命の章 ~ 授命 ~ 守れるの?・・・LBは問う
透久那の脳波計が正常に戻ると、思兼は見るからに怒りを押し殺している大黒を残し、庭先の駐車場に待機中の指示車両に向かった。
その途中で成彦からの連絡にはインサイドの中止を伝えたのだが、電話を切ったあとに成彦の一言が引っかかった。
LBの意思ではないのか。
思兼は即座に否定したが、今となっては可能性としてあり得ないことではないと思い始めていた。
指示車両に入ると、倉岡の報告を受けていた野崎が慌ててヘッドフォンを差し出した。
「思兼さん、倉岡さんです」
通信に必要な器材が並ぶ車内に倉岡の声が流れた。
ヘッドフォンを受け取ると、指示を出した。
「本部と佐多に情報共有」
倉岡の報告に愕然としていた車内は静まり返った。
そんな中、野崎が叫んだ
「バイナリーコードはさ・す・けです」
「さすけ?」
思兼がおうむ返しにその名前を呟いた。
「さすけという人物はLBと接点がある人物です。以前より名前が上がっていました」
「野崎、その人物の居場所の特定を急げ」
「了解。しかしスマホの位置情報を調べて、当初より居場所の特定を行っていましたが、使用してもすぐに電源が切れるので追い切れていません。今回も難しいかもしれません。ただ決まった時間に電源が入り、同じ番号に連絡を入れていますが相手の応答がないので追跡ができていません」
「決まった時間は何時だ?」
「午前7時です」
「そのまま特定を続けてくれ」
「了解」
思兼は透久那の別荘に戻る途中、岩堤からのメッセージに足を止めた。
スクナガキエタラボクハイラナイ
ダカラミンナモイラナイ
タビガオワルトミンナキエル
これは何だ?
LBからのメッセージ
ゲームの結末が関係していると思われる
佐多、武美と共有し、対処されたし
LBの意思・・・
成彦のつぶやきが思い出された。
思兼が透久那の部屋のドアを開けると、大黒と話をしていた心が振り向いた。
心は胸騒ぎがして様子を見に来たと言う。
「倉岡さんのことは聞いた。インサイドは中止したんだな。失敗したのか?透久那の脳波が乱れたことも聞いた。透久那はインサイドでダメージを受けたんだ。透久那がこのまま目覚めなければ、私はあんたらを許さない」
飛び掛からんばかりの勢いの心を大黒がなだめた。
「心、話を聞こう」
「大臣、心さん、透久那さんには問題ありません」
「・・・噓つけ・・・信じられない」
「問題は倉岡の方でした。大臣もあのときの状況を目撃されています。そして今連絡が入り、倉岡が意識を取り戻しました」
「それで倉岡さんは何って言ってるんだ?透久那を助ける方法は見つかったのか?」
大黒も身を乗り出した。
「残念ですがそれは難しかったようです。透久那さんの無意識の領域は無限に広く深かったそうです」
「・・・」
「これが、倉岡が限界まで粘って知りえたことです。そうではなく、透久那さんが教えてくれたことと言った方が正しいでしょう」
思兼は倉岡の報告をコピーしたものを心に渡した。
「菌叢・・・種族、年齢、生活環境、食物で変動する。増殖のない感染・・・レトロウイルス・・・トリガー的なバクテリア。隠していた遺伝子の発動。トリガーのバクテリアを持つ完成体の発現。バイナリーコードに書き換えていた。記憶の底が見えず、まるで深海のような圧迫」
心は大黒とその1枚の紙に記されている内容から、透久那の思いを汲み取ろうと何度も読み返した。
「透久那・・・」
紙を持つ心の手が微かに震えていた。
「心さん・・・」
声をかけた思兼を見透かしたような視線で一瞥した心は、顔を反らし、真一文字に口を閉じ、透久那を見つめた。
しばらくすると心はゆっくり振り向き、鋭い視線を思兼に向けた。
「あんた、何隠してる?」
そのころ研究所では、2人の少年の物語が進んでいた。
火の星という3番目のステージで、激しい戦いが繰り広げられていた。
事代の説明によると、この星では身体が小さいほど戦闘能力が強く、チャンピオンと呼ばれる者は10歳前後の身体つきをしていたらしい。
2人は力を合わせてそのチャンプに挑み勝利したのだが、事代は強靭な肉体の強さは透久那のあこがれだと言っていた。
孤独で小さなチャンピオン・・・成彦はそこに透久那の姿が重なり、胸が詰まった。
透久那の姿を見ていなければこんな思いはしないであろうに・・・
事代は透久那の隠された思いに気づいているのだろうか?
ゲームは次に進み、黄金の星というステージが始まった。
貧富の格差がテーマらしい。
富の象徴の黄金を貧しい町に移し替えて、貧富の差を失くさなければならない。
貧しさ故に悪事に手を染めていく人々を助けていく旅。
これは欲望と無縁に生きてきた透久那の純粋な憂いなのだろうか?
成彦は、まるで愛しい我が子の冒険を見るようにゲームの進行を見守っている事代の背中をまじまじと見た。
スクナガキエタラボクハイラナイ
ダカラミンナモイラナイ
タビガオワルトミンナキエル
このメッセージの存在を事代は知らない。
LBが起動したとき、事代はLBの管理を受けている病院に連絡を入れて、全員の状態を確認するために退出していた。そのタイミングでLBはこのメッセージを送ってきた。
成彦にはそれが意図的に思えた。
それに加えて事代がその子供たちの情報を打ち込むためにパソコンの前に座ったとき、次のゲームがスタートした。そのとき、成彦は事代が開こうとしていた内容に興味を持っていた。それをLBは止めたのだ。これも偶然ではないと成彦は感じていた。
LBはゲームの結末が子供たちの管理に影響することを知られたくないのか?
