命の章 ~ 授命 ~ 守ってほしい・・・託す
別荘のリビングでは野崎が持ち込んだパソコンを前に、大黒と心が首を傾げた。
RESET OR END
サーバー室を出たという事代に、思兼は大黒のスマホから連絡を入れ、状況を説明した。
そしてLBの管理放棄に備えて対策を講じるよう、病院医師たちに伝えてほしいと頼み込んだ。
だがインサイド自体に反対していた事代は、LBの管理放棄という言葉に反発して電話での説明に納得せず、思兼はその説得にてこずっていた。
「LBは透久那さんではありません。LBが自分の意思を持っているとしたら、子供たちに危害を加える可能性があります」
それでも事代は受け入れない。思兼の表情が厳しくなった。
「確認などの行動は・・・落ち着いてください。LBへのこちらから接触は避けてください」
事代がプツンと電話を切った。
「まずい・・・」
スマホを大黒に渡し、首を横に振った。
「私が話してみよう・・・」
しかし何度かけても、事代は大黒の電話にさえ出なかった。
行き場を無くしたそれぞれの焦りが無言の圧力となり、リビングの空気は重苦しいものに変わっていた。
その後、事代からの連絡はなく、時間は刻々と過ぎていった。
心は息苦しさを跳ね除けるように勢い良く立ち上がり、思兼を睨みつけた。
大黒がどうしたとばかりに心を見上げた。
心の怒りの矛先が思兼に向いたとき、見計らったように、ばっちゃまがコーヒーを運んできた。
「まあ、コーヒーでも飲んで一息ついて。ほれ、心、思兼さんにほれ」
ばっちゃまは大黒の前にコーヒーを置くと、穏やかな顔を心に向けてコーヒーを乗せたお盆を差し出した。
「ばっちゃま・・・」
「心配はいらん・・・ばあは透久那のそばに居るから。心、落ち着いてよく考えてなあ・・・」
「ばっちゃま・・・」
ばっちゃまが透久那の部屋に戻ると、心は思兼の横に座り素直にコーヒーに口を付けた。
「甘っ、おじちゃん、ばっちゃまのコーヒーはいつもこうだね」
「甘いなあ・・・」
「でもおいしいです」
思兼の眉間の険しさも緩み、甘いコーヒーを飲み干した。
コーヒーを飲み終えた大黒のスマホに着信があった。
事代からだった。
「研究所は大丈夫なのか?サーバー室はどうなっている?」
大黒が思兼に変わるように合図した。
「思兼さんと変わるから、そっちの状況を教えてくれ」
思兼は立ち上がり、厳しい表情でスマホを受け取り、さり気なく心に背を向け距離を置いた。
事代の情報では、LBが管理している子供たちのうち数人に異常が発生しているが、今のところ命に係わる状況ではなく、LBの管理に問題が生じたことに気づいていない病院側は、何が原因なのか掴めていないため、最悪の場合を想定して最善を尽く準備をすると言っているそうだ。
「とにかく事代さんがサーバー室に入る場合は、子供たちのことや連絡を取り合っていることには触れないようにしてください。このことは佐多にも伝えますが、くれぐれもLBの前で不用意な発言はなさらないようにお願いいたします」
思兼は会話を終えると、会釈してスマホを大黒に返した。
「事代さんはご理解くださったようですね。これで子供たちは何とか守れるでしょう」
思兼の表情から険しさが消えていた。
「さて、あとは透久那さんの友達を探さなければなりません」
「友達?」
「ゲームを進めている人物でしょう・・・何者かは分かってはいるのですが、居場所が特定できないのです。」
「名前は?」
「総佐祐」
「そうさすけ、さすけ?」
心がおうむ返しに呟いた。
そのとき、大黒に事代から連絡が入った。
「思兼さん大変だ。ゲームの進行とともに、具合の悪い子供たちが増えているらしい」
そう聞くなり、心はすぐに透久那の部屋に駆け込んだ。
「ばっちゃま、透久那は大丈夫か?」
「どうした?・・・変わりはないよ」
胸を撫で下ろした心は、透久那の枕元にへなへなと座り込んだ。
「具合の悪い子供たちが増えているらしいんだよ。LBのせいなのかな?透久那のせいじゃないよね」
「透久那はそんなことしないさ、LBもしない」
「ばっちゃま、透久那は私をずっと支えてくれた。なのに私は透久那が大変なのに何にもできない。今、透久那が望んでいることも分からない。私は透久那を守りたいのに・・・」
「心・・・透久那は、心が透久那って呼んでくれるだけで幸せだったんだよ。心は透久那が生きていることを知っていたひとりだからな、それだけで透久那は生きてこれたんだよ」
「・・・」
「人はなあ、いつも生きてるぞってな、叫んでいるんだ。いろんなことしてな。誰かに気づいてほしくてなあ、そして誰かが見ていてくれることが分かると安心するんだよ」
「そうだね・・・私もそうだった。透久那が見ていてくれたから。透久那は初めての友達だったんだ」
ばっちゃまが心を支えて立つように促した。
「透久那は今も心の大切な友達なんだろ。透久那もそう思っているよ」
こころはこくりと頷き、そっと透久那に触れた。
「透久那・・・」
その途端にめまいがした。
さすけ・・・さすけ・・・さすけ?
