。必ず届けます」
「必ずです、半蔵門さん、お願いします」
半蔵門は大きく息を吐き、胸に仕舞ったUSBを確認すると、バイクに乗り走り出した。
一方、別荘のリビングで待機していた思兼は、成彦から連絡を受け指示車両に向かった。
「半蔵門はこっちに向かいましたか?」
「俺が許可した」
「わざわざ許可したのですか?」
「内容は分からんが、到着時点でお前が受け取ればいいだろう」
「了解。しかし半蔵門は大丈夫ですか?3往復することになる」
「そうだな、心配だが止められない状況だった」
「総佐祐はどうですか?何となく手こずっているように見えますが」
「そう見えるな・・・」
「曖昧ですね。LBはどうですか?意思を持っていますか?」
「さあなあ、USBが鍵のようだ。また連絡する」
「・・・なにか、引っ掛かってますか?」
「ああ、LBの奴はかなり手強いな・・・」
「おや?悩ましげですね。しかし相手は無機質な機械ですよ。キルシステムを使えばON、OFFで片が付く。リセット出来る」
「・・・そうだな。・・・半蔵門が到着したら、USBの件連絡くれ」
「了解した・・・」
思兼はぷつッと切れたスマホを眺め、歯切れの悪い成彦に首を捻った。
そのとき、モニター画面を見ていた野崎が思兼を呼んだ。
「思兼さん、心さんが駐車場に到着しました」
「驚きですね、半蔵門並だね」
「バイクで戻ってきたようです。凄いですね・・・」
野崎は防犯カメラに映る心を脅威の目で追った。
心は別荘に入り、真っ直ぐに透久那の部屋に向かった。
「透久那・・・ばっちゃま、おじちゃん」
「心、戻ったか」
「どうなった?佐祐は?」
「研究所に行った。半蔵門という人がUSBを届けてくれるらしい。佐祐さんが透久那に会わせるように連絡をくれた」
「雪が降ってきてる・・・いくら彼女でも、かなり厳しい」
「信じるしかない」
「そうだね、信じて待つしかない・・・」
透久那の手にそっと手を添えた心の肩を、ばっちゃまが擦った。
「よく戻ったな、心・・・コーヒーを飲むか?」
「ばっちゃま、透久那がもしこのまま・・・」
小さく首を横に振った心を、ばっちゃまは優しく抱きしめた。
「透久那は大丈夫だよ、心が戻ったからな。透久那の側にいておくれ」
「うん・・・」
心は透久那の側に座り、頼りなげに肩を落とした。
そのころ、研究所では半蔵門を送り出した佐祐がLBに話しかけていた。
「おい、LB、透久那が俺を友達だと言えば、腹割ってくれるんだよな」
「どういうことだ?・・・」
「あのUSBは透久那の声っす・・・」
「透久那の声・・・」
「あれを透久那のパソコンに繋がないと、LBは俺を受け入れない。透久那の声が必要っす・・・」
「・・・」
LBの中に潜む透久那の想い。
「佐祐、頼むな。守ってくれ・・・」
しばらくして、事代に事の成り行きを話し終えた成彦が戻ってきた。
「USBが早く透久那さんに届くといいですね」
「佐多さんが許可してくれたから、ありがとうございました」
「成さん、俺もお礼を言いたい」
「雄介までバカ言うな。俺の仕事だ」
「佐多さん、雄介さんは成さんって呼ぶんですね。俺も成さんって呼んでいいすか?」
「そりゃあ、いい。いいよな、成さん」
「成さん、俺のこと総さんじゃなくて、佐祐って呼んでください」
「お前らなあ・・・」
成彦は苦笑しながらも頷いていた。
宿命というものは繰り返されるのか。
昇・・・俺を試しているのか?いや、お前はそんな奴じゃないな。救ってくれるのか・・・
ヤキモキとする心をよそに、静かに時間が流れていく。
そんな静寂を破り事代が飛び込んできた。
「佐多さん、子供たちの様子がおかしい。総さん、LBはどうなっていますか?」
青ざめた表情の事代に、成彦は組んでいた腕をほどいた。
「すべての子供たちの数字が低下しているんだ。止めなければ・・・」
佐祐は子供たちの管理モニターを開いた。
「・・・変化はありません・・・」
「どういうことだ?・・・」
事代はモニター画面を覗き込んだ。
その画像は事代が管理室で確認したものとは違っていた。
「警報が点滅していない。どっちが本当なんだ?」
佐祐が悔しそうに振り返った。
「今はLBに入れないので・・・」
「なんてことだ」
佐祐の言葉に事代がため息をつき、首を振った。
「半蔵門さんはあとどのくらいで別荘に着くんだ?」
雄介が成彦に尋ねた。
「俺には分からん」
「分からんって、本当は分かってるんだろ」
成彦も岩堤からの連絡を待っていた。
岩堤は半蔵門の目を通して、その道を共に走っているはずなのだ。
そんな成彦に岩堤から連絡が入った。
半蔵門 事故 連絡が取れない
「いったい、何なんだ?」
成彦は軽いめまいを感じた。
秀・・・
「成さん・・・大丈夫か?」
成彦の様子に雄介が近寄ってきた。
「・・・半蔵門が・・・事故ったようだ」
「ううう・・・」
佐祐は唸り、雄介は成彦に詰め寄った。
「間違いないのか?確かなのか?」
だけど、成さん・・・何で分かったんだ?
