陸戦 CQB
静寂を破りエイトの声が飛ぶ。
「各員、奴らを近付けないで!」
その声はマルコ達を現実に引き戻し、一斉にピストルポートに銃を突き出した。オルガは走り寄る狼の眉間に一発で命中させ、マルコやオットーも銃を撃ちまくる。
「節約しようにも、数が多すぎるぜ!」
イワンも叫びながら銃を撃った。エイトは抱腹のまま岩をハンマーでブッ叩くが、がっちり食い込んでいてビクともしない。
「イワン! ほんの少し後退してっ」
「了解!」
エイトの叫びに、イワンがギヤをバックに入れる。ほんの少し履帯が動く、そのタイミングでハンマーを振るうと石は外側に飛び出した。すかさず反対側の石を叩く、体を捻ると筋肉が悲鳴を上げるが、お構いなしにエイトはハンマーを振るった。
次の瞬間、猛烈な臭気が襲い、何かに腕を掴まれた。それは履帯の間から伸ばされた、鋭い爪と毛むくじゃらの猿の大きな手だった。振り放そうにも力は強大で、腕の力はあっという間に抜ける。
巨大な万力の様な手は、細いエイトの腕を締め上げる。引き千切られそうな激痛、エイトの手は開くことも閉じる事も出来ず、紫色に腫れ上がった。
激痛で意識が消えそうになる。しかし足元から耳に衝突した音で意識は持ち応え、視線の先に突進して来る狼を確認した。
「くっ」
切れそうな思考回路が繋がる、エイトは視線を狼に向けたまま素早く左手で銃を抜くと狼を撃つ。一瞬、瞳が銀色の光を放ち、不安定な体制からでも一発で狼の眉間に命中させた。
即死した狼は砂煙を上げてモノみたいに地面を滑った。銃のスライドが戻ると同時に猿の腕を撃つ、引き裂かれる様な雄叫びが鼓膜を直撃し、至近距離で返り血を浴びながらもハンマーを持ち替え石を渾身の力でブッタ叩く。
砕けた石の破片が顔面を直撃するが、決して目は閉じない。戦場で目を閉じると言う事は、死を受け入れたのと同義だから。
「全速で近くの車輌に向って!」
ハッチから飛び込んだエイトと同時に、イワンがアクセルを蹴飛ばした。
「さすが隊長だぜ!」
至近の狼に銃を乱射しながらマルコが叫び、少なくとも至近の獣は制圧した。
「もういいわ、撃ち方止め。イワン、今向かってるのは三号車?」
「そうです」
「今の方法を伝えて。我々は三号車の周囲を旋回して援護する」
「了解!」
大声で返事すると、イワンは急いで連絡を入れた。
「隊長、額から血が」
流血に気付いたマルコが、心配そうに覗いた。
「大丈夫よ、直ぐに治るから。それより皆はケガはない?」
そう言いながら微笑むエイトの声は優しくて、全員の胸がキュンとなった。
「跡でも残ったら……」
流れる血は多く傷の深さを確認させ、エイトだけに傷を負わせた呵責が言葉を掛けたオルガ以外の全員にも伝染した。そんな停滞した雰囲気の中、マルコが首を捻ってエイトの顔を至近で見て呟く。
「でもさ、この前の戦闘で頬に相当な切り傷負ったのに……跡が無いですね」
「だから言ったでしょ、直ぐに治るって」
笑顔のエイトが余計に胸を締め付ける。何時でも盾になるのはエイトであり、その度に傷を負うのも……オルガ達はまた、言葉を失い掛ける。
「状況は終わってない、気を抜かないで。目の前には助けを求める仲間がいるの!」
襟を正したエイトは、凛とした声で命令した。全員がその声に気持ちを入れ替える、たった一言でネガティブな思考は吹き飛び、みるみる勇気が湧く。各自は残弾を確認すると、ピストルポートに向かった。
皆の様子にふっと笑みを漏らし、ペリスコープを除きながらエイトは考えた。後、数秒遅かったら意識を失い、腕を千切られてたかもしれない。
気付かれない様に押さえた右手の握力は、まだ戻らない。だが、安堵感がエイトを包む……皆が無事でよかった、と。
_______________________
「艦長。クジラの奴等、距離を詰めて来ました」
「電探に感! 二時の方角から新たな編隊です。距離約百五十」
「数は?」
「十以上です」
続く報告に大きく息を吐き、ゲイツは指示を出す。
「爆撃隊、爆装を解きガンポットを装着しろ」
「艦爆で空中戦をやるんですか? クジラも来てるんですよ、そっちはどうすんですか?」
呆れた様にジュウイチが呟く。
「艦攻とは違う、二人乗りの身軽な機体だ。爆装しなければ、戦闘機並みに戦えるよ」
平然とゲイツは言うが、後方の言葉には答えなかった。ジュウイチはゲイツの中に、ある答えを見付けた気がした。攻撃隊を送らなければ、戦闘機隊は数に於いて圧倒的不利になる。
現在の戦闘状況を的確に分析すると、優先順位はおのずと判明する。それは戦闘機隊を道具として見ているのではなく、大切な仲間として見ているのだと確かに感じるに十分だった。
「間に合うんですか?」
「コスナーとミリアが時間を稼ぐ」
ゲイツの言葉と同時に、コスナーたちが発艦して行く。攻撃隊の隊長グレッグが海賊みたいな髭を振り乱し、濁声で怒鳴る声が飛行甲板に響いていた。
「グズグズするな! 戦闘機隊に貸しを作るぞっ! 俺の機体はガンポットは無用だ! 三十ミリ積んでるからなっ! 他の奴の装着を急げよっ!」
