リーザ
「始まってますよ」
遠くに見えた煙に、イワンが囁く。前方の敵は城に近付くに連れ数を減らす、エイトには予想が付いた。即ち、後方からの襲撃に重点を移して、城との間で挟み撃ちにするつもりだと。
獣達の知恵に、改めて舌を巻いたエイトは唇を噛んだ。
「横に広がった方がいいですね、前後からの攻撃に広範囲で対処出来ます。もっとも、全滅の可能性もありますが」
オルガの具申は的確だった、縦に並んでいては最後尾が危険を一手に受ける。
「各車輌、横方向に展開。後方にも注意しろ」
直ぐに指示を出すエイト、自身の戦車を真ん中に横に並ぶ陣形を取った。広がると同時に後方から獣の群れが押し寄せる、後ろに攻撃しつつ前進するしかない状況で、エイトは目前に迫った城からドーターの一団が出るのを目撃した。
距離はおよそ千メートル、エイトは一瞬の判断を下す。
「停車! ここで前方のドーターを迎え撃つ!」
その攻撃力は知っていた。後ろに追い立てられ、こここまで近付いたが、この距離でも短いと全速で走り寄るドーターに背筋が凍った。
オルガは狙撃銃で確実に倒していくが、近付くにつれ動きの速さに照準が間に合わない。 軽機関銃でさえ、肉薄するドーターは簡単にかわす。
数人が各車輌に迫った、エイトは拳銃を抜くが、至近距離で見たその顔はラビーにそっくりだった。汗ばむ掌、冷たくなる胸、震える腕にエイトは動けなくなった。
「似てるだけだっ!」
大声はマルコだった、同時にサブマシンガンが火を噴く。血のシャワー、返り血がエイトの頬に飛び散り、瞳孔が開く。
「しっかりしろ! あれは敵なんだ!」
それでも動けないエイトの脚を、オルガが思い切り揺する。
「似てるだけ……敵……」
呟いたエイトの脳裏に、笑顔のラビーが蘇る。刹那、エイトの前に剣を振りかざすドーター、マルコとオルガの血が凍った瞬間、エイトの銃が火を噴いた。
「ゴメン、どうかしてた。全員、気を引き締めて。あれは全部敵よ」
二人に軽く微笑むと、エイトは凛とした号令を出した……震える身体を悟られない様に。
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「ジュウイチいっ~!!」
アネッサの渾身の叫びも、黒煙を引き墜落するジュウイチの機体に吸い込まれる。
『一度アストレイアに戻れ! お前も被弾してるんだぞ!』
怒鳴る様なグレッグの声も、極限状態のアネッサには届かない。もう一度、更に大きな声でグレッグは怒鳴った。
『大丈夫だっ!! 中庭に不時着した! あの降り方なら大丈夫だ!』
「アタシも降りるっ!」
機体を旋回させ着陸体制に入ろうとするアネッサに、またグレッグが怒鳴った。
『バカッ野郎! 降りても上がれないんだぞっ! 帰ればオートジャイロがあるんだ!』
「……了、解」
一瞬の沈黙の後、小さく返事したアネッサはフルスロットルでアストレイアに帰還した
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「あぃたたた……」
広大な中庭に不時着したジュウイチは、コクピットの中で身体を擦っていた。機体は庭のオブジェを薙ぎ倒し、かなりの損傷を受けていたが、愛機の事よりアネッサを助けられた事が嬉しかった。
ベルトを外し機体を出ると、その庭の荘厳さに舌を巻く。まるでお伽話の世界の様に、草花が咲き乱れ、純白の彫刻が点在していた。見とれていると、背中に殺気を感じた。
ゆっくり振り向くと、そこにはラパンによく似たドーターが二人、ジュウイチを見詰めていた。腰の剣に手を掛け身構えてはいたが、その表情は穏やかだった。
「庭、壊して怒ってる?」
ジュウイチは小さな声で聞いたが、ドーターは反応せずに手を差し出す。
「何? 握手?」
ドーターの一人は小さく首を振り、懐の拳銃を指差した。
「これ? はい、どうぞ」
ホルスーターから拳銃を抜くと、ジュウイチが差し出す。ドーターは受け取ると、付いて来いと言う仕草をした。仕方なく身体を擦りながら、ジュウイチは付いて行った。
白亜の外見だけでなく、城の内部も驚くべき豪華さだった。長い廊下は厚い絨毯が敷き詰められ、壁には肖像画が並んでいた。
なんとなく見覚えのあるような顔に首を傾げるげ、これがリーザかと思ったが、数多い肖像画の顔は微妙に違っていた。
大広間ではエレベーターに乗せられ地下へ向かう、到着した部屋は天井の高い薄暗い場所だった。壁一面には、人が入れる位の大きな試験管みたいなモノが並んでいた。
