命の章 ~ 授命 ~ 守って見せる・・・友達なんだ
さすけという名前に聞き覚えがある心は、その人物が雄介の友とする人物なのかを確認するため竹林庵に戻った。
竹林庵に到着し、時計を見ると7時10分前。
静まり返っている竹の中を半蔵門がバイクで飛ばす。
雄介の身体の動きを止めてから2週間ほど経っている。
雄介は目覚めているだろうか?
身体の起動スイッチがオンになりさえすれば雄介は目覚める・・・
目覚めなければ間に合わない。
「雄介、起きたか?」
心は竹林庵に着くと、叫びながら雄介の部屋に駆け込んだ。
「雄介・・・」
芽唯が雄介のベッドの脇に心配顔で立っている。
「雄介、起きてくれ、さすけから連絡が来るんだよ。さすけしか透久那を助けられないんだ」
心が揺さぶっても雄介は目を覚まさない。
「雄介、頼むよ、なんとか起きてくれ・・・」
がっくりと肩を落とし、よろよろと雄介から離れた心に代わり、芽唯が雄介に近寄った。
「ゆう・す・け・・・」
声を発した芽唯に心は驚きを隠せなかった。
「芽唯・・・話せるの・・・話せるようになったのか・・・」
芽唯が何度か雄介の名前を呼ぶと、雄介は何の前触れもなくがばっと起き上がりキョトンとした顔で周りを見回した。
「雄介、目が覚めたか、良かった。雄介、さすけから連絡が来るんだ」
「なんだ?どうした?・・・芽唯・・・心、何で?」
「携帯はどこだ?時間がない、7時なんだ」
混乱している雄介に代わり、芽唯が枕元の棚の中からスマホを取り出し、心に差し出した。
心は芽唯の行動に目を見張った。
一点を見つめる集中力が半端じゃない。
「芽唯、ありがとう」
心はスマホを受け取り、すぐさま電源を入れた。
その途端にスマホが震えた。
間に合った。
「もしもし、さすけさんか?」
知らない女性の声にスマホの相手は息をひそめた。
「切らないで、雄介に代わるから」
電話の相手を透久那の友だち佐祐だと判断した心は雄介にスマホを渡した。
「どうした?佐祐、元気か?・・」
一方的に話す佐祐に、自身の置かれている状況が分からず、心の反応を見ながら返事をしていた雄介だったが、心が代われと言っているのを見て取っていた。
そんな中、半蔵門が顔を出した。
「場所の特定ができた。意外と近い。迎えに行って別荘に向かう。電話は切らずに、経緯を話したうえで私が行くことを伝えてほしい」
心は、雄介からスマホを受け取った。
「佐祐さん、透久那を助けてほしい」
何があったかと尋ねる佐祐に、心は透久那の状態とLBとの経緯を話し、透久那に会いに行ってほしいと頼んだ。
すると佐祐はふたつ返事で別荘へ向かうことを承諾した。
雄介は心の話を聞いてようやく透久那の切羽詰まった状況を把握した。
「ところで、心・・・なんで俺は竹林庵で寝てんだ?」
「雄介、ごめんな。あのときは透久那やLBを守ろうとしてくれたのに。止めようとちょっと強く押したから・・・あいつらは本気だったんだ」
「あいつらって?」
「イレーザーだよ」
「おう、佐祐が消しゴム屋とか言ってたな。今の人もそうなのか?でも何で透久那やLBが消されんだ?」
「LBがすごいAIだからだよ・・・」
「いいのか?消されても・・・」
「良いわけない・・・佐祐さんに掛かっている・・・」
「なら大丈夫だ、あいつは透久那やLBを守るよ。あいつは甲賀の忍者だ。仲間を見捨てない」
「雄介、私は透久那の別荘に戻る」
「お前・・・」
「研究所の倉庫にバイクがあるから、それで半蔵門さんと来た道を戻れば、速く着く。雄介、研究所には事代のおじちゃんがいる。一緒にLBを守ってくれ」
「え?・・・」
「今の研究所は、LBはイレーザーに占領されてんだ」
「・・・」
「佐多成彦っていう男がLBを見張っている」
「佐多成彦?・・・そうか・・・」
「じゃ、雄介あとは頼んだ。あ、芽唯、ありがとな、またな」
「心、お前本当に大丈夫か?」
事の展開に驚きを隠せない雄介に、心は手を振って別荘へ向かった。
見送ったあと、何とか立ち上がった雄介の腕に、芽唯の手が触れた。
「ゆ・う・すけ」
その声に振り向いた雄介に、感情を取り戻した芽唯が微笑んだ。
「そうだった、芽唯・・・話せるのか?そうなのか、頑張ったんだな、そうか、そうか、よかったなあ」
芽唯の顔を遠慮がちにのぞき込む雄介に、芽唯が再起を宣言するように告げた。
「ゆ・う・す・け」
薄氷の上に今にも壊れそうに立っていた芽唯が、目の前で微笑んでいる。
この芽唯の命も透久那が守り助けてくれていたんだ。
「成さん、あんたは俺を助けてくれた恩人だ。だけどイレーザーだというあんたが俺の大事なものを消すというなら、俺は命をかけて阻止する。ばっちゃまや芽唯のために透久那を守って見せる」
雄介は柔らかい朝の日差しの中に昇を思い出した。
「昇・・・」
傍らで微笑む芽唯が、誰?という顔をした。
「俺の親友だよ、大切な友達・・・だったんだ」
雄介はこくりと頷いた芽唯の肩をやさしく抱いた。
何があっても透久那に会って約束を守るという一心で島根に向かった佐祐は、透久那と作り上げたゲームに導かれるように、雄介から聞いていた竹林庵のある奥出雲にたどり着いた。
LBの用意したアプリを使い、佐祐は透久那と旅をしてきた。
例え仮想の空間であっても、真剣に取り組まなければ透久那が消え、佐祐が命を落とすシーンが幾度となく現れる。2人でその難関を乗り越えた。そして佐祐と透久那はお互いを理解し合い、受け入れ、友情という絆を築き、確信していった。
だがその命の星のゲームが終了間際になったとき、佐祐には理解できない文字が画面に唐突に現れた。
RESET OR END
「何だ?」
選択を求めている・・・こんなページ透久那は用意していたか?
