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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
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海戦 CQB

「あんなので出るのか……」


 まだ最初の敵を掃討しきれないアネッサは、遠く母艦の傍で揺れる水上機に顔をしかめた。


『勇気があるって言うか、無茶っていうか。しかもドクの爆弾使うそうですよ』


 呆れたエリーの声が、レシーバーに届く。エリーの機体は純白に塗られ、アネッサの機体とシルエットは似ていたが、空冷エンジンを搭載していた。大きなピンクのハートがパーソナルマークで、翼内機銃も胴体機銃も小口径で二千発以上の携帯弾量があった。


「ったく……攻撃の前に自爆する気か?」


『でも隊長、いつもあの人に絡みますね。昔からの知り合いなんですか?』


「軍の養成所時代からだ」


『どうでした?』


「そうだな……覇気のカケラも無い、無気力で何を考えてるのか分からない奴だった」


『パイロットとしての腕は?』


「……クズだ」


 大空を飛ぶジュウイチの機体がアネッサの脳裏に浮かぶ。夜空のはずなのに、眩しくて見詰められない太陽みたいに煌めくシュプール。


 大空に描き出される曲線が、漆黒の空をキャンバスにして、無数の星屑の一部と同化して網膜に焼き付いていた。


 機体の主翼は視界の中、鳥の羽ばたきとダブって見えた。それは決して怪物となった姿ではなく、遥か昔の優しくて美しい鳥の姿だった。


 だが反比例している胸の痛みは、自分には届かない天賦の違い……唇を噛み締めた痛みが、瞬間に蘇った。


 またもう一つの不思議な思い、同じ機体なのにジュイチが乗ると何故か性能が格段に上がった事。メカニックと共に何度も検証したし、乗る前にジュイチは全く機体に触れていない事は確かだった。


 結論はジュイチが機体を乗りこなしていたという客観的事実だけ、しかしアネッサは答えはそんな単純な事ではないと思い続けていた。


 そして何より、初めてアストレイアに来た時にジュウイチはアネッサの事を覚えていなかったのだ。


『クズって……どんな飛び方なのよ』


 エリーはしかめたままの顔で、前方の鳥を睨んだ。

 