「・・・連絡が途絶えた。雄介、心配ない。すぐに救助に向かうはずだ」
その一報は指示車両の思兼にも伝わっていた。
「半蔵門は気絶していて、事故の現場周辺の情報が取れない。野崎、場所の特定は?」
「はい、わかりました。ここです。意外と近くです」
「ベン、救助・・・」
「でも、近辺に道がありません。車は入れません」
思兼に野崎が慌てて叫んだ。
「どこを走って・・・」
思兼はモニター画面に、信じられんとばかりにため息をついた。
「ベンは近くまで行き待機、指示を待ってください」
思兼の指示に車から出ようとしたベンの足が止まった。
走行再開、継続可能
思兼とベンは、再び走り出したバイクをモニター画面で確認した。
「5分後に到着します」
「ベン、迎えに行き、半蔵門を後部シートで休ませて下さい。USBは私が預かり届けます」
「了解」
ベンは車外へ出た。
「野崎、USBのコピーに時間はどのくらいかかりますか?」
「さほど・・・物によりますが・・・」
「そのつもりで準備を・・・」
え?という表情を隠して野崎はモニター画面に視線を戻し、監視カメラの画面に切り替えた。
「半蔵門さんが到着しました。こちらへ向かっています」
だが切り替わった監視カメラに、ベンに連れられた半蔵門が指示車両を通り過ぎる姿が映し出された。
「困りますね・・・半蔵門」
急ぎ追いかけた思兼は、玄関近くで半蔵門を呼び止めた。
「そんな体で無理はいけない。一旦車で体を休めなさい。USBは私が届けましょう」
「・・・私が頼まれたことです。直接渡すと約束しました・・・」
半蔵門はきっぱりと拒否した。
「しかし・・・」
動くたびに襲ってくる身体の痛みを隠して、思兼を真っ直ぐに見据える半蔵門の気迫に、思兼は肩にかけた手を離した。
「そうですか・・・」
思兼は先に玄関のドアを開けた。
するとリビングで待ち構えていた心が、ベンに代わり半蔵門を支えて透久那の部屋に入ろうとした。その心の後に当然とばかりに続く思兼を大黒の身体が遮った。
「思兼さん、先ほどもお願いしましたが、ここから先はご遠慮願おう」
「いやいや、大臣、先ほどと状況が違ってます・・・LBに関するものを我々がお届けした。我々は内容を確認しなければなりません」
「心、中に入りなさい」
大黒は心と半蔵門を部屋に入れて静かにドアを閉め、ドアの前に立ちはだかった。
「思兼さん、私は、約束は守りますよ。子供たちが新しい病院でLBに守られて過ごせるのなら、他には何も望まない。あとはあなたたちの計画通りになさるとよい。但し透久那については家族内々のこととして、今後も一切立ち入らないでいただこう。よろしいな」
「・・・そうですか、契約を守っていただけるのであれば問題はありません。今後、何についても不服の申し立てはなさらない。それを本日付で改めて確認させていただいたということでよろしいですね」
大黒は返事をせずに思兼の鼻先でぴしゃりとドアを閉めた。
「岩堤さん、ということです・・・」
直ぐに岩堤から連絡が来た。
了解 半蔵門に逐一報告、情報収集を指示
一方、半蔵門は部屋に入り透久那の姿を見た途端、溢れる涙を止めることができなかった。
後ろで大黒がドアを閉めた音がした。
半蔵門はライダースーツの胸ポケットからUSBを取り出した。
「これを・・透久那さんに・・・」
半蔵門はばっちゃまに見せた。
「私が直接手渡しするように言われました。よろしいでしょうか?」
心と大黒は顔を見合わせた。
「佐祐さんがそう言ったのですな。どうぞ」
大黒が頷くと、心は透久那の瘦せた小さな手を布団の中から出した。
「私は・・・必ず透久那さんに手渡しすると約束しました。だから・・・」
半蔵門はホロホロと流れる涙を手で拭いながら、足を引きずって透久那に近寄った。
「透久那さん、佐祐さんからです。確かに・・・渡しましたよ・・・」
半蔵門は透久那の手を包み込み、そっとUSBを握らせた。
その透久那の手から伝わる体温を感じた瞬間、半蔵門の脈拍は急上昇し、全身の血が逆流したかのような頭痛が襲って来た。
小動物が目の前に現れた。
避けようとして転倒した。
意識が遠のいていくのが分かった。
気がつくと何もかも忘れていた。
その目的さえも思い出せなかった。
周辺情報を知らせるように言われても動けなかった。
動悸が激しくなり、パニックになりそうだった。
