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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
8/48

人工島 アート

「元気無いな、どうした?」


 埠頭で岸壁に腰を降ろし、ボンやりしているジュウイチにアルフが声を掛けた。


「別に……」


「始めてだったのか? 生き物を殺したのは……」


 顔を向けず、アルフは隣に座る。


「まあ、な」


 意識しなくても、ジュウイチは視界の焦点がボヤけていた。


「クソみたいな言い訳だが……殺らなきゃ、殺られていた。お前だけじゃなくて、アストレイアの全員と貨物船の乗員、全部な」


「ああ……」


 力が入らなかった。体中の気力が抜けたみたいで、頭の中は霧に覆われていた。


「なんかさ、その、なっ……ありがとな」


 照れた様にアルフが途切れ途切れに言う、勿論顔は背けたまま。


「えっ?」


 驚きが、ジュウイチに鳥肌を起こさせた。


「お前、胸を張っていいんだよ。お前のおかげで俺は今、生きてる。旨いメシも喰えるし、酒も飲める。皆、口には出さずとも感謝してる」


 顔を赤くしたアルフは、遠く水平線に向かって言った。ジュウイチの身体に、止まっていた血が巡り始める。罪悪感? 呵責? そんなモノが青い海と蒼い空に穏やかに薄まった。


 しかし、ジュウイチの胸の奥にはもう一つ引っ掛かるモノが確かに存在した。


「なぁ、もしもクジラがさ、もっと多く、十頭とかで攻めてきたら……」


 今思えば、そうなっていたら全滅は必死だった。改めてジュウイチは、背筋が凍る様な思いに包まれていた。


「そこなんだ、何故か奴等、船団の規模に合わせるんだよ。今回みたいに小規模の船団には少ない数で攻撃し、大規模船団でもそんなに大勢で攻めたりしないって聞いた……言われてみれば、不思議だよな」


 アルフも不思議には思っている事だった。


「もしかしたら、奴等の数は思う以上に少ないのかもしれん」


 急な声に二人が振り向くと、ドクが訳の分からん材料を満載したリアカーを引いて後ろに居た。


「何だよ、どういう意味だ?」


 嫌そうに睨んだアルフだったが、ジュウイチはハッとなった。


「奴等の進化はな、人に対抗する為じゃ。力を強くする為に大きくなり、武器にに対抗する為に皮膚が装甲みたいに硬くなったんじゃ……」


「人に対抗する為……」


 押し潰されそうな痛みが、ジュウイチの胸を締め付ける。


「何でそんな事が分かるんだよ?」


 フンと鼻を鳴らすアルフ。


「進化の目的は子孫を残す事なんじゃ。つまり生き残る為の妨害因子に対する耐性こそが、進化なんじゃよ」


「生き残るのに、最大の障害……」


 自分達の存在が、改めてジュウイチに覆い被さる。アルフは少しウンザリする様な目でドクを見た。


「初めに言った、数が少ないっての根拠は何だよ?」


「奴等は機械みたいに、初めからあの大きさで生まれた訳じゃないのじゃよ。あの大きさに成長する為には沢山のエサが必要じゃ。つまり数を増やすなら、エサになるモノも大量に必要な訳じゃ。世界中の海でも、そんな場所があるかどうかは疑問じゃ……楽園は殆んど人が壊してしまったからのぅ」


 ドクの言葉はジュウイチをまた追い込むが、溜息を付くと首を傾げた。


「つまり、数を増やすのは難しいってこと?」


「そうなるかもしれんのぅ、食物連鎖を自ら壊す事になる。それは恐竜の絶滅が証明しておるし、あの身体のまま数を増やすと言うのはのぅ、自ら絶滅に向かっている様なもんじゃ。じゃがな……その覚悟をしても、人を滅ぼしたいのかもしれんよ。種という個じゃなくて、生命体全体としてはな」


 ドクはそう言い残し、ヨロヨロとリヤカーを引いて何処かへ行った。長い時間、二人は無言のまま座り続けた。潮の混じる風が柔らかな太陽に混ざり、身体に照り付けた。


 ジュウイチもアルフも各自の考えを巡らせていたが、言葉に出し合う事はお互い避けていた。


 人に出来る困難な問題に直面した時の得意技? それは、先送り……時間が、なんとかしてくれるかもしれないと言う願望だった。


 だが、その逃げ道があってこそ人は立ち直り、生きて行けるのかもしれない。困惑を完全に拭えた訳じゃないが、穏やかな時間は絡み合い沈み込み複雑に混じり合った思考を、ゆっくりと、痛みを感じさせないくらいに曖昧にしてくれた。


「俺達が命懸けで守ったモノが、あれか?」


 埠頭に陸揚げされる”土”に、ジュウイチが久しぶりに言葉を漏らした。


「アートじゃ土は貴重品だ、土が無けりゃ農作物は出来ねぇからな」


 頭を掻きながらアルフが欠伸をした。ジュウイチは何だか釈然としない様に、眉をひそめた。


「水だけでも出来るって聞いたぜ」


「一部はな、でも多くの作物は土が必要さ。それに、偏った食生活は寿命を縮める」


 したり顔のアルフに、腕組みしたジュウイチが呆れた様に言った。


「でもさ、土を守る為に死にそうになるってのは……」


「それが俺達の仕事だ」


「そうなんだ、初めて知った」


 穏やかなアルフの言葉に、ジュウイチは他人事の様に背伸びをした。


_________________________



「港のハンガーに来いってさっ! レイラが探してたぞ」


 遠くからの呼び声、ジュウイチは面倒そうに片手を振ってハンガーに向かって歩き出す。アートは港の付近は人工物である工場や施設が集中し、中心部へ行く程に人工と言う言葉が薄れる。


