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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
41/48

決心

 遠くに銃声や爆発音が聞こえた。ジュウイチが閉じ込められた場所は、天蓋のある大きなベッドに調度品も豪華な部屋だった。


「さてと」


 ベッドに腰掛けると、ブーツの底から小型の拳銃を取り出す。もう片方からは、ナイフを出して腰に差した。拳銃は小型で、弾の装填は二発だけだが至近距離なら十分に殺傷力がある。


 座ったまま考える、全てを終わらせるにはリーザを倒すしかないのかと。子供の頃から飛行機が好きで軍に入ったが、命令されるのが嫌で辞めた。それでも飛行機に乗りたかったので、今はアストレイアに居る。


「何でかなぁ……」


 ベッドに大の字になると、声に出して呟いた。自分から進んで何かをするなんて、自己分析しても記憶には無い。


 今思えば、動かない身体とココロが動き出す訳……ふいに、アネッサやアルフ、レイラや艦長達の顔が順番に浮かんで思わず噴き出す。続け様、頭の隅にエイトとエミリーの笑顔が弾けた。


 そして最後に、情けない顔のラパンの顔が浮かんだ。瞬間、銃座で砕け散るドーターの映像が網膜で破裂する。目を覆い、乱れた呼吸を整え様とするが、吸い込んだ酸素を肺が否定する。


 大きくせき込む、胸の痛みに顔をしかめると背中に感触があった。小さな白い手、それはラパンの手だった。触れようとすると泡の様に消える、言葉は感じなくても分かった気がした。


(ジュイチは間違ってないです、元気出すです)


 そんな言葉を自分で知らないうちに想像して、耳に出力した。何故が、全ての重荷が軽くなる、そしてまた皆の顔が浮かぶ。


 目を閉じ、皆の事をもう一度はっきりと思い浮かべる。その時間と比例して、ジュウイチは元気と勇気を取り戻していった。


「そっか、あいつ等のせいなんだ……」


 笑顔で起き上がったジュウイチは、トントンと肩を叩くと大きく背伸びした。そして、ドアに近付くと外の気配をうかがい、ナイフで音を立てない様に鍵を壊しに掛った。


__________________



「君がジュウイチ君達に手を貸すなんてな」


「驚いたよ」


 研究施設の中枢の部屋で作業中のメンデルが呟き、フリースも頷いた。


「私だって……」


 自分でも信じられなかった。成り行き感覚で始めた交渉だった。迷いながらの交渉は勿論難航した。マーベル自身も目的は獣の殲滅であり、危険を冒して共存の道を選ぶのには否定的な立場だった。


 マーベルは三博士に会いに来る前、各コロニーの代表者達を集めアストレイアの作戦について賛同や援助を求めた。現在の状況とは正反対とも言える話は、大きな驚きと少しの嫌悪の中始まった。


 だが、次第に白熱する話し合いの中、共存や獣達を元に戻す事に賛同する声が上がった。


 不思議な感覚だった。小さな渦は次第に大きくなり、マーベル自身も何時の間にかジュウイチやエイトの言葉を引用した熱の籠ったモノになり、否定的だった各コロニーの代表を最終的には納得させていたのだった。


「人間が、こんなにバカだったなんて……これは、褒め言葉なんですが」


 計器の数値を読み取りながら、ドーキンスは独り言の様に言った。淡々と作業する三人の背中から、マーベルは壁の肖像画に目を移した。


「この中にリーザは居るんですか?」


「ああ、どれだと思う?」


 薄笑みを浮かべたメンデルが振り向いた。近くにより、じっと見ていると気付いたマーベルはハッとした。ドーキンスの家で見た写真と同じ構図だったのだ。同時に何故今まで気付かなかったのかと、ふと思った。


