命の章 ~ 授命 ~ 守ろうとする・・・お前にかける
佐祐は再び半蔵門とともに奥出雲へ向かっていた。
高揚感・・・
今は怒りに似た感情に変わっていた。
寒風を受けバイクを走らせる半蔵門の肩越しに、目に焼き付いた透久那が浮かぶ。
透久那は俺を待っていた。
佐祐は生身の透久那に会って、残された時間がないことを実感した。
透久那は背負った運命を宿命だと受け入れていた。
終焉のときを知りながら、身動きの取れない体でLBを必死に守ろうとしている透久那に、佐祐の心は痛んだ。
その痛みの中に不信感が生まれた。・・・透久那の苦境の元凶はイレーザーの存在。
確かに、俺を探し出して透久那に会わせてくれたイレーザーには感謝している。
だが、それはイレーザーの目的のためだった。
イレーザーがLBに手を出さなければ、透久那はこんなに追い詰められなかった。
そんなイレーザーへの不信感を募らせる佐祐を乗せて、悪路をひたすら走り続けたバイクの前に突如のどかな風景が広がり、そこに3階建ての建物が現れた。
建物の横には大きな倉庫があり、数人が作業をしている。
半蔵門は建物の前にバイクを止めた。
佐祐は切羽詰まった状況なのに、ゆっくりと流れるその場の空気に不思議な感覚を覚えながらバイクを降りた。
そしてヘルメットを外したとき、透久那の声が聞こえた。
「LBを信じて・・・」
目を薄く開けていることも厳しい透久那が、擦れた声で佐祐に託した最後の言葉。
俺は何があろうとイレーザーからLBを守らなければならない。
「半蔵門さん、あんた、イレーザーって仕事に疑問を持ったことはないか?」
ヘルメットを手渡す佐祐の真っ直ぐな視線が、ほっとした表情の半蔵門を刺した。
半蔵門は一瞬身を硬くしたが、その表情からは何も読み取ることができなかった。
無反応。そうか・・・あんたもあいつらと一緒か?
あの高ぶりは何だったんだ?
あんたと別荘に向かったとき、俺はあんたを信じていいと思ったんだ。
無表情の半蔵門に、佐祐の微かな期待が消えた。
それ以上話すことなく、佐祐は半蔵門に一礼して、古びた看板を掲げた生化学研究所に入っていった。
去り際の佐祐の視線が半蔵門の胸を締め付けた。
その視線が含んだ思いを察した半蔵門だったが、寂しげな笑みを湛え、佐祐が建物に入るまで見送った。
私は記憶することができない。
あなたのことも3日も経つと忘れてしまう。
体が覚えた手続き記憶。
私は身に付けた記憶だけを頼りに、岩堤さんの力を借りることでこの仕事を続けてきた。
そんな私は、今を生きるためにイレーザーでいるしかない。
イレーザーの仕事・・・疑問すら忘れる私は過去に何をしてきたのだろう。
私は思い出というものを持っていない。
だから思い出を守ろうとしている透久那さんを助けたい。
透久那さんの思い出を守ってあげたい。
「でも・・すぐに忘れる・・・ごめんね・・・」
半蔵門は悔しそうに呟いた。
そんな思いを添えて佐祐を見送ったあと、半蔵門は俯き加減で倉庫へ向かった。
そこでは何人かの人が農機具の手入れをしていた。
半蔵門は気を取り直してバイクを倉庫の隅に止めると、手伝いを買って出た。
「バイクをしばらく止めていいですか?代わりに仕事手伝います」
「ああ、いいとも。あんた、手伝えるのか?」
「得意ですよ、機械いじりなら」
「きょうは泊りか?」
「後で出雲に行きます」
「そりゃあ・・・大変だ」
「?・・・」
「この雲は雪になるよ」
半蔵門は暗くなり始めた空を見上げた。
「ほんとうだ・・・」
憂鬱な空に半蔵門はため息をついた。
ポンと両掌を合わせて手伝いを始めようとした半蔵門は、突然鳴り響いた隣の建物の非常ベルに、倉庫から外へ飛び出した。
時を同じくして、火災を知らせる警報がけたたましく鳴り響いたのは、佐祐が出迎えた事代と佐多とともに地下へ降りるエレベーターを待っていたときだった。
「LBが」
咄嗟に階段で地下へ向かおうとした佐祐を事代が止めた。
「総さん、LBは大丈夫です」
「?・・でも・・・」
「火災の場合のLBの防火設備は徹底しています。とにかく避難しましょう」
上階から十数人の職員と思われる人々が降りてきた。
その流れに押されて、成彦と佐祐も建物の外へ避難した。
全員の避難を確認した事代は、状況把握のために建物管理室へ向かった。
残った成彦は建物の全容を眺めて首を傾げた。
火災?・・・
数分で警報は鳴りやみ、事代が戻ってきた。
「誤報です。ご安心を。火災は発生していません」
結果を聞いた佐祐は我先にと建物に入り、エレベーターに乗り込んだ。
職員はそれぞれの部署へ戻り、佐祐たちもLBの待つ地下のサーバー室へ向かった。
事代がBF2を押した。
佐祐はもどかしそうに降りていく数字を追っていた。
地下2階に着くと事代は虹彩認証を2度行い、佐祐をサーバー室に案内した。
途中には休憩室があり、自由に使っていいと言われた。
「佐多さん、総さんのことを頼みます。子供たちの状況が気になりますので管理室に戻ります。総さんLBをお願いします。何かあれば、このインターホンを使って連絡してください」