高層建築は意図的に無く、それは何度も襲う神の領域に達する暴風雨に備えてであった。


 中心部は農地やその周囲の建物が続き、立ってる地面が鉄板やコンクリートなのを除けば自然の島と遜色は無い。今でも増設を続ける島は、自動車じゃなければ移動が難しいくらいに巨大になっていた。


 聞かなければ、この島の”土台”が数百の船だとは誰も気付かない。ただ、居住区の地下部分には面影は残っていた。


 何より複雑に入り組んだ内部(地下)は島の者でも、気を抜くと簡単に迷ってしまい、島以外の者が入ると何時間も迷うなんて日常茶飯事だった。


 アートと呼ばれる島は各地に存在し、その規模は様々で数千隻の船を土台にした”大陸”も小数だが存在した。


 けたたましい騒音を撒き散らす拡張工事の横を通り、ジュウイチは飛行機の並ぶハンガーへと入って行った。


 多くの艦戦や艦爆が並ぶが、新造の機体は少なくて旧式機が大半だった。どうせ解体寸前のロートル機だろうと、期待もせずにジュウイチは整備班長を探した。


「こっちだ!」


 男みたいな太い声がジュウイチを呼ぶ。整備班長のレイラは一応は女だったが、可愛い顔を除けば身体つきは完全に男のそれだった。


「レイラ、艦長の用意した機体はどれ?」


「何だい、気の抜けた声出して」


「そうかな」


 ジュイチは力なく笑った。


「これだよ」


 レイラは機体のカバーを外した。そこには陸上戦闘機みたいなスマートな機体があった、翼面荷重の大きそうな小さな主翼は、大きく上方に畳まれた状態だった。空冷エンジンのカウルは先が細く絞られ、太いプロペラは四枚だった。


 胴体の下には流線型のオイルクーラーがあり、如何にも速度重視という雰囲気が伝わる。多くの機体は鳥の攻撃からコクピットを守る為にガラス面が小さいが、この機体は大型のバブルキャノピーだった。


「陸戦じゃないのか? しかも複座か?」


 艶のある黒に塗装された機体は新造の様に新しく見えたが、やはりその機体形状が気になった。特に大きなキャノピーは複座をイメージさせ、覗き込むと狭い後部には座席は無かったが、隙間から床のラダーや壁面のスロットルが見えたた。


「元々は複座だったんだろうね。その証拠に操縦系は全てある、簡素だが計器類もあるんだ。座席さえ取り付ければ後席から操縦出来るよ」


 レイラの指摘にジュイチは首を傾げる。


「なんかそれって練習機みたいだね」


「練習機なもんか、コイツは艦戦だよ。主翼は畳めるし、ほら、着艦フックもある」


 平然とフックを指さすレイラは、ニヤリと笑った。


「空母じゃないんだぜ、飛行甲板もギリギリだし」


 ジュウイチは小さな主翼を横目で見る、どう見ても着陸緒元は低く見えた。だが、レイラはまた平然と言う。


「発艦はカタパルトがあるし、あれは軽戦車でも飛ばせるよ」


「着艦はどうすんだよ。着陸速度、メチャ速そうなんだけど」


 ジュウイチの脳裏に、オーバーランで海面に突っ込む姿が過った。


「まだ試してないからなぁ。でもさ、そんなのパイロットの腕次第なんだろ?」


 反対に聞いて来るレイラに、ジュウイチは溜息を付く。


「で、こんなエンジン見たこと無いだけど」


 エンジンカウルを持ち上げると、そこには複雑に入り組んだ補器に包まれたエンジンが威嚇するみたいにあった。生物の臓物を連想させる奇怪にも見えるその姿は、見方を変えれば期待感にも似た気分に包まれる。


 戦闘機は所詮、エンジンだというのがジュウイチの持論だったから。


「強制空冷、複列十八気筒。気化器は機械式インジェクションで複雑怪奇。推定だが、通常の三倍は出力が出てる。メチャクチなプロペラトルクがあると思う。見た目では分からないけど左翼が二十センチ程短くなっている、トルクを吸収する為に設計に苦労したんだろうね」


 心なしかレイラの顔が曇る。


「こりゃ、整備が楽しそうだ」


 笑ったジュウイチがエンジンを撫ぜた。レイラとは裏腹に、ジュウイチの胸はドキドキが止まらなかった。確かにこんなバケモノみたいなエンジンを付けた練習機なんて存在しない。


「空じゃ、エンジンの故障は命取りなんだ。昔とは違う……パラシュートは、命を守る最後の手段ではなくなったからね」


 言葉が沈むレイラ。今は空戦領域に一羽でも鳥が残っていれば、パラシュートの脱出は死と同義だった。


 鳥は消して見逃さない、綿毛みたいに宙を舞うモノが自分達の命を奪う、鉄の鳥を操るモノだと知っている――必ず、確実に切り裂いた。


「でも大変だね、機体の種類がバラバラで。統一すればレイラの負担も少なくなるのに」


 明るい声でジュウイチは言った。


「仕方ないさ、貧乏所帯なんだから。」


 レイラの顔に少し笑顔が戻った。


「信用してるから、レイラの腕」


 どんな小さな事にも手を抜かず、妥協という文字は無い徹底した仕事ぶりを見ていたジュウイチは、レイラも戦っているんだと何時も感じていた。


 休んでいる所なんて見た事が無い、いつ寝てるのかさえ分からない、そんなレイラを知ってるから笑顔でいられた。


「ふっ、ヒヨッコが生意気言って」


 口元を綻ばせ、レイラが吐き捨てた。


「ところで、いつ飛べる?」


「燃料は入ってる、直ぐに飛ぶかい?」


「勿論」


 ジュウイチは黒い機体を眩しそうに見た。



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