視界の空中戦
「なあ、アンタは何時から戦ってるんだ?」
青い海と蒼い空、眩しい太陽に目を細めたジュウイチが逆光のアルフに呟いた。
「そうだな、もう十年になるかな。奴らが攻めた来たのは何十年ぐらい前だったのか……俺だってまだ生まれてないさ」
「そうか」
語尾の掠れたアルフに、ジュウイチは小さく相槌を打った。獣達は分け隔て無く、全ての人類に戦いを挑んだ。おかげで国力の無い国や、あっても油断した国を次々と滅ぼした。たった数十年で人類は支配者の椅子から引き摺り下ろされた。
大陸では城壁や囲いを造り、早い段階で都市の防御を推進したコロニーだけが生き残り、分断された国境は存在の意義を無くした……それは国家の消滅と同義だった。
”世が世なら”さっきのアルフの言葉がジュウイチの脳裏に蘇る。滅亡や破滅、栄枯盛衰と言う言葉でしか、今の世の中を表せないのかなとボンやり思った。
「みんな、まだまだガキじゃ」
「何だとジジィ」
急な濁声にアルフが顔を真っ赤にする。ジュウイチが振り向くと、グリグリ眼鏡の恰幅のいい老人がヘロヘロの口髭を震わせて笑っていた。
汚れた白衣、ツルツルの頭、超が付く変わり者の医者ドクだった。趣味は勿論、新型爆弾の開発である。
「ワシの作ったバクダンを使えばクジラなんぞ、一発で昇天じゃ、クォッホッホ」
ドクは変な笑いでジュウイチを見た。
「アンタ、医者だろ?」
「医者でもあり、発明家でもある」
呆れ顔のジュウイチに、ドクは胸を張ってヘロヘロの髭を撫ぜた。
「相手にするな、あんな爆弾ジジィ」
アルフは溜息混じりに呟くが、ドクはまた変な笑いで胸を張った。アルフはそんなドクを無視して、また話しを続けた。
「お前さんは大陸の出身だってな」
「ああ、アンタは?」
アルフの問いに、どうでもいいような返事を返したジュウイチは遠くを見た。
「俺はアートだ、ナチュラルの奴等とは違う」
アートとは人工の島で、ナチュラルとは自然の島だった。動物達の反抗は凄まじく、多くの人類が海へと脱出した。アートを造った人々は、何百隻もの船を一か所に集めて人工の島を建設した。
逃げる時に船に持ち込んだ資材を活用し、多くの人々が力を合わせて自分達の居場所を造ったのだった。
ナチュラルと呼ばれる自然の島には人々が殺到した。そこでは既に島で暮らす人々との戦いが繰り広げられ、限られた土地や食料の奪い合いで多くの人々が命の削り合いをした。本当の敵を忘れ、目前の自己の利益の為に。
「ワシも大陸の出身での、若い頃は――」
ドクも話に加わろうとするが、二人はまるで意に介さずアルフがジュウイチのホルスターに目を移して聞いた。何としてもドクを無視したいようだ。
「ところで、前から気になってたんだが変わった銃だな。パイロットに必要なのか?」
ジュウイチは手にとって視線を落とす。
「これか? これは父さんの形見なんだ、お守りみたいなもんだよ」
「何の紋章だ?」
「さあね……」
グリップには背中合わせの女神が刻まれていた。片方は祈る様に手を合わせ、もう片方は剣を振りかざし、背後には大きく羽ばたいた翼。
「ワシが思うに――」
またシャシャリ出て来るドクを、今度は違う声が言葉を遮った。
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「新入り! 艦長が艦橋に上がれってさ!」
座り込んだままのジュウイチに、見張り台から大声が掛る。立ちあがったジュウイチは、尻の埃をはたいて艦橋へゆっくりと向かった。
相変わらずドクはアルフに話し掛けるが、ジュウイチに続き、アルフもさっさとその場を離れた。
キャプテンシートに座った艦長のゲイツは、四十代後半の細面の男だった。一応、髭は蓄えていたが、威厳と言うより無精髭の範疇に見えた。
「何か用ですか? 機体の無いパイロットが、お役に立てるとは思いませんがね」
面倒そうなジュウイチに、副長のコシンスキーが眼鏡を掛け直すと凛とした声で言った。白髪混じりの撫で上げた髪と立派な髭、どう見てもゲイツより貫禄がある。
「用があるから呼んだんだ。もう直ぐ空戦が始まる、意見を艦長に述べよ」
「意見? 俺が?」
唖然としたジュウイチが艦窓から空を見上げると、遠くに編隊を組んだ黒い点が見え、戦闘機隊が編隊を崩し、各個目標に向かって行く姿が望遠出来た。
戦闘が始まる。各機は敵前で急上昇して位置エネルギーを確保、蒼空より急降下で襲い掛かった。鳥は直前でブレーク、各自シザースやジンキングで回避運動に入る。
「戦闘機同士の空戦みたいだ……」
茫然と呟くジュウイチは、鳥達が無機質な戦闘機に見えた。激しいドッグフアィトが目前で繰り広げられ、遠くから機銃の咆哮が遅れて届く。撃墜された鳥は、火も煙も出さずに海面に落ちていく。
「そろそろ意見はどうだ?」
食い入る様に見詰めるジュウイチに、ゲイツがニヤリと笑った。
「そうですね、やはり機械と動物の違いは出てる。急降下なら互角ですが、上昇は明らかに差が出てます。ほら、あの羽ばたき……上昇中は石も吐けないくらいに苦しそうだ」
「そらな」
ジュウイチの言葉を受け、ゲイツはシカメ顔のコシンスキーに笑顔を向けた。
「えっ?」
意味が分からないジュウイチが、ポカンとした顔をする。ゲイツが笑って聞いた。
「お前さんも、あんな戦闘が出来るかい?」
「まぁ、マニューバの引き出しは少ないですけどね。勘はいい方ですよ」
「そうか」
嬉しそうなゲイツの顔とは裏腹に、ジュウイチは赤い機体から目が離せなかった。各機は二機一組で、オフェンスとディフェンスに分かれた一撃離脱戦法をとっていた。
いわゆるロッテ戦法である。オフェンスである長機は列機に背中を守られ、防御を心配しなくて攻撃に集中出来る。
単機でバラバラの格闘戦を行うより確実に、しかも損害を出す事の少ない戦法だった。その中で唯一単機のアネッサは、空戦領域の中で様子を窺っている様に感じた。
そして味方が不利になると、好位置から素早く援護に駆け付け窮地を救っていた。
広い視野と的確な対応。自分以外の六機の機動を、未来位置まで完全に把握している事を感じたジュウイチは少し笑った。
「あいつ、もっと自分勝手な奴だと思ってた」
「指揮官は部下の命を守ってこそ、信頼されるもんだ」
呟いたジュウイチに、頬杖を付いたゲイツがポツリと言う。
「そんなもんですかね」
「そんなもんだ」
力を抜いた様なジュウイチの言葉に、ゲイツも同じ様に緩く言葉を被せた。
「艦長、ソナー感。後方、約千にクジラ、二頭です」
ふいにソナー員から報告が飛ぶが、落ち着いた声でゲイツが聞いた。
「距離は詰めてるか?」
「いえ、本艦との距離を保っています」
「そうか」
「そうかって、指示はしないでいいんですか?」
呆れた様なジュウイチに、頬杖を付いたままのゲイツが空を見上げる。
「焦らなくても航空優勢が取れれば進行して来るよ。頭いいからなぁ、奴等」
「それはないでしょ……アイツが居れば」
ジュウイチは、遠く蒼空の赤い機体を眩しそうに見詰めた。