サーバー室入り口のインターホンを指さしたあと、事代は佐祐の手を握りしめて頭を下げた。
そして頷いた佐祐に頷き返し、事代は地下1階の管理室へ戻っていった。
残った成彦とサーバー室に入った佐祐は、おおっと声を上げ、特殊なガラスに囲まれたLBに嬉しそうに駆け寄った。
「よし、LB、ゲームの続きをやろう」
佐祐はカクッと肩を鳴らし、早速モニターの前に座った。
成彦はそんな佐祐に言いようのない懐かしさを覚えた。
数分経った。
佐祐の顔が曇っていた。
「どうかしましたか?」
「変なんです。LBにアクセスできない・・・」
「ほう・・・」
「透久那が、パスワードは名前と日付だと言っていた。日付は俺がスクナと出会った日。
名前は透久那か俺だと思っていたけど違った・・・」
「・・・他に候補は?」
「思いつくのは・・大黒さん、心さん・・・事代さん?」
口にしながら佐祐が入力した全ての名前をLBは冷たく拒否した。
佐祐は立ち上がって成彦に距離を置いて、LBの前に立った。
「LB、ゲームのつもりか?遊んでる暇はないんだぞ・・・」
返事をするはずもないLBに真顔で話しかけた佐祐に、成彦はさり気なく聞いた。
「LBが拒否をしているのですか?」
「分かりません・・・」
「あなたにLBを託したいという透久那さんの意思とは異なっていますね。この拒否はLBの意思だと思いますか?」
「LBの意思・・・そんなこと今はどうでもいいしょ」
佐祐は成彦にイラついた顔を露骨に向けた。
お前らのせいだろうが。
LBは透久那のすべてを守ってんだ。
俺はそれを読み取り、透久那の命を救う手がかりを見つけるんだ。
お前らのためじゃない。
でも・・・進めない。LBにアクセスできない。
透久那・・・どうしたらいい・・・
LB・・・お前・・・俺を認めないのか?
いや、透久那はLBを信じろと言っていた。
諦めない。
LB、俺はお前を信じるからな。
お前も俺を信じろ。
佐祐が再度モニター画面に向かおうとしたとき、サーバー室のドアが静かに開いた。
「雄介さん・・・」
佐祐の驚いた声に、振り返った成彦も思わず声を上げた。
「雄介・・・」
そこには憤然とした面持ちの雄介が立っていた。
「成さん、なんでここに居るんだよ」
つかつかと近づいてきた雄介に、成彦は背を向け天井を見上げた。
「お前か、火災の誤報は・・・」
「・・・俺はやってね」
成彦は物言わぬLBに視線を移した。
LB、お前か?そう思わずにはいられなかった。
雄介は冷めた態度の成彦に詰め寄った。
「あんたここで何してんだよ」
俺はなぜここに居る?と成彦は思わず自問した。
「・・・仕事だ」
まるで他人事のように素っ気なく答えた成彦に、雄介は掴みかからんばかりの勢いで食って掛かった。
「人の人生を勝手に変えるのがあんたの仕事か?透久那やLBが何をした?透久那は人助けこそすれ誰かに迷惑をかけちゃいない。何も知らんくせに、何の権利があってデカい面してここに居座ってんだ」
佐祐が慌てて止めに入った。
「雄介さん、落ち着いて。とにかく今はLBにアクセスできないのが問題なんすよ」
「・・・佐祐・・・」
雄介は成彦を睨みつけたまま一歩下がった。
「関係している人を入れたけど・・・LBが拒否するんす。くそ、他に透久那の知り合い・・あっ、雄介さんも関係者だ」
佐祐は勢い込んでモニター画面に向かい、雄介と打ち込んだ。
ERROR
ゆっくりと文字がモニター画面に浮かんだ。
「LB・・・」
佐祐の肩が力なく落ちた。
「佐祐、大丈夫か?」
「LBが、いや透久那は何か考えがあってこんな面倒なことをしている」
「透久那がか?」
眉をひそめた雄介を茶化すように、モニター画面の文字が震えて消えた。
佐祐は大きく肩を回し、ため息をついて、モニター画面から雄介に顔をむけた。
「ところで雄介さん、ここにどんなふうに入ったんすか?」
「おお、地下の入り口で様子を見ていたら、警報が鳴ってドアが開いた。出てきた人は警報に気を取られていたし、階段の入り口に認証システムみたいなもんがあったけど、機能してなかったから俺は簡単に入れた」
「そうすか。・・・偶然すかね?・・・」
首を傾げた佐祐に、成彦がそれとなく尋ねた。
「佐祐さん、LBが誤報を仕組むことはできますかね?」
「え?LBならできますよ。まあ仕込むのは透久那すよ・・・でも、うん?」
佐祐は雄介の顔を見た。
「LBが雄介さんをここに呼んだ?」
「どういうことだ?」
「理由は分からんすよ。何か目的がある」
「だけど・・そんなことできるのか?透久那はLBを操作できないだろ」
「ゲームと一緒すよ。最初に透久那が幾つもの選択肢を設定しておき、状況の変化に合わせてLBが判断して先に進む。だから雄介さんがここに呼ばれたのも理由があるっす。くそ、分からねえ・・・」」
佐祐はもどかしそうにLBを眺めた。
「佐祐、焦るな。LBは透久那だ。お前ならやれる」
成彦は少し離れて2人の会話を聞いていた。
佐祐に昇が重なった。
ふと、成彦はLBに問いかけたことを思い出した。
LB、君は何がしたいんだ?俺に何をしてほしいんだ?
