エイトとリーザ
突然、冷たい機械音と共に天井から三つのモニターが降りて来る。それぞれには三人の博士の顔が映っていた。初めにフリースが口を開く。
『見事に全員が揃ったようだな』
「どういうことですか、これは?」
モニターを睨んだマーベルが声を押し殺した。
「全部、あんた達のシナリオだったんだな」
絡まった糸がジュウイチの中で静かに解け、糸の端を鋭い視線でフリースに向けた。
『察しの通り、リーザのシナリオを我々が脚色した』
「狙いはエイトなのか?」
顔を上げたアネッサも低い声で聞く。
『そうです。だが、エイトさんが分身であることは嘘でした』
「何だと!」
今度はドーキンスが落ち着いた声で言い、ジュウイチが声を荒げる。
『正確には、エイトさんはリーザ自身なのです。勿論リーザの記憶は、エイトさんの中に存在してます。エイトさんの成長に合わせ、記憶を上書きしていたに過ぎません』
「そんなら、わざわざこんなトコに呼ばなくてもいいんじゃないか?」
大きく息を吐いたゲイツが呟く。
『リーザの記憶は簡単には戻りません、何かしらの刺激が必要だったのです……私達はエイトさんをリーザの元へ行かせる必要があったのです。シナリオ通り、城に墜落したジュウイチ君を助ける為に、エイトさんは城へと来た。しかし、そこで問題が三つ起こったのです』
「何ですか、問題って?」
ジュウイチは怒りを抑え、モニターを睨む。
『一つはドーターであるラパン達が、リーザに反旗を翻した事。常識では考えられん事なのだよ、だから予防策に閉じ込める様に指示した。だが、現実にはココに居るがね。もう一つは君達以外の人々も、今度の戦いに参加した事だよ。コロニーの人間ならいざ知らず、盗賊や海賊までも……本当に人間は分からんもんだ……最後は何だと思う?』
メンデルは順を追って説明するが、最後の一つの前に一呼吸置いた。
「分かる訳ないだろ!」
『君だよジュウイチ君。君が一番の問題だった。それを是正する為にマーベル君に協力を願ったのだよ』
睨み返すメンデル、ジュウイチも更に睨む。
「私を利用した……」
言葉を無くすマーベル、全ては三人に操られていた事に愕然とする。
『リーザは不治の病だったのです、我々はせめて肉体だけでも残しておきたかった。そして、いつの日にか完全なリーザの出現を待っていた。その為にドーターに施設を守らせ、血族の者を保護させ、同時に出現するであろうリーザの捜索を行わせていたんです』
ドーキンスは一呼吸置いて、真実を述べた。
「出現って、意味が分からない」
『生まれ変わりを信じるかね?』
睨みながら首を傾げるジュウイチ、メンデルが聞いた。
「科学者の言うセリフじゃないわね」
吐き捨てるマーベルに、フリースが説明する。
『人工的生まれ変わりだ。リーザの遺伝子を何代にも渡って溯り、その中に適合者を見付け、子孫を探し、種を植える……天文学的確立だ、我々が生きてるうちには不可能だと思っていた』
しみじみとフリースは呟き、ドーキンスが続いた。
『奇跡は起きた。エイトさんとなって、リーザは我々の目の前に出現したのです』
「なら、俺は何なんだ?」
当然の疑問、ジュウイチは呟いた。
『君は、エイトさんと出会ってはいけなかった』
「何言ってるんだ?」
意味が分からなかった、この期に及んで話を煙に巻く態度にジュウイチは声を荒げる。
『君の役目は、言うなら囮だ』
「ジュウイチを囮に使っただと!……お前達の夢を砕いてやる!」
アネッサが肩を揺らした、叫びながらサブマシンガンをリーザに向かって撃つ。影が風圧を伴い瞬間移動する、撃ち出された弾丸は小さな金属音をたて床に落ちた。
「何て速さだ……」
呟いたゲイツの視線の先には、一人のパトリキが金色のハルバートを振りかざしていた。
(大人しく帰れば、命は助ける)
表情を変えないで、パトリキはアネッサ頭に言葉を送る。声は優しかったが、血の通う人の言葉では無いようで、アネッサは背筋に悪寒を覚えた。
『止めなさい! 大人しく引き下がるんだ』
フリースが声を上げる。
『そうです、彼等はドーターとは違うんです』
『彼等は完璧なマシンだ。ココロなどという曖昧なモノは存在しない』
ドーキンスに続き、メンデルも低い声で言う。
「それはアタシ達のこと、気付かっているのか?」
構えたサブマシンガンのマガジンを交換しながら、アネッサはモニターを睨んだ。
「止めろアネッサ。見るんだ」
肩を掴み、ジュウイチがラパン達の方にアネッサの視線を向けさせる。そこには傷だらけの姿があり、アネッサは息を飲んだ。
「俺達じゃ敵わない、ラパン達にこれ以上無理をさせたら……」
(ジュイチはエイトを助けたいですか?)
声を落とすジュウイチに、額の血を拭いラパンが微笑む。
「それは……」
(はいです!)