__________________________



 揺れは半端じゃない。大きな艦ならいざ知らず、水上機は木の葉みたいに波に弄ばれる。


「くそっ! これじゃ地震と同じだ、引きうけるんじゃなかった」


 朝に食べた食事が、何度も喉の奥で味として蘇ったジュウイチは悪態を付く。おまけに旧式の機体は操縦系を含め、全てが緩かった。


「遊びが多すぎる! まともに飛ぶのかこれ!」


『飛べば素直な機体だ』


 ボロい通信機は、雑音と一緒にゲイツの声を運んだ。


「飛べればなっ!」


 作戦なんかは完全に無視、ジュウイチは一刻も早く飛び上がろうとしていた。クジラが接近する前に、大波で転覆は必至だったからだ。


「くっそう!」


 ジュウイチは四発の爆弾のうち二発を投棄した。


「爆弾を投棄しました!」


 双眼鏡で見ていたコシンスキーが叫ぶが、ゲイツは平然と頭を掻いた。


「何、四発持って飛び上がれれば儲けもんだったしな」


「でも投棄命令なんて出してません、明らかに命令違反です!」


 コシンスキーは真っ赤になってツバを飛ばすが、例によってゲイツは落ち着いていた。


「でも、攻撃の意思はあるよ。逃げるつもりなら全弾投棄するはずだ――まあ、黙って見てな」


 ジュウイチは波の動きを読もうと必死だった、少しは軽くなった機体もなんとか浮力と操縦性を取り戻しつつあった。


「勿体ない……」


 嬉しそうに見ていたドクが涙目になった。


「クジラさんはどこだっ!」


『本艦の後方七百メートル、接近中だ。ちなみに戦闘機隊も攻撃隊も、鳥さんの陽動で本艦より離れつつある』


「こっちに援護は無いのかよっ!」


『残念ながら。これで、本艦と輸送船の運命は君次第だ』


 ゲイツの落ち着いた口調にジュウイチは怒鳴るが、帰ってくるのは更に落ち着いた声だった。


「他人事だと思って! 距離が百を切ったらカウントダウンしろよっ!」


『了解。後は任せた』


 ゲイツの声が頭の中で響く。ったく、俺なんかに大勢の命を任せるなよと心で呟くと、不思議に笑みが零れた。


 振り向くと、クジラの黒い巨体が目視出来た。ゲイツは距離百メートルと知らせた来たが、距離から見えてる大きさを逆算すると、優に百メートル以上はありそうだった。


 そんなのに体当たりされたらアストレアだって無事では済まされないし、貨物船なんかは一発で轟沈だ。


「急所はっ!」


『さぁ? どこだろうねぇ』


 ジュウイチの問いに、お決まりの他人事みたいな返信のゲイツ。


「さぁ?! って言うなっ! 何か無いのか!」


『まぁ、動物だから頭とか弱いんじゃないかな……多分』


「だからっ! 多分って言うなっ! それにどこが頭なんだよ!」


 涙目で怒鳴ったジュウイチは、前方の大波にタイミングを合わす。スロットル全開、ラダーを蹴飛ばして操縦幹を思い切り引いた。


 一瞬の浮遊感、機体が絡み付く波を振りほどいて離水しようとした瞬間、レシバーにアネッサの怒号が炸裂する。


『飛ぶなっ! バカっ!』


 反射的にスロットルを戻す。大きく持ち上がった機首がガクンと海面に落ち、衝撃でジュウイチは思い切り前にツンのめった。


「何なんだっ!」


『飛べば奴等は潜る! 次に浮かんで来るのは攻撃の時だっ! その時は艦が邪魔で攻撃出来ないんだぞっ!』


「そりゃそうだろうけど、このままじゃ飛び上がる前に沈没するんだけど」


『ギリギリまで待てっ! 勝機はそこにしかない!』


「簡単言うけどなぁ、やるのは俺なんだぜ」


 揺れる機体にしがみ付き、ジュウイチは溜息混じりに呟いた。


『オマエに皆の命が掛ってるんだ! しっかりしろバカッ!』


「何でさ、お前にそこまで言われなきゃならないんだよ」


『あたしはなっ――』


 落ち着いた声のジュウイチに、アネッサの血圧が急上昇して言葉が続かない。


「いちいち、うるさいんだよ」


『あたしの勝手だっ! バカァ!』


「バカバカ言うなっ! バカ女!」


『てめぇ! お前から先に撃沈してやろうか!』


「おおっ上等だ! ここまでおいでっ! 男女」


『言いやがったな! たっぷりと二十ミリ喰わせてやるぜ!』


 大声で罵しり合うアネッサとジュウイチ、まるで子供のケンカだった。


「なんかケンカしてますけど……」


「ほっとけ」


 交信を聞いていたコシンスキーが呆れ顔でゲイツを見るが、ゲイツは平然とキャプテンシートで欠伸をした。


_______________________



「ったく……」


 舌打ちしたジュウイチは機体を反転させ、クジラの方向に機首を向ける。


『気でも狂ったかっ!』


 悲鳴の様なアネッサの叫びがレシバーを揺らしたが、ジュウイチはお構い無しにスロットルを開ける。大波が機体を叩き、飛沫越しに巨大なクジラが見える。


 轟音と共に機体は加速し、接近するモノを飲み込もうとクジラが大口を開ける。


 四角い巨大な頭部には、サイの様な太い角、あれで突かれたら輸送船の船底なんてイチコロだなと、ジュウイチは何故か冷静に思った。


 更にジュウイチはスピードを上げる、機体が浮力で軽くなる。離水する寸前の所を保ち、クジラに肉薄すると衝突寸前で左に回避、スロットルレバーを折れる位に押すがエンジンのレスポンスはグダグダで付いてこない。


「何なんだ! このっオンボロ!」


 叫んでみてもアフターカーニバル、背後には巨大なクジラの咆哮が炸裂する。刹那、機体全体を持ち上げる大波、遅れて来る爆発音が鼓膜を揺らす。


 瞬間に(さっき捨てた爆弾!?)と脳ノシナプスが雄叫びを上げる、機体が宙に浮く、浮遊感が全身を貫く、機械みたいに瞬時にラダーを蹴飛ばす、マッハの速度で躁従幹を引くと機体はフワリと海面を離れた。


 瞬時に機体を捻る動作と同時に、迫るクジラの大口に爆弾を投下した。


 近接信管はドンピシャで作動、爆弾は口に飛び込むと同時に大爆発。文字通り、一発でクジラを轟沈させた。


 爆発の轟音がコンマ数秒遅れて耳に届く、赤い色の混じる爆煙は生き物の最後を教えるが、ジュウイチは考える前にラダーを蹴飛ばし、一瞬緩めたスロットルを全開にした。


 そのまま機体を上昇させる。強烈なGは緩いシートベルトをずらし、コクピットの横壁に体を押し付ける。それを下半身と右腕で支え、海面を確認する為に背面飛行に移行する。空が地となり海面が天となる。


 血液が頭に集中して、レッドアウト寸前の赤い視界の中にもう一頭のクジラを視認する。


 急降下の機動が今度は、全身をシートに押し付ける。解放型のコクピットには容赦なく空気の大波が押し寄せて呼吸困難になるが、一切無視して機械的な腕は巨大な次の目標に躊躇なく爆弾を投下した。


 漆黒の背中に爆発と血飛沫、硝煙と肉の焼ける匂い。引き起こしで、操縦幹を千切れる程に引いた腕の痺れが、水平飛行に移ってからも余韻を残す。鳥たちは、状況の終了を察知すると一斉に海の彼方に飛び去った。


 艦橋では目を点にするコシンシキーにニヤリと笑うゲイツが好対照な画を構成し、飛行甲板ではアルフを中心に大騒ぎとなっていた。


「あの機体で、あの運動性……あいつの腕はそんなにも凄いのか」


 コシンスキーの顔色は周囲の明るさを全て吸収するくらい真っ青になるが、ゲイツの言葉は実直な彼を更に混乱させた。


「あいつの腕はまだまだなんだ、経験もテクニックもない。乗りこなしているって事でもない気がする……と、なると機体がいいとしか考えられない」


「どこにでもある旧式の水上機ですよ」


 コシンスキーは全く意味が分からなかった。


「そうだよ全く不思議なんだ、あいつが乗るとどんなポンコツでも……豹変する」


 自分の言葉なのに、ゲイツは胸に閊える不思議な感覚に囚われた。



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