LBは理解できないと高を括っていた。
俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
LBほどのAIなら、設定さえしていれば透久那さんの思いどおりに事を運ぶことは可能だ。
ここに呼ばれたのは雄介だけではない。・・・俺もだ、LBに呼ばれた。
成彦はLBの前に立ち、目を閉じると秀の絵がパラパラと脳裏で捲られた。
透久那さんが・・・いや、秀が託したのか?
俺がここに居る理由は・・・LB、そうなのか?それが透久那さんの意思なんだな?
成彦はおもむろに口を開いた。
「佐祐さん、私の名前はサタナルヒコ。入力してみてください」
成彦にとって現実として到底受け入れられないことでも、今の成彦は試さずにはいられなかった。
成彦の唐突な申し出にキョトンしていた佐祐は、雄介に肩を掴まれ、はっと我に返った。
「まさか・・・」
疑いながらも佐祐は成彦の名前を慌てて打ち込んだ。
RESET OR END
ようやくLBにログインしたが、モニター画面に浮き上がった文字に、雄介は戸惑いの表情で、成彦はまたかというあきれ顔で、そして佐祐はしたり顔でその文字を凝視した。
「まったく、LB、ゲームしてる暇はないって言ってるだろ」
そして佐祐は肩を鳴らしキーボードを打った。
BEGIN
途端に画面が数字の羅列に変わった。
あっけに取られる成彦と雄介に、佐祐は親指を立てもう一度カクッと肩を鳴らした。
「佐祐、上手くいったのか?」
「ああ、大丈夫っす・・・」
佐祐が集中するときに見せる癖のある後ろ姿に、雄介は胸を撫で下ろした。
「コーヒーでもどうだ?」
「・・・」
そんな雄介に声をかけた成彦は、返事を待たずにガラス張りの休憩室と言われる部屋に入っていった。
サーバー室と隣り合わせのガラスの部屋。
警報が鳴り響く中、雄介が地下1階に降りると、廊下を挟み研究室がずらりと両側に並んでいた。
さらに階段を地下2階に降りていくと、右側には倉庫と会議室、正面にサーバー室、そして左側は廊下に沿ってブラインドに隠された全面ガラス張りの部屋があった。
数分後、気を静めた雄介はその部屋に入った。
向かい合ったソファーがあり、テーブルにコーヒーが用意してあった。
「ここは透久那さんが過ごした部屋らしい・・・」
ソファーに座っていた成彦が視線をコーヒーに落としたまま呟いた。
雄介は成彦の対面を避けてソファーに座ると、ゆっくりと部屋を見回した。
天井の高い部屋をゆったりと動く空気の流れを感じていた。
窓のない壁には何枚かの海景の絵が掛けられていて、その穏やかな海の絵は一定の間隔を取り、連なっている。
部屋の空気が動くたびに、海面も合わせて動いて見えるのは何か特殊な技法なのか・・・
透久那はこの絵を見ながら海を懐かしんでいたのだろうか?
雄介はコーヒーを手に取り一口飲み、顔を上げた。
そこにはあのころと変わらない成彦が座っていた。
久しぶりの再会に、昇と過ごした日々がそれぞれの胸に蘇っていた。
思い出の中の昇が笑っている。
不思議なことに、コーヒーを飲み終えたころには雄介の成彦へのわだかまりは消えていた。
「成さん、イレーザーの仕事が重要なことは分かっている。でもLBのことは考え直してほしい。成さんがイレーザーを止めてくれないか?」
「・・・雄介」
成彦は雄介から目を逸らし、返答を避けて立ち上がった。
そんな成彦を追った雄介の目に、廊下を走っていく佐祐の姿が映った。
「佐祐・・・どうした?」
雄介は部屋を飛び出し、成彦もそのあとを追った。
投稿が大変遅くなりました。
この後透久那と佐祐の物語は透久那との別れ、LBの生末とラストへと進みます。
今後ともよろしくお願いいたします。