グレックの機体は逆ガル式主翼を持つ旧式な固定脚だったが、エンジンは新型の液冷式に換装してあり機体の各部も大幅な補強がしてあった。
後部座席の回転機銃の他にも対地攻撃様に翼内にも三十ミリ機関砲装備の重武装で、爆弾投下後も戦闘力は低下しない。更に言えば、投弾後は機体が軽くなり、機動性や加速、速度も上昇する。
銀色に輝く垂直尾翼には深紅のバンダナを巻き、アイパッチをした海賊? のパーソナルマークが描かれている。
甲板の換装作業を見ていたジュウイチは、少し首を傾げ残る疑問を口にする。
「まあ、ここまではいいとして。敵の主力、クジラさんはどうします?」
「そこだな。我が艦にはもう飛行機は無い、要するに丸腰だな」
他人事みたいなゲイツにジュウイチは呆れたが、横のコシンスキーも呆れ顔で溜息を付いていた。
「いっそ、輸送艦を囮にして……」
「コラコラ、そんなことしたら今後仕事が来ないぞ」
腕組みして考えるジュウイチに、ゲイツが苦笑いするがコシンスキーは鬼の様な形相で睨む。
「まぁ、艦隊決戦しようにも、相方は武装なんてオマケ程度の輸送艦だし。この艦の火力も非力だしなぁ……皆で手榴弾でも投げますか?」
溜息混じりのジュウイチが呟く。対空機銃が十基と、爆雷投下装置二基、小口径の主砲三基、どう考えても火力不足だった。
「それも良い手だが、我が艦にはもう一機残っていた」
今度はゲイツがニヤりと笑う。
「あるのは救難用のゲタバキと、ハンガーの隅でシートを被ってるヤツだけですよ」
艦尾の水上機を見るジュウイチに、ゲイツが笑いながら言った。
「シートの奴は俺のオモチャだ。飛ぶには飛ぶが、なんせオモチャだからな。それより、あの水上機、あれは爆装出来る。小型爆弾なら四発も積めるよ」
「何、ワシの開発した新型爆弾じゃ。近接信管の爆発力強化型での、一発でクジラさんも昇天じゃ」
いつの間にか艦橋に来ているドクが、誇らしげにヘロヘロの髭を撫ぜた。
「あれは感度が高すぎて、投弾する前に爆発するんじゃなかったのかね?」
呆れ顔のコシンスキーの言葉に、ジュウイチは背中がゾッとした。
「この前の実験じゃ何回か成功してたし、大丈夫と……思う」
他人事みたいに、のん気そうなゲイツ。直ぐにドクがジュウイチに擦り寄る。
「心配しなさんな、爆発する前に投弾すればいいだけの話しじゃ」
「ホントかよ……で、パイロットは? 皆、出払ってますよ」
呆れを通り越し、ジュウイチは大きく肩を落とした。
「目の前にいる」
「俺?」
「そうだ」
何故か嬉しそうなゲイツ。最初の疑問の答えが、そこにあった。
「爆撃は自信無いし、水上機は乗った事も無いんですけど」
明らかに嫌そうなジュウイチが顔をしかめた。
「嫌なら仕方無いけど、奴等は貨物船を沈めた後に我が艦だけ見逃してはくれんだろうなぁ」
「艦長の命令だぞ、分かっているのか!」
他人事みたいに言うゲイツを押しのけ、コシンスキーが頭から猛烈な湯気を出した。
「軍隊じゃなんだし、何ならクビでも構わないよ」
「何だと! もう一度言ってみろ!」
涼しそうな顔のジュウイチに、コシンスキーの血圧は更に上昇する。
「まあまあ二人とも、こう言うのはどうだ? 今度港に寄ったら機体を補充する。その時一番に君に回す、それに艦が沈むというのは君も無事の保証はないしね」
切迫した場面なのに、笑いながらのゲイツ。ジュウイチは、なんだか体の力が抜けた。ゲイツがコシンスキー並に命令すれば誰がやるもんかと思ったが、その物腰に計算は感じられなくて、なんだかハグラかされた気分だった。
「出来ますかね? 俺に」
「なぜ他人に聞く? 自分の事だろ? 自分で判断しろ」
思わずジュウイチの口から零れた言葉。勿論そんなに深い意味は無かったが、ゲイツは今までと違う顔付きでジュウイチを見据えた。
「俺は……」
胸の奥が痛かった、芯を突かれた気分だった。当然言葉が出ない。
「出来るって、言って欲しいのか?」
また穏やかに戻ったゲイツの言葉が、更にジュウイチを追い詰めた。
「そんなんじゃない!」
思わず声が上がる、ゲイツは大空を見上げた。
「そうか……飛ぶのに余計なモノはいらないさ。ただ一つ持って飛ぶのは、適度な自信だ。それを持たない奴は直ぐに墜される」
ジュウイチの胸の痛みがドキドキに代わる。大空を駆け巡る快感が全身に蘇り、空を飛ぶ意味が白紙の脳裏に鮮やかに描き込まれた。
フッと力が抜けると、口から出た言葉は肯定だった。
「ところで、俺はどうすればいいんですかね?」
ニヤりと笑ったゲイツが、作戦を説明した。
「奴らが近寄るまで、海面で待機。最接近と同時に離水、急旋回で攻撃って寸法さ。海面にいれば、奴等も小舟だと思い油断する」
確かに作戦としてはこの他は無いとジュウイチも思ったが、やはりゲイツの言葉には緊迫感が感じられなかった。
「海面から飛び上がれますかねぇ、結構、波高いんですけど」
「なぁに、軽い水上機なら簡単さ」
心配顔のジュウイチにゲイツはまた笑顔を向ける。爆装して重いんだぞと、ジュウイチは心の中で呟いた。ドクは満面の笑みで、自分の工房に走って行った。