行先
エイトの言葉はジュイチを少し戸惑わせる、エイトが獣を憎む理由を知っていたから。
「俺は、獣達を元に戻す為に行くんだよ」
「私は……」
エイトの葛藤は、言葉を詰まらせた。
「考える前に行動するってのも悪くないぜ……可能性を終わらせるのは、自分次第だからな」
アネッサはエイトに向かいニヤリと笑うが、エイトは背中を押されるコトに胸の奥深く勇気が湧いて来るのを感じた。その様子にフリース達は、何故か薄笑みを浮かべて見守っていた。
「こんな事態に何ニヤニヤしてんだよ、ジイさん達」
赤面したアネッサが、照れ隠しみたいに叫んだ。
「今思えばリーザは何時でもワシらを始末出来たはずじゃ、それをしなかったのは……」
笑みを浮かべたフリースに、メンデルもドーキンスも一緒に笑う。
「勝手な片思い、ご都合主義の憶測だ。まぁ、真実なんて知らない方が幸せって場合もあるしな」
鼻で笑うアネッサに三人は関係なく笑い続けたが、何故か笑う理由はアネッサの言う事ではない気がしたジュウイチは胸の奥にシコリみたいなモノを僅かに感じた。
突然フリースが真剣な顔でジュウイチを見た。
「分かってると思うが」
「何をですか?」
見当が付かないジュウイチが首を傾げた。
「ラパン、だったか……あの子達は連れて行ってはならんぞ」
「どうして、ですか?」
ピンときたジュウイチだったが、敢えて聞いた。
「あの子らはドーターじゃ、リーザの言う事には逆らえん。お前さん達がリーザの敵になるなら、戦わねばならん……ラパン達とも」
「どうすれば……」
分かっていたがジュウイチは頭が動かなかった。フリースは、ゆっくりと方策を話した。
「まあ、ここに残して行くのが最善じゃが、多分言う事は聞かんじゃろう。出発前に、なんとか誤魔化して船に監禁するんじゃな。幾ら力が強くても、武器無しでは鉄の檻から出られまいて」
ラパン達と戦わないで済むなら、嘘でも何でも吐いてやるとジュウイチ溜息を付いた。黙って聞いていたエイトは、とても悲しそうな目をしていた。
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アストレイアは迂回を繰り返し、砂漠の施設に近い海岸に移動していた。艦に戻ったジュウイチは、全てを話した。
黙ったまま聞いていたゲイツは、ヨレヨレのタバコに火を点け大きく吸い込む。鼻からは、竜みたいに煙を噴き出している。
腕組みしたまま聞いていたレイナやアルフも何も言わない。珍しくアネッサも何も言わないで、目を閉じていた。
「俺は行くよ。それが、今出せる結論だから」
「私も行きます」
ジュウイチの口調には決意の強さがあり、エイトの口調には迷いが無かった。
「あなた達の気持は分かった。けど、リーザが待ち受けてるのは明らかなんでしょ。しかも相手はクリムゾン・ナイツと同じ力を持つ、ドーターなのよ」
マーベルが強い目線で言う。
「私は人々の未来の為に、獣の殲滅を望みました。でも、獣達が私達を襲う原因は何なんでしょうか? 人が他の生き物や、地球自体に迷惑を掛けてるからじゃないでしょうか? それなら、違うんじゃないかって思える様になりました。昔の人はもう居ません、未来の人はまだ居ません……だから、今居る私達にしか出来ないと思います。今を生きる私達が、やらないといけないと思います……この世界を元に戻す事を」
エイトは言葉を紡ぐ様に話した。そして、舷窓の向こう、沈む夕日に目を細め続けた。
「もうすぐ今日が終わります……最近は、いつも思います。死んで行った仲間の事、彼等は悔しかったでしょう、やり残した事が沢山あったでしょう……今、生きてる私達は、気付かずにまた一日をやり過ごす……大切な、一度きりの時間を意義あるモノにしたい、最後の瞬間に後悔しないように」
皆のココロに、エイトの穏やかな言葉が染み込んだ。ジュウイチは少し驚いた顔で、エイトの横顔を見る微かに自分が震えてるのが分かった。