その中に入っていたモノにジュウイチは目を奪われる。オオカミやクマ、トラやライオンからクジラまで、あらゆる動物の幼獣が緑色の液体に浮んでいた。
ドーター達は、その部屋を素通りして次の部屋に向かう。次の部屋にも試験管みたいなモノがあったが、更にジュウイチは驚いた。それは赤ん坊位から幼児位までの、ラパンに似た子供達だった。
「何だここは……」
言葉を失うジュウイチは、震えが止まらずに立ち尽くす。
(やっと……逢えましたね)
頭の中心に声が聞こえた。その声は美しい音楽の様に耳に優しく、温かさを感じさせるキラメク色が目の前に広がった感覚があった。
試験管が並ぶその奥に、ひと際大きな試験管がありその中に目を閉じたまま、金色の髪を緑の液体に漂わせる若い女性がいた。
言葉には意味があるはずで、初めて聞くリーザの言葉はジュウイチを不思議な気持ちへ誘うが、それさえ押しのけるインパクトが聴覚を凌駕し、視覚へと直接リンクする。
リーザの顔はジュウイチの胸に衝撃を与えた。髪型は違うが、涼しい目元、整った鼻、小さな唇は紛れもなくエイトそのものだった。
「あなたが、リーザ?」
声が震えた。目の前に居るのはエイトかもしれないと、頭の片隅が勝手に思う。
(私は、エリザヴェータ・フョードルビッチ・ジュガシヴィリ)
「あっ、すみません……あの、お願いがあるんですけど」
頭は多少混乱していて、ジュウイチはいきなり切り出す。
(それは、無理だと思います)
何も言ってないのに、リーザは否定した。
「分かるんですか? 俺の考え」
(なんとなく、ですが)
この言い廻し、ココロをデジャブが横切るがジュウイチは敢えて無視する。
「あなたの望みは、この世界をリセットして、血を受け継ぐ者達の新世界を造る事なのですか?」
(……それは……)
何故かリーザは口籠る。
「その者達が望まなくてもですか?」
次の質問は、思いがけなく語気が強くなった。
「……」
リーザからの返事は無かった、ジュウイチはドーターに両脇を抱えられ部屋を連れ出された。
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「レイナ! オートジャイロで出る! 用意してくれ!」
着艦と同時にアネッサが怒鳴る。慣れない作業に苦戦しているレイラは、大きな声で怒鳴り返す。
「待ちな! 着艦する機体が先だよ!」
「ジュウイチが堕ちたんだ! 早く行かなきゃならないんだっ!」
叫んだ声が大空に弾ける、震えが身体の奥底から溢れ出す。
「隊長! 落ち着いて下さい。ジュウイチさんは、きっと大丈夫ですから」
駆け寄ったエリーが、身体を揺すってもアネッサの震えは共振して更に巨大化する。
「でもね、あそこ。あいつ等を先に降ろしてやらないとね。河を見な、落ちれば助からないよ」
空を指したレイラは続けて河に視線を送る、その声は穏やかだった。だが、その落ち着いた声とは対照を成す様に、河には巨大なワニが鋭い牙を剥いていた。
「でも……」
「ジュウイチならきっと、あいつ等を先に降ろすよ。ほら、アンタも手伝いな」
優しく肩を抱いたレイナの言葉、ジュウイチに対する全ての記憶が一瞬で脳裏を通り過ぎた。とたんに震えは治まり、小さくアネッサは頷く。その時、副甲板長のアレックスの叫び声が周囲の空に響き渡った。
「アネッサの機体、主翼の折りたたみ機構がイカレてる! このままじゃ、エレベーターに乗せられないぞ!」
瞬時に燃え上がるココロ、慌てて駆け寄るアネッサ。泣きそうな顔で折りたたみ機構のレバーを押すが、まるで動かない。
「クソッ! 仕方ない、機体を投棄すんだ」
アネッサは着艦体制の機体をチラリと見上げると、近くの甲板員に叫んだ。
「待ちな、機体はアンタだけのものじゃないんだよ。それに、そいつが無いと、この先どうやって戦うんだい?」
厳しい表情のレイラが睨む、目を逸らしたアネッサが呟く。
「だって、仕方ないじゃないか」
「諦めるのはのはね、最後まで精一杯やって、それからでいいんだよ」
ハンマーを持ったレイラは、折りたたみ装置のレバーを思い切りブッ叩く。金属音が、見捨てた主人を恨む機体の悲鳴みたいに、アネッサに覆いかぶさる。しかし、それは長くは続かなかった、最後のキンっという金属音と共にレバーは動いた。
「さあ、次が降りて来るよ!」
「おーっ!」
レイラの声に、最小限の人数で奮戦する甲板員達も大声で答えた。その声はアネッサの折れそうなココロに、そっと絆創膏を貼った。




