シードラゴン
『後ろに回り込むんだ、正面からでは相対速度が速すぎて命中しないぞ』
落ち着いたゲイツの通信だったが、ジュウイチには初めての状況だった。
「横からの方が的が大きいんですけど?」
『打ち漏らした場合のホローに時間が掛る、後ろからなら修正し易い』
「魚雷と速度を合わせたら失速すんだけど」
『じゃ、しないように』
簡単言うゲイツに、ジュウイチは溜息付いた。通信を終えると直ぐにラダーを蹴飛ばし、操縦桿を引く、スロットルを空けると機体は急上昇する。
そのままスロットルを戻し、ラダーを踏み変えると、放物線の頂点から急降下、下方に視認した魚雷は止まって見える。そこに胴体機銃二十ミリを叩き込むと魚雷は大きな水柱と共に爆発した。
更に急上昇すると、同じ要領で残り三本も簡単に始末した。しかし、水柱の後方に新たな雷跡を確認したジュイチは、のんびりした声で通信を送る。
「魚雷四本撃破。でもさ、雷跡四じゃないみたいですよ。俺には十以上に見える、ちなみに残弾では全部の迎撃は無理かなぁ」
「何だと?!」
キャプテンシートから飛び起きたゲイツが、横の監視員から双眼鏡をムシり取る。コシンスキーの裏返った声がスピーカーから炸裂し、甲板は大騒ぎとなった。
『総員っ! 何でもいいから魚雷を狙撃しろっ!』
「こりゃ、落ち着いてる場合じゃないな」
言葉とは裏腹に、落ち着いた機体操作で確実に魚雷を爆破するジュウイチにゲイツの怒号が届く。
『早くしろ! ここで沈んだら全員トカゲのエサだ! 哺乳類に喰われるならイザしらず、トカゲのク〇になるなんて御免だからな!』
「下品ですよ艦長、せめてウ〇コって言わないと。二十ミリ残弾ゼロなので、小径弾に変えますけど、小径じゃ弾頭に当てないと中々爆発しないんですよね」
ジュイチの落ち着いた声が、更にゲイツを刺激した。
『バカ野郎! こっちはお前の撃ち漏らした魚雷に全員総出だ! 甲板にはトカゲの野郎がウヨウヨ上がってんだぞ!』
ツバを飛ばして喚き散らすゲイツを、呆れた様な視線でコシンスキーが見た。
「艦長でも興奮するんですね……」
「俺はトカゲとかヘビとか、カエルとかサンショウウオとかヌメヌメした奴は嫌いなんだ!」
「まとめて、爬虫類って言って下さる。ちなみにサンショウウオは両生類。脊椎動物亜門、両生網、有尾目、サンショウウオ上科――ある地方ではハンザキって呼ばれていたのよ、半分に割いて川に戻すと再生するって信じられていた」
落ち着いてコーヒーを飲むマーベルが、憐れむ様に呟いた。
「だから何だってんだ、そんな能書きなんか犬に食わせろってんだよ……」
マーベルの面白くも無いお堅い話を聞いて、興奮から冷めたゲイツはボソボソと言った。
『甲板のトカゲは大丈夫、無視していいですよ。ラパンに頼んどいたから』
「ラパン?」
ジュウイチの通信に、マーベルが頭の上に? マークを沢山浮かべた
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「トカゲの次は魚雷かよ!」
「食べられるのと、粉微塵になるのどっちがいい?」
顔面蒼白のイワンに、マルコが嬉しそうに聞く。
「どうせ食べられるなら、魚介類に食べられるよりはマシかなぁ。でも魚雷なら船の沈没が先だろうから、どうせトカゲのエサになるね」
聞いてもいないのに、オットーがポカンと呟く。
「何、寝事言ってるっ! どっちも御免だ!」
涙目のイワンが、魚雷やシードラゴンに銃を乱射しながら叫ぶ。
「さすが頭いいな、弾幕の隙を付いて上がって来る。俺達は一点を狙えばいい訳だ」
「そうよ、誘導して罠を仕掛けられる。オルガはそのまま重機で魚雷を狙撃して! 他の皆はキルゾーンを作るよ!」