だがLBはなぜ俺だけに見せた?
LBが子供たちを見捨てることはない・・・と事代は言っていた。
もしLBが見捨てたならば・・・ミンナキエル
成彦は背後の物言わぬ存在に寒気を感じた。
透久那の部屋で心の気迫に押され判断を迫られていた思兼に、成彦の懸念が届いた。
思兼は決断した。
「心さん、あなたは透久那さんのゲームの結末をご存じですか?」
「・・・今のこの状況に何の関係がある?話を逸らすな」
「タビガオワルトミンナキエル・・・LBからのメッセージです」
心はふんと笑った。
「まだ、ごまかすつもりか?LBはそんなメッセージは送らない」
「こんな状況で何をごまかすと言うのですか?これは佐多からの情報です」
「佐多さん?・・・」
思兼は事代に電話を掛けようとする心を止めた。
「心さん、事代さんへの連絡は控えていただきたい」
心は手を止めた。冷静な思兼に焦りが見えた。
「理由は?」
「説明しましょう」
思兼は、成彦の懸念と予想される研究所の現在の状況を話した。
「サーバールームはLBの管理下に置かれています。LBが我々の行動を監視している可能性があり、我々はLBが自分の意思を持っていると考えています。LBが透久那さんの思いとは別の判断や決断をする可能性を危惧しています」
「LBが監視している?だから連絡をするな?ふん、あんたらは連絡しあってるじゃないか」
「・・・それは我々の独自の情報網を使っています」
「・・・」
心は思兼を睨みつけたまま、行き場のない怒りで体を震わせていた。
「心さん、もし我々の判断どおりならば、ゲームの終了と同時にミンナガキエル・・・なのですよ。それは透久那さんの命の限界が近いということです。このことはLBがデータに基づいて出した結果なのではないでしょうか?残された時間はあまりありません」
「・・・」
思兼の言葉に衝撃を受けた心は、日記に綴られた透久那の言葉を思い出した。
透久那の悪い心を読み取ったLB。
透久那を残す方法がLB。
祈るように組んだ心の手が小刻みに震えていた。
大黒は顔色を失った心の肩を抱き、静かに横たわる透久那を悲しげに見た。
「心、もう一度この人たちを信じてみないか?」
涙をためた目で大黒に頷いた。
そして心はゲームの内容を簡潔に説明した。
成彦は時計を見た。
午前3時を過ぎていた。
岩堤からゲームに関する情報が届いた。
思兼情報共有
ゲームは7ステージで完了
残りは光の星 風の星 命の星
命の星については内容が不明
そのときゲームは光の星に進んでいた。
モニター画面には花の咲き乱れる美しい世界が広がっている。
光をまとう、きれいごとの街と泥の中に真実が埋もれている街
光で隠された噓を見つけ出し、真実に光を当てなければならない。
成彦にはこのゲームが何かを示唆しているように思えた。
事代はこのゲームは透久那のあこがれだと言っていたが、成彦はなぜか違和感を否めない。
成彦はミンナガキエルというメッセージを事代に伝える機会を見計らっていた。
だが、LBは成彦の行動を想定していると考えると、LBの監視下のこのサーバー室では会話はもちろん、筆談さえできない。
LBの管理下に置かれている子供たちは、成彦の行動が意思に反するとLBが判断すれば、同時に命の危機に陥ることになるのではないか。それはあってはならないことだが、ゲーム終了前に対策を講じることができるならば、最悪の事態は避けられる。
そのカギを握る事代は何時間もの間、ゲームの流れを追っている。
事代さんがサーバー室を出てくれれば、思兼が事を進めるはずだ。
成彦はLBに焦りを悟られないように腕組みをしたまま背を向けていた。
成彦の焦りをよそに、ゲームは風の星に進んだ。
荒れ狂う風に吹かれて、ままならない冒険者の進路。
自分の意思で進めないもどかしいゲーム。
まるで身動きの取れない我々の人生そのものだ。
闘わなければならないのは己の人生を歩くためと2人は悟り、幸も不幸も受け入れていく。
それが透久那の歩いた人生そのものだったのだろうか・・・
風の星が、穏やかな星に変わり2人は肩を並べて次の星へと進んだ。
暗くなったモニター画面に、成彦は深い深いため息をついた。
それを聞きつけたように事代が立ち上がった。
「佐多さん、少々席を離れます。何かありましたら内線電話でお知らせください。次のゲームが終わる前には戻りますから」
生真面目な顔で内線電話を指差して、成彦に会釈すると事代は部屋を出ていった。
これで思兼が事代に状況を伝えるだろう・・・
事代が部屋を出ると成彦は組んだ腕をほどいたが、その仁王立ちの姿は物言わぬLBの挑戦を阻もうと決意していた。
するとそれに答えるようにモニター画面に風の星のステージをクリアーしたと表示された。
いよいよラストのゲームのみ・・・成彦は声にせず吞み込んだ。
微かな機械音がLBの存在を成彦に意識させる。
LBの波動なのか、部屋の空気が震えている。
そんな部屋の気配は成彦に秀が動かない手で絵を書いたときを思い出させた。
そのときモニター画面に、唐突に、だが静かに文字が浮き上がった。
RESET OR END
LBのメッセージ・・・元に戻すか、終わりにするか・・・
何だ?
ゲームの終わりになぜ選択が必要なんだ?
しかし競技者ではない我々には選択はできない。
LBは誰に問いかけているんだ?
このゲームはLBではなく、別の誰かが進めているのか?
LBはその誰かに問いかけているのか?
さ・す・け・・・なのか?
成彦の目を通して得たその情報は、即座に岩堤から思兼に伝えられた。
そして、その情報が届いた透久那の別荘は騒然となっていた。




