強襲
「博士! 大変です! 港に獣の群れが!」
突然ドアが開く。フードを被った小さな子供の手を引いた、母親らしい女が血相を変えて飛び込んできた。
「種類は!」
反射的にエイトが叫ぶ。
「狼に、猿、それに熊も混じってるみたいです。凄い数なんです、鳥が運んでるのを見ました」
母親は、子供のフードを外しながら咳き込む様に言った。フードの下は、大きな瞳で頬をリンゴみたいに染めた可愛い女の子だった。
「そんな……バカな、この島まで鳥が飛んで来るなんて不可能だ。マチルダ、陸から何キロ離れてると思う? しかも鳥が運んで来るなんて、見間違いじゃないのかね」
「でも、私は確かに見ました」
ドーキンスはマチルダを揺すったが、はっきりと肯定した。
「アタチも見たよ。鳥さんが、お空から運んで来たの」
その愛らしさにエイトは自然と笑顔になったが、マーベルは女の子を見ようともしなかった。
「そう、分かったわ。あなたのお名前は?」
戸惑う表情を浮かべる女の子に、エイトは屈んで優しく頭を撫ぜる。緊迫の事態が迫っているはずなのに、エイトは何故か女の子柔らかそうな頬に、触れてみたいと思った。
「エミリー……」
「そう、エミリーちゃんか」
小さな声で呟くエミリーに、また優しく微笑むエイト。胸の中で、今までの経験したこと無い感情が生まれるのが分かった。
「博士、私もメイルムの街で鳥が獣を運ぶ所を目撃しました」
向き直ったエイトが、ドーキンスに真剣な眼差しを向けた。
「あの美しい港町、ですか……」
遠くを見詰める様なドーキンスの目、エイトはその奥の悲しみが手に取る様に分かった。
「ええ」
「被害はどうでした?」
「幸い飛来したのが少数でしたので、最小限の被害で済みました」
「そうですか……ところで、港の状況は分かりますか?」
大きな溜息を付いたドーキンスは、エイトの肩にある無線機を見る。
「はい、連絡してみます――オットー、港の状況を報告してっ」
無線機を取り交信しようとするが、応答は雑音だけだった。
「あそこ!」
窓からマーベルが指差す、そこには編隊を組む鳥の姿が確かに見えた。
「窓にバリケードを!」
エイトの声に、本棚の本をドーキンスは躊躇なく床に投げる。
「博士! 貴重な本を――」
「命より大切なモノなんてありませんよ」
唖然とするエイトに、ドーキンスは優しく笑った。その視線の先には小さく震えるエミリーがいた。
「そういう事よね」
頷いたマーベルも床に本を投げ、マチルダも手伝ってなんとか窓を塞いだ。
「武器はありますか?」
小銃を車に置いて来た事を、エイトは後悔した。手持ちの武器は、あの拳銃しかない。
「護身用にこれがあります。撃ったことはありませんが」
エイトの問いに、ドーキンスは古いショットガンと小型のリボルバーを出した。
「大丈夫です。目標に向けて、引き金を引くだけですから。マーベルさんはコレをお願い、小さい方が撃ち易いから」
リボルバーをマーベルに渡し、弾の排出と装填の仕方を教えた。両手で銃を構えたマーベルは、小さく震えている。その姿を見ながら、エイトが自分の拳銃を抜くとドーキンスの顔色が変わった。
「その拳銃はどうしました?」
「これですか? これは私の家に伝わるとしか聞いていません」
「そう、ですか……」
「これについて知ってるんですか?」
今度はエイトが真剣な顔で聞く。
「いっ、いえ、何も」
「そうですか……でも、私の知り合いも同じ銃を持ってました」
「それは、どんな人ですか?」
明らかに動揺したドーキンスに、違和感を感じながらもエイトは答えた。
「彼はパイロットです、この遠征に協力しています」
「彼……ですか」
今度は明らかに落胆の色を隠せないドーキンス。しかし、今はそんな事に構ってる場合ではない。エイトはまた屈むと、マチルダの影に隠れるエミリーに笑った。
「大丈夫よ。私が守ってあげるから」
「私にも武器を下さい、この子はどんなことがあっても守りたいんです」
マチルダは祈る様な顔でエイトを見る。
「あなたはエミリーちゃんを、抱き締めていてください。少しの我慢です、必ず私の部下が助けに来ますから」
微笑むエイトに小さく頷くと、マチルダは強くエミリーを抱き締めた。
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突然警報が鳴り響く。
「助かった!」
「警報だぞ?」
声を上げたジュウイチに、アネッサが首を傾げた。
「敵襲だっ! 狼に鳥に、熊まで団体さんだ!」
飛び込んできたアルフが叫ぶ、転がっていたイワン達が飛び起きる。
「戦車は出せるか!」
「舟艇はスタンバイOKだっ! ジュウイチ! 機体はカタパルトに待機中だ!」
アルフの叫びに、全員が持ち場に走った。
『どうせ止めても行くだろうけど、最初に言っておく。戦車隊は先に大型の熊さん二体の迎撃に当たってくれ、他の火力じゃ歯が立たない』
ゲイツの通信に、オットーが即答する。
「了解したっ。直ぐに片づけて隊長のとこへ行く!」
「でもさ、隊長はどこだよ?」
アクセル全開で急発進したイワンは、泣きそうな顔になる。
「そこの角、右。直進後、指示した角を左だ。その前にマルコ、三十七ミリ弾装填、十一時の熊公にお見舞いだ」
「了解!」
落ち着いたオルガの指示、マルコ素早く装填すると同時に主砲は熊に向かって火を噴いた。
「知ってるなら先に言えよなっ!」
爆音に負けないくらいにイワンは叫ぶと、更にアクセルを全開にした。
「何だ? クリムゾン・ナイツが一人、砲塔の上に座ってるよ」
ハッチから顔を覗かせたマルコが、ポカンとした顔で呟いた。
「本当か! 聞いてみろよ」
「何を?」
驚いたイワンが、レシーバー越しに叫んだ。
「だからぁ、何でそんなトコに居るかだよ」
イワンの声に、素直にマルコは聞いた。
「あのぉ~何で、そんなトコに乗ってるんですか?」
(助けに行くです)
頭の中に可愛らしい声が聞こえるが、マルコは気にもしないで普通に聞き返す。
「誰をですか?」
(エイトです)
「隊長を?」
(はいです)
「そうなんですか。オイラはマルコ、宜しくお願いします」
(こちらこそです。ワタシはラパンです)
「可愛い名前だね」
(ありがとうです、ジュイチに貰ったです)
「でも、一人で大丈夫なんですか?」
(はいです、ラパン強いです)
ニッコリ笑ったラパンに、つられてマルコも笑顔になった。
「どうよ! 何だって?」
「一緒に行くって、隊長を助けに!」
イワンの問いに、嬉しそうにマルコが答えた。
「さあ、後一匹! そら、二時の方向、約百っ!」
オルガが叫ぶと同時に、マルコが電光石火で装填した。