佐祐は首を傾げたが、時を告げるアラームに気づき、スマホに目を移した。
7時が近い。
毎朝7時と決めて雄介に連絡を入れている佐祐は、車の外へ出た。
明るくなった駐車場でゆっくりと伸びをした。
スマホを開き、雄介という名前に触れた。コール音を手のひらが、数える。
3回コールと決めていた。
今まで雄介が電話に出ることはなかった。
もう少し待つ・・・
だが居場所を知られるのは避けたい。
仕方ないと首を振り、佐祐はスマホを見つめた。
寸前に繋がった。
勢い込んで叫びかけた。
「ゆうす・・・」
知らない女が出た。
切りかけた佐祐に切羽詰まった声が届いた。
「切らないで、雄介と代わる」
そして佐祐は津宮心と名乗った女の話から、透久那の危機を知った。
ようやく雄介と連絡がついてほっとしたのも束の間、透久那が危篤だという。
意識がないという透久那。
俺が行けば目覚める。
透久那は俺を待っている。
友達なんだ。
そして佐祐は津宮心に言われるまま、迎えに来た半蔵門という女のバイクに乗った。
道なき道を行く半蔵門にしがみつき、佐祐は興奮していた。
透久那に会いに行く。
だが、それだけではなかった。
バイクを転がしている半蔵門の波動が背中越しに伝わってくる。
この興奮に佐祐の血が踊り、魂が雄たけびを上げていた。
遠い遠い記憶が、この高揚感を呼び起こしている。
すべてをかけて成さねばならぬことを見つけた。
巡り巡ってたどり着いた俺の使命。
「透久那、今行くから待ってろ」
そのころ、別荘では大黒の本心を図りかねている思兼に、半蔵門が佐祐との接触に成功し、別荘に向かっていると岩堤が伝えてきた。
だが、思兼はそのことを大黒には伝えずに指示車両に向かった。
「どのくらいで半蔵門は到着する?」
「20分ほどです」
「岩堤さん、今すぐ佐多に連絡を入れるように伝えてほしい」
思兼は大黒の態度に、腑に落ちないものを感じていた。
LBの明け渡しについては決定事項として進めている。大臣という立場を持ってもそれは覆せない。大黒はLBについてキルシステムを使わずに、国の管轄に置きたいというこちらの狙いを見抜いているのか?
佐多を通して垣間見たLBの意思・・・いやLBの意思と思われるもの。
それが表に出れば、LBの存在は完全な有事案件となる。それは避けるべき。
有事案件とすることが大黒の狙い?
だがキルシステムを使いたくないのは大臣も同じ・・・
今となって、大黒が透久那というLBの開発者の存在を、これほどまでに強く絡めてくるとは・・・
LBとは単なる人の作ったAIで、ものでしかない。
なのに、なぜ我々はLBの意思にこだわらなければならないのか?
佐祐という人物の登場・・・そして津宮心・・・思兼は首を捻った。
完全なままのLBを消し去るがごとく手に入れる。それが今回の任務なのだ。
LBの意思?
佐多はどう感じているのか?
そのころ、研究所では思兼との連絡のために建物の外へ出た成彦が、火のついた煙草をぼんやりと見ていた。思兼と進捗状況の確認を終えた成彦だったが、沈む気持ちを持て余していた。
イレーザーの目は岩堤と直結している。
だだし、岩堤が読み取ることができるのは10秒間静止されたものだけなのだ。
瞬きをすれば岩堤は画像として読み取れない。
それによりイレーザー各自のプライベートは守られているのだが、日常の中での事案についての報告義務の否かは、各自の判断に任せられている。
成彦は秀の絵の存在をひたすら隠してきた。
だが、この状況で頻繫に秀の絵の存在がちらつく。
大黒の説得のためにその絵を手段として使ったが、絵そのものを見た者は限られている。
やむを得ないとはいえ、巻き込んでしまった卯月の存在。秀の絵は彼女にとって特別なものになっている。今さら手を引くはずがない。
だが秀の絵には終わりがある・・・隠し通せるか?