「そのリーザって奴に選ばれた人類なんだろ? 君達は?」
タバコの煙を大量に吐いた消したゲイツは、ジュウイチとエイトを交互に見て椅子に座り直した。
「選んだのは向こうの勝手です」
ジュウイチは直ぐに返答する、エイトは少し笑うと小さく頷いた。
「そうか」
ゲイツもニヤリと笑顔を返した
「世界を狂わせたのは人じゃ、責任は全人類にあるのじゃ。狂わせたのが人なら、それを制御しうるのも人だけじゃ」
「ほう、ジジィ。たまには正論も言うんだな」
らしくないドクの真剣な言葉をアルフが茶化す。
「そうよ、だから今、私達はその間違いを正すべく獣達を殲滅しようとしているの。元に戻すだなんて……」
マーベルが唇を噛む。憎しみが全身を震わせた。
「お嬢さん。分かってるはずじゃ、本当の解決は違う事をな」
ドクの言葉がマーベルの胸に突き刺さる、でも核心を突かれた事でふと肩の力が抜ける。誰もが葛藤と戦っていた、何が正しい? 何をするべき? 何が出来る? と。
「一つ問題がある。その場所に行くには、近付いているバルバリアの付近を通らなければならない」
コシンスキーが沈黙を破り、海図の方を見た。
「バルバリア? 近付いてる?」
意味の分からないジュウイチは怪訝な顔をした、勿論エイトも首を傾げる。
「バルバリアはな、B16Aと呼ばれる世界最大の氷山さ。そして、最強最悪のバルバリア海賊の本拠地だ」
「氷山に住んでるのか?」
アルフが柄の無い声に、ジュウイチは少し顔をしかめた。
「ああ、世界中の海を漂流しながらな」
「氷山なら、途中で溶けるんじゃないか?」
「そんなこと俺が知るか、氷山と言うより巨大な島なんだ。とにかくバルバリアは存在する」
ジュウイチの何も知らないといった表情に、呆れ顔のアルフが吐き捨てた。
「それなら迂回すればいいんじゃないですか」
「バルバリアの銀狼、バルバロス・バイレディンはそんなに甘くない。傍を通る獲物の臭いを見逃す訳はない」
エイトは希望的観測を口にするが、コシンスキーはあっさりと否定した。その場の雰囲気は夜明け前の海の様に、また静かに沈黙が支配した。
「行く方法があって、行く場所を知っている。そして、行く理由もある。さてと、皆の意見を聞きたい」
今度の静けさを破ったのはゲイツだった。見た事もない真剣な顔に、ジュウイチの中に不安が過る。
「俺は、その、いいぜ。どうせ暇なんだし」
照れたみたいに、アルフが頭を掻く。
「暇って、あなた、何を――」
「いいから、聞け」
声を上げるマーベルをゲイツが制した。
「お前は本気なんだな、行きたいんだな」
部屋の隅で、壁にもたれていたアネッサが初めて口を開いた。その涼しい瞳は、真っすぐにジュウイチに向けられた。
「……ああ」
一瞬の戸惑い? しかし、ジュウイチは言葉を絞り出した。
「分かった。それが聞きたかった。俺も行くぜ」
アネッサはエイトの方を見詰めて力強く言った。言葉には迷いなんて微塵も無く、その穏やかな口調が何故がエイトの胸にほんの少しの痛みを感じさせた。
「ジュウイチ、頼まれた装備は却下。ドロップタンクは外さないし、帰って来ると約束しなきゃアンタのアンジェリーナは飛ばさないよ」
大きな溜息の後、レイナが呟いた。
「お前達、本当に分かってるのか?」
驚いた様なコシンスキーに、ゲイツがニヤリと笑った。
「アンタはどうする? 副長」
「私は艦長に従います」
コシンスキーは背筋を伸ばした。
「ちょっと、待ってよ。その何とかって言う海賊をやり過ごしても、目的の場所に行くのは運河を通らなければいけないんでしょ?」
海図台の上の地図に、マーベルが疑問を口にする。
「航空隊はどこでもいいが、陸戦隊は出来るだけ目的地近くに上陸した方がいいからな。なぁに、アストレイアは喫水の浅い強襲揚陸艦だ、運河なんて朝飯前だぜ」
目を閉じたままアルフが笑い、タバコをもみ消したゲイツが立ち上がる。そして、全員を見回した後に背筋を伸ばした。