思わず胸を押さえた。
指に何かが触れた。
胸ポケットに仕舞った約束。
思い出した。
佐祐さんに頼まれ、私の意思で引き受けた仕事。
忘れてはいけない。
責任もって届けなければ・・・
あのとき、私を信じてくれる人が言ったこと。
何一つ忘れてはいけない。
半蔵門はそれだけを思って起き上がり、再びバイクを走らせた。
別荘に着くと思兼が待ち受けていた。
「透久那に必ず手渡してください」
USBを預かるときに言われたこと。
私は約束を忘れていない。
だから半蔵門は思兼の指示を毅然とした態度で拒否した。
心は透久那の傍らに立ちすくむ半蔵門に異常を感じて声をかけた。
「半蔵門さん、大丈夫ですか?座りませんか?」
「大丈夫です。何ともありませんから」
その声に我に返った半蔵門は、平静を保ち透久那からそっと離れた。
記憶に残せないはずのものがはっきりと記憶されている。
半蔵門はそのことに内心戸惑い、恐怖さえ感じていた。
心は呆然とする半蔵門の手に優しく触れた。
「半蔵門さん、ありがとうございました。怪我をしてまで透久那の思いを届けてもらえて、感謝しきれません」
「私は・・・約束したから・・・守ってあげたいから・・・」
「?・・・まもって・あげたい?」
「まあ、心。半蔵門さんのお陰で、無事USBが透久那の元に届いたんだ。本当によかったよ。今、ばっちゃまが透久那とLBを繋いでるから」
大黒が半蔵門に腰掛けるように椅子をすすめた。
「おじちゃん、ばっちゃまはいつの間に出て行ったんだ?」
「ばっちゃまの特技だな、気配を消して動く・・・」
「あ、戻ってきた・・・」
するとドアが開き、ばっちゃまがコーヒーを持って入ってきた。
「ほらね・・・半蔵門さん、ゆっくりしてコーヒーを・・・そうだ、足を見せて」
勧められた椅子に座っていた半蔵門は慌てて立ち上がった。
「大丈夫です。大したことない・・・」
「座って、怪我してるのよね・・・外傷ではないわ」
心は無理やり半蔵門を座らせ、半蔵門の足に触れた。
「左に転倒したんだな・・・」
「・・・」
「あんたやっぱりすごいな。上手い転び方だ。少し休めば良くなる、コーヒー飲んで」
勢いに押されて半蔵門は心の成すがままになっていた。
「これで少しはましになったはず」
ゆっくり足を動かしてみると、確かに痛みが和らいでいるように思えた。
「ありがとう・・・」
半蔵門が呟くと、心がにっこりと笑った。
「心、USBをほれ、差し込んで・・・」
「そうだね、ばっちゃまいくよ」
透久那の枕もとのパソコンが起動した。
「ば・あちゃ・ん」
パソコンから声が聞こえた。
「・・・」
言葉が出ない。
半蔵門は目を見張り、目を閉じたままの透久那を見た。
「透久那、うんうんみんなが助けてくれたよ。よかったなあ、ほんとによかったなあ」
ばっちゃまがその声にこたえると、大黒も心も目頭を熱くしていた。
「半蔵門さん、ありがとう」
透久那の声がパソコンから聞こえた。
「私に・・・ありがとう・・・なの?」
「僕のことを忘れないで・・・」
「忘れたくない・・・でも・・・私」
「できるよ、大切な人を見つけられるよ。その人が一緒に生きてくれる・・・」
目を閉じたままの透久那を見詰める半蔵門の目に涙があふれた。
半蔵門はこの奇跡を忘れたくないと願った。
その涙の中に希望が見えた。
半蔵門は目を閉じた。
「透久那さん、ありがとう。私・・・これで失礼します・・・」
引き止める心に半蔵門は一礼して、静かにドアを閉めて出て行った。
ここに居たい。透久那さんの側なら・・・私は思い出を作れる・・・
でもこれ以上透久那さんの姿を情報として曝すわけにはいかない。
イレーザーでなければ今を生きれない私。
でも、今を生きれなくなっても透久那さんの思い出を守ってあげたい。
半蔵門は思兼の待つ指示車両には戻らず、バイクに乗り透久那のもとを去った。
半蔵門が離脱したと思兼と成彦に岩堤から連絡が入った。
その報告に思兼の決断は早かった。
「撤収です。一旦本部に戻り、佐多の報告を待ちます」
「了解、半蔵門さんは・・・」
「先に本部に戻ったでしょう」
「・・・」
「君はベンと本部へ向かってください」
そして思兼は研究所へと向かった。
12月の島根は寒いのでしょうね。皆様、今から冬本番です。
寒さに負けずご自愛くださいませ。




