表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
3/48

鋼の女神

無線士のオットーが報告する、物静かで丸い体型だが声も丸い。


「隊長、もうすぐ第二中隊が連絡を断った付近です」


「この付近ね」


 ハッチから顔を出したエイトは、双眼鏡で索敵を開始する。ショートにした亜麻色の髪は全体に軽いウエーブで満たされ、小さな顔を引き立たせる。戦車兵の質素な略帽さえ、彼女の容姿の冠詞となり、その美しい顔立ちには気品が漂う。


 純白の肌は全てのパーツを最大限に賛美させ、特に切れ長の美しい蒼い瞳は、見詰められた者を優しく癒す力があった。


 外見の穏やかさは戦闘車輌指揮には似付かない様に見えるが、沈着冷静な判断力と味方に損害を出さない作戦立案能力は、他の優秀だと言われる指揮官と比べても遜色はなかった。


「全周警戒、見張りを厳に!」


 エイトは、味方の戦車にも命令を告げた。穏やかな外見に合ったウィスパーボイスだが、声には異性はおろか同性さえ引き付ける艶があり”魅了”という形容詞は彼女の為にあるようなモノだった。


「第二中隊、十輌もいたんだよ、全滅なんてありえねぇよ」


「そうだよ、脚の速い軽戦車の部隊だからね」


 操縦席のイワンは華奢で青白い顔を紅潮させていた、肯定した装填手のマルコは小柄で子供の様に見える。


「だからさぁ、遠征するなら中戦車ぐらい出せって言ってたんだ」


 イワンは少し怒る様な口調で、アクセルを蹴飛ばす。


「そんなもん出せないよ。航続距離は短いし、砲弾だって高価だし、第一に後方支援の整備隊も随伴しないといけないからね、もうそんな余裕はないさ。それに、ここらはまだ熊も出ていない、最大の敵は狼ぐらいなもんだし」