オルガだけはシードラゴンの動きを冷静に分析し、言葉に変える。エイトが直ぐに同意し、全員に叫んだ。
「なるほどな。野郎ども! 弾幕を張れ、艦の中心をキルゾーンにする! 後の掃除はあんた達に任せる!」
怒鳴るアルフは部下に指示を出し、最後はエイト達に叫んだ。作戦通り、シードラゴンは弾幕を避けて、艦中央のキルゾーンから登ってくる。
「池のアヒルより撃ちより簡単だぜ!」
さっきまでのビビリなんて何処かに飛ばし、イワンが歓喜を上げる。次々に撃ち落とされたシードラゴンは、やがて登るのを止め海面に目玉だけを出して睨み上げた。
その間にもジュウイチが撃ち漏らした魚雷が、オルガの集中射撃を受け至近距離で爆発する。
「ざまぁ、見ろ! 人間様の知恵に適うと思うかトカゲ野郎」
「オラおら、どうした!」
イワンとオットーが海面に浮かぶシードラゴンに、更に銃弾を浴びせた。
「あのぉ、隊長……」
「何?」
オズオズと口籠るマルコにエイトが笑みを向け、銃で肩をトントンしながらアルフも微笑む。
「反対側……」
振り向くと、反対側の舷側に夥しい数のシードラゴンが睨んでいた。
「あっ……」
エイトは一言だけ呟やき、アルフの目が点になった。
「白兵戦用意! マルコはオルガを支援して! 魚雷が命中したら、トカゲと一緒に海水浴だよ!」
「了解!」
サブマシンガンを握り、マルコは魚雷の始末に走る。叫んだエイトが突進してくるシードラゴンを前蹴りで蹴飛ばし、横の奴に銃弾を叩き込む。
「俺も魚雷がいいっぜ! 近くで見るとっ!」
「何だよっ!」
叫ぶイワンに、撃ちまくりながらオットーが聞く。
「やっぱ気持ち悪い!」
「初めから分かってるだろっ!」
イワンの泣き叫ぶ声が甲板を木霊した。
マルコもオルガと並んで魚雷を乱射する、いつも通りオルガは無言で正確に撃つ。爆発の水煙で、海面が沸騰する。近付く魚雷が無い事を確認すると、オルガはシードラゴンに重機関銃を向けた。
「見逃すな、確認したら直ぐに知らせろ」
「了解、オイラが一番目がいいからね」
マルコは海面の雷跡に神経を集中した。甲板の上では所々で悲鳴が上がり、アストレイアの乗員に被害が出だした。
「いったい何匹いるの!」
弾薬と体力の消耗が加速する、小銃がカラ撃ちとなる。心臓が、氷に押し付けられる。前のシードラゴンに小銃を投げ付け、ホルスターから拳銃を抜いたエイトは大きく深呼吸した。
(下がって下さいです。任せるです)
ふいにエイトの耳の奥に声が聞こえた。優しくて可愛い声は目前に展開したクリムゾン・ナイツの背中から聞こえた気がした、空耳かと一瞬首を傾げる。
素早い動きのはずのシードラゴンが、あり得ない動きのクリムゾン・ナイツに駆逐される。
「もっと早く出てこいよっ!」
その雄姿にイワンが雄叫びを上げ、味方は反撃に転じた。
「まさか、シードラゴンが恐れている」
後ずさりするその姿に、アルフが驚愕の表情を浮かべる。
「凶暴性は、どんな獣さえ凌駕するシードラゴンが恐れるなんて」
艦橋のマーベルが呟く。それから僅かの時間でクリムゾン・ナイツが数十匹のシードラゴンを切り刻むと、残りは海に逃げて行った。
『攻撃隊が帰って来る。甲板上のトカゲの切り身を投棄せよ』
スピーカーが怒鳴る、茫然と見ていたエイト達がはっと気付いた。
「まさか、あれに触るのか?」
鳥肌を立てたイワンが蒼白になる。バラバラのシードラゴンは、まだピクピク動いているモノもあった。
「さあ、片づけるよ。さっさと準備して、早くモップを確保しないと素手だよ」
エイトが各員に指示を出す。
「あのぉ、隊長は?」
「女の子は触らないの」
イワンの問いに、笑顔のエイトは平然と言った。