聞いたことがある名前だった。
その名前がグルグルと心の脳裏を巡っていた。
あのとき、研究所に入ろうとした雄介が、さすけの大切な友達がいると言っていた。
さすけの大切な友達はLBのこと。
透久那が会いたがっている友達がさすけ。
そのさすけをきっと雄介は知っている。
壁を挟んだリビングでは、徐々に近づくゲームの終了に合わせて増えていく体調を壊す子供たちの人数に、思兼と大黒が成すすべもなくパソコンの画面を食い入るように見ていた。
そんなリビングに興奮した表情で戻った心に、大黒が顔を上げた。
「心、透久那は大丈夫か?・・・」
「おじちゃん、私は竹林庵に行く。事代のおじちゃんに竹の防御を止めるように連絡して」
「心、どういうことだ?なんで竹林庵に行くんだ?」
「さすけを探す。思兼さん。竹林庵にいる雄介がさすけという人を知っているかもしれない」
「雄介?あの青年ですね。あのとき、彼はさすけという人物の代わりにLBを守ろうとしたのですか?さすけが連絡を取ろうとしている人物。・・・あり得ますね。心さん、それなら半蔵門に送らせます。駐車場に行ってください。タイムリミットは7時です。1時間しかありません。さすけにたどり着いてください」
心は別荘を飛び出し、駐車場に走り出した。
「透久那・・・待ってろ、お前の友達を連れて戻るから」
心が叫んでいた。
「こっちだ」
駐車場に着くと、特殊なバイクに跨った半蔵門が手招きした。
「私は半蔵門。竹林庵まで最短距離を行く。かなり荒れるがいいか?」
半蔵門からヘルメットを受け取り、即座に答えた。
「問題ない。半蔵門さんに任せる」
心は、半蔵門にすべてを託して奥出雲に向かった。
心が竹林庵に向かった後、大黒は事代に連絡を入れ、竹の防御を解くように指示した。
「思兼さんこれで問題なく心は竹林庵に入れます」
「ありがとうございました。心さんの勘が当たっていればいいですね。ともあれ今できることをしましょう。手をこまねいていればゲームが終わってしまいます」
思兼はそう言いつつ、ふと、もの言いたげな大黒に気づいた。
するとここぞとばかりに大黒が口を開いた。
「思兼さん、事を収めるということは難儀なことですな。私もイレーザーの役目は立場上理解しております。それを承知の上で、今回我々は君たちの手のひらに乗ったのですわ。握りつぶされようが払い落されようが覚悟をしておりますがね・・・だが同じ道を歩きながらの策略の見え隠れは不愉快ですな」
その指摘に、思兼は膝をそろえて大黒と向かい合った。
「大臣、お気づきでしたか。隠そうとしたわけではありません・・・実はLBのメッセージには前文がありました。スクナガキエタラボクハイラナイ、ダカラミンナモイラナイ。そしてタビガオワルトミンナキエルと続いていました。心さんや事代さんのLBへの信頼を考慮して、すべてをお伝えするのを控えました。透久那が消えたらと聞けば、心さんは冷静ではいられないでしょう」
「そうですな、確かに心は透久那のことになると我を忘れる。あのようなことをLBがいうなんて信じないでしょうな。そもそもあの子はあなたたちを信用していない。あなたたちの策略だと疑い、必死に透久那を守ろうと抵抗するでしょうな」
「心さんは手強い。争いは避けたいのです。ご理解ください」
「心は諦めを知りませんからな。こうと決めたらだれも止められない」
「承知しています。ですが大臣、まずはさすけという人物を探し出すことが先決ではありませんか?さすけという人物が見つかれば、透久那さんにとってもLBにとっても救いになると思われませんか?」
大黒の穏やかな口調の中に脅しともとれる駆け引きを感じとった思兼は、LBの意思の有無という話題を避けようとした。
イレーザーの仕事は有事に対して事なきを得ること。必要ならば人間の存在さえもないものとして事を収める。
だが大黒の大臣という立場をもってすれば、有事を有事として明るみに出すことができるのだ。LBの存在を公にすればLBを守れるのだ。
大黒はそれを承知で切り込んできたのだ。
冷静を保ちながら、思兼は大黒の出方を待った。
