女神の救援
三号車と四号車を救援した後、エイトはハッチから出て大きく深呼吸した。周囲には狼と猿の死体が散乱し、残る硝煙が漂っていた。
「オットー、無線の修理は出来る?」
「なんとか……アンテナ折られただけですから」
無線の修理を指示したエイトは車外に出た。腕の痺れは取れ、腫れも引いている。
「大丈夫ですか? 腕」
「ええ、大丈夫」
オルガが俯きながら聞くが、軽く腕を振ったエイトは微笑んだ。
「他の車両も無線の修理を急がせて。直ったら出発よ」
「了解」
オルガはマルコと共に伝令に走った。折れたアンテナを針金で固定し、直ぐに無線は復旧した。オットーが無線の状態を確認し、周波数ダイアルを調整している時、突然電波を拾い直ぐに報告する。
「隊長、救難信号を確認しました」
「応答はある?」
「いいえ、信号だけです。呼び出しには答えません」
考えるエイトは、剰員の顔を交互に見た。
「救難信号です、直ぐに向かいましょう」
マルコは直ぐにエイトを見返す。
「応答が無いのが気になります……おそらく、もう生きてはいないかと」
オットーは声を沈ませた。
「俺も、そう思います」
イワンも続く。
「確認出来た戦車隊の車両は8両、残り2両は未確認です……しかし、この辺りは盗賊が出没します、罠の可能性も否定出来ません」
オルガは冷静に分析した。皆の意見を聞いたエイトは、ゆっくりと口を開く。
「可能性があるなら、私は助けに行きたい……無理にとは言わない……力を貸して欲しい」
「ったく……隊長でしょ? 命令して下さいよ。俺達、信じてますから」
呆れ声のマルコが笑った。
「行きたいんでしょ?」
イワンも苦笑いする。
「二時の方向、距離は約一万五千です」
オットーも笑いながら、諸元を報告した。
「燃料は問題無し、残弾も十分にあります。他の車両も燃料、残弾共に問題はありません」
オルガは的確に報告した。聞き終わったエイトは、襟を正すと命令を告げる。
「三号車と四号車の車長を呼んで。打ち合わせの後、救難信号確認に出発します」
「了解」
全員が一斉に返事し、準備に取り掛かった。
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「発信源まで後、二千です」
「停車、偵察に出る」
エイトは全車に停車を指示し、自ら偵察に出た。その場所は森の入り口付近で、夕暮れが近く近付かないと様子が見えなかった。低い体制でエイトは進んだ、続くのはオルガで自動小銃を二丁、肩から下げている。
近くの木陰から伏せたまま、双眼鏡で周囲の様子を探る。中隊の戦車二両は、森に入って直ぐの場所に確認された。
「人影は無いな……どう思う?」
「ハッチも開いてません、履帯も砲身も無傷の様です……でも砲がこちらに指向してますね、向こうから罠だと言ってます」
エイトの問いに、オルガは双眼鏡を覗いたまま答えた。
「盗賊の一番欲しいのは武器と弾薬、あの二両だけじゃ足りないみたいね」
作戦は既にエイトの中で出来つつあった、後は詳細な情報が欲しい。
「人数と配置を確認します」
オルガは自動小銃を一丁置くと、伏せたまま確認に向かった。何も言わなくても動いてくれる部下に、エイトは自然と笑顔になった。
暫くして戻ったオルガが報告した。
「敵は全部で十人。配置は二両の戦車に二人づつ、周囲の草むらに四人、残り二人は人質の見張りです。敵の戦力は装甲車二両、携帯武器は小銃と対戦車ライフルです」
「乗員は無事なのね」
「はい」
作戦は決まった。エイト達は、身を伏せながら元の場所に戻った。
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日暮れを待ち、進撃を開始する。距離が千を切ると、四号車から無線が入った。
「四号車、エンジン不調の様です」
「四号車はその場で待機、修理に当たれ。指揮車と三号車で救難信号を確認する」
オットーに指示したエイトは、ハッチから身を乗り出し双眼鏡で二両の味方戦車の様子を見る。一応、砲身の軸線からずらした位置で停車させると、三号車の乗員を含めた全員で銃を構えて近付いた。
「銃を捨てろ!」
エイト達が戦車に近付くと、草むらから飛び出した四人の盗賊が銃を突き付けた。エイト達全員は銃を捨て、手を上げる。
「まさか、全員で降りてくるとはな」
リーダー格の髭だらけの男が高笑いした。
「女もいますよ」
横の男も、嬉しそうに笑う。
「簡単だったな」
両方の戦車から顔を出した男達も笑いに加わる、その時遠くから戦車の轟音が響き渡った。
「仕方ない二両で我慢するか、あの一両は潰せ」
リーダー格の男が指示すると、エイト達に銃を突き付ける二人を残し戦車に乗ろうとした。
「今よ!」
エイトの号令で、乗ってきたエイト達の戦闘偵察車が二両共に動き出し、銃を乱射した。一瞬盗賊が怯む、エイトとオルガが銃を構える盗賊に飛び付き殴り倒した。そのまま二人は落とした銃を拾うと人質の居る場所に走った。
二両の戦車にはマルコやオットー、三号車の乗員が取り付き、乗ろうとしている男を殴り倒し、ハッチから発煙弾を投げ込む。
そして出て来た盗賊に銃を突き付けると、直ぐに縄で縛り上げた。
「うまく行ったな、見張りを残して隊長の後を追え」
戦闘偵察車から顔を出したイワンが指示する、三号車から顔を出した乗員も直ぐに救援に向かった。
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人質を見付けたエイトは懐から拳銃を抜くと、オルガに叫ぶ。
「援護して!」
「了解!」
直ぐに立ち止まり、オルガは銃を構える。スコープ無しでも、オルガは一発で人質に銃を突き付ける男の肩を打ち抜いた。
エイトはもう一人の男に突進する、乱射される銃弾が体を霞めるがスピードは落とさない。走りながら右手で銃を構えると、左手をそっと添えた。瞳が銀色の光を放つ、次の瞬間、拳銃は自動小銃並の発射速度で火を噴いた。
数発の弾丸は男の持つ銃に命中、男の腕から銃が飛ぶ、他の銃弾は男の腕や脚を致命傷にならない程度に霞め、あっと言う間に男は戦闘不能になった。
「全く……何なんですか、拳銃でその命中精度……」
走り寄るオルガが、立ち止まり銃を仕舞うエイトに呆れ声で言った。
「そうかしら」
平然としたエイトの横を抜けオルガは人質の方に走る、笑顔で首を捻りながら。
人質は無事解放され、盗賊達は縛り上げられた。
「お前ら! 騙しやがったな!」
縛られたリーダー格の盗賊が、エイトを睨んだ。
「ごめんね、四号車に一人だけ残して、後の二両には二人多めに乗ってたの。全員降りたと早とちりしたのは、あなた達だから」
「くっそう、こんな単純な手に……」
歯軋りした男が吐き捨てた。マルコが近付き、ニヤリと笑った。
「相手が悪かったね……鋼鉄の女神は強さだけでなく、知恵の女神でもあるんだよ」