「この人ですか?」


 最前列の、一番大きく描かれた女性を指差す。


「残念、後ろの奥、左端の人だ」


 メンデルの言葉に、目を凝らす。


「何?……まさか」


 そこには微笑むエイトの姿があった。初めから燻る疑問が小さな炎になった、思考の制止も利かずマーベルの唇から言葉が零れる。


「リーザが元凶だと知っているのに、あなた方は初めから言わなかった。クリムゾン・ナイツの事も知っていた。エイトの事も……まだ、他に隠してることがあるんですね」


 作業を止めた三人は、ゆっくりとマーベルの方を向く。初めに、フリースが口を開いた。


「リーザは善きソマリア人になろうとしてる訳じゃない、ソマリア人が助けた”人”に成りたいのじゃ」


「どういう事ですか?」


 真の意味を察知したマーは全身に震えがきたが、敢えて聞いた。


「ソマリア人は、自らリスクを背負い他の人を助けた。だがな、新世界を実現しても、それに触れられなくては何の意味も無いって事だ」


 まだ含みを残すフリースの言葉に、マーベルは苛立った。


「はっきり言って下さい、目的はエイトさんですね」


「そうだ」


 小さな声でフリースは答えた。だが、まだ最大の疑問が残る。


「あなた方は何が目的なんですか?!」


「我々の目的は一つ、リーザの幸せだけです」


 曖昧なドーキンスの表情、そこからは何も推し量れない。最悪の事態が、マーベルの脳裏を過る。


「まさか、獣達が元に戻るのは出来ないんじゃ……」


「多分出来るだろうね……リーザの施設さえ、あればな」


 メンデルは穏やかな表情で言い、マーベルは念を押した。


「もしそうなったら、本当にするんですね」


「そのつもりだ」


 フリースは頷き、他の二人も同様に頷いた。だが、余計にマーベルは分からなくなる。三人が一体何を考えているのかが。時間を空け、ドーキンスがゆっくり口を開いた。


「全てリーザのシナリオ通りに運んでいます。今回のあなたと他の人々との行動以外は……リーザは探していたのです、真の分身を。あの拳銃はその証、リーザはやっと見付けた……分身を自身に変える為には、条件が揃わなくてはならない。分身が手の届く距離に近付き、その場でリーザの命が一度消えること。ドーターに守られたリーザには普通近付く事は出来ません、だが血の繋がりを持つ者は別です。ジュウイチ君は今、リーザの直ぐ傍におり、命を狙っている。エイト君はそのジュウイチ君を助けに向かった……まさに、シナリオ通りです」


 話の内容に、全てのパズルはピースがはまった。だがドーキンスの言葉には、マーベルを更に疑心に誘う。ほんの数分前の、アストレイアからの状況連絡がマーベルの耳の奥で何度も木霊した。


「どうして、ジュウイチがリーザの傍に居るって分かるんですか?」


「あなたとアストレイアの交信を傍受したからですよ」


 慌てた様子も無く、メンデルが言う。更に疑心は深まるが、ドーキンスの言うリーザのシナリオの方がマーベルを強く圧迫する。


「リーザが身体を手に入れたら……」


 震える声でマーベルは三人を睨む。


「彼女の考えは分からない……ただ、自らの望む世界を造る……道を進むのではないか」


 心なしか、フリースの声には張りが無い。


「……選ばれた者だけの世界……」


「もう、無理です」


 放心状態のまま呟くマーベルに、ドーキンスがまた曖昧な表情をする。


「私達は何の為に、多くの大切な人達を失ったんですか?」


 震えていた身体の原因が、怒りへと変わった。


「人類は十分に苦しんだ……救いがあるとすれば、穏やかに状況を受け入れ――」


 ドーキンスは少し目を伏せ声を絞り出すがマーベルは途中で遮る、声も張り裂けんばかりに。


「何よ今更っ!! 滅亡が救いだって言うのっ!?」  


 叫びが部屋中を震撼させた、余韻は三博士の耳の奥に血の響きを伴い張り付いた。


「マナが死んだ時……私も死のうと思った……でも、死ねなかった……何故だと思いますか?……死んで何も分からなくなって! 命より大切なマナを忘れたくなかったからよっ!」


 三人の博士は俯いたまま、何も言わずに部屋を出て行った。マーベルは急に顔を上げると、三人の背中に力いっぱい怒鳴った。


「死んでいい人なんて、この世界に一人も居ないんだからっ!!」

 

____________________



 部屋ではエミリーが静かな寝息を立てていた、マーベルはそっと顔を近付ける。子供の甘い匂いが鼻孔を撫ぜる、忘れかけていた匂い、最愛のマナの匂い、折れる程抱き締めたい愛おしい気持ちが胸を猛烈に締め付けた。


「どうちたの?」


 目を覚ましたエミリーが寝ぼけマナコで見上げる、思わず抱き締めるとエミリーが呟いた。


「ママの匂いがする」


「えっ……」


 今までどうしてエミリーを遠ざけたのか、それは自分が臆病で弱いからだとマーベルは心で呟いた。そして、少し震えながら抱きしめ返してくるエミリーに、自分でも驚く位の優しい声を掛けた。