「作戦は強襲しかない。目標まで肉薄し、戦闘機及び攻撃機で敵の防衛網を叩く。後に戦車隊及び陸戦隊で、敵の施設を奪取する。正攻法のつまらん作戦だが、誰か文句あるか?」
「陸戦隊の指揮は私が取る。アストレイアに残るのは最低限の整備要員と艦長だけだ」
今度はコシンスキーが凛として言った。
「みんな……」
ジュウイチが言葉を詰まらせ、エイトも言葉を発せない。
「あんた達、気は確か!?」
前に出たマーベルが、全員に叫ぶ。
「ああ、正気だよ。俺はこのクソみたいな世界をブッ壊したかった。でもな、元に戻すのも悪くないと思うぜ」
アネッサがマーベルに顔を近付ける。
「何なの、おかしい、間違ってる!」
払いのけたマーベルが更に叫ぶ。
「火の点いた隊長を誰も止められませんよ」
包帯だらけのマリーが、ウィンンクする。傷の癒えたマリーがやっと合流したのだ、アネッサの機嫌は上々だった。
「お前は留守番だからな」
「もう、分かってますよ」
睨むアネッサ、マリーは肩を竦めた。
「何、ワシの新型爆弾が――」
ドクがシャシャり出るが、目を細めたアルフに摘まみ出された。
「だから、皆、ちゃんと考えて! どう考えてもオカシイよ」
マーベルは更に前に出て叫ぶ。
「そうかもね……でも、オイラは後悔したくないんだ。人生は一度しかないって、誰でも知ってる。でも、知ってるのに何もしないなんて、オイラ御免だ」
「俺もだ」
「仕方ないな、本当は行きたくないけど」
「そう言う事だ」
マルコに続いてイワンが頷き、オットーが手を広げ聞こえない様に呟く、オルガはしっかりとした口調で言った。その場に座り込むマーベルにエイトが近寄り、そっと手を握った。
「エミリーの事、お願いします」
「えっ……」
エイトの真っ直ぐな瞳に、マーベルはそれ以上言葉が出なかった。
全員が艦橋を出て、ゲイツとマーベルは二人きりになる。するとゲイツは無線機に向かい、何やら機械をイジリ出した。
「何してんの?」
「これか? ちょいと内緒話し」
腕組みしたマーベルなんてお構いなしに、ゲイツは機械をイジる。モールス信号だってマーベルにだって分かるが、その内容はトンツーの音にしか聞こえない。かなりの時間、ゲイツは熱心に無線機に向かっていたが、相変わらずタバコを咥えたままの背中にマーベルがキツイ視線を送った。
「ねえ、どう言う事だか分かってんの?」
「えっ?」
ヘッドホンを外したゲイツが振り返る。
「だからっ、分かってんのかって聞いてるのよ」
「なんとなくな」
呆れる返事に、マーベルは溜息が出た。
「これだけの戦力で挑もうなんて、大した正義の味方ね」
「ありがとさん」
嫌みも簡単に返される。
「アンタは、どうする?」
今度はゲイツが聞いた。
「どうするって、何も出来ないわよ」
「出来ないじゃ無くて、しない……の、間違いだろ」
「何言ってるの? こんなこと成功する可能性なんてゼロよ、きっと後悔するわ」
「後悔なら散々してきたさ、今更一つ二つ増えてもどうってことは無い」
「私は知らないから!」
マーベルは思わず声を上げる、ゲイツは穏やかな視線で見上げた。
「だが、アンタさえその気になれば、やるべき事はある」
「何なのよ」
「他のコロニーの連中を説得して援軍を出して欲しい、それはアンタにしか出来ない」
「無理よ、誰も賛同なんてしてくれない」
「そうだ、何もしなければ可能性はゼロだ。だが、踏み出せば可能性はゼロでは無くなる。あとはアンタ次第だ」
ゲイツはそう言い残すと、艦橋を出て行った。今回の行動自体に反対なのに、何で私がとマーベルは腹立たしく思い艦橋の広い窓の外を眺める。
青い空がどこまでも続き、遠く視界の限界で碧い海と繋がる。穏やかな時間が潮風と共に頬に心地よい、ふいにエミリーの笑顔を思い出したマーベルは、自然と口元を緩ませた。
そして俯き加減だった顔を上げ、大きく深呼吸した。