そんな思兼の思惑に気づかぬふりをして大黒の言葉が、思兼の胸ぐらを掴んだ。
「思兼さん、LBは透久那とは別の意思を持っているとお思いかな?」
思兼は一瞬ぎくりとした。
大黒はどう思っているのか。読めない・・・
「・・・私は、LBは透久那さんの代弁者だと思っています。LBは透久那さんだけではなく、あがらえない宿命を負って生まれた管理下にある子供たちの悲しみや苦しみを読み取ったのではないでしょうか?」
「読み取ること、それはLBの意思とお考えか?」
「LBの意思・・・ではありません。単に学習したのだと思います」
「それではあのメッセージはLBの意思ですかな?」
「ミンナガキエル・・・ですか?」
思兼は大黒から視線をそらし自分の手元に移した。
「ゲームとして捉えているのではないでしょうか・・・」
LBをたんなるAIだとする思兼の一貫した答えに、大黒は沈黙した。
思兼は視線を大黒に戻した。
「ただ、あくまで仮定ですが、もしLBが意思を持って子供たちの命を盾にこのような脅迫めいたことしているならば、透久那さんという存在を失ったときLBはどのように変化するのでしょうか?私には予測ができません。・・・そうなると押さえの利かなくなった場合は、LBに対して国としてはキルシステムの導入は避けられません。子供たちの情報のみをタウンの病院のサーバーに移したあと、LBは危険な媒体としてキルシステムにより消滅されることとなるでしょう。これはあくまでLBが意思を持ったと仮定してのことですが・・・しかし、これはAIの単なるゲームでしょう。AIが己の感情を持つなどないでしょうから」
「国の方針・・・LBの危険性・・・」
大黒は天を仰ぎ、目を閉じた。
そのころ、研究所では成彦が刻々と迫る最後のゲームの終了に、不安を押さえてゲームの分析をしていた。
規則性が見られない難易度が高いゲームだ。
どこにでも存在するありふれた街並みの中で平凡な生活を送る人々。
その人々の中で日常を旅する2人。
だが、その町中至る所に突然モヤモヤと現れる白い影。
その影と接触するとその部分が赤くなり、何度も接触を重ねれば全身が赤い靄に覆われる。
そしてそのアバターは消える。
白い影との接触を避けて目的の場所へ向かうという簡単なゲームなのだが、とにかく白い影の出現の予測がつかない。
運任せに近いゲームなのだ。
成彦はそんなゲームのモニター画面に流れる人々の日常に、ふと目が止まった。
なんとなく秀の絵に似ている・・・
だがオロチはいない・・・
白と赤・・・人は色分けされていない・・・
思い過ごしだ。
あの絵の中に透久那の姿を思わせるものはなかった。
だが、なぜ秀の絵を思い出すんだ?
そんな考えを振り払おうとする成彦の目に、頭部を残し、全身が赤い靄に包まれた透久那と思われるアバターの追い詰められた悲しげな姿が映った。
「おいおい、待ってくれ・・・」
思わず呟いた成彦だったが、次の瞬間、啞然とした。
突然モニター画面がフッと消えたのだ。
RESET OR END
その再び表れたその文字に、成彦は後ろを振り返えらずにはいられなかった。
静かに変わることなく存在しているLBの姿に、成彦はため息をついた。
卯月ならばこんなとき、本気でこいつに話しかけようとするんだろうな。
「LB、君は何がしたいんだ?俺に何を望む?」
そう問いかけたあと成彦はクスリと笑い、何も答えないLBに肩をすくめた。
「答えるわけないな。どうかしてるなおれも、あいつの悪癖が移ったみたいだ。LB、笑っていいぞ」
バカバカしいと苦笑いをLBに向けた成彦に、心が竹林庵に向かったという情報が届いた。
「雄介?あいつは竹林庵にいるのか?」
雄介の登場に驚いている成彦の耳に、再びあのキーボードを叩く音が聞こえた。
成彦が振り向くとモニター画面にゆっくりと一文字ずつ浮き上がってきた。
キルシステムキエル
「キルシステムを使うなと言うのか。透久那さんなのか?それともLBの意思なのか?」
成彦はモニター画面を前に信じられない面持ちで立ちすくんだ。