 マルコが溜息混じりに言う、戦闘コストの高い重戦闘車両はコロニー防衛の為に残されるのが普通で、実際の戦闘では狼ぐらいなら装甲車でも十分戦えた。


 エイト達の部隊も、旧式の偵察戦闘車だが、軽戦車並みの砲塔と履帯を装備していた。


 エイト達のコロニーは広大な草原の真ん中で、周囲に山なんて何処にも無かった。その地形から脅威となる猛獣は少なかったのだ……今までは。


「他の地域にはゾウやサイも出るって噂だ。中には体長が十メートル以上もあってな、体当たりされたら装甲車なんてペシャンコになるってさ」


 イワンは酒場で聞いた噂を思い出し、少し声を振るわせた。


「ここらには、そんなもん出ないよ」


 砲手のオルガが呆れた様に呟いた、女みたいに整った顔立ちだったが度胸は一番だった。


「でもあそこの中隊長、うちの隊長をバカにしてたもんな……女に何が出来るって」


 オルガの言葉に、少し顔を赤らめてイワンは話題を変える。


「あなた達もそう思う?」


 双眼鏡を覗いたまま、エイトが口元だけで笑った。


「初めはね。でも隊長がいなかったら、俺達とっくに奴らのエサになってたよ」


 イワンが細い体を擦って呟く、脳裏には凶暴な獣の影が浮かんでいた。


「オイラは信用してた。隊長、始めっから他の人と何か違ってた」


 マルコが最初の訓示を述べるエイトを思い出し、オルガも苦笑いした。訓示の内容は優しさが溢れ、戦闘状態であることさえ曖昧にさせ、恐怖を取り除いた。


 それはまるで、包み込む母性ににも似た心地よさで、隊員達の胸の奥深くにまで届いた。


『私たちの一番の目的は生き残る事です。自分の命を大切に、そしてその気持ちを全員の仲間に向けて下さい。誰一人死なせない、それが私の役目です』


「俺も同感だね、隊長には何かを感じた。そうじゃなかったら、こんな鉄の棺桶になんか乗るもんか」


 無線機をイジリながら、オットーが頭を掻く。エイトも含めクルー全員は十代で、戦いの中でも不思議な連帯感みたいなものが存在していた。


_____________________



「前方二時、輸送車」


「ほんとだ、でも人影が無いよ」


 双眼鏡の片隅にトラックを見付けたエイトに、同じく見張っていたマルコが言葉を続けた。


「後方に連絡」


 エイトの指示に、オットーが直ぐに各車輌に連絡を入れる。トラックは縦列状態のまま、道の真ん中に止まっていた。見た限りでは車体の損傷も少なく、積荷の弾薬や燃料も無事の様だった。


 エイトは各車両に戦闘隊形のまま停止を指示、自分たちは完全武装で輸送車の様子を見に行った。


「隊長、運転席に血の痕が」


「他の車輌も点検して!」


 マルコが見付けた血痕を見たエイトは、直ぐに指示を出す。


「何台かに血痕が残ってました、近くには引きずられた様な痕もあります」


 走って来たイワンが報告する。


「オットー、各車輌に連絡。指揮車と三号車、四号車は引き続き中隊戦車の捜索に当たる。残りは二号車の指揮で、輸送車をコロニーに移送して。動かない車輌は牽引してでも運ぶのよ」


「了解」


 エイトの指示にオットーは自分達の戦車に走った。嫌な予感、胸の奥にモヤモヤした生温い感覚がエイトの表情を曇らせた。


 戦場の後には何時も人の死体が無い、あるのは獣達の死体だけだった。それは、人は獣にとって敵であり、食料と同義だと分かっていても誰も口にしなかった。



 数キロ進むとに中隊の戦車を発見した、停車を指示したエイトは双眼鏡を最大望遠にする。


「全車がいる。何なの? 砲身が爆発してる――ハッチも開いている」


 呟くエイトは状況を思い浮かべる。砲身が爆発し乗員は慌てて車外に出る、そこを襲われて全滅した……しかし、何故? まだ疑問が残るが、近付くと疑問の答えがあった。


 履帯が切れて行動不能になっていたのだ。そして、よく見ると転輪の間に大きな石が挟まっていたのだ。


「どうして?……」

 

 蒼白な顔でハッチから顔を出したイワンが呟く、他の乗員も言葉を失っていた。第二中隊の車輌は周囲に点々と散らばっていた。


「隊長! 三号車から連絡。突然動かなくなったとのことです」


 オットーの叫びが、エイトを現実に引き戻す。


「エンジンは!」


「エンジンは動いてるそうです」


「その場で待機! 主砲は絶対に撃つなと伝えて!」


「了解!」


 エイトは他の車輌を双眼鏡で見た、人ぐらいの影が履帯の所にうずくまっているのが見えた。


「猿よ、奴らが石を……」


 エイトが呟いた瞬間、嫌な予感の閃光が走る。咄嗟に見下ろすと、そこには物凄い形相の猿が睨み返す。エイトは反射的に銃を撃つが、次の瞬間背後に殺気を感じる。


 振り向くと、猛然と突っ込んで来る巨大な狼の群れが視界に飛び込んだ。


 一瞬、死が脳裏を過るが反射的に砲塔内に傾れ込むと急いでハッチを閉じた。外では猛獣の唸りが装甲を通して鈍く響いていた。


「他の車輌も身動き出来ないそうです」


「ついでにこっちも動きません!」


 オットーの他車の状況報告に、慌てた声のイワンが続けた。


 ピストルポートや覗視孔から外を覗いていた他の乗員も息を飲んだ。既に車輌の周囲は狼や猿に囲まれ、獣独特の臭気が覆っていた。


 軽戦車の範疇に入る偵察戦闘車は装甲などは厚くないが、対獣対策で周囲を掃討する為に、大きめの覗視孔やピストルポートが前後左右に設置されていた。


「停車すると草むらから猿が忍び寄り、履帯の隙間に石を挟んで動きを止める。無理に動かせば履帯が切れて行動不能。多分、砲身にも石を詰めたのよ。知らずに撃てば砲身爆発――慌てて出れば、狼の餌食ね」