「おばちゃんね、大事なお仕事に行って来る。エミリー、一人でお留守番できる?」


「うん……でも」


「どうしたの?」


「早く帰って来てね……ママ」


 まだ眠りの世界に居るのか、エミリーはママと呼んだ。マーベルにとって、それは何より勇気を与えてくれる言葉だった。淀んでいたココロが浄化される感覚に包まれる、柔らかくて小さなエミリーの感触が教えてくれる。


 限りなく正常化した思考に投影されたのは、今回の状況は自分の行動から始まったのだという事だった。

 

 エミリーを寝かし付けると、施設の飛行場に行きマーベルは片っ端から声を掛ける。アストレイアに連絡したくても通信が繋がらず、自らが行くしかないのだ。


「誰も居ないのっ! 重大なことなのよ!」


 周囲も事態は分かっていたが、アストレイアの居る場所は激戦地であり、誰もが尻込みするのは当然だった。


「何もかもが、無駄になっちゃうのよ! 時間がないのよっ! 誰か、誰か助けてよっ!」


 涙が溢れた。非力な自分を呪って、叫ぶしか出来なかった。


「お嬢さん、泣かないでおくれ。ワシが連れてってやる」


 不意の声、パイプを咥えた白い髭の老人が傍に来て優しく笑った。


「本当ですか?」


「ああ、これでもパイロットじゃよ、輸送機のじゃがな」


 涙と激しい動悸が治まると、マーベルはトボトボと老人の後に付いて滑走路に向かった。旧式の輸送機は、老人と同じでアチコチにガタがきていた。


 鳥に見つからない様に低空飛行するが、何度も大きな木に翼をぶつけ、その度にシートの上でマーベルが悲鳴を上げた。


「本当に大丈夫なんですか?」


「心配いらん、ワシは一度も墜落したコトはない。もっとも、今度が初めての墜落になるかもしれんがのぅ」


 クシャクシャと平気で笑う老人に、マーベルも笑顔になった。


「やっと笑ったのぅ」

 笑顔のまま、老人はマーベルの方を見る。前見て操縦してよと思いながら、マーベルは聞いてみた。


「どうして、引き受けてくれたんですか?」


「見てて分かったからのぅ。どれだけ、お前さんが真剣じゃったか」


「私は……何も出来ない自分を……」


 言葉を詰まらせるマーベルに、老人はまた笑顔を見せる。


「そんなもんで落ち込むことは無い。誰だって出来ることより、出来ないことの方が多いんじゃよ」


 老人の言葉は優しくて暖かった、亡き父の面影を老人に感じたミソノは胸が熱くなった。


「それになぁ、あんなにワーワー泣いて……男親はのぅ、娘の涙に一番弱いんじゃ」


 しみじみと言う老人の目尻には、キラリと光るモノが見えてマーベルは思わず目を逸らした。


「おじいさんも、身内の方を獣に……」


「ワシの女房は病気で逝った、娘は事故じゃよ。全てが獣の所為ではない、人はつまらん理由でも死ぬもんじゃ。残されたモンに出来るのは、忘れないでやる事ぐらいじゃ」


 呟く様な老人の言葉は、ミソノの胸を違う方向から刺激した。言葉の後の長い余韻はマーベルにとって、もう一度、死と言う意味を考えさせる隙間を与えた。


 暫くは何事も無い無言の飛行が続いたが、平穏は長続きしない。不意に老人がスロットルを開け、緊急事態を他人事のように平然と言った。


「ありゃあ、鳥さんに見つかったようじゃ。どれ、しっかり捕まって」


 急旋回の後、機首を上げて上昇に入るが動きは緩慢だった。旧式の上、ガタがきている輸送機なんて、空飛ぶカモ? みたいなものだ。頭の中にエミリーの笑顔がフラッシュバックした瞬間、ボロイ無線機が怒鳴った。


「ジィさん! 左に回避しろっ! 鳥さん達は任せな!」


 数機の戦闘機が鳥の群れに突っ込むのが、窓越しに見えた。


「お前さん達、キ○タマは付いておったようじゃのぅ」


 豪快に笑う老人に、マーベルは赤面した。

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