何も言わないのに、ラパンはエイトの傍に立つパトリキに突進する。ラポンとラピーが一瞬ジュウイチに微笑むと、後に続く。
「止めろっ!」
ジュウイチの叫びが部屋の空間を駆け抜けた。片方のパトリキは瞬間的にエイトから離れると、二本ある腰のダガーを抜いた。瞬間抜刀のラパンの剣をクロスさせたダガーで簡単に受けると、高周波の金属音が空間を駆け抜ける。
同時に繰り出される前蹴り、ラパンの身体が後方へ吹っ飛ぶ。その身体を避けながら、ラピーが両手の剣を振るう、二本の剣を受け止めると時間差でラポンの槍がパトリキに向かい超速で伸びる。しかし、パトリキは最小限の動きでかわすと、瞬時の回し蹴りで二人を吹き飛ばした。
「圧倒的だ……」
あまりの戦闘力の違い、ゲイツは戦慄した。しかし、起き上がったラパンがまた飛び掛かる、今度はハルバートを持った、もう一人のパトリキがその行く手を阻む。ラパンの繰り出す剣を、回転させたハリバートで金色の火花を散らしながら受け流し、氷の微笑みを浮かべた。
全身を悪寒が包むアネッサは動く事を忘れ、マーベルも身体が震えるだけで言葉が出ないまま立ち尽くした。ジュウイチは目の前のラパンの灯火が、ユラユラと消えそうな事に思考を空白化させた。
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「あなたは、誰?」
白い霧に包まれた世界で、霞む視界に影を見付けたエイトは囁く。影は近付くにつれ輪郭から実像へと像を結ぶ、そこには鏡に映された様な自分の姿があった。
(私は、エリザヴェータ・フョードルビッチ・ジュガシヴィリ)
「あなたがリーザ……」
(そうです。そして私は……あなた)
手を伸ばせば届く距離、エイトには髪型が違うだけの自分を見ていた。急に頭の中に何かが流れ込んでくる感覚、頭を押さえエイトはその場に跪く。
ゼルダの記憶、子供の頃の記憶、軍の記憶、イワン達の記憶、アストレイアでの記憶が圧縮される。痛みが脳を圧迫する、リーザの記憶が押し寄せる、バラバラだったパズルが痛みを伴いながら四方から埋まっていく。
そして最後に、振り向いた誰かの笑顔……それは、少し霞んでいた。やがて視界を覆う光が最大に膨張し、最後に音も無く弾けた。
「私は……」
リーザは自分の手を見ていた、頬に当たる空気を感じていた。胸に吸い込む酸素に味があることを感じ、脚の裏に地面の感触を感じていた。そしてジュウイチ達の姿が、目の中にゆっくりと進入する。
「ジュウイチ……」
今度は自分の声が、空間を漂い耳に帰って来た。その状況に初めに気付いたのは、ジュウイチだった。エイトの瞳に精気が戻り、確かな眼差しで自分の名を呼ばれたのだ。
だが、聞き覚えのあるエイトの声ではなく、頭の中に入り込んできたリーザの声が空気を伝わって耳に入って来る感覚だった。
「エイト! 正気に戻ったのか」
「私は、エリザヴェータ」
「何を言ってるんだ?」
少しだけ微笑んだジュウイチが、エイトの傍に行こうとした。
「ジュウイチ! しっかりして! それはエイトじゃない!」
マーベルは叫んだ、目の前のエイトが得体の知れないモノに見えた。
「エイトだよ……他の誰でもない」
振り向いたジュウイチは曖昧に笑い呟くと、また傍に行こうと歩を進めるが、その背中にパトリキのダガーが迫る。そのダガーを飛び込んだラポンが剣で止め、ラピーが足元を槍で薙ぎ払う。
槍の攻撃をジャンプで軽くかわすと、今度は反撃でラポンに迫った。思い切り後ろに飛び下がるラポンだが、パトリキはそのスピードを簡単に凌駕する。
ラピーが槍を振りかざし援護するが、ダガーで穂先を弾くと柄の部分を脇に挟まれ動きが取れなくなった。
それは同時にパトリキの動きが取れないのとも同義で、ラポンが二本の剣で襲い掛かる。瞬間に槍を放すとダガーで受け止めるが、そこにラピーの槍が迫る。
寸前でかわした瞬間、ラポンが抱き付き、そこにラポンごとパトリキを串刺しにした。
だが、パトリキが投げたダガーは槍を刺す事を優先させたラピーの胸を貫いた。
三人がスローモーションで床に倒れる、ジュウイチの中で何かが音を立てて崩れた。一番近くに居たアネッサが駆け寄り、ラピーを抱き起こした。
「なんて無茶なこと、するんだ」
涙が溢れ、声が詰まる。
(やっ、つ、けた……です)
最後に微笑むと、コトリとラピーは頭を落とした。横に倒れるラポンは、既に動かない。
マーベルはその戦いに、胸を激しく打たれた。どうして命を掛けてまで、誰かの為に戦えるのかと考えても、答えは涙で霞む。
「もういい! 逃げるぞ!」
ゲイツに腕を掴まれるが、マーベルはその場を動こうとはしなかった。
「パトリキを倒すとは。でも何故……エクィテスの彼等が」
エイト? 否、リーザはその戦闘に驚きを隠せない。
「何言ってるんだ! ラポンとラピーが死んだんだぞ!」
叫ぶジュウイチ、そこにもう一人のパトリキのハルバートが振り下ろされる。瞬間、リーザの瞳孔が開くが、ラパンが金色の火花を散らして受け止めた。
(ジュイチは、ラパンが守るです)
「いいんだ、ラパン、もういいんだ!」
叫ぶジュウイチを残し、ラパンが一人パトリキと向き合う。お互いが発する”気 ”で周囲に白い渦が視認出来た。