 まだ硝煙の立ち込める戦場に、エイトが低い声で呟く。


「奴らにそんな知恵があるのか……何っ!」


 オットーは声と体の震えが止まらなかったが、鈍い音が砲塔上部から聞こえるのと同時に無線の急な不通が更に心臓を鷲掴みにした。


「無線が故障! 交信が出来ません! これじゃあ救援が呼べない」


 オットー泣きそうな声を出す。


「さっきの音はアンテナをヘシ折った音か……動けない、外に出れない。どうします? 籠城しようにも水も食料も殆んどありませんよ」


「落ち着いてる場合か!」


 他人事みたいに言うオルガに、イワンが大声を上げる。


「まだ銃があるさ、奴らを皆殺しにしてやる」


 深刻な顔で自動小銃を構えたマルコに、オルガがまた落ち着いた声で言った。


「各自の携帯弾がどれくらいある? 一発で一頭倒せたとしても、全然足りないぞ」


「だったらどうすんだよ!」


 大声を上げるマルコをよそに、それまで様子を見ていたエイトがオットーに静かに聞いた。


「他の車輌とは連絡出来る?」


「近くの車輌ならなんとか」


「今から本車で脱出作戦を行う、各車輌は指示があるまで待機するように伝えて」


 エイトの声には自信が溢れていた、オットーは直ちに連絡する。


「各自ピストルポートに付いて、私が床のハッチから出て石を取り除く。イワンは合図と共に全速で走らせるのよ」


「そんな無茶な、車体の下にもいるかもしれないんですよ」


「だから、これがあるの」


 声を荒げるイワンに、エイトはホルスターから拳銃を取り出す。オートの銃はグリップに背中合わせの女神の紋章が輝いていた。エイトの穏やかな瞳は見る者を一瞬で癒す、今までの緊張感は霧が晴れる様に開いたピストルポートから出て行った。


 エイトは一呼吸置いて、各員に向き直ると凛と告げた。


「弾には限りがあるのよ、よく狙って、無駄弾は撃たないように」


 言うが早いか、エイトはもう片方の手にハンマーを握ると床のハッチから顔を出す。そして何も居ないのを確認すると、素早く外に出た。


「ったく……俺達に無茶すんなって言って、自分が一番無茶なんだからな。まぁ隊長に男が出来ないはずだ。他の部隊の奴らに何て言われているか知ってっか?」


 呆れた様な声のイワンに、オットーとマルコの声が続く。


「鋼の女神。今までの作戦での武勇伝にもさ、かなり尾ひれが付いてるみたいだね」


「双天使……とか言う奴もいたな。魔女と女神の同居って意味らしいよ、傍から見てる分には可愛い顔してるからね」


 溜息を混じらせるマルコに、オットーも溜息を被せた。


「あの銃、ワンオフの手作りだってさ。オート自体が珍しいのに、あれは装弾数が十六発もある」


「あれを撃つ時の隊長――見た事あるか?」


 遠くを見るみたいに、イワンが途切れながら呟く。


「ああ、可愛い顔が物凄いギャップだね、優しい微笑みのまま百発百中なんだから」


 オルガの言葉が全員の耳にしがみ付いた。


「詳しくは知らないけど、あの銃は両親の形見だそうだよ。それにあの銃の紋章さ、他のコロニーの奴が言ってたけど、何でも曰く付きらしいよ」


 マルコの言葉は全員に色々な想像をさせた。車内は一瞬の沈黙に包まれるが、オルガの一言が全員に安堵感に似た感情を抱かせる。


「離れて見てると、見た目とやった事でしか判断出来ない。直に接した奴にしか分からないものさ……本当の隊長は、優しくて温かいってこと」


申し合わせた様な深呼吸。今度は全員にココロの安寧が訪れ、緊迫した空気は嘘の様に浄化された。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