俺は卯月を守れるだろうか?・・・俺自身から・・・
思いを巡らしながら、ぶらぶらと竹林を歩いていた成彦は、竹が覆いかぶさり少し薄暗い広場に出た。
すると目の前に現れた大きな岩の上で、座禅を組む男の影に足を止めた。
ゆっくりとその影が立ち上がった。
成彦の脳裏で秀の絵が弾けた。
その男は岩からひらりと降りると成彦の前にストンと立った。
「おう・・・雄介、元気だったか?」
「・・・何が雄介だ、成さん、あんたイレーザーって奴らの仲間だったんだな」
「・・・」
「噓でも違うって言えよ」
「言ってどうなる?」
「どうにもならねえな・・・昇は帰ってこねえし、ルナもあんたが飛ばしたんだろ。ルナを見送ったときに思った。あんたは最初から知ってたんだ。テラさんのことも、俺が何をしようとしているかも、八神会が絡んできたことも。そんときにはっきり言ってくれれば・・・昇は今も俺のそばにいた・・」
成彦は物悲し気な目を雄介に向けただけで、何も言わずその言葉を受け止めていた。
「そして・・・なんだよ、今度は透久那を消すのか?透久那は俺たちにとってかけがえのない存在なんだ。ばっちゃまや芽唯を守ってくれてんだよ。俺はあんたとやり合いたくねえ。やり合えば本当に昇が消えちまう・・・昇と生きた時間が無しになるんだ。成さんとのことも・・・」
雄介を止めるように成彦のスマホが着信を知らせた。
スマホを確認した成彦は、雄介に一言も声を掛けずに背を向け、スマホを耳に当て研究所へと歩き始めた。
「成さん・・・あんた何がしたいんだ・・・」
去っていく成彦の後ろ姿に掛けた雄介の声は、竹のざわめきに消えていった。
成彦と話し終えた思兼が指示車両に戻ると、5分後に佐祐が別荘に到着すると半蔵門から連絡が来た。
急ぎ部屋に戻り、思兼が佐祐の到着を伝えると大黒は、自ら部屋を出て佐祐を出迎え、挨拶もそこそこに透久那の部屋に通した。
佐祐は部屋に入るなり透久那の姿に気も留めず声をかけた。
「透久那、待たせたな、佐祐が来たぞ」
透久那のそばに駆け寄った佐祐に、大黒が椅子を勧めた。
どかっと座ると、佐祐は透久那に顔を寄せて話し始めた。
「透久那、ゲームは命の星まで行ったぞ。LBは俺を試しやがった。RESET OR ENDどっちか選べって言ってきやがった。リセットもエンドもねえだろう。これからが俺たちの本当の旅の始まりなんだから。次は誕生だろうが、起きろ透久那。どうやるか考えようぜ」
強い言葉とは裏腹に、佐祐は目に涙を溜めて透久那の手を取っていた。
すると数分後、透久那のパソコンが静かな音を立てて起動した。
その様子に、大黒はばっちゃまに顔をほころばせ頷き、ばっちゃまも嬉しそうに何度も相槌を打った。
一方、大黒に佐祐との面会のすべてを仕切られた形の思兼は、大黒の肩越しに微妙な変化も見逃すまいと透久那の様子を注視していた。
そんな思兼の視線をさえぎるように大黒は振り向いた。
「思兼さん、透久那に大切な友達との最後の時間を過ごさせてくれ。私も、ばっちゃまも席を外す。君も遠慮してくれ」
「しかし大臣・・・」
「思兼さん、LBについてはあなた方の条件を飲みましたが、透久那個人についてはその限りではありませんからな。ここからは透久那のプライベートな時間で、LBの件とは無関係だ。故に君たちに介入する権利はない」
有無を言わせない態度の大黒に、思兼は従うしかなかった。
「総さん、透久那を頼みます」
大黒は佐祐に声をかけ、思兼に退出を促し、急かすように出ていった。
「透久那、友達が来てくれてよかったなあ、佐祐さん、透久那はずっと待ってたよ、来てくれるって信じてたよ」
ばっちゃまは佐祐の肩をポンと叩くと、ニコニコと笑いながら部屋を出ていった。
しばらくして話し終えた佐祐が部屋から出てきた。
「透久那がばあちゃんを呼んでます。大黒さん、俺は研究所に行きます。半蔵門さんに頼めますか?」
「頼めますかな?思兼さん」
「もちろんです。駐車場で待機していますから、研究所へ行くと伝えてください」
「ありがとうございます」
佐祐は大黒と思兼に頭を下げると、駐車場へ向かった。
「僕がいる間にLBと友達になって」
佐祐は透久那の声を聴いた。
たどたどしく擦れた声だった。
僕がいる間とは、残された時間がないのだ。
「透久那、LBは守るからな。安心して待ってろよ」
佐祐は途中で立ち止まり、振り返ると透久那に誓った。




